DMF31系エンジン
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DMF31系エンジン(-けいえんじん)は、旧国鉄(→JRグループに継承)のディーゼル機関車用として開発され、客車の発電用エンジンとしても用いられたディーゼルエンジンである。
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[編集] 解説
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このエンジンは直列6気筒で、機関車用・発電用途としては車内搭載できるため垂直シリンダ(縦型)、気動車用としては床下に搭載するために全高の低い水平シリンダ(横型)であった。国鉄での搭載例ではターボチャージャーを搭載しており、連続定格出力は370馬力〜500馬力。一部私鉄の車両には中間冷却器を備えたものや直噴化改造を施し、さらに出力アップを施した車両が存在する。
型式名のDMは'D'iesel 'M'otorの略、Fは6気筒を意味し(Aを1、Bを2……の意味に置き換えると6はF)、31は総排気量(リットル)である。末尾のSはターボチャージャーを、それに続くアルファベットは改良順にA、B…となる。ハイフンの後ろのGは発電用、Rはロータリー除雪車用を意味する。
このエンジンを2列組み合わせたV形12気筒にしたのが国鉄DD51形ディーゼル機関車やDE10形に搭載されているDML61系エンジンであり、更にクランク軸を延長して気筒数を増加した16気筒としたのがDE50形に搭載されたDMP81Zエンジンである。
換言すれば、国鉄がDD13形以降に開発した液体式ディーゼル機関車のエンジンは、西ドイツの設計になるエンジンを採用したDD54形を除いてすべて本エンジンの発展系である。国鉄ディーゼル機関車の礎を築いたエンジンといえよう。
[編集] 歴史
[編集] 戦前の気動車用試作エンジン
1937年(昭和12年)、国鉄はキハ43000形電気式気動車を製作した。この車両は、床下に搭載したディーゼルエンジンで直流発電機を駆動し、発生した電力でモーターを駆動する方式で、水平シリンダ・直列6気筒240馬力機関が使用されていた。
この車両用に、日本国内のエンジンメーカー3社がボア180mm×ストローク200mmという基本仕様を揃えつつそれぞれ独自開発したのが、以下の3種のエンジンで、部分仕様はそれぞれ異なるが一般にDMF31系の原型とされ、「DMF31H」と総称されるエンジン群である。
鉄道省では43000系3両編成中、2両の動力車に、3種のエンジンを代わる代わる搭載してテストを行ったが、これらのエンジンは潤滑の難しい水平シリンダであることや当時の工作精度の限界などからクランクシャフト折損や焼き付きなど不具合が生じ、それ以上の開発進展や量産化には至らなかった。
1930年代後期の戦時体制に伴い、燃料供給統制が厳しくなったため43000形での試験はほどなく休止(同車は1943年休車となった)、気動車とそのエンジンの開発は一時中断となる。
43000形用の3社の試作エンジンは、戦後の機関車用エンジンの開発にあたって部分的参考となったことは事実であるが、原型となったエンジンの設計が戦後に直接用いられたわけではなく、大幅な再設計を経ており、戦前形DMF31H系各モデルと、戦後に量産化されたDMF31系を直接の系譜上で結びつけることは必ずしも適切ではない。
[編集] 戦後の再開発とDD13形の成功
太平洋戦争をはさんで戦後、再び国鉄がディーゼルエンジンの開発に着手したとき、戦前のDMF31Hを参考に開発を計ることも考えられたが、43000形用の各社製試作エンジンそのものは戦時供出され(金属資材に転用されたものと見られる)、図面も残っていなかったため、早急な実用量産化を求められた気動車用としての採用は諦められた。国鉄の気動車用標準エンジンは、やはり戦前の原設計だが資料や試作部品等が残存していたDMH17系エンジンが1951年以降改良を受けて量産化されていくことになる[1]。
一方、機関車用の縦型中型エンジンとして適切なサイズのエンジンが検討された結果、このボア・ストローク比のエンジンの開発が改めて開始され、国鉄のほか新潟鐵工所(現・新潟原動機)、振興造機(現・神鋼造機)、ダイハツ工業の4者が共同で作業した結果、横型や気筒数を増やしたV形への発展も想定したDMF31Sが完成する。
国鉄は同時に機関車用液体変速機の開発もすすめ、1955年(昭和30年)には振興造機がDS1.2/1.35形を製作。DMF31Sと組み合わせ、1958年(昭和33年)に国鉄DD13形ディーゼル機関車を製作する。DD13形は改良を重ねられながら大量に製作されることになる。
[編集] 改良と発展
同じく1958年、発電用としてDMF31S-Gが、さらに翌年には強力型気動車用の試作機関としてDMF31HSが製作された。後者はキハ60系用として製作されたが、横型ゆえに潤滑がうまくいかないという問題が生じ、また駆動装置等のトラブルが続くことから、強力型気動車用としての採用は見送られ、当面は従前通りのDMH17系を2基搭載することで対処した。以後、気動車用大出力機関の開発はDMF15系・DML30系に移ったため、DMF31系の気動車への採用例はない。詳細はキハ60系の項目を参照されたい。
