IMRAD
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IMRAD(いむらど)は、文章構成 (Organization) のスタイル (Style) の一つである [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] 。「文章構成のスタイル」とは、ここでは文章の中のあるまとまりを持ったひとかたまり(構成要素)を、機能面(文章の中でどういう役割を果たしているのか)から分類し、それらをどのように配列するのかを定めたルールのことである。この構成は科学的方法と相性がよく、学術論文においてよく使われる。特に実験系の学術誌に掲載される論文ではほとんどがこのIMRAD型の構成をとっている。文章構成のスタイルの名称の例としては、このIMRADのほかに、漢詩に由来する「起承転結型」や、能楽由来の「序破急型」等が知られる。IMRAD型はビジネス文章でよく使われる「序論本論結論型」の一種や、「起承転結型」の一種と説明されることがある[1][9]。
目次 |
[編集] IMRAD型の概要
IMRADの名前は、Introduction, Methods, Results And Discussionの略である [1][2][3] [4][5][6] [7][8] [10] 。この語源からも分かるように、IMRAD型の構成を取る文章は、基本的にはIntroduction(導入 ; I)、 Methods(研究方法 ; M) [11]、Results(実験結果 ; R)、Discussion(考察 ; D)の4つの要素をこの順番に並べた骨格を持っている。通常はIntroductionの前に、Title(タイトル ; T)をおくことや、Discussionの後にConclusion(まとめ ; C)を書くことがほぼ必須で、ほとんどの場合、Titleの後(Introductionの前)にAbstruct(アブストラクト ; A)が入るのが普通である。また、文章の要素というほどではないが、それに準ずる役割を担うものとして、文章の最後に、謝辞や参考文献一覧、脚注が書かれていることがほとんどである。そのため本記事では、骨格部分に加え、Title、Abstract、Conclusion等を含めた構成のことを、IMRAD型の定義とする。
表1にIMRAD型の構成要素の概略をまとめる。それぞれの項目にどのようなことを書くべきかについてのより具体的な説明は、それぞれの項目の要説に委ねる。。尚、表1に挙げたことよりもより具体的な内容については、「問いと答えが繋がっていないような論文はダメな論文である」といったレベルの常識的な注意を除き、分野や文献、学者によって「どうすべきか」について解説にの若干の温度差があることも念頭においておかれたい。
表1:IMRAD型の文章の構成要素とその役割
| Title (T) | 題名。通常2~30文字で長くても40文字程度。必要に応じてSubtitle(サブタイトル ; 副題)が入る。 |
| Abstract (A) | 文章全体の全体の要約 |
| Introduction (I) | コンテクストの確立と、問題提起、研究の位置づけを行う。つまり、研究背景や研究目的の説明を通じて、どのような切り口、文脈でどのような問題を論じるのかを設定する。 |
| Methods (M) | 研究に用いた方法(実験方法、実験のセットアップ、解析、考察に用いるための理論の概略 |
| Results (R) | 研究過程で得られたデータの叙述的な説明を行う。ここで示したデータは、「Introductionで提起した問題への答えとしての仮説」を支える根拠となるものを厳選する。 |
| Discussion (D) | 考察を書く。通常は、「Introductionで提起した問題への答えとしての仮説」(通常は、Discussion Introduntionの少なくとも片方には明示し、Conclusionには必ず記載する)を提示した上で、「Resultsで示したデータや、先行研究の結果」(根拠)と「仮説」の間を結ぶ推論過程(論拠)を記述する。必要に応じて、実験自体の妥当性も論証する。 |
| Conclusion (C) | まとめ |
IMRAD型は、論理的な説明を行うフォーマットとして優れている。一般に、「論理的」といった場合には、以下に示すトゥールミンの三角ロジック(論理の三要素)を持っていることが要求されるが、[12][13][14]。
- 「主張」
- 「根拠となる事実(証拠物件)」
- 「根拠となる事実から主張を演繹/帰納するための推論過程(論拠)」
これを明確に記述する上でもよいフォーマットである。
別の見方をすると、この三角ロジックが、論文のスケルトンであると思うこともできる[13]一般に、論文を書く場合には「論文には2つの大きな隠れたメッセージが書かれている」ということを意識するとよい。[15][16]一つ目は、「自分の研究の価値があること」、もう一つは「自分の研究結果は正しいものである」ということである。この2つの隠れた主張の背後それぞれに三角ロジックがある。そのため、論文には大きく2つの三角ロジックがある。一つ目は、「自分の研究の価値があることを示すための三角ロジック」もうひとつ目は「自分の研究結果は正しいものであることを示す三角ロジック」である。
研究の意義(より正確には研究目的の意義)の説明は、通常は「過去の研究成果の流れを解説の後、そのうえで、何が明らかになっておらず、何が明らかになればどのような貢献が見出せるか」を説明する形で行われる。これを三角ロジックの構造にあてはめると
- (明確な文章としては書かれない)「自分の研究は正しい」という主張
- 「先行研究の流れ」(証拠物件)
- 「何が明らかになっておらず、何が明らかになればどのような貢献が見出せるかに関する分析」(論拠)
となる。通常は、この論証はIntroductionの項目内で完結する。
自分の研究結果は正しいものであることを示すためには、通常は2段階の論理を踏む。一つ目は、「データが適切な手法で測定され、適切な手法で処理されたものであること(c.f 科学的方法)」に関する論証。もうひとつ目は、「自ら取得したデータと、引用したデータ、理論が正しいと仮定すれば、それから導き出した自分の結論(論文全体の主張)は正しい」ということについての論証である。「データが適切な手法で測定され、適切な手法で処理されたものであること」に関する論証は、通常は、Methodの中で完結し、
- (明確な文章としては書かれない)「得られたデータは信頼に値する」という主張
- 「測定方法」、「統計処理の方法」「実験回数」(証拠物件)
- 正しい手法で充分な回数測定したのを妥当な方法で処理したのだから正しいという暗黙の了解(論拠;文章としては明記されない)
からなる構造を持っている。測定方法の妥当性、統計手法の妥当性が、論文の論旨に照らし重要である場合には、Discussionパートで別途、詳細な議論を行う場合もある。
次に、「結論の正しさ」についてだが、「結論」として提示される「論文全体の主張」は、通常Conclision、Abstruct、Discussionの少なくとも一つの中に記載されている。その根拠となる事実はResultの中に書かれている。論拠は、Discussionの中に書かれている。「論文全体の主張」については、必ずしも一つとは限らず、いくつかの論点に関する考察が並立している列挙されている場合もあるが、その場合にも、その根拠となる事実はResultの中に書かれている。論拠は、Discussionの中に書かれている(このような場合にはResultとDiscussionが結合されている場合もある)。
IMRAD型の構成は、序論本論結論型の構成をより詳細化したものと説明されることがある[1]。参考までに、序論本論結論型の構成において、それぞれのパートの役割は以下の表2のとおりである。
表2:序論本論結論型の文章の構成要素とその役割
| 序論 | 問題提起、問題設定を行う。 |
