ADAC

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ADAC(アー・デー・アー・ツェー、Allgemeiner Deutscher Automobil-Club e.V.)は、本部をミュンヘンに置くドイツ自動車ドライバーをサポートする組織。会長はペーター・マイヤー。会員数約1,500万人の、ヨーロッパ最大の自動車連盟である。

日本における日本自動車連盟(JAF)に相当する組織であり、「ドイツ自動車連盟」や「全ドイツ自動車クラブ」と訳されることもある。

目次

[編集] 概要

主要事業であるロードサービス事業のほかに、出版、旅行代理店、旅行傷害保険、救急事業などを行っており、それぞれが独立した組織になっている。

黄色いボディに「ADAC」と黒文字で書かれた自動車ヘリコプターが特徴的である。

[編集] ヘリコプター救急事業

ADACのヘリコプター救急事業はヘリコプター救急の先駆けとして知られている。

1960年代後半にアウトバーンでの死亡事故が増え、保険金の支払いが増加したことにより、ADACは保険金支払いの抑制や、会員の人命救助の対策を考える必要を迫られた。その過程で生まれたのがヘリコプターによる救急作業である。

1970年11月に、ミュンヘンのハラヒン病院を拠点にして本格的なヘリコプター救急を開始する。運航費は1974年社会保険から拠出されるようになるまでは、ADAC自身が負担していた。使用機は当時の最新鋭機であるMBB Bo 105Aとし、救急ヘリの1号機は旅行者の守護聖人クリストフォロスにちなんで「クリストフ1」と名付けられた。後継の救急ヘリも「クリストフ~番」の愛称がつけられ、「クリストフ」という名前はドイツの救急ヘリの代名詞として国民に親しまれている。

発想者はADAC救急事業部責任者(現、欧州エアレスキュー委員会(EHAC:European HEMS & Air Rescue Committee)名誉会長)のゲルハルト・クグラー。クグラーは「救急装備をしたヘリコプターが病院に待機、出動要請から2分以内に医師救急隊員を載せて離陸し現場へ向かう。飛行範囲は半径50km以内とし、15分以内に患者のもとへ到着。病院で患者を待つのではなく、その場で救急治療を行う」というヘリコプター救急の基本理念を提唱した。この理念は「ミュンヘン・モデル」と呼ばれるようになり、ドイツ国内だけでなく、世界中に広まることとなった。

ヘリコプター救急は発足以降ドイツ国内で急速に広まった。1984年には拠点数が35ヵ所になり、この時点で救急ヘリが15分以内で到達可能な範囲は、当時の西ドイツの国土の9割以上も及んでいた。さらにベルリンの壁崩壊以降は旧東ドイツにも普及するようになり、2005年には拠点数が80ヵ所に達した。これにより84%という15分以内の治療着手率の高さを実現している。また1970年には21,322人だった交通事故の死亡者数が、2000年には1970年の3分の1程度の7,503人になり、当初の目的であった交通事故の死亡者の減少にも成功した。

[編集] 参考文献

  • 西川渉 『ドクターヘリ '飛ぶ救命治療室'』 時事通信社、2009年。ISBN 978-4-7887-0952-2

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年9月15日 (火) 01:48 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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