2001年宇宙の旅

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2001年宇宙の旅
2001: A Space Odyssey
監督 スタンリー・キューブリック
製作 スタンリー・キューブリック
脚本 スタンリー・キューブリック
アーサー・C・クラーク
出演者 キア・デュリア
ゲイリー・ロックウッド
ダグラス・レイン
撮影 ジェフリー・アンスワース
編集 レイ・ラヴジョイ
配給 メトロ・ゴールドウィン・メイヤー
公開 1968年4月6日 アメリカ合衆国の旗
1968年4月11日 日本の旗
上映時間 141 分(途中休憩含まず)
製作国 イギリス
アメリカ
言語 英語
制作費 $10,500,000
次作 2010年
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2001年宇宙の旅』(にせんいちねん うちゅうのたび, 2001: A Space Odyssey)は、アーサー・C・クラークスタンリー・キューブリックがアイデアを出しあってまとめたストーリーに基いて製作されたSF映画および小説である。映画版はキューブリックが監督・脚本し、1968年4月6日にアメリカで初公開された。

目次

[編集] あらすじ


注意以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。


[編集] 人類の夜明け

遠い昔、ヒトザルが他の獣と変わらない生活をおくっていた頃、謎の物体がヒトザル達の前に出現する。やがて1匹のヒトザルが物体の影響を受け、動物の骨を道具・武器として使う事を覚えた。獣を倒し多くの食物を手に入れられるようになったヒトザルは、反目する別のヒトザルの群れに対しても武器を使用して殺害し、水場争いに勝利する。

時は過ぎ、月面で人類が住むようになった現代、アメリカ合衆国宇宙評議会のヘイウッド・フロイド博士は、のティコクレーターで発掘した謎の物体「モノリス」を極秘に調査するため、月面クラビウス基地に向かう。調査中、400万年ぶりに太陽光を浴びたモノリスは強力な信号を木星(小説版では土星)に向けて発した。

[編集] 木星使節(ジュピター・ミッション)

18か月後、宇宙船ディスカバリー号は木星探査の途上にあった。乗組員は船長のデビッド・ボーマンとフランク・プールら5名の人間(ボーマンとプール以外の3名は出発前から人工冬眠中)と、史上最高の人工知能HAL(ハル)9000型コンピュータであった。

順調に進んでいた飛行の途上HALは、ボーマン船長にこの探査計画に疑問を抱いている事を打ち明ける。その直後HALは船の故障を告げるが、実際には問題なかった。ふたりはHALの異常を疑い、その思考部を停止させるべく話し合うが、これを察知したHALが乗組員の殺害を決行する。すなわち、プールは船外活動中に宇宙服を破壊され、人工冬眠中の3人は生命維持装置を切られてしまう。

唯一生き残ったボーマン船長はHALの思考部を停止させ、探査の真の目的であるモノリスの件を知ることになる。

[編集] 木星 そして無限の宇宙の彼方へ

ひとり探査を続行した彼は木星の衛星軌道上で巨大なモノリスと遭遇、驚愕の体験を経て人類を超越した存在・スターチャイルドへと進化を遂げる。

(続編の映画『2010年』冒頭によると、月のモノリス発見が1999年、ディスカバリー号内の出来事が2001年)

[編集] 映画版と小説版

キューブリックが異星人とのファーストコンタクトを描く映画を撮影すると決めたときに、その科学考証や共同脚本などをクラークに依頼をした。

クラークはすでに宇宙人と人類のファーストコンタクトを描いた、『前哨』という小説を1948年に発表していた。のちにクラークが発表した『失われた宇宙の旅2001』によると、キューブリックとクラークがアイデアを出し合い、まずはクラークが「小説」としてアイデアをまとめあげ、その後キューブリックが脚本を執筆している。

このため、小説版が原作として先に書かれたものであると勘違いされることが多いが、小説は映画の公開の後に発表されている上、その小説にはクラーク独自の解釈がかなり取り入れられていることからも、小説版と映画版は明確に区別する必要がある。

