G1 CLIMAX

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G1 CLIMAX(ジーワン・クライマックス)は、新日本プロレスが主催するシングルマッチの大会。「真夏の祭典」として知られている。

目次

[編集] 概要

発案者は坂口征二。1991年に第1回大会が開催され、以降、毎年8月上旬頃に開催されている。優勝賞金は1,000万円(開催当初は500万円だった)。試合会場は名古屋、大阪など近年は地方でも行われているが、優勝決定戦は必ず両国国技館で行われる。なお、1993年から1998年までは両国だけで行われた。

基本的にはヘビー級、ジュニアヘビー級を問わず、新日本プロレス最強の選手を決定する大会だが、外国人選手や他団体の選手が参加することもある。ただし、新日本所属選手以外の優勝は一度もない。1996年には、J-CROWN(8冠統一決定トーナメント戦)も同時に開催されて、ザ・グレート・サスケが優勝した。

大会形式には以下の3通りがあり、年によって方式が異なる。

  • リーグ戦方式(1991年、1994年、1996年、1999年、2008年)
2ブロックに別れてリーグ戦を行い、各ブロックの最高得点者2人が優勝決定戦で最強者を決定する。
  • リーグ戦+決勝トーナメント方式(1995年、2000年 - 2007年、2009年)
各ブロックで1位、2位の選手が決勝トーナメントに進出し、勝ち抜いた選手が優勝決定戦で最強者を決定する。

例外として、2000年は4ブロックでリーグ戦が開催され、各ブロックの1位の選手が決勝トーナメントに進出した。2004年には各ブロックの3位までが決勝トーナメントに進出した。同点の場合は、決勝進出決定戦で勝利した選手、または、リーグ戦での直接対決で勝利した選手が1位として進出している。 また、2009年はAブロックの田中将斗真壁刀義棚橋弘至3人が勝ち点7で並んだが、田中は両選手に負け棚橋と真壁は引き分けだったため棚橋と真壁が同率1位となった。そのためにコイントスで1位2位が決められた。

優勝者がIWGPヘビー級王者ではない場合、自動的に王座への挑戦権を与えられる。王者として優勝したのは、武藤敬司佐々木健介の2人だけで、武藤はグレート・ムタ(1997年)、健介はパワー・ウォリアー(1994年)として出場経験があり、また2人は全日本プロレスチャンピオン・カーニバルにも優勝している(武藤は2002年、2004年、2007年。健介は2005年)。

[編集] 主な記録 (2009年現在)

  • 最多出場 - 蝶野正洋 16回(1991年 - 2005年、2007年)
  • 連続出場 - 天山広吉 15年(1995年 - 2009年)、蝶野正洋 15年(1991年 - 2005年)
  • 最多優勝 - 蝶野正洋 5回(1991年、1992年、1994年、2002年、2005年)
  • 2年連続優勝 - 蝶野正洋(1991年 - 1992年)、天山広吉(2003年 - 2004年)
  • 全勝優勝 - 長州力(1996年 リーグ戦+優勝決定戦)、天山広吉(2006年 リーグ戦+決勝トーナメント)
  • IWGPヘビー級王者で優勝 - 武藤敬司(1995年)、佐々木健介(2000年)
  • 最年少優勝 - 蝶野正洋(1991年=27歳11か月)
  • デビュー最速優勝 - 後藤洋央紀(2008年、2003年7月デビュー=5年1か月)
  • 通算勝利 - 蝶野正洋 50勝(2007年まで)

