FIFAクラブワールドカップ

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FIFAクラブワールドカップ
開始年 2000年
主催 FIFA
参加チーム数 7
加盟国 AFC
CAF
CONCACAF
CONMEBOL
OFC
UEFA
前回優勝 イングランドの旗マンチェスターU.
(初優勝)
サイト 公式サイト
  

FIFAクラブワールドカップ(ふぃふぁくらぶわーるどかっぷ、英語: FIFA Club World Cup)は、国際サッカー連盟(FIFA)が主催する、クラブチームによるサッカー世界選手権である。

2000年に第1回が開催されたが、その後中断。2005年からインターコンチネンタルカップ(トヨタカップ)を吸収し、6大陸の大陸別サッカー選手権王者がトーナメント方式で優勝を争う形となった。2005年までの大会名称は「FIFAクラブ世界選手権」(英語: FIFA Club World Championship)であったが、2006年より「FIFAコンフェデレーションズカップ」を除くFIFA主催の国際大会を「ワールドカップ」で統一する方針により大会名称が改められた。

目次

[編集] 概要

2006年 第1回戦第2試合・全北現代クラブ・アメリカ(2006年12月11日・国立霞ヶ丘陸上競技場

この大会は世界6大陸で行われている各大陸別サッカー選手権である、アジアサッカー連盟(AFC)主催のAFCチャンピオンズリーグアフリカサッカー連盟(CAF)主催のCAFチャンピオンズリーグ北中米カリブ海サッカー連盟(CONCACAF)主催のCONCACAFチャンピオンズリーグ南米サッカー連盟(CONMEBOL)主催のコパ・リベルタドーレスオセアニアサッカー連盟(OFC)主催のOFCチャンピオンズリーグ欧州サッカー連盟(UEFA)主催のUEFAチャンピオンズリーグの各大陸王者チームと開催国の国内リーグ優勝チームが一堂に会して「クラブチームの世界王者」を争う大会である。ちなみに、この大会の第一回大会は公式記録上、2000年にサンパウロリオデジャネイロで開催された「FIFAクラブ世界選手権」(ブラジル大会)からである。

なお、このフォーマットが整備されたのはトヨタカップを吸収した2005年以降の事である。又2007年からは開催国の国内リーグ優勝クラブ(開催国の国内リーグ所属チームが所属連盟の大会で優勝した場合は所属連盟大会準優勝チームが出場。同一国から2チーム以上は出場できない)が加わることになった。

ただ、国別対抗戦ではなく大陸王者による対抗戦なので、「クラブのワールドカップ」という大会名だがむしろ「クラブのコンフェデレーションズカップ」という位置づけに近い。

[編集] 歴史

[編集] 前史

サッカーのクラブ世界一を決める大会は1960年代からインターコンチネンタルカップが行われていた。同大会では欧州(UEFAチャンピオンズリーグ)と南米(コパ・リベルタドーレス)の王者同士の直接対決によって「事実上」の世界一が決められていた。その為、欧州と南米が世界のサッカーの2大中心地であった時代まではこれ以上の大会は必要なかった。

しかし、20世紀末頃からFIFAワールドカップなどで欧州や南米以外の大陸の国々の躍進も目立ち始めた。この為、当時のFIFA会長であったゼップ・ブラッターが「クラブの世界一決定戦においてもワールドカップと同じように全大陸連盟から代表を集めて、真の意味での『クラブチームの世界王者』を決めよう」と提唱した。こういった背景もあって、FIFAが創設したのがこの大会の前身にあたる「FIFAクラブ世界選手権」である。

