2005年の日本シリーズ
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| ゲームデータ | |||||||
| 試合日程 | 2005年10月22日-10月26日 | ||||||
| 最高殊勲選手 | 今江敏晃 | ||||||
| 敢闘選手 | 矢野輝弘 | ||||||
| チームデータ | |||||||
| 千葉ロッテマリーンズ (パ) | |||||||
| 監督 | ボビー・バレンタイン | ||||||
| シーズン成績 | 84勝49敗3分 (シーズン2位、PO優勝) |
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| 阪神タイガース (セ) | |||||||
| 監督 | 岡田彰布 | ||||||
| シーズン成績 | 87勝54敗5分 (シーズン1位) |
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日本シリーズ
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2005年の日本シリーズ(2005ねんのにっぽんシリーズ)は、2005年10月22日から10月26日まで行われた、セ・リーグ優勝チームの阪神タイガースと、パ・リーグ優勝チームの千葉ロッテマリーンズによる日本プロ野球の日本選手権シリーズである。
目次 |
[編集] 概要
前年の球界再編問題からプロ野球改革元年と位置付けられたこの年の日本選手権シリーズは、セ・リーグ優勝の岡田彰布監督が率いる阪神タイガースとパ・リーグ優勝のボビー・バレンタイン監督が率いる千葉ロッテマリーンズの対決となった。(パ・リーグレギュラーシーズンで2位であった千葉ロッテが、プレーオフで福岡ソフトバンクホークス(レギュラーシーズン1位)・西武ライオンズ(同3位)に勝利しパ・リーグ優勝チームとなった) 阪神・ロッテの対戦は史上初。この年の交流戦ではロッテの3勝2敗1分けとほぼ互角の対戦成績を残しており、好勝負が期待されていた。
両チーム監督の合意により、日本シリーズでは珍しく予告先発(両監督による紳士協定)が行われた。また、ドーム球場が増えたこともあり、開催球場がセパいずれも開放型であるのは1998年の横浜ベイスターズ(横浜スタジアム)VS西武ライオンズ(当時の西武ライオンズ球場)以来、7年ぶり。
そしてこの年からアジアシリーズが新設された事により今シリーズはその日本代表決定シリーズとしても行なわれることとなった。
1990年代はともに暗黒時代を経験した両チームの対戦はロッテの圧倒的な4連勝で幕を閉じた。メジャーでの監督経験があり、ポストシーズンの戦い方を熟知したバレンタイン監督の「ボビーマジック」がクローズアップされた。一方、JFKをリードされているからという理由で起用しなかったことなどシーズンどおりの采配で敗れた岡田監督には一部のファンや解説者などから不満の声があがった。阪神がこのシリーズで残した得点(4点)、防御率(8.63)、本塁打(0)などの記録は、シリーズ史上最低記録であった。シリーズ前に岡田監督の宣言した"2003年に忘れた忘れ物を取りに行く"の達成はならなかった。なお、外国人監督による日本一は史上初。
この結果について、阪神は試合日程の消化が例年になくスムーズに進んだため公式戦終了後2週間以上も間隔が空き調整が難しかったことや、丁度その頃に発生した村上ファンドによる阪神電鉄株買占めに端を発する阪急・阪神経営統合問題で選手に動揺が広がりシリーズに集中できなかった一方で、ロッテはプレーオフを制した勢いもあって4連勝したのだという主張が一部なされた(「試合勘」との言葉が多く用いられた)。しかしロッテ側はプレーオフで小坂誠・堀幸一らの主力選手を故障で欠いており、治療する充分な期間がないまま日本シリーズの出場に影響を余儀なくされたことから、必ずしも阪神が不利だとは言えなかったのではないか、という見方をするファンもいる。
このように両チームが対等な条件であるのかどうかとの議論を呼んだ。またパ・リーグのプレーオフ制度も見直され、ゲーム差に関係なくパリーグの年間一位のチームに一勝などのアドバンテージが与えられることとなった。
[編集] 試合結果
- 試合開始時刻は日本時間。○は勝利投手、●は敗戦投手、Sはセーブを表す。
[編集] 第1戦
10月22日 千葉マリンスタジアム 開始時刻18:17 (試合時間 2時間14分) 有料入場者数 28,333人
| 阪神 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 |
| 千葉ロッテ | 1 | 0 | 0 | 0 | 3 | 1 | 5x | 10 |
(7回裏1死濃霧によるコールドゲーム)
(神)●井川(1敗)、橋本 - 矢野
(ロ)○清水(1勝) - 里崎