映画と小説版では若干ストーリーが異なっており、例としてディスカバリー号の目的地は、小説版では土星だが、輪の特撮が困難ということで、映画版では木星となった(小説ではクラークの意向により、木星を利用したスイングバイという設定を用い、土星と木星両方にディスカバリー号を行かせている)。

HAL 9000の反乱の要因や、ラストの展開も、小説版は論理的に説明づけられているのに対し、映画版は謎めいた展開となっている。これは当初、映画冒頭に科学者らが人類の進化など作中の話題に関して語るインタビュー映像が予定され、また全編にわたってストーリーを解説するナレーションを入れる予定であったものが、過剰な説明が映画からマジックを奪うことを恐れたキューブリックが、インタビューもナレーションもすべて削除してしまったため、何の説明もない映像が映画全編にわたり続くことになったからである。

また、ヒトザルとモノリスの遭遇は小説では300万年前という設定だが、映画では400万年前とされているなど、細かな点の相違は多い。

後にクラークが執筆した『2010年宇宙の旅』は、パラレルワールドとされ、ストーリーの多くの部分は続編の形を取りながら、主な舞台は木星周辺となっており、そこだけは映画版と同一になっている。「宇宙の旅」シリーズは4作執筆されており、シリーズ作品全ての作中設定は前作までの多くの部分を踏襲してはいるが、基本的にはパラレルワールドであるとあとがきやまえがきで触れられている。

[編集] 製作から公開

映画版は1965年に制作を開始し、イギリスのメトロ・ゴールドウィン・メイヤー BRITISH STUDIO で撮影された。翌1966年5月までに俳優の演技シーンを撮り終えたが、SFXシーンの完成までさらに1年半以上を費やした。アメリカ大都市での試写会の結果、キューブリックはフィルムの19分間をカット。一般公開は当初予定の1966年から1年4か月遅れ、アポロ11号が月面着陸を果たす前年の1968年に公開された。予算は予定の600万ドルを超過し1,050万ドルに達した。

公開当時、台詞や説明を極力省き、視覚表現で観客の意識に訴えるという作風は極めて斬新であった。映像のクオリティーや「人類の進化と地球外生命体の関係」という哲学的なテーマを賞賛する声の一方、抽象的な内容や非常に難解な結末を批判する意見もあり、賛否両論の渦が巻き起こった。公開直後は興行成績が悪かったが、再公開を経て評価が高まり、現在では世界映画史に残る不朽の名作のひとつとして認識されている。日本の文部科学省が「特選」に指定している、唯一のSF映画としても知られている。

公開前の試写の段階では公開直後よりもさらに評判が良くなく、キューブリックは再編集を余儀なくされた。また、台本の段階と比較しても様々な点に変更が加えられている。

例えば、『美しく青きドナウ』に乗って現われる地球軌道上の人工衛星は、最初の台本では各軍事大国の「核爆弾」であった。それらをスターチャイルドが除去するラストシーンが予定されたが、キューブリック監督の前作『博士の異常な愛情』の有名なラストシーンを連想させることもあり変更になった。なお続編の小説『2010年宇宙の旅』では、地球に出現したスターチャイルド(ボーマン)が戯れに軌道上の核爆弾を爆発させるシーンがある。

また、当初のアイディアでは、モノリスは実際の作中のような黒い石柱状の物体ではなく、透明なものにする予定だった。しかし当時はまだ、透明度を保ったままアクリル板を繋げる技術に限界があったため、やむなく却下された。また、大元である『前哨』では、異星人が月に残していった装置はピラミッド型だった。

本作の持つ、それまでのSF映画に対する認識を根底から覆すような高品質なSFX技術は、後のSF映画全てに影響を与えていると言っても過言ではない。オープニングなどではモンタージュが駆使された。カメラマン出身で撮影技術に長けたキューブリックは、SFX撮影スタッフと共に「フロントプロジェクション」や「スリットスキャン」といった新たな撮影方法を考案。本作は1968年のアカデミー賞特殊視覚効果賞を受賞、また1969年ヒューゴー賞も受賞した。