一方、機関車用としては順調に改良が進み、当初は1機関あたり370馬力であったものを圧縮比の増大等により1961年(昭和36年)から500馬力に出力アップし、DMF31SBとされた。ほぼ同時期にロータリー式除雪機関車DD14形用としてDMF31SB-Rも開発された。
[編集] 応用と現在
1960年(昭和35年)、無煙化の一環として大型ディーゼル機関車の開発を国産のエンジンと国産の液体変速機で行うという方針が国鉄部内で決定された。エンジンは、十分な実績のあるDMF31系2組をV型に配置し、12気筒とすることになった。これが、のちにDD51形に採用される1000馬力のDML61S型エンジンである。機関車の落成は1962年(昭和37年)。このエンジンはさらに中間冷却器を備えて1100馬力のDML61Zとなり、さらに冷却水回路やピストンを改良した1250馬力のDML61ZAが作られてDE10に搭載され、プランジャ径を拡大し予燃焼室を改良、圧縮比を上げた1350馬力のDML61ZBへと発展していく。
1970年(昭和45年)には、DML61ZBを16気筒に拡大したDMP81Zが完成。DE50形に搭載されるも、諸般の事情により量産には至らなかった。
これらの基礎となったDMF31Sは、DD13形こそ1967年で生産が打ち切られるも、DD14形や私鉄用機関車のエンジンとして細々と生産され、私鉄用としては中間冷却器を備えたものや直噴化されたものなどが生産された。2007年4月現在、新潟原動機の商品ラインナップにDMF31SD等が存在している。
[編集] 特記事項
- DMF31SZはDMF31Sを直噴化したもの。付番の整合性がないが、詳細は不明
- DMF31SD1は新製時から中間冷却器装備を装備した直噴式のもの
[編集] 諸元
- 6気筒4ストロークディーゼルエンジン
- DMF31HSAのみ横型、ほかは縦型
- キハ43000のDMF31Hエンジンは戦後生産の各系列機関と直接の関係がないため掲載していない
| DMF31S | DMF31S-G | DMF31HSA | DMF31SB | DMF31SB1 | DMF31SB-R | DMF31SZ | DMF31SD | DMF31SD1 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 主な搭載車種 | DD13 1〜110 | マニ20 | キハ60 | DD13 111〜 | 福島臨海鉄道DD5601 | DD14 | 神奈川臨海鉄道KD55 101 | 高崎運輸DD452 | 神奈川臨海鉄道KD55 102 |
| 形式 | 過給、予燃焼室式 | 過給、予燃焼室式 | 横型、過給、予燃焼室式 | 過給、予燃焼室式 | 過給、予燃焼室式 | 過給・中間冷却、直噴式(改造) | 過給・中間冷却、直噴式 | 過給・中間冷却、直噴式(新製) | |
| シリンダ径×行程(mm) | 180×200 | 180×200 | 180×200 | 180×200 | 180×200 | 180×200 | 180×200 | 180×200 | 180×200 |
| 排気量(l) | 30.52 | 30.52 | 30.52 | 30.52 | 30.52 | 30.52 | 30.52 | 30.52 | 30.52 |
| 圧縮比 | 14.3 | 14.8 | |||||||
| 定格出力(PS/rpm) | 370/1300 | 340/1200 | 400/1500 | 500/1500 | 600 | 500 | 550 | 500 | 600 |
| 定格時ピストン平均速度(m/s) | |||||||||
| 定格時平均有効圧力(kg/cm2) | |||||||||
| 定格時燃料消費率(g/PS/h) | |||||||||
| 最大出力(PS/rpm) | |||||||||
| 最大時ピストン平均速度(m/s) | |||||||||
| 最大時平均有効圧力(kg/cm2) | |||||||||
| 起動電動機 | |||||||||
| 組み合わされる液体変速機または発電機 | DS1.2/1.35 | DW1 | DS1.2/1.35 | DS1.2/1.35 | |||||
| 長さ×幅×高さ(mm) | |||||||||
| 乾燥重量(kg) |
[編集] 脚注
- ^ 岡田誠一『キハ07ものがたり(上)』(2002年 ネコ・パブリッシング)p34-p35における、当時の開発担当者の北畠顕正の証言。
最終更新 2009年9月15日 (火) 11:14 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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