JOHNNY'Sジュニア・スペシャル
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JOHNNY'Sジュニア・スペシャルとは、1974年の夏に「ジュニア・スペシャル」の名で結成され、ジャニーズ事務所に在籍していたアイドルグループである。1970年代の中期に活躍。 愛称は頭文字を取って「JJS」。 後に「VIP」(後述)というグループに進化。
目次 |
[編集] メンバー
- 板野俊雄 (リーダー。愛称・トシちゃん、師匠。1957年4月26日 - )
- 林正明 (愛称・マーちゃん、ドラキュラ。1958年8月30日 - 、横浜市保土ケ谷区出身)
- 堀越高等学校出身。
- 畠山昌久 (愛称・チャーリー、チャリ坊。1958年2月9日 - 2003年5月31日。東京都出身)
- 堀越高等学校卒業。父親はスパニッシュダンスの先生。
[編集] 脱退メンバー
- 山縣孝良 (愛称・タカ坊、1957年5月4日 - 、東京都出身)
- 井上純一 (愛称・ジュン、1958年8月14日 - 、東京都世田谷区松原出身)
- 山縣孝良の脱退後に参加したが、すぐに同じく脱退。その後は、映画の主役デビューや、ソロレコードデビューなどの活躍をした。
[編集] 概要
- 1974年夏、「ジャニーズ・ジュニア第1期生」と呼ばれていたメンバーの中の代表的な9名が、2つのグループに分割された。一つはフォーリーブスのコンサートのバックダンサーチームとして作られた3人組の「ジュニア・スペシャル」。もう一つは、郷ひろみのコンサートのバックダンサーチームとして作られた6人組の「ジュニア・エース」。 本項目の「ジュニア・スペシャル」の方は、板野・林・山縣の3名で結成された。 しかし、夏のコンサートを終えた1974年9月に山縣が脱退。 その後、井上純一と、「ジュニア・エース」に居た畠山昌久が加入して4人組になるが、すぐにまた井上が脱退、という経緯を経て、最終的に「板野・林・畠山」という構成に落ち着いた。 山縣孝良はその後、「ジュニア・エース」のメンバーや郷ひろみと共にバーニングへ移籍し、「メッツ」のメンバーとしてレコードデビューした。
- 1975年2月21日、グループ名も正式に「ジュニア・スペシャル」から「JOHNNY'Sジュニア・スペシャル」となり、『ベルサイユのばら』でレコードデビュー。
- 日本テレビ系の早朝子供番組『おはよう!こどもショー』にレギュラー出演。 「JJSの親子ゲームコーナー」というレギュラーコーナーを持ち、板野がレフェリー、林が紅組キャプテン、畠山が白組キャプテンの役だった。 また、番組内で歌も数曲披露しており、持ち歌には『パイの歌』、『らっぱっぱ』、『またですか?』、『ねずみ小僧次郎吉』などがあった。 同番組には、メリー喜多川の愛娘・藤島ジュリー景子も一緒に出演していた。
- 1978年に解散。その後は「VIP」(後述)として再デビューした。
[編集] エピソード
[編集] 主な出演作品
[編集] テレビドラマ
[編集] バラエティ番組
- ヒット'76(日本テレビ)初代アシスタント
- おはよう!こどもショー (日本テレビ)
- 夜のヒットスタジオ (1975年3月10日、フジテレビ)『ベルサイユのばら』を披露
- ベスト30歌謡曲 (テレビ朝日)
- カックラキン大放送!! (日本テレビ)
- チビらサンデー (1976年7月 - 、テレビ朝日)
- パクパクコンテスト (1976年、よみうりテレビ)ゲスト出演で『サタデー・ナイト』を披露
- ヤングおー!おー! (毎日放送)
[編集] 映画
[編集] CM
- 味覚糖 「ソフトキャンディ」
[編集] ステージ
- 第53回ウエスタン・カーニバル (1975年3月28日 - 3月31日、日本劇場)
- 第54回ウエスタン・カーニバル~ばらとみかんとバイオリンと 「ジャニーズ・ファミリー・フェスティバル」 (1975年8月27日、日本劇場)
- 第55回ウエスタン・カーニバル (1976年8月24日 - 28日、日本劇場)
[編集] ディスコグラフィ
[編集] シングル