日本での初公開時(1968年)は70mmフィルムの大画面方式で上映し、東京のテアトル東京、大阪のOS劇場などの大規模映画館ではシネラマ方式で上映された。また名古屋の中日シネラマ劇場ではオーバーチュアの部分に3色のライトを回しながらスクリーンに写し出すと言うオリジナルには無い演出をした。更に、テアトル東京の劇場前広場には、公開から暫らくして、黒色モノリスのほぼ実物大の模型が宇宙服の人形と共に展示された。興行的にはヒット作とは言えなかったが、その年の暮れ、多くの新聞・雑誌の年間ベスト10で高評価され、翌春、「凱旋興行」と銘打ってテアトル東京で再上映された(これは全席自由席・入れ替え無しだった)。

その後、初公開から10年後の1978年に再びロードショー上映され、折からのSFブームをフォローアップする形となった。作品の設定年である2001年にも「新世紀特別版」としてノーカット版で公開されている。このヴァージョンでは35mmフィルムで70mmサイズを再現している。

初公開の年の暮れ、1968年12月、アポロ8号が史上初めて月の裏側を廻って帰還したが、その時撮影された月面入れ込みの地球の写真が本作のそれにそっくりで、改めて本作の特撮のクオリティが示された。また、アポロ8号の船長の名がフランク・ボーマンで、本作の登場人物のふたり、フランク・プールとデヴィッド・ボーマンの名前が含まれていることが、偶然とはいえ話題になった。

公開からかなり時間が経った後も、本作品は高い評価を持ち続けている。「AFIアメリカ映画100年」シリーズでの順位は、10年間で7つ、ランクが上がっている。

  • 1998年 : アメリカ映画ベスト100 - 第22位
  • 2007年 : アメリカ映画ベスト100(10周年エディション) - 第15位
  • 2008年 : SF映画部門第1位

また、

  • 2001年 : スリルを感じる映画ベスト100 - 第40位
  • 2003年 : ヒーローと悪役ベスト100 - HAL9000コンピューターが悪役の第13位

などの評価がある。

1991年にはアメリカ国立フィルム登録簿に永久保存登録された。

[編集] 音楽

映画版では、リヒャルト・シュトラウスの『ツァラトゥストラはかく語りき』によるオープニングや、月へ向かう場面でのヨハン・シュトラウス2世の『美しく青きドナウ』、ディスカバリー号が木星に向かう途上でのアラム・ハチャトゥリアン『ガヤネー(ガイーヌ)』からアダージョ、モノリスに遭遇する場面でのジェルジ・リゲティの『レクイエム』、月面を低空飛行する場面でのリゲティの『ルクス・エテルナ』、上映前の場内BGMおよび休憩BGM(リヴァイヴァルでは黒味のまま映写)にはリゲティの『アトモスフェール』、ラスト近くでのめくるめく異次元への突入にはリゲティの『アトモスフェール』『ヴォルーミナ』など、全篇にわたってクラシック音楽が用いられている。

それまで、未来的イメージの電子音楽などが用いられることが多かったSF映画で、これ以後通常のオーケストラ音楽が主流になるきっかけとなった。

キューブリックは、最初は自らの『スパルタカス』の音楽を手がけた作曲家アレックス・ノースに作曲を依頼し、前半部分まで完成したスコアの録音まで完了していた。しかし、それ以降は一切の連絡もないままノースの音楽を没にし、リヒャルト・シュトラウスなどの音楽に差し替えてしまう(ノースがそのことを知ったのは、試写会の会場であった)。

その上、リゲティには一切映画についての説明や承諾もないまま、彼の曲を4曲も採用した。リゲティが印税を受け取ったのは、1990年頃になってからだという。

ノースの死後、友人の作曲家ジェリー・ゴールドスミスは没になった音楽を録音して世に出した。日本でも1993年に『2001年〜デストロイド・ヴァージョン』としてCDが発売されている。