[編集] 2000年大会~2001年大会

こうして2000年1月初旬にブラジルのサンパウロとリオデジャネイロで、「FIFAクラブ世界選手権2000」(第1回大会)が開催された。なお、決勝戦は南米対欧州の構図にはならず、地元ブラジルの「コリンチャンスヴァスコ・ダ・ガマ」となり、優勝したのはコリンチャンスであった。コリンチャンスは、大陸連盟のクラブ選手権を勝ちあがったチームではなく、ブラジル全国リーグ「ブラジル全国選手権」の優勝クラブであることによる開催国枠で参加していたため、大会の性格との不整合から一定の疑問が付随することになった。

2001年の第2回大会は、スペインマドリードで、出場チームを12まで増やして、第1回大会よりも大規模な大会として開催されるはずであった。しかし、大会の運営を任されていた代理店のISL社の倒産が影響し大会スポンサーが集まらず、第2回大会は開催中止となった。その後、何度も再開のための検討が続けられたが、2005年までは同大会を開催することが出来なかった。

[編集] 2005年大会以降

こうして再開に向けて模索を続けたFIFAクラブ世界選手権だが、その道のりは平坦ではなかった。その理由としては、大会スポンサーが思うように集まらないことと、ビッグクラブを中心とした欧州連盟の反対がある。特に後者の要素は大きく、所属選手がクラブチームと母国代表チームの試合によるハードな移動と過密日程を毎年こなさなければならず、その影響が相次ぐケガや疲労による試合でのパフォーマンス低下という事態を招いていた。また、既に欧州王者と南米王者が対戦するトヨタカップが存在していたために、新たなFIFAの大会創設には消極的にならざるを得なかった。

しかし、交渉の結果、2005年にトヨタカップを吸収し、同大会のフォーマットを受け継いだ上で再開を果たすこととなった。これによって、6大陸連盟のクラブ選手権の優勝クラブが出場権を獲得する現行のフォーマットが成立した。この時のクラブ世界選手権は、トヨタカップの継承大会という性格を強く持っていた。そのため、日本で開催すること、冠スポンサーであるトヨタ自動車の名を採ったトヨタカップの名称を継承することとなった。また、ホスト・ブロードキャスターもトヨタカップから日本テレビを継承して、ホスト国である日本に対して配慮した。

大会名は、2005年大会が"FIFA Club World Championship TOYOTA Cup Japan 2005"であった。トヨタカップの名前が残っているのは、ホスト国の日本に対する宣伝面での配慮である。2006年大会から、FIFAのマーケティングの関係上「FIFAクラブ世界選手権」から「FIFAクラブワールドカップ」に変更された。対外的な呼称も"FIFA Club World Cup presented by TOYOTA"となった。日本語では、「TOYOTAプレゼンツFIFAクラブワールドカップ」が正式名称であり、ホスト・ブロードキャスターである日テレではこの正式名称を用い、宣伝等で「クラブワールドカップ」という呼び方を使用しているが、一般的には「クラブワールドカップ」や「クラブW杯」という呼び方・表記をしている。なおFIFAのメディアガイドラインでは「ワールドカップ」の名称を「W杯」と表記することを認めていない。

2007年以降の大会からは開催国枠を設置することが決まった。このことで、少なくとも2007年と2008年の大会は日本の日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)優勝クラブが出場権を獲得できるようになった[1]。また、開催国の国内リーグ優勝クラブと開催国が所属する大陸連盟のクラブ選手権優勝クラブが同一国のクラブだった場合は、同一国から2チームが出場しないように配慮するため、大陸連盟のクラブ選手権で開催国以外の最上位クラブ(原則準優勝クラブ)に対して出場権が与えられることになった。なお、2007年のみ5位決定戦は行わなかった。

[編集] 今後の予定

FIFAは2008年5月27日オーストラリアシドニーで理事会を開き、2009年2010年の開催地をアラブ首長国連邦、同時に2011年2012年の開催地を日本に決定した。

