AMステレオ放送

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AMステレオ受信機 赤く描かれたAMステレオ対応を示すロゴタイプが見える(ソニーSRF-A300)

AMステレオ放送-ほうそう)とは中波放送(AM放送)のステレオ放送である。

目次

[編集] 概要

AMステレオ放送に対応するラジオ受信機ではAMモノラル放送・AMステレオ放送どちらも聴取できるほか、従来の(非対応)受信機ではそのままAMステレオ放送をモノラル放送として聴取できる。

日本にて1992年開始当初は「AMラジオの最初で最後の進化」「AMラジオのFM化」と言われ、プロ野球中継にて臨場感を高めたことや、音楽番組のステレオ放送目的、トーク番組などで流れる音楽が開始前と比べて多くなった。しかし、導入したのは大都市中波局と実施当時民放FM局がなかった岡山県RSK山陽放送)や、未だに民放FM局がない和歌山県の中波局(WBS和歌山放送)に止まり、札幌テレビ放送(現:STVラジオ)が1996年10月に開始して以後、新規に開始した局は存在しない。その後、音楽番組の聴取率不振やNHKが導入を見送った影響で、多くの民放局で実施に至らず、すでにAMステレオを実施している民放局でも、一部の局を除いて親局のみでしか行われていない。さらにKBCラジオ2007年4月1日に、RKKラジオ2008年9月28日にAMステレオ放送が相次いで終了し、実施局は漸減傾向にある。

日本では1992年のAMステレオ放送開始より前の1991年10月に、アイワが初めて日本で対応した製品を出し、ソニーなどその他のメーカーもその後対応した。しかし、数年後アイワを除くメーカーは対応した製品を出すことは少なくなっていく。アイワはその後も対応していたが、ソニーに吸収合併された後は対応を打ち切った。普通のモノラル受信機に対して、AMステレオ受信機は値段が高価なこと[1]や、受信するためのICチップを生産しているメーカーが少ないことも普及・定着しなくなった原因と考えられる。現在では少種類の現行製品しか発売されていないが、FM文字多重放送受信機のように入手が困難になるという状況にはなっていないため、家電量販店インターネットなどで注文すれば入手が可能である。

普及・定着しなかった原因として、次の理由が挙げられる。

  • 日本放送協会(NHK)がこの放送方式の導入を見送ったこと。
    • 放送法においてNHKは「日本全国に均一な放送をする」義務が定められており、全国47都道府県全てにAMステレオ放送を導入すると莫大な経費がかかる(特にステレオ放送の送信機が高額とされている。回線使用料は仮に実施した場合でもほとんど影響しなかった)とされたため[2]
    • 既に超短波放送(FM)でステレオ放送を行っており、NHK中波放送の聴取者は高齢層が多かったためにAMステレオ放送を生かせる番組が少ないとされ[3]、中波でのステレオ放送は不要と判断したため[4]
  • AMステレオ放送を開始するとステレオ聴取可能エリアがモノラルに比べて狭まることで広告料金低下を嫌う営業部門からの反発があること[5]
  • 放送設備のステレオ化対応やメンテナンスに費用がかかること[6]
  • 地上デジタルラジオによるAMラジオのサイマル放送が控えていること[7]