なお、メインタイトル、「人類の夜明け」、ラストと3回使われている『ツァラトゥストラはかく語りき』の演奏はカラヤン指揮ウィーン・フィルのデッカ録音だが、デッカが演奏者名を出さない事を許諾の条件としたので、映画のクレジットでは曲名しか表示されていない。 当初のサウンド・トラック盤(ポリドール)にも映画とはまったく違うベーム指揮ベルリン・フィルの録音が収録されていたが、1999年のEMI盤には映画通りの演奏が入り、その名の通りのサウンド・トラック盤となっている。

公開直前のニューヨークでの試写では、最終的に使用された曲ではなく、全編にピンク・フロイドの曲を使用したものを上映したが、評判が良くなく元のクラシックに戻したと云う経緯がある[要出典]。そのため、ピンク・フロイドの1971年のアルバム「おせっかい」に収録の24分に及ぶ大曲「エコーズ」を「木星 そして無限の宇宙の彼方へ」のテロップが表示されたタイミングに合わせ再生すると、ラストシーンまで同期する。

[編集] 科学考証

[編集] 正しい例

SFは「サイエンス・フィクション」の略であるが、科学考証(SF考証)に耐えうる作品はその一部しかなく、映画では特に少ない。本作は例外的と言えるほど、科学的に正しく描写されているという主張がある。

また、単に科学的に正しいだけでなく、工学的予測としても秀逸なものもあり、21世紀の目にも堪えうる(例えば、航空機にみられるような航行に必要な情報を集約して表示するディスプレー装置など)。科学的に正しい描写としては、例えば次の様な部分が挙げられる。

宇宙空間では音が聞こえない
空気のない宇宙空間では、音を伝える媒体が無く、物理的に音が聞こえることは有り得ない。だが、多くのSF映画、『アポロ13』のような実録ものですらも、宇宙船がエンジンをふかしたり宇宙空間で爆発が起きたりすると、なんらかの効果音を付けてしまっている。しかし本作ではその点、科学考証を厳格に守り、船外のシーンでは(BGMを別にして)一切の効果音を排除し、聞こえるのは無線を通じた呼吸音やノイズのみに限定している。
ディスカバリー号の全体が細部までよく見える
空気のない宇宙空間では、空気の密度の不均一性による光の屈折(不均一性が経時的に変化する場合それは「ゆらぎ」となって現れる)は原理上存在せず、漂う塵による光の散乱も少ない。したがって相当遠方にある被写体であっても、ピント(フォーカス)さえ合っていれば、地球の大気圏内で撮影するよりはるかに鮮明な像となって撮影される(人間の目にも映る)はずである。実際この作品では、宇宙空間を航行するディスカバリー号の映像は、あたかも(宇宙空間上の)遠方から捉えてピントを合わせたかのような細部が全体にわたって均質な克明さで表現されている。
撮影に使用されたディスカバリー号の最大の模型は、質感をだす等のために十数mの相当大きなものであった。このような被写体に対して、あたかも遠方からピントを合わせたかのような像を得るためには実際に何百メートルも離れた場所から撮影することも考えられるが、それには撮影スタジオの物理的制限、さらには上述の屈折や散乱が顕著になること等の問題があったことは想像に難くない。この作品では、カメラの絞りを非常に絞り、パンフォーカスの効果によって全体にピントの合ったような像を得るという撮影がされた。絞った為に足りなくなった光量を補うために、1コマあたり10分以上の露光時間で撮影された。これは、1秒分の撮影に、露光時間だけで4時間以上をかけたということである。なお(この作品はそうはなっていないが)船体の一部にピントが合っていて、その他の部分はボケているような映像だったとしても不合理ではない(近傍から撮影した状況を想定するならばそうなるはず)。あえて遠方から捉えたような映像にしたのは、ピントずれによるボケが、屈折・散乱によるボケと誤解されるのを避ける意図もあったかもしれない。
惑星の分光分析
小説版ではディスカバリー号が小惑星帯を航行中、近くを通過する小惑星に重金属の塊をぶつけて分光分析を行う。2005年にはNASAの彗星探査機ディープ・インパクトが同じようなことを実際に行っている。