[編集] 試合の方式

  • 毎日1試合ずつ(ただし準決勝1試合と5位決定戦、3位決定戦と決勝戦をダブルヘッダーで開催)行う。
  • 45分ハーフで決着が付かない場合は15分ハーフでの延長戦(フルタイム)。それでも決着が付かない場合はPK戦で勝敗を決定する。但し、決勝戦および準決勝の試合開始時間の調整上、3位決定戦・5位決定戦に限り延長戦は行わず、45分ハーフで同点の場合はそのままPK戦を行う。

[編集] 問題点と課題

FIFAクラブワールドカップには、以下の問題点、解決が期待される課題がいくつか取りざたされている。

[編集] 大陸間の格差

FIFAクラブワールドカップとなってからの問題としては欧州・南米王者とその他の大陸王者の競技レベルの格差、特にオセアニアサッカー連盟(OFC)所属チームの競技レベルの低さが挙げられる。オーストラリアがOFCからアジアサッカー連盟(AFC)へ転籍したことでこの傾向は顕著となり、OFCチャンピオンズリーグの王者は3年連続でニュージーランドのアマチュアチームとなっている(ニュージーランドにもプロサッカークラブのウェリントン・フェニックスが存在するが、AFCに所属するオーストラリアのプロリーグであるAリーグに参加しているため、OFCチャンピオンズリーグには出場できない)。そのため、他の地域のプロチームとのレベルの差が顕著となっていて、欧州・南米とは逆に一人負け状態となっており、オセアニアのアマチュアチームの参加意義について問われかねない状況が続いている。2007年12月7日の試合を観戦した日本サッカー協会(JFA)の川淵三郎会長(当時)は「オセアニアをどう考えるか、クラブW杯の問題になる」と発言している。

[編集] 興業面での不振

開催回数を重ねる毎に若干の改善傾向にあるが、興業面においては欧州大陸王者の試合を除けば、観客動員数やテレビ視聴率が依然として芳しくないという問題がある。これは参加チームの知名度が高くなく、欧州クラブの参加意欲でも取り上げられた大会の存在意義の問題に起因するところがある。日本においては放映権を持ち、かつ大会のホスト・ブロードキャスターである日本テレビは各大陸のクラブ選手権を頻繁に取り上げるものの(主な理由としては日本テレビが地上波独占で放映していること、クラブ単位での試合になじみがないことなど)、他のメディアがこれらをニュース番組のスポーツコーナー等でしかあまり取り上げない状況が続いている。ただ、大陸別の大会ではUEFAチャンピオンズリーグの地上波独占放映権を獲得しているフジテレビでは、自局で放送する各大会を自局のスポーツニュース番組やサッカー番組で積極的に取り上げている。

[編集] 不公平な試合日程

欧州と南米王者は2試合、アジアと北中米カリブ海王者は3試合、開催国とオセアニア王者は4試合と、王座に到達するまでの試合数が大陸ごとによって異なる。これは欧州と南米の競技レベルが依然として他を圧倒している事と、大会開催時期が欧州サッカーのシーズン真っ只中である為に欧州王者への優遇処置として試合数を減らしていることによる。ここまで公平性を欠いた対戦方式の国際大会は、クラブワールドカップ以外のFIFA主催国際大会では例が無く、何らかの調整が必要であるとする意見が多い。また、トーナメントの組み方にも問題があり、2007年の大会では浦和レッズセパハンとの試合が、2008年の大会ではガンバ大阪アデレード・ユナイテッドとの試合が、AFCチャンピオンズリーグ決勝戦から数えて短期間で3試合目となり、新鮮味に欠けてしまうという問題が生じた。