| 本論 | 「『序論で提起された問題の答え』を導き出すための道筋」を示す。場合によっては「筆者らが到達した結論そのもの」も示す。 |
| 結論 | 序論で提起された問題が本論においてどのように解決されたのかを手短にまとめる。場合によっては「筆者らが到達した結論そのもの」も示す。 |
表2に対して若干の補足を行うと、「本論」における「『序論で提起された問題の答え』を導き出すための道筋」というのは、「根拠となる事実、データ」と、「論拠」の2つである。「論拠」とは、ここでは「『根拠として挙げた事実、データ』から、『筆者らの”答え”』にいたるまでの道のり」のことである。
科学の論文においては、(掲載されている雑誌の特段の規定がない限り)通常、論文はIMRAD型で書かれるものとして認識されているため、それを守らぬ論文は受理されない。また、査読のない雑誌や、紀要、その他口頭発表等において、読者(聴衆)はIMRAD型を想定して、読む(聴く)ため、そのような構成をとっていないと読者側に無視される可能性がある。このような話は、単なる偏見でも郷に入れば郷に従えという話でもない。そういう構成をとったほうが科学的な議論をするうえで便利だからである。IMRAD型で記述しているか否かが科学的とみなされるか否かの分水嶺であるといっても過言ではない。
但し、IMRAD型は多少のバリエーションを許す。MethodとResultが合体して1つの項目になっていることやResultsとDiscussionが合体して1つの項目になっていることもある。本記事では、このような、やや変則なものもIMRAD型と考える。さらに、最近ではNatureなどの最高峰レベルの雑誌に掲載されるに論文においては、Methodを最後に廻す構成、つまりIRDAM型になっていることがよくある。Methodを最後に廻す構成については、IRDAMという呼び方もあるが[1]、本記事では、IMRADと本質的な違いがないと考え、特に強調を要する場合を除いてこれもIMRAD型と考える。さらに、最近では、Materialをはじめ、詳細なデータ等のディテールを示した「Supporting Online Material」というWeb上のファイルを各ジャーナルのサイト上に置き、購読者にオンラインで配布する方式もとられてきている。その理由は、Methodを紙面の都合から省略せざるを得ないということが、捏造事件等の温床になったという反省がある。オンライン上の独立したファイルにすれば、執筆者には論文全体の論旨とのバランスを考えずに好きなだけ実験の妥当性について詳細に説明する機会があたえられる。
また、I、M、R、D、Cそれぞれが、どのレベルの項目になるのかについては場合による。つまり、節であるべきなのか段落であるべきなのか、数文であるべきなのか1文であるべきなのか、あるいは文の中の数単語であるべきなのかはケースバイケースである。通常は段落レベルか、節レベルか章レベルのことが多い。また、これらの要素のレベルは統一するのが原則である。つまり、通常は、字数制限などの特殊な事情がない限り、Iが段落ならば、MやRも段落とする、Iが節ならMも節とするなど、項目のレベルをそろえる。それぞれの長さ(字数)については、通常はRやDが長く、Mは短い等、長さにはばらつきがある。また、それぞれの要素が結合(Result and Discussionのように)されることや省略されることがある。ある程度長い論文(Full Paperや学位論文等)では、I、M、R、D、Cそれぞれを章または節として扱うのが普通である。比較的短い論文(Letter等)においては、I、M、R、D、Cそれぞれが、節として明示されるには至らないほどの数段落の集まりのことが多い。それ以下の長さの場合(論文の予稿や講演要旨等)、場合によっては、1文の中にResultとDiscussionが並存するようなことさえありえる。また、要素のうちいくつかが欠落するケースもある。例えば学会等の予稿では、「講演時に行うことは自説の解説ではなく、『自分たちのデータにどういう解釈が可能なのかの議論』を行うべきだ」という立場をとる者等は、Discussionを予稿に書かない。
尚、IMRAD型という言葉を明示していない科学の論文の解説書 [17] や、学生実験の指南書[18] 、文章技術の本 [19] [13] 、「研究のやりかた論」[20]の本 [21] [22] [23] [24] もあり、ここに引用した文献はいずれも優れた定評ある文献だが、これらの本で挙げられている論文の構成法は、IMRAD型そのものである。この中で、特に木下[17]は、I、M、R、D等の文章の構成要素がどうあるべきかの解説が厚く、David Carr Baird[18]は、結果の処理の仕方や考察の論じ方の解説が厚い。 小田中[19]は、段落レベルの構成法(いわゆるパラグラフライティング)に強く、西村は、「執筆計画」などを詳しく解説することで、どういう段取りで論文を書けばよいのかの解説が厚い。 また、見庄[23]、中田[24]は、初心者が初めて科学技術論文を作成する上で大事なことを、研究開始の段階から詳しく説明し、初心者でも研究の流れを把握しやすい内容になっている。つまり、知的な労働を行う人間が行えなければならない最低限の能力の一つであるところの「自ら調査(何をどういう方法で調べるか)を計画し実行する」方法についても、興味深い考えが載っている。見延には、統計図表の扱いかたなど、本節では詳しく述べられなかった事柄も解説されている。Allem[21]は,博士課程向けの研究生活ガイドなので、独創性を重視するきらいがあるなど、初心者については少々志が高い側面があるが、時間管理や自己管理等を含む基本的なスタディースキル/アカデミックスキルについて丁寧に解説されているため、研究経験のないものでも充分によめるものと思われる。 グリンネルは[22]研究現場の少々生々しいところまで言及していて面白い。
[編集] 論文の読み方
IMRAD型という考え方(構成方法)を知っておくことで、その構成方法を取っている文章を読む、(あるいはその構成をとることが望まれる文章を書く)上で、構成要素、その役割、それらがどう配置されるべきかについての理解が可能であり、論文を読む上で、とくに論旨を追う上で有益となる。より具体的に言えば、学術論文の構成要素おのおのの役割を判断、把握する上で役に立つ。ひいては、科学的な思考を理解するうえで役に立つ。IMRAD型は、研究者が論文を読む過程での思考の流れとの相性がよい。実際、この書式で書くことによって「主張」(ここでは物理量AとBの間にXXといった相関が見出せるだとか○○といった法則が見出せるといった話)と、「その根拠となる事実」、「根拠となる事実から主張に至るまでの推論過程」が非常に明確になる。また、その主張に対して、「だからどうした」という話も明確になり、どういう問題に対して寄与するのかもわかる。IMRAD型を用いると研究者がほしい情報が非常によく分かる。学術論文においてこの構成が好まれる理由はここにある。
具体的な論文の読み方については人それぞれではあるが、研究室におけるジャーナルクラブ[2]などを通じて口伝で教えられる読み方は、概ね上述の「三角ロジック」に相当するものを意識した上で、「どんな問題に取り組んだのか」だとか「どういう方法でその問題に取り組んだのか?」、「著者はどのような解を与えたのか」等を大雑把に把握し、最後に、その解を導き出すにいたるまでの証拠を丁寧に文中から拾っていくという読み方、より具体的には、以下のような情報を論文中から抜き出す読み方である [21][25]。
■論文で取り上げる問題の問題設定とその答え
- どのような問題をどのように取り組もうとするのか
- これから報告する問題が何故重要なのか(≒その問題にの先行研究で未解決であったところ等の指摘)
- これから報告する問題はどのような問題の一部なのか?(≒関連した先行研究の流れの上での位置づけ)
- 筆者らはその問題にどのような答えを与えたのか?(どのように解決したのか)
■問題解決の技法(筆者らの与えた答えが「何故正しいのか」の分析)
- 問題を解決するにあたって、どのような実験を行ったのか?