[編集] 間違っていると誤解を受けやすい正しい例

さらに、一見間違っているように見えても、間違っていないところも存在する。

飲みかけの飲料がストローを下ってコップに戻っている
無重量状態では起こりえないと考えがちであるが、ストローの液体面が上昇するのは気圧差によるものであり、それがなくなれば液体は表面積を小さく保とうとし、この現象は起こりうるとされている。
ボーマン船長がポッドからディスカバリー号へ戻る時に、宇宙服のヘルメットなしで真空中に出るシーンがある
一般的には真空中に出ると体が爆発したり血液沸騰するなどというイメージが浸透しているが、実際は短時間であれば科学的に可能と考えられている。
ただし、本作のこのシーンのように、息を深く吸い込んで口を閉じた状態で真空中に出ると、肺の中の空気が膨張し、肺に大きな損傷を与える危険が大きい。真空中に出る際は、口を開け、肺の中の空気が自然に排出されるようにすべきである。
もっともこのシーンで息を止めてはいけない事について、クラークは理解しており、デュリアに説明するつもりではいたが、撮影当日たまたまスタジオに居なかったため、その機会がなかった。と後にエッセイで述べている。

[編集] 間違っている例

しかし、一部には間違った描写をしている部分もある。それは、例えば、以下の様な描写である。

ディスカバリー号の背景で星が動いて見える
ディスカバリー号の速度では、背景の星が動いて見えるはずはないが、動いている。
ディスカバリー号の影の部分が見える
通常、影の中にあるものを見ることができるのは、周囲の物体で散乱あるいは反射された光が影の部分にも到達しているからであり、周囲に物体のないディスカバリー号は、太陽光およびディスカバリー号自身の光が直接当たらない部分は何も見えないはずである。
外部との通信のシーンで、お互い真正面を向いている
ディスカバリー号での外部との通信のシーンで、お互い真正面を向いて会話をしている。モニターを見ているならば、カメラと目が合わず、カメラを見ているならモニターから視線がそれるはずで、「モニターにカメラがついてなければおかしい」ことになる。
(ただし、この点は、後にTVスタジオなどで使われるようになったプロンプターのようなものが一般化されていれば、モニター中央の裏側にレンズが付いているわけだから目線が合っても不思議は無いのだが、現実の2001年時点ではまだここまで行っていない)
真空中なのに宇宙服に膨らみがでない
とりわけ手袋、靴部分に注目。
宇宙服から素肌が見えている
HAL9000の暴走に対する最終措置として、ボーマンがメモリーセンターに入り、HAL9000の機能を止めようとするシーンで、左手の手袋と宇宙服から手首の地肌が露出してしまっている部分がある。高画質の映像を何度も見直さないと気付かないほどに細部のミスであり、本作中唯一のミスだとする意見もある。

[編集] やむを得ず、あるいは敢えて間違った描写をしている例

また、仮に間違っていると気づいていたとしても技術的に間違った描写をやむを得ずせざるを得なかった場合もある。あるいは映像美、観客への配慮のために、一部にはわざと間違っている描写を採用している事例もある。それは、例えば、以下の様な描写である。

