JUNET
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JUNET(ジェイユゥネット、Japan University NETwork)は、日本の学術組織を結んだ研究用のコンピュータネットワークである。今日インターネットと呼ばれているネットワークの日本における実質的な起源。
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[編集] 特徴
電話回線を使用して、主としてUUCPによるバケツリレー方式で、電子メール・ネットニュース等の情報交換を行うシステムであった。
インターネットに先駆け、組織や端末の表記・識別に有用な、ホスト名部分を活用した「階層型ドメイン名」でのアドレス表記を採用したことが特筆される。
現在、電子メール等で日本語を表現するために使用される ISO-2022-JP 文字エンコーディング方式(俗に「JISコード」と呼ばれる)は初期の JUNET において開発され、当初は「JUNETコード」とも呼ばれた。
JUNETのネットニュースにおいて当初より使用されたニュースグループ階層名が fj であった。この fj ニュースグループは "from Japan" の名の通り JUNET の枠を超えて全世界に流通し、次第に JUNET とは独立に運営されるようになり、 JUNET 終了後も存続している。
[編集] 歴史
1984年9月、村井純が個人的なデータの移動のために慶應義塾大学と東京工業大学を接続。
1984年10月に東京大学が加わり実験ネットワークとして運用を開始した。その後多くの大学や企業の研究機関が参加し、最終的には600以上の組織を結ぶネットワークになる。
1987年にはKDD研究所(KDDLABS, 現KDDI研究所)の持つ国際接続の共用利用を目的とし、国際科学技術通信網利用クラブ(InetClub)が設立される。初代会長は石田晴久。1994年に解散。
1991年10月に実験ネットワークとしてのJUNETは終了した。ドメイン名割り当て機能は JNIC(後のJPNIC)に移管した。fjニュースはすでにJUNETとは独立に運営されていたため、そのまま存続した。JUNET終了時点の参加組織には、既にWIDE、JAIN、TISNのような広域TCP/IPネットワークに参加している組織も少なくなかったが、JUNETのUUCP接続に依存していた組織の多くは、地域系ネットワークに移行した。
また、このような移行が難しい組織を暫定的に収容すべく、JUNETのUUCP接続の一部が「JUNET協会」として残された。これはボランティアベースで運営されていた旧JUNETと異なり、参加組織から会費を集め、業務としてJUNET運営の責任を負う組織として設立された。ちなみに初代会長には吉村伸(メディアエクスチェンジ創業者)、2代目の会長には砂原秀樹(奈良先端科学技術大学院大学教授)と、いずれもインターネット業界の有名人が就いている。また、副会長には徳川義崇(尾張徳川家第22代当主、現:徳川黎明会会長)が就いていた。
その後、IIJやAT&T JENS(現・ソフトバンクテレコム)などの商用インターネットサービスプロバイダが次々と立ち上がり始めたことで、1994年10月に設立10周年を迎えたのを機にJUNET協会も「役割を終えた」として解散した。
メールアドレスのドメインとして、初期には.junetが用いられていたが(例: 東京大学はu-tokyo.junet)、やがてJPドメイン(当時は属性型JPドメインのみ)に移行した。
[編集] 村井純及び関係者の談話
創設に直接関わった関係者によると、慶應義塾大学に籍(席)を残したまま東京工業大学で勤務していた村井純が、日本の某ベンダー企業に依頼し東京大学駒場キャンパスの計算センターと慶應義塾大学日吉キャンパスの計算センターを米国Bridge Communications社(現3Com社)製機器、TA、DSUなどの機器及び電話回線(X.25プロトコル)で接続し、その後Cisco社製機器などを使用し東京大学-東京工業大学間も接続したという。
しかし村井純の昔の談話では、最初に接続したのは慶應義塾大学-東京工業大学を300bpsで150万円程との事で、学術関係者などによる諸般のインターネット歴史解説でも、このような村井純の解説を元に最初(日本におけるインターネットの起源)は慶應義塾大学-東京工業大学で後に東京大学とも接続されたとされている。ただし前述の関係者の話では最初に接続されたのは東京工業大学ではなく東京大学という事になる。
なお、村井純によると接続した理由は「ファイルをテープメディアで送るのが面倒」という事だが、建前上は世界平和のためと彼お得意の本当か冗談かわからない笑い話も披露していた。
また、よくこれに関連して「村井純が自分でマンホールに潜って、大学構内にケーブルを張り巡らせた」という話がまことしやかに囁かれているが、当時慶應大の研究室で村井の後輩だった砂原秀樹などはこれを否定しており、いわゆる都市伝説の一つであると考えるのが妥当だろう。実際のところ、村井純の指揮でイエローケーブルを慶應義塾大学の建物間の地下配管に通したことは事実である(大学当局から怒られた)。
[編集] 名称
名称は当初「ジェイユゥネット」と読まれ、後に「ジュネット」の読みも広まり、どちらも正しいとされている。
名称の由来は Japan University Network とされることが多い。 J は文献により Japan または Japanese となっている。 U は University, UNIX, UUCP 等の意味を持つが、どれを正式なものとしても反例が多いので、これらの意味を兼ね備えるとされた。なお、創設者の名前(村井純)から「純ネット」との説もある。
命名にあたっては、英国の JANET (Joint Academic NETwork) を参考にしたとも言われている。
[編集] JUNET記念日
1987年7月1日に、日本中のほとんどのサイトでネットニュース記事の配送が突然停止してしまった。原因は、ニュース配送システムBnewsに漢字が通るように当てたパッチ中の“july”とすべき箇所が“July”となっていたことによる。
翌年から7月1日は「JUNET記念日」と呼ばれるようになった[1]。この日はニュースの配送に感謝して、ほとんどの人がニュース記事の投稿を控えた。この名称は、当時はやっていた俵万智の「サラダ記念日」をもじったものである。
[編集] 参考文献
- JUNET利用の手引作成委員会 『JUNET利用の手引(第1版)』 1988年
- 石田晴久『コンピュータ・ネットワーク』 (岩波新書) 岩波書店 ISBN 4004301807 1991年
- 村井純『インターネット』 (岩波新書) 岩波書店 ISBN 4004304164 1995年
- ^ JUNETとfjの記念碑 - fj のネットニュース記事の引用
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月19日 (木) 05:18 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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