フランス7月革命
フランス7月革命の最新ニュースをまとめて検索!
フランス7月革命(フランスしちがつかくめい)は、1830年7月にフランスで起こった革命である。これにより1815年の王政復古で復活したブルボン朝は再び消滅した。ウィーン体制により構築された正統主義は部分的に崩壊し、ブルジョワジーの推すルイ・フィリップが王位に就いた。ここにフランスにおけるブルジョワジーによる市民革命は一定の成果を持って終結した。また、その影響はヨーロッパ各地に波及した。
目次 |
[編集] 経緯
1815年の王政復古により王位に就いたルイ18世は、フランス革命による成果を全く無視して、時代錯誤も甚だしい反動的な政治を行った。この復古王政による政権は、アンシャン・レジームよろしく、貴族や聖職者を優遇する政策をとり、市民たるブルジョワジーの不満は当然高まることになった。フランスはあたかも革命以前の状態に逆行してしまったようであり、ルイの後を継いだ弟シャルル10世も、兄王の政策を受け継いだため、さらに不満が高まっていった。
シャルルは国内の不満を逸らす目的で、1830年7月にアルジェリア侵略を始めた(これが1960年代まで続くフランス・アルジェリア植民地の端緒となる)。それでも国内の不満は治まらず、ついには自由主義者が大きな勢力を持つに至った議会を強制的に解散させ、次の選挙における大幅な選挙権の縮小を命ずる勅令を発したが(七月勅令)、これは火に油を注ぐ結果となった。
7月27日、民衆は三色旗を翻してパリの街頭にバリケードを築き始めた。鎮圧軍に戦意はなく、7月31日、パリ市庁舎のバルコニーにオルレアン公ルイ・フィリップがラファイエット将軍とともに姿を現し、民衆の歓呼の声に迎えられた。8月2日、ギロチンを怖れる国王シャルルはランブイエ城からオーストリアに亡命した。後継政府には共和派の反対を押して、「国民王」ルイ・フィリップが立った。ここにフランスは立憲君主制に移行した(7月王政)。
ルイ・フィリップは別名「株屋の王」であり「ブルジョワの王」であったため、市民たるブルジョワジーの不満は急速に解消されていった。王は内閣制をとり一定の成果を収めることに成功した。ブルジョワジーをさして「市民」革命という形態での革命はこれで終わり、以降の革命は労働者や農民がその不満を爆発させるように様変わりした。
[編集] 各国への影響
フランス7月革命の報はヨーロッパ各国に伝播し、革命運動に影響を与えた。
ウィーン会議の結果オランダに併合されていたベルギーでは、オランダの支配に対してブリュッセルで暴動が発生した。結果としてイギリスをはじめとする列強諸国はベルギーの独立を認め、翌1831年にドイツの小領邦君主の一族であるザクセン=コーブルク=ゴータ家の出身で、イギリス王室ともロシアともつながりのあるレオポルド1世を国王を迎えて、ベルギー王国として独立を果たした(ベルギー独立革命)。なお、オランダが最終的に独立を承認し、領土問題が解決したのは1839年であった。
ポーランドは、当時ポーランド立憲王国という一種の立憲君主国であったが、事実上ロシアの傀儡であり属国であった。7月革命を受けて、ロシア帝国による支配に対しての不満という形で、民族主義者や自由主義者がワルシャワで革命を起こした(十一月蜂起)。この革命はロシア軍によって鎮圧され、以降ポーランドの民族運動は逼塞した。
イタリアでは、カルボナリがナポリ・ピエモンテでの革命以来の復活を果たした。しかしこのカルボナリの蜂起はオーストリア軍によってすぐに鎮圧されてしまった。しかしカルボナリの理念は、自由主義者として即位したサルデーニャ王カルロ・アルベルトによって引き継がれ、後にリソルジメントとして実現する。
ウィーン体制は全面的な崩壊こそ免れたものの、部分的には大きく揺らぐことになった。なおウィーン体制が全面的に崩壊するのは1848年革命の時であった。
[編集] 芸術作品への影響
ウジェーヌ・ドラクロワは、フランス7月革命におけるパリ市街戦を題材として『民衆を導く自由の女神』を表した。これは7月革命をテーマとして書かれた絵画の中では最も有名な作品である。なお、この絵画の中に描かれているピストルを持った少年は、ビクトル・ユーゴー著『レ・ミゼラブル』の登場人物の一人、ガヴローシュのモデルとなったとされている。
フレデリック・ショパンは、故郷ポーランドの革命がロシア軍に圧殺されたと聞くと、大変悲しみ、また憤り、この革命をテーマとして『革命のエチュード』(「12の練習曲」Op10の第12番ハ短調)を作曲した。
ハンス・クリスチャン・アンデルセンは、短編小説集『絵のない絵本』第五夜の月のくれたお話として、フランス7月革命で勇敢に戦い宮殿の玉座の間で命を落とした無名の少年とその母親の物語を描いている。
[編集] 関連項目
最終更新 2009年6月7日 (日) 14:42 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【フランス7月革命】変更履歴


