Hysteric Blue
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| Hysteric Blue | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 別名 | ヒスブル |
| 出身地 | |
| ジャンル | J-POP |
| 活動期間 | 1997年 - 2003年 |
| レーベル | ソニー・ミュージックエンタテインメント |
| 共同作業者 | 佐久間正英 |
| メンバー | |
| Tama(ボーカル) たくや(ドラム) ナオキ(ギター) |
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Hysteric Blue(ヒステリック・ブルー)は、日本の音楽バンド。略称はヒスブルなど。
目次 |
[編集] バンド名の由来
ナオキのお気に入りのブランド「HYSTERIC GLAMOUR」と「Betty's Blue」からとった名前である。
[編集] メンバー
- 正式メンバー
[編集] 来歴
当初はTama とたくや、他2名でflue(フルー)として大阪城公園前ストリート・ライブ天国(通称「城天」)などでアマチュア志向で活動していた。城天のライブを見たナオキに誘われ、1997年7月にプロ志向の Hysteric Blueを結成、インディーズデビューを果たす。
デモテープを作り業界関係者などに送ったところ、佐久間正英プロデューサーの耳にとまる。1998年6月にソニー・レコードと契約、デビューが正式に決定し、1998年10月31日にメジャーデビューを果たした。デビュー翌年に出された『春〜spring〜』や『なぜ…』はHysteric Blueの代表曲であり、メンバーのたくやは「それまでバイトしてたのにこのヒットで年収何千万円ともらえるようになって生活が一変した。」と語っている。1999年の紅白歌合戦に『春〜spring〜』で初出場を果たした。
2003年6月17日に行ったライブで活動休止を発表し、その理由として「デビューからこの4、5年の間にいろんなものを吸収したけど、だんだん個性が出てきた。いったん休んで各自やりたいことをやってまた集まろうとなった」とたくやが説明した[1]。そののち同年の9月23日に大阪でのライブを最後に活動を停止した[2]。 その後、リーダーであるナオキが強制わいせつなどの疑いで逮捕された事件をうけ、Tamaとたくやの連名で、2004年3月4日を以って解散を公式サイト上で表明した。[3][4]
その後、Tamaは、同じく佐久間正英プロデュースのもと、The Screaming Frogsを結成している。たくやは本名の楠瀬拓哉名義でドラマー、ソングライターとして活動中。
[編集] ディスコグラフィー
各作品・楽曲の詳細は各作品ページを参照。
[編集] シングル
- RUSH!(1998年10月31日)
- 春~spring~(1999年1月21日)
- Little Trip(1999年5月8日)
- なぜ…(1999年7月28日)
- ふたりぼっち(1999年10月20日)
- 直感パラダイス(2000年1月26日)
- Dear(2000年3月29日)
- グロウアップ(2000年10月25日)
- だいすき(2000年11月22日)
- Reset me(2001年8月22日)
- フラストレーション ミュージック(2001年10月24日)
- ベイサイドベイビー(2002年1月23日)
- Home Town(2002年11月7日)
- DOLCE~夏色恋慕~(2003年6月18日)
[編集] アルバム
- baby Blue(1999年4月1日)
- WALLABY(2000年2月23日)
- bleu-bleu-bleu(2001年2月28日)
- MILESTONE(2002年2月20日)
- JUNCTION(2003年8月6日)
- ベストアルバム
- Historic Blue(2002年11月20日)
[編集] ビデオ・DVD
- baby Clips(1999年6月19日)
- baby Clips2(2000年3月23日)
- baby Clips3(2001年2月21日)
- Historic Blue Films(2003年9月10日)
[編集] 脚注
- ^ スポーツニッポン2003年6月18日25面
- ^ スポーツニッポン2004年3月5日25面
- ^ 公式サイトでの発表 (web archive)
- ^ 朝日新聞による報道 (web archive)
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最終更新 2009年11月5日 (木) 06:36 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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