GTL
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GTL(gas to liquids;ジーティーエル)とは、天然ガスを一酸化炭素と水素に分解後、分子構造を組み替えて液体燃料などを作る技術である。
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[編集] 概要
炭素数が1個から数個程度と少ない炭化水素ガスを原料として、一度、フィッシャー・トロプシュ反応(FT反応)によって、最大100個以上も炭素が繋がった大きな炭化水素分子を合成してから、水素化分解工程によって、炭素数が11-15程度の灯油や軽油を製造する技術である。
狭義には、炭素数が1個のメタンガスを主成分とする天然ガスを原料として、FT反応を経て最終的に灯油、または軽油を合成する技術を指し、広義には、原料は天然ガスに限定せず炭化水素ガスからやはりFT反応を経て最終的に液体燃料や固形のワックスを合成する技術を指す[1]。
[編集] 製品名称
この技術により製造された製品は「GTL燃料」と呼ばれており、かつては「人造石油」などと呼ばれていた。また、この技術により製造された軽油や灯油は、「合成軽油」、「合成灯油」、「FTD(Fischer-Tropsch Diesel)燃料」などと呼ばれることがある。
[編集] 利点
- 原油よりも可採年数が長いとされる天然ガスを利用するため、長期の安定供給が可能とみられている
- 氷点下162℃の低温で取り扱う液化天然ガス(LNG)とは異なり、常温での流通と使用が可能である
- 燃焼時の排気がクリーンであるため、排ガスの処理設備が簡単になる[2]
[編集] 製造工程
製造工程は主に3つからなる。
- 合成ガス製造工程:天然ガスのような原料ガスを一度、合成ガスに転換する。
- FT合成工程:FT反応によって炭素同士をチェーン状に繋ぐ。
- 水素化分解・蒸留工程:長い炭素のチェーンを水素化によって必要な長さに切断し、断片を蒸留によって長さごとに分ける
[編集] 環境への影響
- クリーン燃料
- GTL技術により精製した石油製品は、無色、無臭で、軽油・灯油の代替品として使用可能である。原料となる天然ガスのような天然資源に元々含まれている硫黄や芳香族などの不純物は、GTLを使った製造過程で排出されるが、これらを捕集することは可能である。製造されたGTL製品は結果として精製されて大気汚染の原因となるこれらの不純物がほとんど含まないために、燃焼によって生じるばい塵や硫黄酸化物などは少なくなる[2]。
- CO2の増加
- GTL製造工程は基本的に燃焼反応であり、たとえば、天然ガスから製造すれば本来持っていた熱量の3割が失われ、その分のCO2が発生してしまう。つまり、天然ガスをそのままの形で利用せずにGTLで液体化すればエネルギーの無駄と同時にCO2の増加という形で環境への負荷が増すため、今後GTLの生産増加が起きれば環境問題となると危惧されている[2]。
[編集] 歴史
[編集] 石炭から石油を
GTLの技術は1923年(大正12年)にドイツでフランツ・フィッシャーとハンス・トロプシュにより発明された。現在、GTLは天然ガスを加工する技術として位置付けられているが、当初は石炭をガス化させたものを化学反応により液化する技術として開発された。
開発当時、原油価格の暴落でGTLによる人造石油はまったく価格競争力がなかったが、第二次世界大戦中のドイツでは、ナチス政府による保護の下、GTL技術を用いた人造石油が量産された。また、同じ時期に日本でもドイツから導入した技術をもとに、石炭からの人造石油の製造が進められたものの、技術力や物資が不足しており、工場も爆撃破壊されたことから計画通りに行かず、失敗に終わった。