- 1975.2.21 『ベルサイユのばら c/w 愛しのオスカル』(オリコン最高12位)
- 1975.5.2 『愛のちかい c/w 白鳥』
- 1975.8.21 『さよなら愛 c/w 恋はサフラン』
- 1975.12.5 『ハートの夢 c/w 感じる夕暮れ』
- 1976.2.21 『愛の飛行船に乗って c/w 新しい君を知るために』(「100万人飛行船の会」テーマソング。)
- 1976.4.21 『サタデー・ナイト c/w JJSのテーマ』(「サタデー・ナイト」はフォーリーブスの北公次が日本語作詞)
- 1976.5.21 『元気ですか c/w 僕の消息(歌:豊川誕)』
- 1976.7.21 『サンデー・キューピット』
- 1976.10.21 『太陽のあいつ c/w 焔のカーブ』
- 1976.12.21 『憧れのベイシティローラーズ c/w ダンス・フォーミー』
- 1977.3.21 『ツイスト110番 c/w 片思い日記』(フォーリーブス楽曲提供。「ツイスト110番」作詞:おりも政夫・作曲:青山孝/「片想い日記」作詞:江木俊夫・作曲:青山孝)
- 1977.7.21 『ラストショー c/w ネイビーブルー』
[編集] アルバム
- 1975.9.21 『エンジェルパワー』(アニメソングのカバーアルバム)
- 1976.2.21 『夢のディスクジョッキー』(オリコン最高29位)
- 1976 『フォーリーブス10周年記念 PART1』 (フォーリーブス、豊川誕との共演作。中野サンプラザでの実況録音盤)
- 1976.12.21 『素敵な恋の招待券』
- 1977.12.1 『集合!アイドルのすべて JJS全曲集』
[編集] VIP
VIP(ビップ)とは、「JOHNNY'Sジュニアスペシャル」の後身に当たり、ジャニーズの歴史では極めて稀有の、女性が参加したグループである。
[編集] 概要
- 1978年に『南十字星』でレコードデビュー。
- 1979年、林・畠山・吉本の3名が脱退を表明。 そして、1979年5月13日に日比谷野外音楽堂にて、約4時間に渡る解散コンサートが行われた。
- 5人組としての「VIP」は解散したが、その後も板野と河村の2人だけでグループを存続させた。そして、1980年にデュオ曲を1枚だけリリースしたが、やがて自然消滅した。
[編集] メンバー
- 板野俊雄 (元・JJSのメンバー)
- 河村信子 (劇団員からオーディションを受けての加入)
[編集] 脱退メンバー
- 林正明 (元・JJSのメンバー)
- 畠山昌久 (元・JJSのメンバー)
- 吉本和子 (フォーリーブスのファンだった事から加入)
[編集] ディスコグラフィ
[編集] シングル
- タイアップについてはジャニーズ タイアップ一覧#VIPを参照。
- 南十字星 (1978年)
- 青春にかけろ c/w 明日に向かって
- きらめきの季節(とき) (1980年、板野と河村のデュオ作。事務所の先輩・あおい輝彦が主演した同名映画の主題歌)
[編集] アルバム
- 「新・エースをねらえ!I」
- 「新・エースをねらえ!II」
- 「新・エースをねらえ!III」
[編集] メンバーのその後
- 板野俊雄は、1980年6月1日から「ジャPAニーズ」に加入した為、その後の詳細はジャPAニーズの項目を参照。
- 畠山昌久は脱退後、「畠 真之(はた まさゆき)」に改名して俳優として活動。 1984年に劇団四季へ入団すると、再び「畠山昌久」の名に戻して活動していたが、しばらくしてから「畠山 久(はたけやま ひさし)」へと改名した。そして2003年5月31日、転移性胆管癌の為に逝去。享年45。
- 林正明は、脱退の1ヶ月後から、プライベートでソロのアコースティックライブ活動を数年間続けていた。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年10月6日 (火) 02:08 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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