G1 Grouper
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G1 Grouper(ジーワングルーパー)は、1995年3月から1997年9月まで、TOKYO FMをキーステーションにJFN系列向けに放送された深夜放送のラジオ番組。放送時間は、毎週月曜日から木曜日の25:00 - 27:00(JST、火曜日~金曜日未明の1:00 - 3:00)。
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[編集] 概要
- 1995年3月から1997年9月まで放送された。当時は、最後のラジオ局同士での聴取率戦争真っ直中であり、またTOKYO FMの番組制作手法AM化の流れでも組んで、オールナイトニッポンに対抗するべく生まれた番組である。
- 番組企画は、女子高生が食いつくものがヒットするという女子高生ブームの中、そのブームを取り込むべくスタートした。企画段階の仮タイトルは、「わちゃごなどぅ?」。
- 本番組スタート時のパーソナリティは当時20歳前後と、これまでの「ラジ王」などのパーソナリティよりも大幅に平均年齢が下がり、中学・高校生リスナーに近い年齢となった。これは、最強の深夜番組である「オールナイトニッポン」が伝統であれば、新規参入であるG1には恐れるべき伝統もない、また経験という勝利への方程式もない中で、番組と一緒に成長していってくれるパーソナリティを開拓しようというプロデューサー陣の意気込みでもあった。国分太一の起用は、その象徴的なパターンである。
- スタイルは、裏番組の「オールナイトニッポン」に近く、正式タイトルでは、「○○○○のG1 Grouper」としていた(いわゆる冠番組で、○○○○の中に、メインパーソナリティーの名前が入る)。「G1 Grouper」のGrouperは造語である。
新聞のラ・テ欄では、「○○○○のG1G」と書かれていた(スペースの関係上、G1 Grouperの字が入らないための措置)。番組スタート時、見えるラジオのスタート期と重なったため、サブタイトルに「見えるオールナイターズ」(1996年10月からは「エレキテルラジオ」)が付いていた。 - 歴代レギュラーパーソナリティは、河相我聞、永作博美、国分太一、グレートチキンパワーズ、武内由紀子、hitomi、明石家さんま、伊達杏子 DK-96・平野友康、真矢、椎名へきるであった(詳細は後述)。
- また、番組アルバイト全てがラジオ業界で未だに活躍している珍しい番組でもある。FM長野の田中利彦アナウンサーは、当番組のアルバイトであった。
[編集] ネット局
- 1995年3月:当時のJFN加盟33局のうち31局ネットでスタート
- 1995年10月:開局したふくしまFMでネット開始、32局ネットに。FM岩手、FM徳島が木曜もフルネットに。
- 1996年4月:AIR-G'が月~木26時台のみのネット開始、33局ネットに。FM福岡が27:00~29:00の録音ネット放送に。
- 1996年10月:fm osakaが27:00 - 29:00の録音放送ながらネット開始。ついに当時のJFN加盟34局全局ネットに。FM仙台も27:00 - 29:00の枠で月~木フルネット化。FM福井も月~水がフルネットに。
- 1996年12月:開局したFM滋賀でネット開始、35局ネットに。
[編集] パーソナリティ
- 月曜日
火曜日
水曜日
木曜日
- グレートチキンパワーズ(1995年3月 - 1996年9月)
- 伊達杏子 DK-96・平野友康(1996年10月 - 1997年4月)
- 椎名へきる(1997年4月 - 1997年9月 →次番組「KADOKAWA電波マガジン」「DEEPER STREET」にて続行)
[編集] 明石家さんまのG1 Grouper
明石家さんまは、1996年10月7日から1997年9月29日までの1年間、月曜日を担当した。当初のアシスタントはさとう珠緒、すぐに加藤貴子に交代。
明石家さんま、松尾伴内、加藤貴子の3人のコンビネーション及び、「はがき職人」と呼ばれた素人投稿者のネタも好調で、FM放送にあっては異色の番組だった。(ニッポン放送のラジオ番組「のってけテリー!渚の青春花吹雪」で、週の帯番組のアシスタントの座を獲得したものの、すぐに金曜日のみになったという)加藤のエピソードによる「金曜日だけになったんです~」のほか、「サムライ高校生」、「工場長(さんまのこと)」などの言葉は、この番組で生まれた。
また、さんまファミリーのスタッフに関する話題も多く、特にレギュラーで登場するフジテレビの編成とディレクター、さんまのマネージャーの三角関係の話題は、年明けから番組が終了までひっぱり続けた。
1997年8月25日に公開放送を行い、南は沖縄県、北は埼玉県まで30名のリスナーが集合した。さとう珠緒vs加藤貴子の歌合戦はリスナーの記憶に残る名場面のひとつだった。しかし明石家さんまは、当時、『明石家出版』(日本テレビ)と放送時間が重なっていたらしく、局側の事情を理由にして、惜しまれながらの番組終了となった。
なお、1997年8月期の聴取率調査にて、福山雅治のオールナイトニッポンを抜いて、G1 Grouperが最初で最後の聴取率No1の座に就いた。
[編集] 永作博美のG1 Grouper
通称、「永作姉さん」。G1特製商品(G1リスナーによる提案のお菓子)のリリースを予定する等、リスナー参加型を強く打ち出していた。当時はリスナーから、永作姉さんと呼ばれることが常だった。「顔は知らなかったけど、いい感じのお姉さんだなー」という印象を受けたリスナーもいた。
[編集] hitomiのG1 Grouper
[編集] グレチキのG1 Grouper
[編集] 国分太一のG1 Grouper
[編集] LUNA SEA 真矢のG1 Grouper
[編集] 制作スタッフ
- エグゼクティブプロデューサー 岡田靖雄
- プロデューサー 仲野隆也、川越鉄也、下田寛海、柴田恵陽
| TOKYO FM、JFN系 月~木25時~27時の深夜番組(1995年3月~1997年9月) | ||
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| 前番組 | 番組名 | 次番組 |
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ラジ王(25:00~27:00)
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G1 Grouper
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最終更新 2009年9月15日 (火) 17:17 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【G1 Grouper】変更履歴