1937年(昭和12年)には人造石油製造事業法(昭和12年法律第52号)が制定され、1940年(昭和15年)に福岡県の大牟田と北海道の滝川にGTL工場が建設された。同工場では、ガソリン、軽油及びワックスが生産されたが、生産量は戦時下の需要を満たす規模とはならなかった。大牟田の工場は1945年(昭和20年)に爆撃破壊され、その他の工場も建設途中で爆撃されるなど完成には至らなかった。滝川の工場は終戦後数年間操業を続けたが、生産にコストがかかりすぎたため、1952年(昭和27年)に経営破綻した。
[編集] 南アフリカ
第二次世界大戦後、GTLによる石油製品の製造は各国で縮小していった。唯一、南アフリカでは、豊富な石炭資源を背景として、サソール社によるGTL開発・製造が行われており、第一次石油危機の時期に世界から注目を浴びることとなった。また、アパルトヘイト政策に対する経済制裁として、南アフリカに対する原油の禁輸が行われていた関係から、同国は、原油に替わるエネルギー資源の確保策として、GTL技術を用いた石炭や天然ガスからの石油製品の精製を推進していた。
[編集] 天然ガスから
民間企業では、ロイヤル・ダッチ・シェル社、三菱商事子会社、マレーシアサラワク州政府及びマレーシア国営石油ペトロナスの合弁企業がマレーシアにプラントを設置し、1993年(平成5年)より商業ベースでGTL技術を用いた天然ガスからの石油製品精製を開始している。
[編集] 利用状況
[編集] 日本の状況
[編集] 利用
2001年(平成13年)から昭和シェル石油はGTL技術を用いた灯油を試験的に発売している。2001年(平成13年)昭和シェル石油はGTL技術を用いたE灯油を鎌倉市で試験的に発売。2004年(平成16年)12月4日より、横浜市および鎌倉市の一部地域でテスト販売をした。横浜市、横須賀市、逗子市に範囲を広げ、会員限定で販売。
2005年(平成17年)には、E灯油をエコ灯油という商品名に変えて、東京都世田谷区、神奈川県藤沢市、厚木市などに範囲を広げ、販売した。2006年(平成18年)、川崎市、小田原市を除く神奈川県内一部地域、群馬県内の一部地域で地域限定で販売を行った。カタールのGTLプラントの稼動に合わせ、順次販売地域を拡大する方針。2007年(平成19年)、川崎市、小田原市を除く神奈川県内一部地域、群馬県内の一部地域で地域東京都の一部で限定で販売中。ポリ缶方式をやめ、リサイクル可能な一斗缶式に換えて販売している。
2005年(平成17年)に開催された愛知万博では、ハイブリッド・シャトルバスの燃料として、日本で初めて、ディーゼルエンジンにGTL燃料が用いられた。このシャトルバスは、万博八草駅(現・八草駅)と万博会場間などを走行した。
[編集] 研究
研究開発は石油資源開発や石油天然ガス・金属鉱物資源機構などで進められており、2007年9月4日新潟市東港工業地帯で実証プラントの起工式が行われ、2008年の完成を目指している。
2007年(平成19年)12月から、国土交通省の委託事業で独立行政法人交通安全環境研究所が中心となり、GTL技術を用いた合成燃料による公道走行試験が実施されている[3]。
[編集] 日本以外の状況
- 生産プラント
- 2008年現在、ロイヤル・ダッチ・シェルはマレーシアに商業用プラントを保有・稼働し、燃料の供給を行っているが、2010年を目途にカタールで世界最大規模の生産設備を稼働させ[4]、より一層の普及を図る方針と伝えられる。
[編集] 脚注
- ^ 『天然ガスが日本を救う』 205-206頁。
- ^ い ろ は 『天然ガスが日本を救う』 206頁。
- ^ トヨタ自動車 (2007-12-04). [[1]]. Press release 2009-10-15 閲覧。.
- ^ 昭和シェル石油 (2003-10-20). [[2]]. Press release 2009-10-15 閲覧。.
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 石井彰 『天然ガスが日本を救う 知られざる資源の政治経済学』 日経BP社(原著2008-09-10)、初版。ISBN 9784822247027。