ディスカバリー号に放熱板がない
宇宙空間での排熱は輻射による方法しかないため、広い放熱板が必要なはずである。放熱板のあるディスカバリー号のデザインも検討されたが、どうしても“翼”に見られ「宇宙空間で役立たない翼がある!」と思われる危険性があったので却下され、精子をモチーフにしたデザインが採用された。
月面でのロケット着陸に伴う逆噴射時に、周辺に砂煙が立っている
面という真空中では、砂など何かの反動で舞い上げられたものはいかに小さくとも、全て空中に漂わず放物線を描くように落下する。これを撮影するには、1960年代というCGなどがない時代ではセット中の空気を抜く必要があるが、技術や予算の問題で不可能であったためと思われている。
宇宙ステーションの回転速度がシーンによって異なる
美しき青きドナウ』がバック流れにあわせ、宇宙ステーションの回転速度を変化させている。「宇宙船にダンスを踊らせる」という意図に基づくものである。
ディスカバリー号のエアロックが大きすぎる
SFマガジン』2001年5月号において、青井邦夫がCGを用い、作中に登場するセットが、全てディスカバリー号に収める事が可能か検証を行った。その際、特にエアロックが大きすぎるため、うまく収容できない。と指摘している。エアロックは乗組員数人が入れる程度の大きさで十分であり、実際に作中ほどの大きさは必要ない。エアロックから進入するシーンを印象的にするためのものである。
宇宙服のヘルメットが透明
もっと反射度を高くしないと紫外線でやけどを負う。俳優の表情を映し出すのを優先したと思われる。
モノリスと太陽の位置がおかしい
400万年前のシーンで、朝日なのにモノリスの真上に太陽がある。また、月面のモノリスについても同じずれがある。絵コンテでは太陽は横に描かれていたので、印象の強さを優先しての画面構図と思われる。
木星と衛星群の三日月具合がおかしい
か細い三日月姿の木星を映したカメラがゆっくり首を画面上に振る。と、縦一直線に並んだ衛星群が順に現れる。どの衛星も木星と同じ三日月姿。だが木星がか細い三日月だとすると地平線すれすれに太陽がなくてはおかしい。しかもその場合、他の衛星群の昼(三日月)の部分は木星のそれと正反対に向いていなくてはいけない。モノリスへの視線誘導を優先したと思われる。

[編集] 正しいか間違いか判別できない例

ディスカバリー号の船内の音が地上と同様に聞こえる
もし船内の空気組成が地球上と異なるなら(船体構造上は気圧が低い方が有利なため、宇宙開発初期には3分の1気圧の純酸素を用いた例がある)船内の音が変化するはずだが、そうした設定があるかどうかは不明。
なお、宇宙船内の気圧と宇宙服内の気圧が大きく異なる場合は着用から船外に出るまでに時間をかけて体を低気圧に慣らしていくが、『2001年』にはそういう描写がない。21世紀初頭の現実の宇宙船は1気圧、宇宙服は0.3-0.4気圧で運用されており、より高い気圧で運用できる宇宙服の開発が検討されている。
ボーマンが宇宙艇の扉を爆発させて一気にディスカバリー号に飛び移る時、宇宙艇が動かないように見える
艇内の空気を一気に吐き出す反動とボーマンの運動量の反動で、宇宙艇自体にも反対方向への運動量が与えられるはずだが、それが目に見えるほどの速度となって現れるかどうかは、噴出した空気の量や速度、宇宙艇自体の質量などに依存する。
プール副長をはね飛ばした別の宇宙艇は高速で自転しながら宇宙の彼方に消えていったが、宇宙ステーションの回転速度を変化させたように、演出効果のために実際以上に高速で回転させていた可能性もあり、このシーンから宇宙服を着こんだ人間ひとり分の質量による運動量の変化を推定することはできない。また小説『2010年宇宙の旅』には、ボーマンの突入時に宇宙艇ははね飛ばされて、のちに無線で呼び戻したという記述があるが、どれだけの速度が出ていたかは記されていない。ちなみにプール回収時にボーマンの宇宙艇がわずかに揺れるが、これは撮影スタジオの天井から宇宙艇のセットを吊るして撮影したからである。