【本塁打】 (ロ)今江1号ソロ、李承燁1号ソロ、里崎1号3ラン、ベニー1号2ラン
[審判]パ中村稔(球)セ森 パ東 セ谷(塁)パ山本隆 セ眞鍋(外)
両先発はロッテが清水直行、阪神は交流戦で完封勝利を収めた井川慶、千葉マリンスタジアムで初の日本シリーズ開催となった。
1回裏、一死から今江敏晃が今大会第1号(初打席で初本塁打は歴代13人目)のソロ本塁打を放ちロッテが先制。5回表に藤本敦士の犠飛で同点。その裏、渡辺正人のレフト前ヒット、西岡剛のプッシュバントなどで無死一・二塁とし、今江とサブローがタイムリー2塁打を放ち4-1とする。6回裏、李承燁のソロ本塁打でリードを広げる。井川はここで降板。7回裏、ロッテは2番手の橋本健太郎を攻め、一死一・二塁から里崎智也が3ラン本塁打。さらに安打によるランナーを置いて、ベニーが2ラン本塁打で10点目、二桁得点を達成。
しかし、試合中から千葉県北西部に濃霧注意報が発令されるほどの霧が球場全体を覆ってしまい、試合が一時中断。その後30分以上様子を見たが回復の兆しが見えないため、ベニーの本塁打を打った7回裏1アウト消化の時点を以てコールドゲームが宣言され、千葉ロッテが先勝した。日本シリーズが自然現象のためにコールドゲームとなった事例は1953年第4回大会の読売ジャイアンツVS南海ホークスの第3試合、降雨により8回の攻撃終了を以て2-2の同点で打ち切りになって以来52年ぶり。濃霧によるコールドゲームは日本シリーズ史上初となった。
- オーダー
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[編集] 第2戦
10月23日 千葉マリンスタジアム 開始時刻18:16 (試合時間 2時間32分) 有料入場者数 28,354人
| 阪神 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 千葉ロッテ | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 5 | 0 | 3 | X | 10 |
(神)●安藤(1敗)、江草 - 矢野
(ロ)○渡辺俊(1勝) - 橋本
【本塁打】
(ロ)サブロー1号2ラン、フランコ1号ソロ、李承燁2号2ラン
[審判]セ眞鍋(球)パ山本 セ森 パ東(塁)セ井野 パ佐藤(外)
先発はロッテが渡辺俊介、阪神が安藤優也。
1回裏、今岡誠の失策でロッテが1点を先制。6回にはサブロー、フランコ、さらに2試合連続となる李承燁の3本塁打で5点と一気に突き放し、さらに8回には今江、橋本にもタイムリーが出て2試合連続の10得点。
渡辺俊は9回を被安打4無四球と好投し、史上11人目となる日本シリーズ初登板初完封を成し遂げ、ロッテが2連勝で2勝0敗とする。2試合連続の2ケタ得点はこの時点で日本シリーズ史上初。今江が第1戦の4安打に続き4打数4安打、連続打席安打8の日本シリーズ新記録を達成。
阪神は金本知憲と今岡が依然無安打、さらに2番手の江草仁貴が8回の対ベニーで1打席3暴投を記録するなど攻守とも精彩を欠きシリーズ2連敗。2003年の日本シリーズから続く敵地での連敗は6となった。
- オーダー
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[編集] 第3戦
10月25日 阪神甲子園球場 開始時刻18:16 (試合時間 3時間20分) 有料入場者数 47,753人
| 千葉ロッテ | 0 | 1 | 0 | 2 | 0 | 0 | 7 | 0 | 0 | 10 |
| 阪神 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 |
(ロ)○小林宏(1勝)、小野、藤田、薮田 - 里崎
(神)●下柳(1敗)、藤川、桟原、橋本、能見 - 矢野、野口
【本塁打】
(ロ)福浦1号満塁
[審判]パ佐藤(球)セ井野 パ山本隆 セ森(塁)パ中村稔 セ谷(外)
移動日をはさみ、舞台は甲子園球場に。先発は阪神が下柳剛、ロッテが小林宏之。
2回表に二塁打と暴投で三塁に進んだサブローをベニーが犠飛で帰しロッテが3試合連続の先制。(この回、今江は三振を喫し連続打席安打は8でストップ。)その裏阪神はシリーズ初安打を放った今岡が関本健太郎の内野ゴロの間に生還し同点。
4回表、ロッテは1死満塁から里崎の内野ゴロが併殺崩れとなり1点を勝ち越すと、続く今江が三塁への内野安打でもう1点を追加。阪神は5回で下柳をあきらめ、藤川球児を今シリーズ初めて投入する。藤川は6回こそ福浦和也とベニーから三振を奪うなど完璧に抑えたが、7回に先頭打者里崎が遊撃手鳥谷敬のエラーで出塁、続く今江が右中間二塁打、代打フランコは四球を選び無死満塁。ここで代打橋本が9球粘ったのち中前に2点タイムリーを放つ。藤川はここで降板。桟原将司がリリーフ登板するも、西岡タイムリー、堀の四球を挟み福浦が満塁本塁打(シリーズ史上17本目)を放ちこの回一挙7点、試合を決めた。