- その実験を行うことで何故問題が解決できるのか
- 実験の結果どのようなデータが得られたのか?
- そのデータから、どのような推論を経て筆者らの答えにたどりついたのか
言い換えれば上記の情報が把握できれば「最低レベルの読解」は出来ている(論旨が追えている)ことになる。この中で特に重要な情報は以外にも「何をつかって問題を解決するのか?」、「なぜそれで問題を解決できるのか?」ではなく、「その論文の究極の目標は何か? 」と「究極の目標に近づくために、その論文ではどういう問題を解決するのか?」、つまり問いの部分である。まともな論文であれば、問いの部分と解の部分がしっかり対応しているように書いてあるため、問いの部分が理解できれば結果自体は概ね予想の範囲内となるように(どんでん返しがないように)書かれている。そのため、「忙しい場合には、論旨の骨格つまりどういう問題に取り組んでどういう答えを得たのだけ大雑把に理解すればとりあえず読んだことにしてもよい」と言うものもある[21] [26]。
「論文の構造」に着目して上記の意味で「論旨を追うこと」は、英語自体の能力よりも重要である。無論(大半の論文がそうであるように)英語で書かれている論文を場合には、文レベルでの英語の読解能力が必要が最低限[27]のレベルに達していなければ論旨を追うことさえ難しいことは言うに及ばないため、そのレベルの能力は前提とされている。
詳細な結果の理解に関しては、
- 実験結果、実験方法を特徴づける主要なパラメータは何か、その値は?
- 何と何の関係がどのようになっているのか?
を把握しておくことが重要である。これは、掲載されている統計図表を注意深く見るだけである程度の理解できるケースもある。[15][16]特に物理学の論文に限定して言えば、大概の場合は「刺激と応答の関係」と「そのメカニズム」を論じているに過ぎないので、「実際に与えている刺激は、どのような物理量(力、電圧、熱等)をどのように(パルス的、長時間、周期的等)与えたものなのか」「その結果、どのような応答があらわれたのか」を統計図表とそのキャプションを手掛かりに理解すれば実験内容の詳細も含め理解出来可能性は高い。この際、重要なポイントは、実験結果、実験方法を特徴づける主要なパラメータを定量的、網羅的に把握することである。また、科学的な論文でよくつかわれるグラフは、相関(時間的推移を含む)とばらつきをみるのが目的であることが多く、
- 二次元分布図(2D mapping,カラーマッピング)[28],等高線図、およびそのラインプロファイル(断面プロファイル))[29]
- 散布図、エラーバー付き散布図及びその回帰曲線[30]
- ヒストグラム
がほとんどであり、新聞、雑誌等に出てくるグラフに比べ種類が少ない。また、「円グラフ、棒グラフ、折れ線グラフ」のどれも基本ではないというのも特徴である。理系分野では棒グラフは、ヒストグラム以外ではほとんど見かけない。また、折れ線グラフも、散布図の特殊な例の一つにすぎない。円グラフに至っては使わないほうがよいものの代名詞ですらある。但し、「たとえば10年後のロボット技術の予測」のような文科系のテーマでは、「円グラフ、棒グラフ、折れ線グラフ」はその基本である。
二次元分布図や等高線図は、つい最近までは、手書きのことすらあった。最近ではパソコンの進展により、コンピュータで作られるのが普通で、原著論文にも頻繁にカラフルな2D mappingが掲載されている。しかし、ソフトウェアの効果は限定的で、Origin等の一部のソフトでは最近では、データをX,Y,Z型のまま直接等高線グラフにできるようになっている[31] が、Excel等では、現状は、毎回データをマトリックス型[32]に変換 する必要があり、階調の付け方にも制限がある。また、ラインプロファイルを入れることも難しい。
実験方法に関しては、その分野の人間にしてみれば当たり前すぎると判断して明確には書かないこともあり、「論文の内容が分からないから参考文献をあたり、参考文献の内容も分からないからさらにそこから別の参考文献をあたる」という悪循環あるいは「分厚い総評からはじめ、1冊を読み終わるのに1年以上かかりそれまで何も出来ない」という悲劇を目の当たりにすることがある。このようなことにならないためにも、現実的には出身の先輩がよい研究結果を出している一流のラボで研究をスタートさせたほうがよい[22] [33]。
一通りの「自分の研究をよりよくするための糧」や「新しい研究テーマを考える上でのヒント」や「論証のしかた(推論のしかた)を学ぶこと」を目的とした読み方が必要となる。この時点に達して、批判的な読み方というのを要求されるが、そのときの批判というのは思いつきレベルであっては価値がない[21][25]。 批判的な読み方とは、具体的には以下の
- 「なぜこういう結論に至ったのか」
- 「他には方法がないのか」
- 「もし自分だったらどのような戦略を採用するか」
- 「次の課題は何か」
等に着眼する読み方である。
[編集] “Title”の役割
この論文で論じようとする内容(ほとんどの場合が主題)を簡潔なキャッチコピーにまとめたものである。この論文が読者にとって、調べているものかどうか、興味のあるものかどうかを判断するための素材を読者に与える。
[編集] “Abstract”の役割と構成
この論文が読者にとって、調べているものかどうか、興味のあるものかどうかを判断するための素材を読者に与える。その意味ではタイトルと重複した役割を持つ。但し、アブストラクトは1~数段落程度からなる文章のあつまりなので、Titleよりもより詳しくなる。Abstractが単体でIMRAD構造を取っていることも多い。このようなAbstructを「構造化抄録」という。
[編集] “Introduction”の役割と構成
Introductionでは、コンテクストの確立、つまり「どのような方法で、何を、どこまで明らかにしようとするのか」といった、文章全体の見通しを立てる役割を担う。文章全体ついておおまかな理解を与えるという点では、アブストラクトと重複した役割を持つ。但し、Introductionの役割の第一義は「問題提起を行う役割」や、「その問題に取り組むことの重要性を主張する役割」をもつことで、そこに最大限の重点が置かれることがアブストラクトとの決定的な違いである。人によっては「時間がない場合には「どのような問題提起を行ったのか」と「それにどのような答えが与えられたのか?」だけよめばよい」とまで言うぐらいなので、問題提起、つまり問いを発する役割をもつこのパートは、見方によっては文章全体で最も重要な部分とも思える。
序論の構成要素とその概略について、表3にまとめる。通常は、研究背景 (Background)、研究目的 (Objective) は必ず記述され、場合によっては研究方法 (Methodology) の概略および結果の概略、結論の概略も記述される。尚、研究背景、研究目的等、それぞれの構成要素が、Introduction全体の中でどの程度の分量であるべきかについて、一応の目安を示す。研究背景、研究目的の部分は、Introductionの項目においてもっとも重要となる項目である。そのため、研究目的が序論全体の (2/10) 程度、研究背景が (5/10) 程度がよいとされる。また、研究方法の概略、結果の概略、結論の概略がそれぞれ全体の (1/10) 程度がよいとされる[2]。記載の順番は、下表の通りとすることが多い。
表3:Introductionの構成要素とその役割
| 研究背景(B) | 先行研究の流れを、文章全体の主題、つまり研究目的において発した“問い”にいたるまでに、あるいは、“問い”に関連してどのような人間がどのような研究をしていたのかを、その問題を解決する必要があることが分かるようにまとめる。また関連する分野の研究動向の中での当該研究の位置づけ、意義を明確にし、先行研究と比較して、独創的な点や特色ある点が分かるように書く。 |
| 研究目的(O) | 文章全体の主題、つまり、『何を明らかにするのか』を規定する。また、何故、その問題に取り組む必要があるのかや、その問題に取り組むことの重要性を論じる。 |
| 研究方法の概略(MI) | 研究目的において発した“問い”に、具体的にどのような手段、手法で“解”を与えるのか(実験方法、調査手法)の概略を示す。つまり、「解決方法」の指針、「解法の鍵となるキーワード」(着眼点)や「その解決方法を選択する理由」を簡潔に書く。また、その実験方法、調査手法をとったのかがわかるよう、その理由を簡潔に述べる。 |
| 結果の概略(RI) | 序論で提起された問題を解決するために行った実験、調査の過程で得られたデータのうち、次の「CI」を述べるのに必要なものに限って1~2文程度で簡潔に述べる。 |
| 結論の概略(CI) | 序論で提起された問題が本論においてどのように解決されるのかを手短にまとめる。 |
[編集] “Method”の役割と構成
「Introduction内の研究方法の概略 (MI)」では、「問題解決の着眼点を示すこと」や「その方法を選択した理由を述べること」が目的であったが、この項目の役割は具体的な実験方法を述べることである。場合によっては実験の原理も記述する[34]また、必要に応じて、理論的な準備を記載する。理論的な準備では、Theoryという項目を別途用意する場合がある。項目”Theory”を用意する場合は、通常は、Methodの前におく。
実験方法として記載すべきことは、
- 実験に用いた装置の構成
- 測定原理(なぜ自分たちが用いた装置の構成で測りたいものが測れるのか?)
