K DUB SHINE

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K DUB SHINE
基本情報
出生名 各務貢太
別名 ビッグコッタ
出生 1968年5月8日(41歳)
学歴 テンプル大学中退
出身地 日本の旗東京都渋谷区富ケ谷
ジャンル ヒップホップ
職業 ヒップホップMC
担当楽器 ラップ
活動期間 1993年 -
キングギドラ
1996年 -
(ソロ活動)
2006年 -
radio aktive projeqt
共同作業者 DJ OASIS
影響 Run-D.M.C.KRS-Oneラキムパブリック・エナミー
公式サイト THE KING OF TOKYO
  

K DUB SHINE(ケーダブシャイン、本名:各務 貢太(かがみ こうた)、1968年5月8日 - )は、日本ヒップホップMC東京都渋谷区富ケ谷出身[1]

ヒップホップグループ、キングギドラのMC及びリーダー、radio aktive projeqtのMCを担当。ソロでも活動している。

目次

[編集] 略歴

東京都渋谷区富ヶ谷に生まれ、母一人子一人の母子家庭にて育つ[1][2](1980年代には同区神山町に転居)。 幼少の頃は病弱で、入退院を繰り返しており、小学生になるまで生きられないかもしれないと言われていたという。小学校時代には、中学受験のために四谷大塚へも通塾していたが、地元の渋谷区立松涛中学校に進んだ。高校は町田市にある私立高校へ入学。すぐに中退して、産経新聞社の主催する交換留学制度を利用して、アメリカ合衆国フロリダ州の高校へ留学。帰国後はテンプル大学に通ったが、後に中退した。(当時同大学にはEAST ENDGAKU-MCも通っており、この時点で知り合いになる)

80年代半ば頃にアメリカのヒップホップに出会い、後に自身もラップをするようになる。当初は、日本語はラップには向かないと考え英語でラップをしていたが、アメリカ人の友人に「何故日本語でラップしないのか」と問われた事をきっかけに、日本語によるラップを模索しはじめる[3]

[編集] 主な活動歴

  • 1993年
    • 友人であったZEEBRAに自身の日本語によるラップを聴かせたところ意気投合し、ZEEBRAの幼馴染のDJ OASISを加え、日本語ラップグループ・キングギドラを結成する。グループでは自身が活動コンセプトを発案し、リーダーを務める。
  • 1995年
    • キングギドラとしてアルバム『空からの力』でレコードデビュー。ライミング、メッセージ性、社会意識の高さが話題を呼ぶ。
  • 1996年
    • キングギドラとして伝説のヒップホップイベントとして名高いさんピンCAMPに出演。ソロ曲「機能停止」も披露する。
    • キングギドラとしての活動を停止し、ソロでの活動を開始する。
    • 同年発行のS.H.フェルナンドJ.R.著 石山淳 訳『ヒップホップ・ビーツ』に翻訳協力・アルバム解説という形で参加している。
  • 1997年
    • カッティング・エッジよりアルバム『現在時刻』を発表しソロメジャーデビュー。
    • DJ OASISらと共にアトミックボム・プロダクションズを設立する。
  • 1998年
    • MISIAの楽曲「陽のあたる場所」のリミックス曲に客演として参加。
    • 法務省主催の「社会を明るくする運動~HIP HOPを見て聴いて若者を語る~」に若者と大人を繋ぐ存在として参加。ヒップホップをほとんど聞かないような参加層の前でラップを披露。ヒップホップと社会との関係性を語り、若者と社会(大人)、双方の歩み寄りを訴えた。 ちなみに主催した政治家と友人であり、昔は一緒に悪い事をした仲でもある。
  • 1999年
    • アトミックボム・プロダクションズを法人化し、渋谷を拠点に本格的に事業を開始する。
  • 2000年
    • 2ndアルバム『生きる』をリリース。
  • 2001年
    • ミニアルバム『SAVE THE CHILDREN』をリリース。収録曲「セイブザチルドレン」のサビの独特なフレーズや、児童虐待がテーマとなっていることなどで話題を呼んだ。
  • 2002年
    • キングギドラを再始動。発表したシングルが次々オリコンチャートインし、地上波ゴールデンタイムの音楽番組である『ミュージックステーション』や『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』に出演、知名度を広める。同年に発表したアルバム『最終兵器』はオリコン初登場3位にランクインする。
    • 自身やキングギドラのPVを手掛ける薗田賢次が監督を務め、親交のある窪塚洋介が主演した映画『凶気の桜』で初の音楽監督を務める。
    • 児童虐待をテーマにしたコンセプトアルバム『CHANGE THE GAME』に参加。
  • 2003年
  • 2004年
    • 自身の生い立ちや半生を綴ったコンセプトアルバム『理由』を発表。収録曲「来たぜ」の中のリリックからDEV LARGEとのビーフが勃発。(後述)
    • 出演しているスペースシャワーTVの時事放談番組『第三会議室』が放送を開始。
    • 映画『デビルマン』に楽曲「彼が去れば」を提供。
  • 2006年
    • DJ OASISと共にRadio Aktive Project(後にradio aktive projeqtに改名)を始動。
  • 2007年
    • 映画『それでも生きる子供たちへ』の応援ソングとして「ソンはしないから聞いときな」を発表。
    • 自身の半生を綴った書籍『渋谷のドン - Kダブシャインと渋谷のリアルな30 年史』を発表。
    • アトミックボム・プロダクションズが倒産[4]
  • 2008年