[編集] 結果と統計

[編集] 歴代大会の決勝戦および3位決定戦の結果

年度 開催国 決勝戦 3位決定戦
優勝 スコア 準優勝 3位 スコア 4位
2000
詳細
ブラジル ブラジルの旗 コリンチャンス[2] 0 - 0 aet
(PK 4 - 3)
ブラジルの旗 ヴァスコ・ダ・ガマ メキシコの旗 ネカサ 1 - 1 aet
(PK 4 - 3)
スペインの旗 レアル・マドリード
2001
詳細
スペイン 広告代理店ISL社の倒産により開催中止
2005
詳細
日本 ブラジルの旗 サンパウロ 1 - 0 イングランドの旗 リヴァプール コスタリカの旗 デポルティーボ・サプリサ 3 - 2 サウジアラビアの旗 アル・イテハド
2006
詳細
日本 ブラジルの旗 インテルナシオナル 1 - 0 スペインの旗 バルセロナ エジプトの旗 アル・アハリ 2 - 1 メキシコの旗 クラブ・アメリカ
2007
詳細
日本 イタリアの旗 ミラン 4 - 2 アルゼンチンの旗 ボカ・ジュニアーズ 日本の旗 浦和レッドダイヤモンズ 2 - 2 aet
(PK 4 - 2)
チュニジアの旗 エトワール・サヘル
2008
詳細
日本 イングランドの旗 マンチェスターU. 1 - 0 エクアドルの旗 LDUキト 日本の旗 ガンバ大阪 1 - 0 メキシコの旗 パチューカ
2009
詳細
アラブ首長国連邦
2010
詳細
アラブ首長国連邦
2011
詳細
日本
2012
詳細
日本

[編集] クラブ別成績

クラブ名 優勝 準優 優勝年度 準優勝年度
ブラジルの旗 コリンチャンス 1 0 2000
ブラジルの旗 サンパウロ 1 0 2005
ブラジルの旗 インテルナシオナル 1 0 2006
イタリアの旗 ミラン 1 0 2007
イングランドの旗 マンチェスターU. 1 0 2008
ブラジルの旗 ヴァスコ・ダ・ガマ 0 1 2000
イングランドの旗 リヴァプール 0 1 2005
スペインの旗 バルセロナ 0 1 2006
アルゼンチンの旗 ボカ・ジュニアーズ 0 1 2007
エクアドルの旗 LDUキト 0 1 2008

[編集] クラブ所在国別成績

国名 優勝 準優 3位 4位
ブラジルの旗 ブラジル 3 1 0 0
イングランドの旗 イングランド 1 1 0 0
イタリアの旗 イタリア 1 0 0 0
スペインの旗 スペイン 0 1 0 1
アルゼンチンの旗 アルゼンチン 0 1 0 0
エクアドルの旗 エクアドル 0 1 0 0
日本の旗 日本 0 0 2 0
メキシコの旗 メキシコ 0 0 1 2
コスタリカの旗 コスタリカ 0 0 1 0
エジプトの旗 エジプト 0 0 1 0
サウジアラビアの旗 サウジアラビア 0 0 0 1
チュニジアの旗 チュニジア 0 0 0 1

[編集] クラブ所在大陸別成績

大陸名 優勝 準優 3位 4位
CONMEBOL 3 3 0 0
UEFA 2 2 0 1
CONCACAF 0 0 2 2
AFC 0 0 2 1
CAF 0 0 1 1
OFC 0 0 0 0

[編集] 試合中継

2003年大会から、国際映像の製作・配信は、FIFA主催大会でこれを行うホスト・ブロードキャスティング・サービセズ(Host Broadcast Services:HBS)ではなく、前身のトヨタカップから継続して日本テレビが大会ホスト・ブロードキャスターとして行っている。このため、日テレはほぼすべてのサッカー関連番組でクラブワールドカップを頻繁に宣伝する傾向にある。

なお、2009年・2010年については日本での放送は日本テレビが行うが、現地UAEの放送局がホスト放送局となるかどうかについては不明

[編集] 脚注

  1. ^ ただし、実際は2007年と2008年ともJリーグチームがACLを制覇したため、開催国枠の適用はされず、代わりにアジア準優勝チームが出場した。
  2. ^ 2007年12月15日のFIFA理事会で、コリンチャンスが初代王者として決定された。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月7日 (土) 16:59 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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