- 実験手順
- 装置の操作手順
- 測定条件
- データの解析方法
など、実験結果の妥当性などを主張するために必要な材料を提供し、他の研究者が、実験を実際に再現する、あるいは頭の中で実験方法を再現/イメージする為に必要な情報を与える。従って、この項目は、料理のレシピのように、極力叙述的であることが求められる。必要に応じて、「測定手順の妥当性」を示すため、あるいは理解を促すための予備知識的な補足もいれる。
但し、この項目の本分は、「だれにでも分かる実験マニュアル」を公開することではなく、なんでもあけ広げにすればよいというものではない。そのようなことをした場合には、かえって逆に何が本質なのかがわからなくなってしまう恐れがある。重要なことは飽くまで(正確な実験手法を開示することによって、)実験結果の妥当性などを主張することである[35]。
このパートで第一義に重要なことは、得られたデータに「種も仕掛けもない」ということを示すことにある。従って、「種もしかけもないこと」が明らかな場合、言い換えれば実験方法としてはあまり目新しいものではないあるいは既に他の文献で充分詳しく説明されている事柄の場合には、必要な文献を引いた上で簡素にまとめるにとどめてよい。無論、だれもが「種も仕掛けもない」と信じていたとしても、実は後になって「アーチファクト」であることが分かる場合もある。そういった場合にもこの項目をきちんと書いておくことで、「Aという実験をすればBというデータが得られる」という事実だけは残るという点で、無用な混乱が避けられるあるいは、「アーチファクトの詳細」という別の意味では重要な知見を得るうえで役に立つ結果が得られる。「Introduction内の研究方法の概略 (MI)」を省略した場合には、場合によっては「問題解決の着眼点を示すこと」や「その方法を選択した理由を述べること」もここで行う必要がある。
予備知識的な補足を行う場合には、説明するべき概念の
- 定義/特徴づけ:(例:「1Nとは1kgの質量を持つ物体に1m/s2の加速度を生じさせる力」のことである)
- 起源:(例:電場の起源は空間上に電荷が存在することである。英文ではThe/An Origin of~is~.の形で表記する/されることが多い。)
- 他との関係:(例:電荷は電場を生み、電流は回転する磁場を生み、電場の時間変化も回転する磁場を生む)
- 定義の妥当性/存在証明の概要:
- 大まかな見通し/オーダー、スケール直観的な理解を助けるための小話:(人体の中の電子が陽子より1パーセント多いとすると地球全体 の重さを持ち上げるくらい強い力が生じる(byファインマン))
- 例:
等を説明すること考えられる。盛り込む内容については研究目的、研究方法を理解する上で必要なことに関して、 研究目的、研究方法、読者層を意識して何を書くかを検討する必要がある。 つまり、どこまでを自明としてよいかは、論文の内容に強く依存する。 例えば「磁場とは何か」という素朴な内容をMethodに書くべきかという問題を考えてみよう。 この問題は「そんなことは中学生でも知っている」とは言い切れないよい例である。 例えば「磁場中での材料の特性を測定した」という論文や、 例えば論文の内容が「地球が形成する磁場を測定した」という論文であったら、磁場の定義は簡潔に定義を述べるだけで十分である。 場合によっては不要である。一方で、例えば磁気単極子の存在を論じる論文であれば、「磁場とは何か」という大きな問題意識の延長上にあるテーマであるため、磁場をどのような立場から論じているのか(E-B対応とE-H対応を参照)をある程度明確にすることを必要とする。 例えば、磁場をどのような立場から論じているのか(E-B対応とE-H対応を参照) さらに、例えばベクトルポテンシャルや磁気単極子に関する最近の知見を踏まえた上で 「磁場とは何か」を再定義しようという論文であれば、「磁場とは何か」自体が主題となるため、Methodに書くべきかが微妙になる。 論文の作法の常識に立つと、このような研究背景で先行研究内での磁場の定義をまとめた上で、ResultやDiscussionで どのような立場に立つのがよいのかをしっかりと述べる必要である。
Theoryを記載する場合には、数式を多用することが多い。数式を利用すると、言葉では説明しにくい、誤解を招くことがある事柄を、明確に記述出来、込み入った説明を行う場合にはわかりやすい記述が出来る。一方で、「見た目」がいかつくなり、一般向けの書物では「数式が一つ増えるごとに読者が半減する」といわれる。また、特にショートレターでは式変形等の過程をあまり詳しく書かない傾向があるが、式変形等の過程に飛躍が多いと、数式を使うメリットが半減する。数式が多数出る文書を記載するのは面倒である。
[編集] “Result”の役割と構成
実験、調査の過程で得られたデータのなかから、この論文の主題に鑑み重要であるものを抜粋して掲載する。必要に応じて、他の文献から引用したデータのなかから、この論文の主題に鑑み重要であるものを抜粋して掲載する。先述の「トゥールミンの三角ロジック」においては、「根拠」に相当することを記載する[14]。また、実験データに加えた統計処理や、統計図表中の記号等の説明も、必要に応じて行う[36]。さらに、「これらデータの特徴」のなかから、この論文の主題に鑑み重要であるものを抜粋して掲載する。「この論文の主題に鑑み重要」というのは、言い換えれば「Discussonで議論するために必要な素材であること」と同義である。データは、通常表やグラフの形でまとめる。さらに、得られた実験データに基づいて、「このデータは何を測定したものなのか」、つまり「どのような装置をどのように操作すればよってどのようなことが起きたのか」、「何を測定したらどんな値が得られたのか」がわかるよう、「実験操作と、実験データの関係を、客観的な文章で説明する[37]。必要に応じて、実験データの顕著な特徴等も説明しておく。実験方法と実験データの対応をつけるという意味では、先述のMethodとの境界に不明瞭な箇所があり、現実には、MethodとResultは結合されることがある。さらに、後述のDiscussionとも結合されることがある。
ここで、「論文の主題に鑑み重要」とは、(「論文全体の主張」を形成するための議論を、次のDiscussionの章で行うことになるが)、Discussionパートにおける議論を組み立てる上で過不足なく」という意味である。Discussionパートでは、後述のように(c.f “Discussion”の役割と構成)論点をいくつか挙げた上で、それに基づいてデータを比較、分析する。従って、データの挙げ方は、Discussionパートにおける論点との対応が明瞭になるようにあげなければならない。もちろん「Methodとの対応」、つまり実験手順/手法との対応も重要である。ここで、実験装置の制約(マシンタイムの制約)などから、あまり本質的でないところで「Methodとの対応とDiscussionパートにおける論点との対応が両立しない」ということが起こる場合がある。その場合には、判断が難しく、どちらを優先すべきか一概には言えない。つまり、「Methodとの対応」を切って、「いくつもあるデータの中から、データを抜粋しました」という書き方をするべきなのか、実験順序に忠実に、「図1のデータは、装置AでXXという条件で測定したものである。その後Bという処理をした後のデータを図2に示す。」のような形で実験データを示すべきなのかは判断に迷うところである。そのため、博士論文等の大分の論文では、Resultの項目ではMethodとの対応を重視して、実験の妥当性を訴え、Discussionで、再度同じ、あるいは同種のデータを、今度はDiscussionとの対応がわかるようにまとめ方だけ変えて再掲することもある。