[編集] 沿革

  • 1926年11月 - アメリカ電信電話会社(現・AT&T)のP.K.ポッターが直交変調方式の特許を取得。
  • 1958年1959年頃 - 米でWABC、WCBS、WNBC、KDKAの計4局がAMステレオの実験放送を行う。
  • 1959年1月 - 全米ステレオ委員会(NSRC)設置
  • 1960年頃 - 米FCC(連邦通信委員会)、AMステレオ放送の申請を却下。
  • 1962年 - 日本のTBSラジオが、JO2KRのコールサインで番組終了後の深夜にAM-FM方式によるステレオ実験放送を行う(以後、1964年まで行われた)。
  • 1970年5月 - メキシコXETRA局にて、カーン方式(ISB方式)による実験放送を行う(約3年間行われた)。
  • 1975年9月 - AMステレオ放送の実施に向け、全米AMステレオ委員会(NAMSRC)が設置される。その後、NAMSRCにより実験放送が行われ討議される(実験放送を行ったのは、それに加盟している放送局の一部の局である)。
  • 1977年12月 - NAMSRCが米FCCに報告書を提出する。
  • 1978年 - NAMSRCの報告を受け、米FCCはAMステレオの標準方式としてモトローラ、カーン、マグナボックス、ベラー、ハリスの全5方式を選定する。この米FCCの選定を受け、これらの5方式によって再度NAMSRCにより実験放送が行われ、討議される(実験放送は翌年まで行われた。この時も実験放送を行ったのは、それに加盟している放送局の一部の局である)。
  • 1979年
    • NAMSRC、AMステレオ方式の標準方式としてマグナボックス方式を選定。米FCCに報告書を提出。
    • メキシコで、カーン方式によるAMステレオの実用化試験放送が始まる。
  • 1980年4月 - 米FCC、AMステレオ方式の標準方式としてマグナボックス方式を仮決定する。
  • 1981年 - 米FCC、方式決定に際して放送局の技術者や他のメーカの反発が強かったためマグナボックス方式採用の仮決定を撤回し、再度選定を行う。
  • 1982年
    • 3月 - 米FCC、AMステレオの標準方式として選定した5方式全部を全て認可し、自由競争に任せる決定をした。
    • 7月 - 米のKDKA、KTSAの2局がカーン方式による全米初のAMステレオ放送を開始。
    • 米大手カーラジオメーカーであるデルコ社が、搭載するAMステレオチューナーの方式にモトローラ方式を採用。この決定が、米でのモトローラ方式の大幅な普及と他の国への標準化に大きな影響を及ぼすこととなる。
  • 1984年
    • 10月 - オーストラリアで、AMステレオの標準方式としてモトローラ方式が採用される。
    • 12月 - ハリス社がモトローラ方式の放送システムを製造販売するライセンス契約をモトローラ社と締結。これによりハリス方式は事実上、市場から撤退することとなった。
  • 1986年 - 日本において中波ステレオ放送の方式決定、実用化に当り、中波ステレオ放送の地上波実験が開始される(1991年頃まで)。
  • 1991年
    • 4月 - 郵政省(当時)の電気通信技術審議委員会が日本での中波ステレオ放送の標準方式をモトローラ方式とする決定を下し、郵政大臣に報告する。これを受けてその後、電波法省令の改正、中波ステレオ放送に関する技術基準の策定が行われ、1992年1月16日に施行された。
    • 10月 - 日本国内向け初のAMステレオ受信機、アイワCSD-SR80(高級CDラジカセ)が発売される。
  • 1992年3月15日 - 9時、TBSラジオ文化放送ニッポン放送(以上東京)、MBSラジオABCラジオ(以上大阪)が一斉にAMステレオ放送の本放送を開始する。
  • 1993年 - 米FCC、自由競争の結果、モトローラ方式をAMステレオの標準方式とする決定を下す。

[編集] 歴史

[編集] 世界

1波によるAMステレオの発明に関する歴史は古く、1926年11月、アメリカ電信電話会社のP.K.Potterが直交変調方式(QUAM方式、後のモトローラ方式の基礎となるもの)を発明特許を取得したことが最初である。

1958年、ステレオ・レコードの発売の同じ年に米でAM放送のステレオ化の提案が行われ、その後WABC、WCBS、WNBC、KDKAの計4局が実験放送を行った。しかし米では同時にFMステレオ放送の標準方式の検討が行われた時期であり、AM放送全盛の中で本格的にFM放送の振興を図ろうとする連邦通信委員会(FCC)の思惑があり1960年頃、同委員会はAMステレオ放送の申請を却下した(ちなみに日本でも1962年から2年間、TBSラジオがAM-FM方式によるステレオ放送の実験を放送終了後に行っていた)。

その後1970年に入り、アメリカでは高音質のFMステレオ放送が人気をよんだこともありFM放送のリスナー数がAM放送のそれよりも上回るケースが出てきた。これを機に再度、AMのステレオ化が全米のAM各局から叫ばれてそれを実施したいAM局が集まり、1975年9月、全米AMステレオラジオ委員会(NAMSRC)が設立された。