[編集] 豆知識

  • 当初、キューブリックは美術担当として漫画家の手塚治虫の協力を仰いだが、当時の手塚は連載漫画の他に、TVアニメ番組を多数抱え、日本国外での映画製作に携わる事は物理的に不可能であった為、オファーを断った(手紙自体は紛失してしまったらしいが、封筒の写真は手塚のエッセイ本に掲載されている)。
  • 監督のスタンリー・キューブリック1999年3月7日死去したので、生きて「2001年」を迎えることはかなわなかった。
  • 映画中、「スペースシャトル」の運航会社として、今は無き"パンナム"(パンアメリカン航空)が登場していた。
  • 宇宙ステーションでの音声認識装置の操作板をよく見ると、言語選択肢に「JAPANESE」がある。
  • ディスカバリー号乗員の船外作業服の背後をよく見ると、腰のあたりに噴射口が四方に向かっている。姿勢制御用ロケットと思われる。
  • フロイド博士が宇宙ステーション「5」からテレビ電話をかけるシーンに登場する博士の娘は、キューブリック監督の実の娘(ビビアン・キューブリック)である。
  • ディスカバリー号の遠心機内部をプール副長がジョギングする場面をよく見ると、計器類に混じって鍵盤が見える。これはボーマン船長はジャズ・ピアノ好きという初期設定(公開前に流れたプレス情報から)の名残と思われる。
  • 序盤のシャトルが宇宙ステーションに入港するシーンで、コクピットのモニターに位置情報を示すワイヤーフレームCGが映っているが、当時はまだコンピュータグラフィックスという概念そのものが知られていなかった時代であり、画像も手描きで制作されている。
  • フランスでは2002年末に、この映画を制作したキューブリックがアポロ計画の月面着陸映像を人工的に造り上げ、それをアメリカが同計画のでっち上げに用いたとする、ジョーク作品の『Opération Lune』が作成放送された。アポロ計画陰謀論を参照。
  • クラークは本作冒頭のシーンにおけるヒトザルのメイクアップを高く評価しており、アカデミー賞において本作ではなく『猿の惑星』がメイクアップ部門で大賞を獲ったことに対し、「審査員は『2001年宇宙の旅』の冒頭に出てくるのは、本物の猿だと勘違いしていたので、本作は選ばれなかった」と皮肉を込めたコメントをしている。
  • どの宇宙船も宇宙に浮かぶ地球や月や木星を画面内で滅多に横切らない。合成の簡略化を狙ったと思われる。
  • 宇宙ステーションから月基地に向かう球形の宇宙船「アリエス」のパイロットは、『謎の円盤UFO』でS.H.A.D.O.のストレイカー最高司令官を演じたエド・ビショップである。
  • 宇宙ステーションのホテルとして、ヒルトンホテルが登場した。

[編集] スタッフ

[編集] キャスト

  • デビッド・ボーマン船長:キア・デュリア
  • フランク・プール:ゲイリー・ロックウッド
  • ヘイウッド・フロイド博士:ウィリアム・シルベスター
  • HAL 9000(声):ダグラス・レイン
  • 月を見るもの(ヒトザル):ダニエル・リクター
  • スミスロフ:レナード・ロシター
  • エレナ:マーガレット・タイザック
  • ハルボウセン:ロバート・ビーティ
  • マイケルス:ショーン・サリヴァン
  • 作戦管制官:フランク・ミラー
  • フロイドの娘:ビビアン・キューブリック
  • ミラー:ケビン・スコット(ノンクレジット)

[編集] 日本語吹替

役名 / 吹替役名 俳優 日本語版
デビッド・ボーマン船長 キア・デュリア 堀勝之祐
フランク・プール ゲイリー・ロックウッド 小川真司
ヘイウッド・フロイド博士 ウィリアム・シルベスター 小林昭二
HAL 9000(声) ダグラス・レイン 金内吉男
スミスロフ レナード・ロシター 坂口芳貞
ミラー ケビン・スコット 阪脩
  • 日本語版1:初回放送、1981年10月25日テレビ朝日『日曜洋画劇場』(3時間枠ノーカット放送)、翻訳:飯島永昭

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年10月27日 (火) 11:17 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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