Resultで掲載するデータは、グラフの形で表現することが多い。科学的な論文でよくつかわれるグラフは、物理量動詞の相関(時間的推移を含む)と、測定値のばらつきをみるのが目的であることが多く、
が用いられることが多い。
通常は、Result掲載するデータの一部あるいは全部は、厳密な意味での一次的なデータ(いわゆる「生データ」)ではなく適切な加工、処理が加えられていることがほとんどである。
例えば、「ここ何十年の小学生の身長の変化について」というテーマを考える場合には、生データには何十年にわたって蓄積された膨大な数の小学生一人一人の「測定日、測定者、氏名、年齢、学年、所属する学校、性別、身長、その他の身体的特徴(体重、胸囲等)」のデーターが下敷きになければならない(仮になければ捏造であり、ほとんどの場合において科学における不正行為である)。しかし、その全部を開示したとしたら読むものはウンザリするだろうが、それ以前に個人情報の漏洩である。また、このようなケースにおいてはよほど信じがたい結果が得られた場合を除き、生のデータを開示しなければ論文の内容自体を認めないというものもいないだろう。さらに言えば、「ここ何十年の小学生の身長の変化について」を論じるものが自分でその生データ全てに目を通している(データの取得、処理の過程全てに主体的にかかわっている)必要性もないだろう。「ここ何十年の小学生の身長の変化について」というテーマにてらして必要な統計処理が施された二次的なデータがあれば充分である(妥当性は出典の明記をもってかえられる)。
別の例としては、「周期ノイズ」などのように明らかにノイズとわかるようなものをフィルターでカットするケースがある。意図的にフィルターをかけなかったとしても、(例えばMP3のように)装置の特性から特定の周波数成分がカットオフされるなどのことは多々ある。それらのカットオフは必ずしも問題とならず、問題にならない場合にはいちいちそういうカットオフがなされていることを書かないことがほとんどである(言い換えれば、カットオフのない計測機器など世の中に存在しない)。
そのほかにキャリブレーションの問題がある。通常の計測機器は、キャリブレーションが必要である。例えば、液柱温度計における一次情報は、厳密には温度そのものではなく液柱の高さであるが、「水の沸点の温度」(標準の専門家が世界最高レベルの精度を競うようなケースを除く)を調べるときに誰もそこまで開示しろとはいうまい。特にことわりもなく「キャリブレーション後」のデータを掲載すればよい。無論、キャリブレーション方法や統計処理などの方法の妥当性が自明でない場合には、Methodの欄で明確にその手法を述べておく必要はある。学生実験のレベルでは、キャリブレーションは、考察に該当する場合もある。
[編集] “Discussion”の役割と構成
“Discussion”とは、考察のことである。このパートではIntroductionで「明らかにする」と述べた事柄を再度明記し、提案する学説と、実験結果との間をつなぐ推論過程(論拠)を記述、説明する。先述の「トゥルーミンの三角ロジック」においては、それぞれ「結論」と「論拠」に相当することを記載する[37][14]。尚、ここで提案する学説は、Introductionで発した問い(つまり論文の主題)の解でなければならない。必要に応じ、研究目的の達成度合いを評価をここですべき場合もある。また、ここで提案する学説の根拠として、Resultで示した実験結果に加え、必要に応じて、他の研究結果引用することはよくあるが、ここで引用する他者(過去の自分を含む)研究結果は、通常はIntroductionあるいは、Methodでそれに触れておかなければならない。必要に応じた詳述をここで行うことも可能である。
[編集] 考察のスタイルと考察に書かれるべきこと
実験結果の考察の具体的なスタイルとしては、
- 具体的なモデルは挙げず、いくつかの論点からデータを比較し、際立った相関等を指摘する(実験速報型)。
- 一つのモデルをあげ、そのモデルが実験をよく説明していることを示す。
- いくつかの対等なモデルをいくつかあげ、それをいくつかの論点から比較し最もよく実験を説明しているものを選ぶ。
- 複数の論点を挙げ、それぞれの論点についてモデルを一つ/複数挙げ、妥当性を示す/妥当なものを選択する。
などがある。「具体的なモデルは挙げず、いくつかの論点からデータを比較し、際立った相関等を指摘する,実験速報型の場合」には、若干変則して解釈するべきところがあるが、これらのどの場合にも、以下のことが論じられていることが望ましい[37]。
- 特徴的なデータの抽出
- 論点の抽出、説明
- いくつかの論点に基づいたデータの分類、比較
- データー間の相関関係の把握、因果関係の推定
- Introductionの「研究目的」で提案した仮説を、実際に考案したモデル[38]等を含め詳しく書く。
- 実験手法の妥当性を、「提案した仮説を立証する」という観点から評価する。
- 実験の結果、および他から引用した結果を総合したものが、正しく、「提案した仮説を立証している」ことを書く。
- Introductionの「研究背景」説明した関連する先行研究に対する位置づけ、意義を書く。
また上記の主幹となる部分に対して、補足的に以下を行う場合がある[37]。
- 実験の精度と誤差について検討する。
- 行なった実験での検証の限界を検討する。
- 今後どのような研究が望まれるかを示す。
[編集] モデルの構築の仕方
特に現代の科学においては、「真理とは何か」といった哲学的でとらえどころのない問題に比べ 「どのようなモデル、式、計算コードが最も現実をよく反映するのか」という問題が 圧倒的に重要な意味をもつ。そのため、現代の自然科学においては、「とりあえず」のメカニズムを考案する上で、以下のような流れでモデルを形成し、そのメカニズムをシミュレーションすることが多い[18]。
- 直観的に考えもっともらしい「仮のモデル」を、議論の叩き台にするために提案する。
- 現実と合致するようにモデル、式、計算コードを調整する。(調整されてできたモデルあるいはモデルの調整法をとりあえずのメカニズムと考える)
- そのモデルが、(少なくとも考えた中では)もっともよく物事を説明していることを、統計学的な見地から評価する。
- モデルを調整するのに用いた実験パラメータの物理学的な意味を次元解析等を参考に解釈する。
特に萌芽的な研究においては、「ある程度幅をもった実験結果でも取り込めるような体系を作り、実験でパラメータを抜き出し、外挿によって近縁の系に対して予測を立てる」という手法がよくとられる。
より、記述的なモデル構築手法としては、以下の曲線あてはめ[39][40][41][18]がある。
- 「データをプロットしてみること」や、「理論的な考察」から、当てはまりのよさそうな曲線を考案する。
- 最小二乗法等を用いて、フィッティングパラメータを調整する
- 誤差の評価
- 次元解析などから、フィッティングパラメータ[42]の持つ物理学的な意味を考察する。
当てはまりのよさそうな曲線を表す式のことを、その式の由来によって「実験式」、「理論式」と呼ぶ。例えば自由落下する物体Aの位置xと時刻tの関係表わす式
x(t) = at2 + bt + c (1)