AMステレオ方式の標準方式を決めるべく実験放送等を行って検討し、1977年12月に報告書をFCCに提出。1978年、FCCはこれを受け、AMステレオの標準方式を決めるためにカーン方式(ISB方式)、モトローラ方式(C-QUAM方式)、マグナボックス方式(AM-PM方式)、ベラー方式(AM-FM方式)、ハリス方式(VCPM方式)の計5方式を選定。

その後、NAMSRCによって再度実験・討議され、その中から1979年、NAMSRCはマグナボックス方式を標準方式として決定。これを受けて連邦通信委員会も1980年4月同方式を標準方式とする仮決定をしたが、その後、この仮決定の理由と内容が不十分だとして、米国商業放送連盟(NAB)の大会等で関係技術者から反対の声が相次いだことや、他のメーカーからの異議申し立てがあり、この仮決定は撤回され改めて標準方式の選定に入ったが、1982年3月、連邦通信委員会は全ての方式を認可する決定を下し自由競争に任せた。

同年7月、米のKDKA、KTSAの2局がカーン方式による全米初のAMステレオ放送の本放送を開始した。しかしその後、米大手カーラジオメーカーであるデルコ社が搭載するAMステレオチューナーの方式にモトローラ方式を採用(同社は米GM社クライスラー社フォード社等多くの自動車用のチューナを製造している)。この決定がモトローラ方式を採用するAMラジオ局を多くする契機となった。

これを機に、1984年10月にオーストラリアで、その後、相次いでAMラジオ放送の標準方式としてモトローラ方式を採用する国が多くなった。また、このことを受けてか同年12月にはハリス社がモトローラ方式の放送システムを製造販売するライセンス契約をモトローラ社と締結したため、ハリス方式は事実上市場から撤退することとなった。

その後、日本、カナダなど各国でモトローラ方式が標準方式になり、また、全米でも同方式が主流になったこともあり遂に1993年、米連邦通信委員会はモトローラ方式をAMステレオの標準方式とする決定を下した。

日本では1979年から室内実験が、1986年からは地上波に於いての実験が行われ、1991年4月、モトローラ方式を標準方式とする決定を下し、1992年3月15日9時にモトローラ方式によって東京と大阪にある民放5局(TBSラジオ文化放送ニッポン放送MBSラジオABCラジオ)でステレオ放送がスタートした。

[編集] 日本

[編集] AMモノラル2波によるステレオから1波ステレオの方式決定まで

日本でのAMステレオ放送の歴史は通常のAMモノラル放送を2波を使ったステレオ放送が1952年12月〜1965年頃まで良く行われており、人気を集めていた(詳しくはラジオ#複数の放送波による立体放送を参照のこと)。しかし、この2波ステレオもFMステレオの登場と共に姿を消した。

こういう刺激もあってのことか、日本でも1962年から約2年間、TBSラジオが放送終了後にAM-FM方式によるステレオ放送の実験を行っていたが、実用化には至らなかった[8]

日本でのAMステレオ放送の気運が高まってきたのは1979年になってからのことで、米のAMステレオ放送の動きに刺激され、NHKを始め民放各社が翌年頃まで室内実験を各地で行っていた。主な実験を挙げてみると、同年2月にまず文化放送が室内実験を行い、翌年には4月に米FCCがAMステレオの標準方式にマグナボックス方式を採用したことが契機となり、ニッポン放送山水電気の協力を受けて同方式による室内実験をマスコミ関係者に公開した。しかし、同方式の決定が翌年白紙撤回されるとこの室内実験の行われなくなり、再度米FCCの決定待ちの状況となった。

その後1982年3月の米FCCの5方式全部認可の決定を受け、同年、日本民間放送連盟は中波専門部会の中に中波ステレオ放送分科会を設置。米で認可された全5方式について室内実験及び検討を行い、1985年に報告書を発行した。

この報告を受け、1986年、放送技術開発協議会(BTA)が前年に行われたつくば博用の会場に開設された期間限定の中波(AM)ラジオ局「ラジオきらっと」(周波数855kHz、出力1kW、コールサイン:JO2C)の施設を受け継ぎ、1988年まで実験放送を行った(AMステレオ実験局になってからは呼出名称は「BTAステレオ実験」に変更された)。