ロッテは先発の小林宏が6回を投げ被安打3・失点1の好投。7回からは小野晋吾-藤田宗一-薮田安彦の投手リレーで意気消沈した阪神打線を抑えた。ロッテは前の試合で達成した連続試合二桁得点記録を更に3試合に伸ばした。阪神はこの試合終了時で25イニング連続でタイムリーなし、4番金本が依然無安打の上、頼みの藤川まで打たれ早くも追い込まれた。
- オーダー
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[編集] 第4戦
10月26日 阪神甲子園球場 開始時刻18:15 (試合時間 3時間21分) 有料入場者数 47,810人
| 千葉ロッテ | 0 | 2 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 |
| 阪神 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 2 |
(ロ)○セラフィニ(1勝)、小野、藤田、薮田、S小林雅(1S) - 橋本、里崎
(神)●杉山(1敗)、能見、福原、ウィリアムス、藤川、久保田 - 矢野
【本塁打】
(ロ)李承燁3号2ラン
[審判]セ谷(球)パ中村 セ井野 パ山本(塁)セ眞鍋 パ東(外)
先発は阪神が杉山直久、ロッテはダン・セラフィニ。
1回裏に無死1、2塁の絶好の先制機をつくるも無得点の阪神に対し、ロッテは2回表にフランコの2塁打から李承燁が2ラン本塁打を放ち4試合連続の先制。4回にも2番手の能見から李承燁がタイムリー2塁打で追加点を上げ3-0とする。
4回、5回と併殺打でチャンスを潰した阪神は6回裏に1死1、2塁とセラフィニを攻め、代わった小野から今岡が今シリーズチーム初のタイムリーとなるテキサス安打、更に代打の桧山進次郎も右前打を打ち3-2と追い上げを見せるが、続く矢野が初球に手を出し3イニング連続となる併殺打に倒れ同点に追いつけない。
阪神は6回表途中から、ジェフ・ウィリアムスが初登板、前日ノックアウトの藤川が2イニングを抑えると、9回にはこれまた初登板の久保田智之が無失点に抑え、ロッテに追加点を許さない。このシリーズ中でようやく初めて「JFK」が揃い踏みした。一方のロッテは藤田が7回を、薮田が8回をそれぞれ抑え、1点差のまま迎えた9回裏に抑えの小林雅英がシリーズ初登板。こちらも「YFK」が揃い踏みした。9回裏、阪神は先頭の片岡篤史がストレートの四球で出塁するが、続く矢野の送りバントは3塁今江への小飛球となり、さらに1塁走者の代走・久慈照嘉が飛び出してしまい戻れずこの日4つ目の併殺打。阪神はその前の8回にもアンディ・シーツが送りバントを失敗するなど拙攻続きで、点差以上に両チームの野球には大きな差があった。最後は、小林雅が藤本を空振り三振に仕留め、4連勝で日本一を決めた。
千葉ロッテは31年ぶり、毎日時代を含めて3回目の日本シリーズのタイトルを獲得した。一方阪神は、2003年の第6戦以降、同シリーズ6連敗となってしまった。
- オーダー
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[編集] 4連勝での完全優勝
- 4連勝の完全優勝は過去1959年の南海ホークス、1960年の大洋ホエールズ、1990年の西武ライオンズ、2002年の読売ジャイアンツ以来5回目。また引き分けを挟んでの4勝無敗優勝が1957年の西鉄ライオンズと1975年の阪急ブレーブスもあるため、全てを含めると7回目となった。
- 1度もリードを許すことなく4連勝したのは史上初である。なお、メジャーリーグでは過去に4度記録されている。
[編集] 表彰
- 最高殊勲選手賞:今江敏晃(千葉ロッテ)
- 第1・2戦でのシリーズ新記録となる8打数(8打席)連続ヒットを含む16打数10安打1本塁打と大当たり。
- 敢闘選手賞:矢野輝弘(阪神)
- 金本、今岡を始め湿りがちだった阪神打線の中で、全試合ヒットを放つなど打率.417とただ一人気を吐いた。
[編集] テレビ・ラジオ中継
[編集] テレビ中継
- 第1戦:10月22日
- 第2戦:10月23日
- 第3戦:10月25日
- 第4戦:10月26日
※なお、5戦目以降の試合が行われた場合、第5戦がよみうりてれび(ytv)(日本テレビ系列)、第6戦がテレビ朝日系列、第7戦がテレビ東京系列にて放送される予定だった。
[編集] ラジオ中継
- 第1戦:10月22日
- 第2戦:10月23日
- 第3戦:10月25日
- 第4戦:10月26日
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月23日 (月) 01:43 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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