求める問題を「運動方程式に重力のみの作用を仮定して式変形から、(1)式を導びき、データとのフィッティングから最適なa,b,cを求める」という方法歩で当てはめる場合には、(1)式は理論式である。逆に、「データを散布図に書いてみたところ、なんとなく放物線の当てはまりがよさそうだということに気づき、 とりあえず、(1)のような式であてはめてみた」という場合には、(1)式は実験式(経験式)である。尚、たとえば原子間力のポテンシャルを表わすレナード-ジョーンズポテンシャル等は、有名な実験式であるが、この式も最近では「シュレーディンガー方程式に何らかの近似を施すことでも得られる」としている書物もあり、もともと実験式だったものが、理論式になるということもある。
「曲線あてはめ」は、より一般には、変数がたくさんある場合には「曲面のあてはめ」という言い方をしたほうがだろうがよいだろうが、曲線の当てはめですら、10年前まではコンピュータの計算力から極めて難しく、アレニウスプロットや直線回帰等のようなきわめて限られたものしかできなかったため、統計学の文献が数多ある中、理論的な解説をしている書籍は少ない[39]という事情もあり、一般化していない。現在ではOrigin等の主要な統計ソフトにはおおむねこの機能が搭載されているため、アレニウスプロットや直線回帰以外にもたくさんの回帰曲線が論文に現れるようになっている。
[編集] 考察は難しいか?
考察すべき事柄は、研究の目的、つまり「何をどのように明らかにするのか」を確定した/確定できた段階において機械的に決まる。通常は、実験初期に「何をどのように明らかにするのか」が確定した段階で研究する対象に関する大まかなモデルをいくつか立て、実験の計画を立てる。この時点で実験、データの解析、シミュレーション、理論的な検討、仮定すべき事柄は自動的に決まる。これに従い計画段階で構想したモデルのうちいずれかを明確に支持あるいは反証する結果が出た場合には、わざわざ論文に投稿するだけの価値があるか否かはともかくとして自動的に考察も含めた論文が作成できる。
逆にいえば、どれだけ立派な目的があり、どれだけ沢山データが出ても、上記のような流れで考察が機械的に導き出せない状況であるならば、実験者がよほど未熟な場合を除き、目的、取得すべきデータの測定計画の少なくとも片方を修正せねばならないということになる。考察が出来ない理由としては、得られた結果が当初の予想のいずれをも支持しているとも反証しているとも言い難い場合(非常によくある)か、あるいは計画段階の予想を大きくはずれる結果となったか、実験の計画がほとんどまともに行われていなかったかである。[43]。このようなケースは、考察が難しいというよりも、実験計画自体に問題があったと考えたほうが良い。得られた結果が当初の予想のいずれをも支持しているとも反証しているとも言い難い場合というのは、得られた結果の一部、あるいは全部が当初予想したモデルのいずれとの関係も微妙、つまりポジティブな結果ともネガティブな結果とも言い難いことである。得られた結果が当初の予想のいずれをも支持しているとも反証しているとも言い難い場合はよくあり、したがってリサーチクエスチョンを思いついた直後に本式のデータを取ろうと試みることは賢くない。通常は、いくつものリサーチクエスチョンをもち、どういうデータが面白いのかをよく熟考した上で、際立った特徴のあるデータが取得される条件等に関するあたりをつけるための「予備実験」や「基礎検討」をしつこく行う必要がある[44]「予備実験」や「基礎検討」に関しては、必ずしも「実験計画法」が理想とする「全盲」な実験を行う必要はない。そのようなことをすれば、逆に何を行っているのかわからないくなる場合がある。実験計画法が理想とする「全盲」な実験は、「実証実験」の際に行えばよい。このときには、すでに研究の勝負は終わった後である[45]。
得られた結果の一部が当初予想したモデルと反していたとしても、「一部のデータを除き、提案したモデルと合致している」という言い方で論文にすることもある。この場合は、扱っている問題の難易度にもよるが必然的に提出時の評価は下がる。合致しなかったデータを棄却する理由を明確に示せた場合に、その旨考察で述べるかあるいは読者に余計な混乱を与えないため、そのデータ自体を論文執筆段階では無視して論文にする。得られた結果の一部が当初予想したモデルと反してい場合に打てる別の手段としては、実験結果と合致するモデルを逆に考案することである。このようなモデルが提案できた場合には、通常は最初から合致したモデルを示すことを目的として論文を書くため、考察を記述する段階では機械的な考察が可能である。モデルの修正もデータの棄却も出来ない場合にはそもそも実験の計画自体を根本から見直すか、あるいは実験の精度等を根本から工夫しなおさねばならない。
教養課程の学生実験[46]の場合には、実験の目的も、過程するモデルも、実験の計画も既に与えられた物を用いる、つまり実験データ以外のものはすべて与えられたものを使うことが多いため、考察すべき事柄自体も、その主幹足る部分については天下りに与えられているに等しい[37]。そのため、論文における考察において最も重要な「実験結果との間をつなぐ推論過程」の記述は、あらかじめ与えられた公式と自分のデータとを比較して機械的な処理をしてそれを文章にするだけの機械的な作業になる。また、提示した仮説を検証するために行った実験方法の妥当性なも一般の論文では重要な考察の対象だが、学生実験では、この部分については十分に考えて作り上げられていて、もはやその妥当性を云々する余地はほとんどなく、実験装置を予備的に評価する時間も与えられないため、できたとして「なぜこの構成が最適なのか」を自分なりに考えた結果を記述する程度である。学生実験の目的は仮説 - 実験 - 評価という実験科学の方法論を体験することが目的なので、このような過程を忠実に体験することは、実験家としてのセンスを磨く上で重要であり、考察の主幹の部分が機械的であってもきちんと書かねばならないが。一方で教官においてはそれだけではあまりに機械的すぎるため評価を与えない場合がある。学生実験において本筋の考察だけではだめだとする考え方も一つの見識ではあるが、現実の論文において重視される「問と解の合致」の重要性が十分教育されない結果につながる可能性があり、本来考察すべきことを十分に論じず、瑣末なことをばかり論じる傾向を助長する危険もある。
[編集] 結果と考察の違い
“Result”と“Discussion”の境界は、“Result”と“Method”の境界同様、現実にはそこまで明確ではなく、実際の論文でも、“Result”と“Discussion”(場合によっては“Result”と“Discussion”と”Method")が結合されることがよくある。 一般にどこまでが、結果で、どこまでが考察なのかは、研究目的に依存する[47]この線引きの一つの目安としては、ある”事実”が、それの立証に、ある程度高度な推論過程を要求される場合(自明でないあるいは自明でないという立場をとる)には、「仮説」であり、考察に記述すべきであるが、推論過程が単純な場合には、“Result”の中で述べてしまってもよい。初等的には“Discussion”には主観が入り、“Result”には主観が入らない[17]というが、主観と客観の差というのは案外曖昧な点もあり[17]、場合によっては表現の問題であることもある[23]。この背景には、測定方法が高度化し、「一切の解釈を含まない純粋な意味での結果」というものが得にくくなっていることがある[48]。しかし、事実と意見を峻別するセンスの重要性は依然として変わらない[17]。このように、Discussionの部分では、「正しい、正しくない」や「適切、適切でない」という問題がますます難しくなる。