[編集] 概要

日本語の歌詞と(ライム)にこだわったラップスタイルが特徴。それまで文としての正しさに拘るあまりに1~3文字程度しか韻が踏めなかった日本語ラップにおいて倒置熟語を使い、ある程度文としての正しさを崩して押韻を重視するスタイルで単語単位で韻を踏む手法を確立し、現在の日本語ラップにおける韻の踏み方の基礎を作ったMCの一人。日本及び日本人としての誇りを訴えかける歌が多く、歌詞やインタビューなどで日本語・英語交じりのラップスタイルのラッパーを度々批判している。低音の脱力的なフロウ(歌いかた)が特徴でそのファンも多いが、リズム感に乏しいとしてフロウが未熟とされることもある。児童虐待シングルマザー麻薬国家などの話題を積極的にとりあげる社会派ラッパーとして知られている。歌詞に個人の主観が強いこともあり、賛否両論である。

[編集] 人物・その他

  • 愛称は「コッタ」「コッちゃん」。別名は「ビッグコッタ」「渋谷のドン」「最後の皇帝」「K二乗」「Mr.Atomic Bomb」「ミコータ・カガ」等多数。
  • 名前のK DUBは本名のイニシャルK.K(KのDouble→Dub)から来ている。この名前に定着する以前は、「MC SHINE」や「サムライマー」と名乗っていた。
  • 若い頃は不良で、渋谷区宇田川町に在った「Rビル」(2008年に解体)の前に集まっていた事から、「R's(アールズ)」という集団を結成していた[1][6]。しかし、本人達はこれを所謂チーマーの集団(チーム)ではなく、自警団と称していたようで[1]、後に、「チーマーになりたくなかったから渡米した」、「(自分達の頃は)チーマーって言葉とかまだ生まれる前だった」とも発言している[7][8]
  • 幼少の頃に病弱だった為、健康には人一倍気を使っておりタバコもやらない[9]。また、スポーツジムに通っていて、日々体を鍛えている。ちなみに同じジムにチョコボール向井[10]伊藤英明[11]市川海老蔵[12]小島よしお[13]なども通っている。
  • 子供の頃に剣道[14]サッカーをやっていた。中学時代はサッカー部だったが途中でやめた[3]
  • 中学時代にはよく後輩をいじめていて、この中には東幹久がいたという[3]
  • アメリカに8年間留学していた為英語が堪能であり、現地の大学にも通っていた事から文法的にもかなりしっかりした英語を話すことが出来る[3]
  • 朝まで生テレビ』の「激論! 2009年"崖っぷち"ニッポン~脱・貧困!ドーする?!経済・雇用危機~」に観客として参加していた。風邪をひいていたため収録中苦しい思いをしたそうである[15]
  • 相棒』にはまっている[16]
  • 仮面ライダーが好き。
  • 忌野清志郎が亡くなり、青山葬儀所で行われた「忌野清志郎 AOYAMA ROCK'N ROLL SHOW」には一般人に交じり献花した。
    • その際、献花までに7時間かかった。
    • 列の後方にはレゲエミュージシャンのRYO the SKYWALKERも並んでおり、お互いに行ったり来たり、写真などを撮ったりしていた。
    • しかし実際は宇多丸に電話して入ろうとした

