2年目のジンクス
2年目のジンクスの最新ニュースをまとめて検索!
2年目のジンクスとは主にプロスポーツや芸能界のジンクスの一つ。
目次 |
[編集] スポーツ
特にプロ野球の世界では1年目に新人王を獲得したり大記録などを作って大活躍したルーキーが、2年目は成績が悪化する、というもの。1年目の疲れが取れていない、各球団のスコアラーが研究するため、などの理由が考えられる。
古生物学者で野球の熱狂的なファンだったS.J.グールドはこれを単なる回帰現象として説明した。もし疲れや相手チームの研究によるものなら、(疲れや研究は絶えず蓄積されていくのだから)シーズンの後半になるに従って成績は低下傾向を示すはずであるが、必ずしもそうはなっていなかった。半年活躍する選手よりも1年を通して活躍する選手は少なく、2年続けて活躍する選手はより少なく、3年以上続けて活躍する選手はごくまれである。ある平均的な選手が好調や幸運(最も重要な幸運は故障をしないことであろう)に恵まれて一年間活躍しても、翌年も好調や幸運が続く見込みは低く、3年続く見込みはさらに低い。それ以上続けて活躍できるのは、真に優秀な選手の証だと述べている。認知心理学者のT.ギロビッチは同様にスランプや好不調の波も回帰現象として説明している。
[編集] 野球
- 田淵幸一(元阪神、1969年新人王):翌1970年に外木場義郎投手(広島)の頭部への死球で残りシーズンを棒に振り、左耳が難聴になってしまう。
- 木田勇(元日本ハム、1980年新人王):ルーキーイヤーに22勝を挙げて最多勝・最優秀防御率・最多勝率・最優秀新人賞とタイトルを総ナメにし、翌年も10勝を挙げ優勝に貢献したものの2年目のジンクスが囁かれた。3年目も123奪三振を記録したがそれ以降はあまり目立った活躍はしていない。
- 近藤真一(元中日、1987年に初登板初勝利にしてノーヒットノーラン):1987年に対巨人戦でノーヒットノーランを達成も、翌年からは故障に悩まされ続けることとなる。
- 川上憲伸(元中日、現ブレーブス、1998年新人王):1998年は14勝6敗を挙げ、翌年は開幕こそ好調も不振により中継ぎへの降格も味わい、8勝9敗1Sに終わる。
- 小林幹英(元広島、1998年新人優秀賞):ルーキーイヤーには50試合以上の登板で防御率2点台・9勝18セーブを挙げるも翌年には防御率5点台にまで落ちてしまう。
- 上原浩治(元巨人、現オリオールズ、1999年新人王):1999年は20勝を挙げたが、翌年は不振や故障の影響から半分以下の9勝に終わる。
- 赤星憲広(阪神、2001年新人王):2001年は盗塁王を獲得する活躍を見せ、翌年も盗塁王となるも故障で前半戦を棒に振り、打率も大幅に低下した。
- 村田修一(横浜、2003年9月に月間本塁打の新人記録を更新):2003年は低打率ながらも25本塁打を記録も、翌年は打撃不振により種田仁にレギュラーを奪われるなど、散々な1年となった。
- 久保康友(元ロッテ、現阪神、2005年新人王):ルーキーイヤーに10勝3敗、防御率3.40の好成績を残し、ロッテの日本一に貢献する活躍を見せる。しかし、翌年は7勝13敗と大きく負け越した上、防御率も4点台半ばに落ち込んだ。
- 八木智哉(北海道日本ハム、2006年新人王):2006年は12勝を挙げ、同年の4月15日のソフトバンク戦では10回までノーヒットピッチングをし、その後もホークスキラーとしても活躍したが、翌年は左肩痛で登録抹消され、その後1軍復帰はしたものの、わずか4勝に終わった。ちなみにこの年のホークス戦では1勝もできず、防御率も5.25と打ち込まれている。
- 上園啓史(阪神、2007年新人王):ルーキーイヤーに8勝を挙げ、崩壊状態の先発投手陣を救う活躍を見せたが、翌年は投球の不安定さから岡田監督の信頼を得ることができず4勝に終わる。
[編集] サッカー
- 小野伸二(浦和、1998年新人王):1998年は8得点を挙げるなど、浦和躍進の立役者となったが、翌年は故障により長期離脱、更に浦和もJ2降格の憂き目に遭う。
- 山瀬功治(札幌、2001年新人王)2001年は24試合出場で3得点を挙げ、札幌のJ1残留に貢献するも、翌年はシーズン途中に右膝靭帯断裂の重傷を負い、シーズンの大半を棒に振り、札幌もJ2降格。
- カレン・ロバート(磐田、2005年新人王):2005年に13得点を挙げたが、2006年は故障により5得点に終わった。
[編集] スキー
- 船木和喜(デサント、スキージャンプ)、1994年 - 1995年FISワールドカップ開幕戦(プラニツァ)で本格参戦初戦にしていきなり優勝するなどこのシーズン2勝、表彰台に5度上がって総合4位と大活躍を見せるも翌シーズンは腰痛もあり第5戦で勝ったのを最後に調子を落とした。
[編集] 逆2年目のジンクス・その他
上の例で、その後は打率3割や防御率2点台などよい成績を納めている選手が多い。
ちなみに森山良二(元西武→横浜)は2年目以外パッとしなかったため、「逆2年目のジンクス」と言われている[誰?]。また、3年目以降に急に台頭する例もある(3年目に台頭したイチローや、4年目にレギュラーに定着した井端弘和など)。
当然ながら、2年目も活躍する選手はおり、さらには2年目により良い成績を残す選手(古田敦也、高橋由伸、大塚晶文、ダルビッシュ有など)も存在する。
また、1年だけ活躍し、それ以降はあまり成績を残せなかった選手ももちろんいる(井上真二、上原晃、富岡久貴、正田樹など)。
[編集] 芸能界
- 1年目で新人賞などを受賞したが、2年目は後が続かない歌手、俳優など。歌手やお笑いタレントの場合は一発屋とも呼ばれることもある。
- かつて開催されていた、日本テレビ音楽祭ではデビュー2年目の歌手に与えられる賞として「金の鳩賞」が存在した。
- ピンク・レディーが1990年に一時的に再結成をした時にレコーディングされた曲も「2年目のジンクス」というタイトルだった。
[編集] 関連項目
最終更新 2009年10月18日 (日) 16:58 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【2年目のジンクス】変更履歴