提案した学説が自明か否かについては、卒業論文のような習作的なものでは、ある程度熟達したものにとっては、その解釈が自明となる場合もある。さらにいえば、ノーベル賞クラスの論文のにおける考察ですら、「現在の立場」からみればほとんどの研究者にとって自明あるいは常識的なことになっていることが多い。その意味において、「自明でない」という言葉の意味は必ずしも自明でない。自明でないことの基準としては、一つの基準としては、学術論文としては「この論文を提出する以前に誰も同様のことを主張していない」ということがあるが、「同じか違うか」にも解釈を要する部分がある。
[編集] “Conclusion”の役割と構成
この論文が何を問題とし、どのような方法で、どのような根拠からどのような解をあたえたのかについては、通常は、これ以前の項目において十分な議論をしているはずであるが、これを簡潔にまとめる。
概要をまとめるという意味においてAbstructと同様の役割を担うが、特にこの研究で得られた知見が何で、何がオリジナリティー[49]なのかを強調する点がAbstructとの決定的な違いである。場合によっては、「今後の課題」も書くこともある。
通常の場合は「本研究では、<<目的>>について、<<手段>>という方法/観点から調べた。結果、<<結果1、2、…>>が分かった。これらの結果はモデルAとよく一致する(<<考察1>>)。これらの結果が生じた原因としてA、B、Cが考えられる(<<考察2>>)」のように書く。
[編集] 参考文献・脚注
- ^ い ろ は に ほ Robert A. Day『はじめての科学英語論文』美宅成樹訳(丸善、2001年7月)
- ^ い ろ は Robert M.Lewis・Nancy L.Whitby・Evan R.Whitby『科学者・技術者のための英語論文の書き方 : 国際的に通用する論文を書く秘訣』(東京化学同人、2004年1月)
- ^ い ろ ネル・L.ケネディ(著)、菱田治子(訳)『アクセプトされる英語医学論文を書こう!―ワークショップ方式による英語の弱点克服法』(メジカルビュー社、2001年08月)
- ^ い ろ 小野義正『ポイントで学ぶ科学英語論文の書き方』(丸善)
- ^ い ろ 桜井邦明『アカデミック・ライティング』(朝倉書店)
- ^ い ろ <http://www.ronbun.jp/app/>
- ^ い ろ <http://www.pubmedcentral.nih.gov/articlerender.fcgi?artid=442179>
- ^ い ろ <http://www.toukoukitei.net/i4aURMud.html#IVA>
- ^ 、「起承転結型」、「序論本論結論型」の定義は、細部においては幅広いため、この2つを別とみるか同じとみるかは評価の問題である。、「起承転結型」においては、たとえば4コマ漫画では、「転」の部分で、一旦話を全然別の方向にひっくり返すということがよくおこなわれるが、このようなことは論文ではしない。ただし「転」の定義によっては(通常は考察を「転」になぞらえる)起承転結型の一部とみてもよい。
- ^ 「A, B, および C」を英訳すると「A, B, and C」になる。「A, B, and C」のような形で提示される名称を略するときには、「ABC」「ABAC」、「ABaC」のいずれの形もありえるが、この「IMRAD」については、ほとんどの文献で、「IMRD」や「IMRaD」とはせず、「IMRAD」としているので、本記事ではこれを正式とする。
- ^ 人によっては、Mのことを、Materials(材料)あるいは、Materials and Methods(材料と方法)と言っている場合もある。
- ^ 野矢 茂樹 (著);「新版 論理トレーニング 」産業図書; 新版版 (2006/11)
- ^ い ろ は 西村 克己 (著);「論理的な文章の書き方が面白いほど身につく本」中経出版 (2006/6/13)
- ^ い ろ は これを、学生実験レベルの実験を素材に取り上げるのは、専門外の人にとっては挫折の原因になりかねない、まして、現実の論文でとりあげられそうな例において説明するのは、論文をそう多く読んだことがない人にとっては酷な話だと思うので、代わりに比較的ポピュラーな『名探偵コナン』の場合で考えてみよう。この作品では、まず、何か事件が起こる。これは、殺人などの重大事件であるから、解決する価値は明白である(これが、飲み会の席で隣の人の酒を飲んでしまった者が誰なのかといった問題ならば、どれだけ苦労して推理して、犯人をつきとめても価値がない。このように、推理小説ですら、推理の結論には「だからどうした」が要求されることに注意されたい)。三角ロジックの説明に入ろう。次に江戸川コナンは(誰かの口を借りて)「犯人はお前だ」というつまり、これが結論である。しかし、犯人とされた人間はだいたいとぼける。しかも、高木刑事あたりにいたっては「まさか」と異を唱える。そこで、コナンは証拠物件を挙げるが、これだけでは、読者もよくわからない。つまり、根拠となる事実というのは、それ単独では結論を支持しているかどうかはおおよそわからない。そこでコナンはその証拠物件が、証拠物件たり得ていることを、多少強引ながらも延々と説明していくのである。これが、推論過程である。ただし、論文では、どんでん返しが起こらないし、それを起こしてはいけない。それが論文と推理小説の違いである。推理小説はどんでん返しが起こしやすいように話を組立るが、論文ではそれが起こしにように組み立てる
- ^ い ろ 酒井聡樹『これから論文を書く若者のために』大改訂増補
- ^ い ろ 酒井聡樹『これからレポート・卒論を書く若者のために』
- ^ い ろ は に ほ 木下是雄『理科系の作文技術』 (1981年9月)
- ^ い ろ は に David Carr Baird・加藤幸弘・千川道幸・近藤康『実験法入門』ピアソンエデュケーション(2004年12月)
- ^ い ろ 小田中章浩『読ませる小論文の作成技法』(2006年12月)
- ^ 「研究のやりかた論」という用語は一般的ではない。
- ^ い ろ は に ほ Katarym Allem(編著)、伊藤峻洋(監訳)『スタディースキルズ』(2006年12月)
- ^ い ろ は フレデリック グリンネル (著), 白楽 ロックビル (翻訳) 『グリンネルの研究成功マニュアル―科学研究のとらえ方と研究者になるための指針』共立出版 (1998/10)
- ^ い ろ は 見延庄士郎『理系のためのレポート論文完全ナビ』(2006年12月)
- ^ い ろ <http://staff.aist.go.jp/toru-nakata/sotsuron.html>
- ^ い ろ http://mitsuko.jaist.ac.jp/hori-abe-lab/etc/semi/index-j.html#points
- ^ http://hydro.iis.u-tokyo.ac.jp/~agata/doc/20050420_MatsumotoSeminar/20050420_MatsumotoSeminar.pdf
- ^ 通常、技術英語に限らず英語は動詞型の概念に相当する事柄を正しく運用できなければ、日本語で助詞が正しく使えないに等しいことになる。しかし、技術英語ではObtainなどのようにⅢ文型の用法が主な動詞がほとんどであるため、頭から順番に単語をもっともらしい日本語に置き換えていく方法(逐語訳)でもなんとかなる可能性もある(c.f 河本健・大武博『ライフサイエンス英語表現使い分け辞典』)