[編集] 他のラッパーとの関係

[編集] DEV LARGEとのビーフ

2004年6月19日、BUDDHA BRANDDEV LARGEと思われる人物がK DUB SHINEをdisした曲、「ULTIMATE LOVE SONG」がとあるサイトにアップされ、一気にビーフに発展した[17]

内容は、K DUB SHINEの新作『理由』の収録曲である「来たぜ」の中でのBUDDHA BRANDのMCを挑発する歌詞や、以前からK DUB SHINE達が英語を多用する、所謂、バイリンガル・ラップを批判していたことへの反発などであった(DEV LARGEは英語を多用するバイリンガル・ラッパーである)。そして何者かがこのサイトの件を2ちゃんねるに書き込み、ネット上で大きな話題を呼んだ。

当初は、掲示板等において、本当にDEV LARGE本人による物なのか疑問視する声もあったが、6月22日にDEV LARGEがInterFMのラジオ番組『Joint One Radio Show / DEN説の火曜日』に出演し、この曲をかけたため本人によるものである事が発覚した。曲中にアンサーソングを作れといった内容の歌詞があったことや、ネット上でアンサーを期待する声が多かったこともあってか、10日後の6月22日にK DUB SHINEがアンサーソング「1 THREE SOME」を同じくネット上で発表。歌詞の内容はDEV LARGEがソロアルバムを出していないことへの皮肉などであった。これに対しDEV LARGEは、更なるアンサーソング「前略ケイダブ様」を発表した。

ここでビーフは一旦終了しているが、『第三会議室』などを見る限り両人の仲は未だ険悪なようである。尚、DEV LARGEは2006年にソロアルバムをリリースしている。

なお、各曲は、K DUB SHINEの「1 THREE SOME」がDJ MASAKI『BEST OF K DUB SHINE(Blendz Version)』に、DEV LARGEの「ULTIMATE LOVE SONG」と「前略ケイダブ様」が刃頭のミックステープ『現場デ炸裂』に収録(『前略ケイダブ様』は『前略、ケイダブ様お元気ですか?pt.2』として)されている。また「ULTIMATE LOVE SONG」はI-DeAのアルバム『self-expression』に「Ultimate Love Song(Letter) feat. MONEV MILS & 漢」として別バージョンが収録されている。

[編集] ZEEBRAとのスタイルの違い

キングギドラのメンバーであるZEEBRAとは、アングラ志向寄りのK DUB SHINEとオープンなZEEBRAというヒップホップに対する価値観の違いから不仲とされている(ヒップホップ雑誌のインタビューでも両者共に価値観は違うと認めている)。現在、キングギドラは活動停止状態で解散はしていないが、キングギドラからZEEBRAを除いた形であるK DUB SHINEとDJ OASISの二人でradio aktive projeqtとして活動している。第三会議室では、会話の弾みからではあるがZEEBRAを「元相棒」と発言したり、「(俺が死んだとして)ZEEBRAは(葬式に)来ない」と話したこともある。

しかし、Radio Aktive ProjectがZEEBRAが司会をしていた番組『シュガーヒルストリート』に出演し、2007年1月11日(12日)に放送され、このときに撮られた写真がDJ OASISのブログに掲載されており、K DUB SHINEがDJ OASISとZEEBRAと肩を組んでいる写真や話をしている写真が掲載されている。さらに1月の『DANGEROUS』ではZEEBRA、K DUB SHINE、DJ OASISそしてRHYMESTERの宇多丸四人で写っている写真も公開されている。後日の『第三会議室』の公開収録の際に、この事に話が及んだがK DUB SHINEはこれを「お芝居」と語っており、実際の所は不明である。2006年12月30日に撮られたもの2007年1月12日に撮られたもの

2007年3月31日、RHYMESTERのライブ、『King of Stage vol.7 at 日本武道館』で、キングギドラとして一時再結成しRHYMESTERと共に「口から出まかせ」を披露した。K DUB SHINEがこの武道館ライブに出演するように宇多丸が掛け合っている様子が過去に第三会議室で放送された。