「ラジオきらっと」の技術を担当した文化放送の技術スタッフが引き続きこの実験局に常駐し、出力を変えたりアンテナ特性を変えたりして送受信特性を調査した。また、この時、同期中継のテスト用に中継局「BTAステレオ実験2」(出力10W)の運用試験も行われた。

1988年11月、2年間の実験結果の報告書が郵政省に提出された。その結果は

  • 米で認可された5方式間に特性の優劣はほとんどない。
  • モノラル受信機との両立性はハリス方式を除き、問題はない(この時点で、ハリス方式は既に市場撤退していた)。
  • サービスエリア、混信特性等もモノラル放送とほぼ同程度である」ということで実用化に十分であるという結果を出した。

であった。

郵政省はこの報告を受け、1989年1月に電気通信技術審議会(以下電通技審と略す)に対し「中波ステレオに関する技術的条件」について日本の標準方式はどの方式を採用するかということと、技術基準をどのように設定するかを諮問した。

最終的にこの時点でモトローラ方式とカーン方式の2方式に絞られ、その後、東京のNHKラジオ第1放送、TBSラジオ、文化放送、ニッポン放送の実用送信機を使って実験、評価を行った。その結果、1991年4月、電通技審はモトローラ方式を標準方式とする結果と同放送の技術基準をまとめた報告書を郵政大臣に提出。これにより、モトローラ方式が日本のAMステレオ放送の標準方式となった。

これを受けてその後、電波法省令の改正、中波ステレオ放送に関する技術基準の策定が行われ、1992年1月16日に施行されることとなった。

[編集] 本放送に向けての試験電波発射

これを受け、1992年初頭(改正された法律施行直後だと思われる)に郵政省は先ずTBSラジオ、文化放送、ニッポン放送(以上東京)、MBSラジオ、ABCラジオ(以上大阪)にAMステレオ放送の予備免許を交付した。

放送の行われていない月曜日の早朝、およそ午前2時から4時まで試験電波の発射は行われた。東京では先ず同年2月9日に文化放送が同放送の試験電波を約15分の短い時間で発射、翌週の2月16日にはTBSラジオとニッポン放送がそれに続いた。

文化放送は、2年間のBTAステレオ実験の技術を担当した経験があってか調整もスムーズに済み、3月2日の試験電波では熟年女性アナウンサーによる音楽とおしゃべりによる生放送DJまで行う程の余裕があった。3月9日の最終試験では、およそ15分のわずかな時間で試験電波発射を終えた。

ニッポン放送も予定通り調整を終えた。

TBSラジオは独自に制作した、男性アナウンサーによる説明ナレーションの入った約7分のステレオ試験放送用のサンプル番組を繰り返し放送した。左右のレベル調整等に苦労し、最終試験の3月9日はステレオ試験電波の半分をその調整に費やしたが、試験電波終了日の放送開始前までにはかろうじて間に合った。雑誌『ラジオの製作』1992年4月号のカラーページに、2月16日の試験電波放送中の戸田送信所の詳細レポートを掲載している。

[編集] 本放送開始

同年3月、前記の東京3局、大阪2局に対し、郵政省はAMステレオ放送の本免許を交付した。

同年の1月か2月、最初にAMステレオ放送を開始する放送局5局の申し合わせにより同放送の開始時間は3月15日9時ちょうどに決定された。最初の番組はTBSラジオが『ポップスベスト10』、ニッポン放送が三宅裕司がメインパーソナリティーのステレオ放送開始特番であった。朝日放送では当日、阪神甲子園球場での「阪神 - 巨人」のオープン戦をステレオで生放送するところだったが雨天のため中止となり、同時間帯はABCラジオのスタジオにて毒蝮三太夫らの野球トーク番組に変更となった。

この日、AMステレオの携帯型ラジオとして発売されていたソニーのSRF-M100、アイワのCR-D60の2機種は売り切れ続出の状況で入手困難な状況でニッポン放送ではまだ余っていて入手できる店舗を視聴者から電話で募り、番組で再度その店舗に在庫確認をしその店舗を番組内で紹介し在庫数を知らせるということを行っていた。また、これらの機種が入手できないということでAMステレオ放送を聴く為にAMステレオ対応のCDラジカセ(アイワCSD-SR80)やステレオミニコンポ(アイワ製)まで購入する客も結構いたという。