- ^ http://www.lightstone.co.jp/products/origin/gg/contour/cont03.htm
- ^ http://www.lightstone.co.jp/products/origin/gg/contour/cont05.htm
- ^ http://www.lightstone.co.jp/origin8/tutorial/2D_Plotting.html
- ^ http://www.lightstone.co.jp/origin8/hotshot/tip002.htm
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- ^ http://www.nanobio.frontier.kyoto-u.ac.jp/lab/torou.html
- ^ 実験の原理の説明は、場合によっては、Introductionに入れる場合もある。この場合は、説明は極めて簡素になることが多い。また、ショートレターの場合には、実験の原理自体が特段重要な場合を除き、これについては、適切な参考文献を示すだけで終わることが多い。
- ^ 酒井 聡樹著:”これから学会発表する若者のためにポスターと口頭のプレゼン技術”共立出版(2008)
- ^ 通常は、統計図表の内容は、フィギュアキャプションを見ただけでわかるようにすることが理想である
- ^ い ろ は に ほ http://jikken.he.tohoku.ac.jp/ri/modules/tinyd4/index.php?id=1
- ^ 上記の実験速報型具体的なモデルを挙げない場合には、「研究目的で提案した仮説」というのは、日常語でいう仮説とは若干隔たりがあるかもしれない。通常は、「材料AについてBという手法で物理量Cを測定した報告はなく、材料Dにおけるそれとの比較を、E,F,Gという観点から行うことを目的とした。」のような研究目的を以て、仮説に代える。場合によっては、考察をしない(省略する)場合もある。無論、実験速報と称していても詳細なモデルの検討を行っている場合もある。
- ^ い ろ 本間 仁,春日屋 伸昌「次元解析・最小二乗法と実験式」コロナ社(1989)
- ^ http://www.lightstone.co.jp/products/origin/feature/analysis/nonlinear.htm
- ^ http://hp.vector.co.jp/authors/VA001068/doc/tutorial.htm#FIT
- ^ (1)式において、フィッティングパラメータはa,b,cの3つの文字
- ^ 無論卒業研究の学生においては、考察の書き方や与えられたテーマの意味を理解していないということもあり得る。
- ^ http://www.bioreg.kyushu-u.ac.jp/saibou/qanda.html#p5
- ^ 実験計画法の専門家は、実験の経験が少ない人間が多く、バックグラウンドとしては、統計や品質保証の人間が多い。そのため、若干実験家との間に意識のずれがある。実験計画法は、極言すれば「如何にすればより無作為であるのか」ということを追求する学問で、当然だが作為を排除した状態で何らかの相関が見出せなければ意味がないのは確かである。その意味で「実証実験の計画」には申し分がない。しかし、「予備実験」や「基礎検討」は、数学的の組合せ論とは根底が異なり、どこまでが母集団なのか明確でない場合が多い。その中で、刺激と応答の評価を見ながら、経験と勘、対象に関する理論的な知識等を踏まえながら「正しい条件」を探っていく必要がある。ここで下手に無作為をすることは、目隠しをしてスイカ割りをしているのと大して変わらない。また、索敵範囲を統計的に処理しやすい範囲に狭めるのも、賢くない。一般に、「先に結論から決めてしまい、それをどのようなロジックで説明してゆくのかを考え、それに合うように調査を加えてストーリーに肉付けしてゆく」という方針は、「結論ありき」の議論として、「実験計画法」的には「黒」であるが、飽くまで予備実験の範囲では、むしろそちらのほうが良い場合もある。もしも結論がまちがっていれば、早い段階で「ストーリーの修正」を要求するデータが得られる。それらを参考にストーリーの習性を行えば、何度かやっているうちに意味のある学説に至ることが多い。
- ^ http://www.phys.aoyama.ac.jp/~y-takasu/work/report/report.html
- ^ 例えば、「ボルタ振子の振動周期から重力加速度を測定する」という実験は、実験データ(振動周期)を理論式に代入せねばならないという点で、教育効果が高いのでよく学生実験の教程に取り入れられている。この場合、大雑把にいえば「周期そのもの」が実験結果になり、「計算式に代入しする過程」(通常、式の導出は、しないかあるいは、「実験の原理」として、Methodに相当する項目で、事前に説明するが、測定値のばらつきをどのように扱うのか等は、ここに書く)や、「計算式に代入して得られた結果」などは考察に該当する。しかし、「世界各地の重力加速度のばらつきの評価」という問題の場合には、「重力を正しく測定できる装置」というのがあることは、当たり前として考え、学生実験の考察よりもはるかに複雑な処理を、機械が勝手にやってくれる。
- ^ 難しい例になるが、走査型トンネル顕微鏡について考えよう。この装置は、探針と試料を接触しない程度に十分近づけ、その間に電圧を印加し、その間に流れる電流を測る。ところが、この電流が非常に微弱であるため、この電流を、I-V変換器で電圧に変換した上で、その電圧をオペアンプ回路で増幅する必要がある。この実験において、どこまでが、解釈が不用であろうか?「探針と試料を近づけた上で、その間に電圧V0を印加したところ、オペアンプ回路がV1ボルトの電圧を吐き出した」、「探針と試料を近づけた上で、その間に電圧V0を印加したところ、探針と試料の間にI [pA]の電流が流れた」、「探針と試料を近づけた上で、その間に電圧V0を印加したところ、探針と試料の間にI [pA]のトンネル電流が流れた」
- ^ ここでは、素直に「どういう問題にどういうアプローチで取り組んだか」という意味で取ってもらってよろしかろう。オリジナリティーや独創性という言葉には、変な手あかがついていて研究の初心者にあっては「何か奇抜/奇怪奇天烈なこと」をせねばならないという間違った焦燥感を与える可能性があるが、これはあまり賢くない。マスコミによって作り出されたステレオタイプの独創性を期待したようなインタビューが一流の研究者に対しておこなわれることが多々あるが、「どうしたものか?」という間の抜けた議論で終わってしまうのが大半である。医学領域のトップレベルの研究者がネット上で「独創的研究とは(何か)」について話し合ったところ[1]、「研究のプロセスそのものが、研究者の“独創性”である」(本記事の本文で述べたとおりのこと)とか、「“独創性”に限局した論議よりも、それぞれの研究者の「研究に対する取り組み方」を論ずることのほうが、われわれ科学者にとってより有益ではないか」という結論に終幕した。
[編集] 関連項目
最終更新 2009年11月7日 (土) 08:01 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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