2008年11月1日、今度はZEEBRAが同じく日本武道館で、デビュー20周年を飾る公演『ZEEBRA 20th ANNIVERSARY THE LIVE ANIMAL in 武道館』を行った。多数のゲストがステージを彩ったがK DUB SHINEは現れず、多くのファンが期待したであろうキングギドラの揃い踏みは実現しなかった。この件に関して『第三会議室』内で、宇多丸が参加を強く促すもK DUB SHINEが頑なに拒み続ける様子が放送された。 その後、早稲田大学で行われた『第三会議室』の公開収録においても、ゲストであり、武道館ライブに出演したYOU THE ROCKから武道館ライブに来なかったことをしつこく責められた。

[編集] 売れ線ラッパー、ポップなラッパーに対して

所謂セルアウトラッパーを極端に嫌う。キングギドラ「公開処刑」にはKICK THE CAN CREWRIP SLYMEをdisするリリックが存在する(その後、この2グループとは和解したようである)。また、『理由』収録の「なんでそんなに」ではこの頃頻出していたR&B気取りの女性歌手らを批判している。「公開処刑」以後は特定のラッパーに向けたdisはしておらず、ソロ楽曲『いつもの』、radio aktive projeqtの「そりゃあないよ」でもpopなラップをする者全般に関して言及している(インタビューによればヒップホップを感じないのにラッパー面している者をディスするとのこと)。

かつてアトミックボムに所属していたラッパー童子-Tに対して、DJ MASAKIのミックステープ「DJ MASAKI Presents R.A.P. Special MixShow」において名指しはしていないがDisしている(DJ MASAKIのブログにおいてトラックリスト欄にDissin by童子-Tと表記されている)。また、悪ガキGプロダクション(K DUB SHINE関連の楽曲にいくつか参加しているJA飛龍が所属するクルー)のメンバーのTHE A-WORD a.k.a. 日の丸240が、ブログにて「Rフェスタで童子-Tがコッタ君(K DUB SHINE)に胸ぐらを掴まれたらしい」といった書き込みをしている。

[編集] 他のラッパーからのdis

前述の通りDEV LARGEにdisされている他、妄走族剣桃太郎及び般若SEEDAにもdisされている。しかし本人はこれらに対して、楽曲「いつもの」のリリックやインタビュー[18]にて「CDを売るための話題作り」と一蹴している。なお、剣桃太郎はアルバム『斬』のボーナストラック収録曲「きたないおっさん」にて、般若は『根こそぎ』収録の「サンクチュアリ」にて、SEEDAはSEEDA & DJ ISSO『CONCRETE GREEN 3』特典CD-R収録曲にてそれぞれdisしている。

[編集] 交友関係

派閥的な対立は殆どせず、上記の対立関係にあるラッパーと友好的なミュージシャン(RIP SLYMEやKICK THE CAN CREWの兄貴分であり、DEV LARGEとも親交を持つ宇多丸など)でも交流を持つ事が多い。盟友・DJ OASISの他、『第三会議室』で共演している宇多丸が在籍するRHYMESTERDABODJ MASTERKEYら親交がある。ヒップホップ関係者以外では俳優窪塚洋介お笑い芸人モンキッキー[13]とも親しい。

[編集] 作品

[編集] CDシングル

  1. 禁じられた遊び(カッティング・エッジ/エイベックス) 廃盤
  2. 天国と地獄(アトミック・プロダクションズ/Pヴァイン2000年6月25日発売
  3. オレはオレ(アトミックボム・レコーズ/ソニー・ミュージックレコーズ2003年11月27日発売 *レーベルゲートCD2
  4. 今なら(アトミックボム・レコーズ/ソニー・ミュージックレコーズ) 2004年2月4日発売 *レーベルゲートCD2
  5. 正真正銘(アトミックボム・レコーズ/ソニー・ミュージックレコーズ) 2004年4月28日発売 *レーベルゲートCD2

[編集] CDミニアルバム

  1. 説明不要(カッティング・エッジ/エイベックス) 1998年12月23日発売
  2. SAVE THE CHILDREN(カッティング・エッジ/エイベックス) 2001年9月19日発売
  3. 自己表現(アトミックボム・レコーズ/BBMC2006年10月25日発売