[編集] AMステレオ放送実施局

[編集] 北海道

  • HBC 北海道放送HBCラジオ〉 ※親局のみ実施 旭川函館室蘭地区の各一部地域でも親局が昼夜通して受信可能。夜間は加えて釧路網走地区でも親局を受信することができる。
  • STVラジオ ※親局のみ実施(苫小牧・室蘭放送局は親局と同一周波数だが未実施)旭川地区の一部地域でも親局が昼夜通して受信可能。

[編集] 関東広域圏

[編集] 中京広域圏

[編集] 近畿広域圏

[編集] 和歌山県

[編集] 岡山県

[編集] 広島県

[編集] 福岡県

[編集] 過去に実施されていた放送局

[編集] 対応機種

現行機のみ掲載。この他にも対応機種は多数ある。

[編集] 据置型

[編集] パイオニア

  • F-D3(単品オーディオシステム用チューナーユニット)[9]

[編集] ポータブル型

全てアナログ選局式。デジタル選局(シンセサイザー)式ポータブルAMステレオラジオはパナソニックRF-HS90/HS70を最後に2001年を以て生産終了。

[編集] ソニー

[編集] 脚注

  1. ^ 最高でも4000〜5000円程度であるためあまり高い程の値段ではない。安売りしていた積水化学も売上不振で撤退。
  2. ^ しかし、地上波テレビのステレオ放送も最初から全国一斉実施ではなく「日本全国に均一な放送」となるまでに時間を要したこと(総合テレビでは実用化試験放送時代から数えて8年、本放送開始から数えて4年、教育テレビは半年)や、NHK-FMの文字多重放送が一部区域のみの実施で「日本全国に均一な放送」でないことと矛盾するという意見もある。なお、NHK-FMの文字多重放送も、ワンセグが放送開始したことと受信料収入減による予算・事業計画の見直しにより、2007年3月に終了した。
  3. ^ もっとも、ラジオ第1・2放送の番組の中にもステレオで収録した番組が存在する。
  4. ^ しかしながら、韓国のような1.5MW(メガワット=1000kW)クラスの大出力送信所設置(日本の中波送信所の最大出力は500kW)と中継送信所の統廃合でNHKでも低コストでのAMステレオ放送導入が容易だったという意見もある。なお、NHK放送センターのラジオセンター131スタジオと132スタジオは将来のAMステレオ放送実施を目的にステレオ放送に対応した設備になっていて、AMステレオ放送不実施決定後も、ステレオ放送に対応した機材は実際にステレオ放送されるFM放送(『ラジオ深夜便』など)や地上デジタルラジオ実用化試験放送で活用している。
  5. ^ 茨城放送・市川技術局長に聞く」、『放送技術』10月、兼六館出版、1999年10月。
  6. ^ 各AMラジオ局のスタジオにある個々の機器自体はステレオ放送に対応可能なものが多数導入されているが、スタジオを丸々AMステレオ放送用に改装したり、送信機を導入したりするには多額の費用を要する。一例として、KBCラジオが1992年にAMステレオ放送を導入する際、第一段階としてスタジオ一つと親局送信機をステレオ対応にした事例の費用は約3億円掛かっており、更に全スタジオや機器をステレオ化するには追加費用として約5億円が必要と試算していた(「日本のラジオを考える11 AMステレオ化を脅かすデジタルの足音」、『放送レポート』第116号、メディア総合研究所、1992年5月)。
  7. ^ 実際、TBSラジオ、文化放送、ニッポン放送が深夜の時間帯を除き実用化試験放送としてAMラジオのサイマル放送を行なっている。かつてはBSデジタルラジオでもAMラジオの一部サイマル放送を文化放送(BSQR489)とRFラジオ日本(BS日テレラジオ445)で行なっていた事例がある。
  8. ^ この時使われたFM変調器は164kHzのセラソイド変調器で、周波数偏移は1kHzだったという。
  9. ^ F-D3
  10. ^ SRF-AX15
  11. ^ SRF-A300
  12. ^ SRF-AX51V
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[編集] 関連項目

最終更新 2009年7月13日 (月) 18:39 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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