J・C・R・リックライダー

J・C・R・リックライダーの最新ニュースをまとめて検索!

ジョゼフ・カール・ロブネット・リックライダーJoseph Carl Robnett Licklider1915年3月11日 - 1990年6月26日)は情報工学とコンピュータの歴史上重要な役割を果たした人物。J・C・R・リックライダーまたは「リック」と呼ばれる。彼は三つの学部(物理学数学心理学)を卒業し(ワシントン大学 (セントルイス))、音響心理学の博士号を得ている。情報技術に興味を持つようになり、革新的かつ進歩的な情報工学者となった。

現代のコンピュータネットワークについてのコンセプトを作り上げたという点でも重要な人物であり、その分野の開発での彼の役割の重要性が広く認められるようになってきた。単なる計算の道具ではない汎用的な道具としてのコンピュータという観点での開発にも深く関わっており、今日のインターネットに繋がる考察でも有名である。彼は通信におけるコンピュータの重要性と民主主義における大衆への情報伝達の重要性を理解していた。

彼の初期の業績としてタイムシェアリングシステムを積極的に導入するべきであるとする議論を展開した事が挙げられる。彼はまたダグラス・エンゲルバートに助言と資金を与え、それによってエンゲルバートはスタンフォード研究所内に Augmentation Research Centerを設立し、有名なNLS(oN-Line System)を開発した。

目次

[編集] 初期の情報工学における役割

ヴァネヴァー・ブッシュと同様、J・C・R・リックライダーのインターネットへの貢献は具体的な発明ではなく概念的なものである。彼は簡単なユーザインタフェースを持つネットワーク接続されたコンピュータの必要性を予測していた。彼が予測したものとしては、グラフィカルな情報処理、ポイント&クリックによるインタフェース、デジタル・ライブラリ、e-コマース、オンライン・バンキング、ネットワーク上に存在して必要に応じて転送されるソフトウェアなどがある。彼は「コンピューティングのジョニー・アップルシード」と呼ばれている。デジタル時代にコンピューティングの種を植えた人物という当然のニックネームである(訳注:ジョニー・アップルシードはアメリカ開拓時代に中西部でりんご園を始めた伝説的人物ジョン・チャップマンのこと)。

1950年、リックライダーはハーバード大学の音響心理学研究所からMITに移り、後にリンカーン研究所を設立した委員会で働いた。彼は冷戦下のプロジェクトであるSAGEの開発に携わった。1957年、BBNの副社長となり、PDP-1の1号機を購入してタイムシェアリングシステムの公開デモンストレーションを実施した。

1960年、リックライダーは有名な論文 Man-Computer Symbiosis(「人間とコンピュータの共生」)を書いた。その中でコンピュータとそのユーザーのより簡単な相互作用の必要性を示した。リックライダーはサイバネティックス人工知能の先駆者であるとされている。しかし他のAIの先駆者とは違い、リックライダーはコンピュータが人間のようになるとは思っていなかった。彼はその論文で次のように述べている。「人は目標を定め、仮説をまとめ、尺度を決め、評価を実行する。計算機械はルーチン化された仕事はするが、それは技術的かつ科学的思考の洞察や決定の材料に過ぎない。」

1962年10月、リックライダーはARPAの研究部門IPTO(Information Processing Techniques Office)の部長に任命された。IPTOは軍事指揮・指令系統の行動科学的なフォローを期待されていたアメリカ国防総省の高等研究計画局の一部門である。彼はその時期にアイバン・サザランドロバート・テイラー、ローレンス・ロバーツを見出し彼等に網羅的なコンピュータネットワークの重要性を納得させた。

1963年4月、ARPAの指揮・指令系統の行動科学研究機関IPTOにおいてリックライダーは「銀河間コンピュータネットワーク (Intergalactic Computer Network)」についての議論の際に、グローバルなコンピュータネットワークの最初期と思われる概念を秩序立てて述べた。そのアイデアには今日のインターネットのほとんどあらゆる部分が含まれている。

彼の論文 The Computer as a Communication Device(「通信装置としてのコンピュータ」、Science and Technology、1968年4月)は彼の思い描いたネットワーク・アプリケーションを解説している。

1968年、J・C・R・リックライダーはマサチューセッツ工科大学Project MACの責任者となった。そのプロジェクトに彼はARPAから出資していた。Project MAC は最初のタイムシェアリングシステムCTSSを生み出し、Multics(1964年から開始)の開発では最初のコンピュータネットワークがくみ上げられた。Multics は1970年のベル研究所でのケン・トンプソンデニス・リッチーUNIXオペレーティングシステム開発に受け継がれた。

リックライダーのビジョンの多くが今日の我々に与えた影響、特にWorld Wide Webとインターネットの爆発的な広がりについては計り知れないものがある。

[編集] 関連項目

[編集] 参考図書

  • J.C.R.Licklider Libraries of the future 1965 M.I.T. Press
  • Hafner, Katie and Matthew "On Distributed Communications" 1996 Lyon
    • 日本語訳は加地永都子・道田豪訳『インターネットの起源』ASCII 2000
  • 浜野保樹「極端に短いインターネットの歴史」1997 晶文社
  • 喜多千草「インターネットの思想史」2003 青土社

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年9月16日 (水) 02:43 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【J・C・R・リックライダー】変更履歴

ご利用上の注意