[編集] CDアルバム

  1. 現在時刻(カッティング・エッジ/エイベックス) 1997年12月10日発売、2003年12月3日再発 *再発盤はCCCD
  2. 生きる(カッティング・エッジ/エイベックス) 2000年12月13日発売、2003年12月3日再発 *再発盤はCCCD
  3. 理由(アトミックボム・レコーズ/ソニー・ミュージックレコーズ) 2004年7月14日発売、SPECIAL EDITION 2005年11月2日発売 *通常盤はレーベルゲートCD2

[編集] CDベストアルバム

  1. 世界遺産 -THE BEST OF K DUB SHINE- 1996→2002(アトミックボム/avex trax) 2003年1月29日発売 *CCCD

[編集] iTunes Store

  1. いつもの(SINGLE)(アトミックボム・レコーズ) 2006年3月9日配信開始(先行リリース) ¥200
  2. 自己表現(MINI ALBUM)(アトミックボム・レコーズ) 2006年8月30日配信開始(先行リリース) ¥800
  3. ソンはしないから聞いときな(ワーナーミュージック・ジャパン2007年6月13日配信限定

[編集] ミックスCD

  1. 世界遺産 THE BEST OF K DUB SHINE MIX CD+DVD - Mixed by DJ OASIS(アトミックボム/avex trax) 2003年9月18日発売 *CCCD
  2. WOTC:CM44.8 #20 BASEMENT BLEND 2004 -K DUB SHINE- - Mixed by FLOURISH O.T.C. 2004年発売
  3. THE KING OF TOKYO - Mixed by DJ HIGH-D 2004年・ライヴ会場限定発売
  4. BEST OF K DUB SHINE(Blendz Version) - Mixed by DJ MASAKI(CREAM RECORDS) 2004年11月1日発売
  5. BEST OF K DUB SHINE Pt.2 BIG KOTTA RETURNS - Mixed by DJ MASAKI(CREAM RECORDS) 2006年10月18日発売

[編集] 参加作品

  • フロムNYシティ ~for the movie~(デスレコーズ) 2008年8月13日発売 ※MC鬼刃 BY Kダブシャイン名義
映画版及びOVA版『デトロイト・メタル・シティ』劇中曲

[編集] 映画音楽

[編集] 書籍

  • 渋谷のドン - Kダブシャインと渋谷のリアルな30年史(講談社) 2007年7月20日発売

[編集] 出演

[編集] バラエティ

[編集] 声優

[編集] 関連項目

[編集] 出典

  1. ^ a b c d 生まれも育ちも渋谷-ラッパー、K・ダブ・シャインさんが自伝本 - 渋谷経済新聞
  2. ^ 『第三会議室』2004年7月13日放送分「お互いの長所短所 」より
  3. ^ a b c dライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』2007年8月11日放送分より
  4. ^ New Klear Vision #1「アトミックボム倒産の真相」 - ニコニコ動画
  5. ^ Kダブシャインと剣桃太郎が和解|NEWS / REPORT(ニュース/レポート) - Amebrak(アメブレイク)
  6. ^ 渋谷アンダーグラウンド 〜街を作った男達の20年〜 - フジテレビ
  7. ^ 『第三会議室』2008年7月3日放送分「俺と言ってるコト逆だから」より
  8. ^ 『第三会議室』2004年7月20日放送分「コッちゃん警察にボコられる」より
  9. ^ 『第三会議室』2004年4月13日放送分「午前中が好き」より
  10. ^ 『第三会議室』2004年4月6日放送分「チョコボール向井に嫉妬」より
  11. ^ 『第三会議室』2005年6月7日放送分「相次ぐ芸能人カップル」より
  12. ^ 『第三会議室』2007年4月10日放送分「コロッケSHOWを見ている美川を観るSHOW」より
  13. ^ a b 『第三会議室』2008年4月10日放送分「Amebaさんのおかげです。」より
  14. ^ 『第三会議室』2005年5月17日放送分「アメリカの高校でなめられない為には・・・」より
  15. ^ 『第三会議室』2009年1月22日放送分「コッチャンの年越し」より
  16. ^ 『第三会議室』2008年2月26日放送分「お勧めドラマ「相棒」」より
  17. ^ シンコーミュージック『blast』2004年10月号 「公論R、Ultimate Love Songの巻、知っておきたい前知識」
  18. ^ radio aktive projeqt|INTERVIEW(インタビュー) - Amebreak(アメブレイク)

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年8月16日 (日) 13:29 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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