[編集] 歴代優勝者

優勝者 準優勝 開催日 備考
第1回 蝶野正洋 武藤敬司 1991年8月7日 - 11日 8選手による2ブロック・リーグ戦で開催
蝶野が「1・2・3、ダァーッ!」で締める
闘魂三銃士が上位を独占
第2回 蝶野正洋 リック・ルード 1992年8月6日 - 11日 16選手によるトーナメントで開催
蝶野が優勝と同時に第75代NWA王者になる
第3回 藤波辰爾 馳浩 1993年8月2日 - 8日 日本人16選手によるトーナメントで開催
トーナメント開催日は3日〜7日
両国国技館7連戦
第4回 蝶野正洋 パワー・ウォリアー 1994年8月3日 - 7日 日本人12選手による2ブロック・リーグ戦で開催
大会終了後、蝶野が武闘派転向を宣言
両国国技館5連戦
第5回 武藤敬司 橋本真也 1995年8月11日 - 15日 8選手による2ブロック・リーグ戦+決勝トーナメントで開催
史上初、IWGP王者としてG1制覇(2冠達成)
両国国技館5連戦
第6回 長州力 蝶野正洋 1996年8月2日 - 6日 日本人10選手による2ブロック・リーグ戦で開催
史上初の全勝優勝
両国国技館5連戦
第7回 佐々木健介 天山広吉 1997年8月1日 - 3日 14選手によるトーナメントで開催
新日本 vs nWo がテーマ
両国国技館3連戦
第8回 橋本真也 山崎一夫 1998年7月31日 - 8月2日 16選手によるトーナメントで開催
橋本、8度目の出場で初優勝
両国国技館3連戦
第9回 中西学 武藤敬司 1999年8月10日 - 15日 日本人12選手による2ブロック・リーグ戦で開催
武藤、最終日に1日3試合
第10回 佐々木健介 中西学 2000年8月7日 - 13日 20選手による4ブロック・リーグ戦+決勝トーナメントで開催
IWGP王者としてG1制覇(2冠達成)
第11回 永田裕志 武藤敬司 2001年8月4日 - 12日 日本人12選手による2ブロック・リーグ戦+決勝トーナメントで開催
決勝戦を地上波で生放送
第12回 蝶野正洋 高山善廣 2002年8月3日 - 11日 日本人12選手による2ブロック・リーグ戦+決勝トーナメントで開催
「新日本vs外敵」がテーマ
第13回 天山広吉 秋山準 2003年8月10日 - 17日 日本人12選手による2ブロック・リーグ戦+決勝トーナメントで開催
プロレスリング・ノアから秋山準が出場
第14回 天山広吉 棚橋弘至 2004年8月7日 - 15日 16選手による2ブロック・リーグ戦+決勝トーナメントで開催
天山が史上2人目の連覇
第15回 蝶野正洋 藤田和之 2005年8月4日 - 14日 16選手による2ブロック・リーグ戦+決勝トーナメントで開催
史上最多5回目の優勝
第16回 天山広吉 小島聡 2006年8月6日 - 14日 10選手による2ブロック・リーグ戦+決勝トーナメントで開催
史上2人目の全勝優勝
最終日、超満員札止めにならず
第17回 棚橋弘至 永田裕志 2007年8月5日 - 12日 12選手による2ブロック・リーグ戦+決勝トーナメントで開催
最終日、超満員札止めにならず
第18回 後藤洋央紀 真壁刀義 2008年8月9日 - 17日 14選手による2ブロック・リーグ戦で開催
最終日、3年ぶり超満員札止め
小島、大谷、吉江ら他団体の選手が参戦
後藤は初出場で初優勝
第19回 真壁刀義 中邑真輔 2009年8月7日 - 16日 14選手による2ブロック・リーグ戦+決勝トーナメントで開催

[編集] 最終日での出来事

  • 試合終了後には国技館の大広間にて打ち上げパーティーが行われており、限定100名のオフィシャルファンクラブ「Team NJPW」会員が参加することが出来る。
  • 1991年に蝶野が優勝した際、リング上に大量の座布団が投げられたため、以後座布団の使用が禁止されている。
  • 1992年 - 2007年の優勝決定戦では、先に入場した選手が優勝出来ないというジンクスが続いた。
  • 1993年の優勝決定戦は、最終日前日の8月7日に行われており、最終日はメインで橋本が天龍源一郎とシングルマッチを行ったが敗れた。
  • 1995年に優勝した武藤に副賞として贈呈されたガウンは、東京都にあるプロレスショップ「バトルロイヤル」で展示されていた。
  • 1999年、2001年 - 2003年は、ワールドプロレスリングのスペシャル特番として夕方から地上波で生放送していたが、2006年からは、スカイパーフェクTV!ペイ・パー・ビューで生放送されている。
  • 2004年に優勝した天山に副賞のGM社「キャデラック」が贈呈されて、同期の金本浩二が同乗して国技館周辺を優勝パレードした。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月9日 (月) 08:13 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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