L'Arc〜en〜Ciel

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L'Arc〜en〜Ciel
基本情報
別名 ラルク
出身地 日本 大阪
ジャンル ロック
ポップス
活動期間 1991年 -
(活動休止期間を除くと、1991年 - 1997年、1997年 - 2001年2004年 - 2005年2006年 - 2008年
レーベル Danger Crue Records
1992年 - 1993年
Ki/oon Sony Records→Ki/oon Records
1994年 - )
事務所 MAVERICK
(1992年 - )
共同作業者 岡野ハジメ
プロデューサー・1998年 - 2005年[注釈 1]
公式サイト www.larc-en-ciel.com
www.larcom.net
メンバー
hyde(ボーカル、1991年 - )
ken(ギター、1992年 - )
tetsu(ベース、1991年 - )
yukihiro(ドラムス、1998年 - )
旧メンバー
hiro(ギター、1991年 - 1992年)
pero(ドラムス、1991年 - 1992年)
sakura(ドラムス、1993年 - 1997年)
  
主な作品
1997年 シングル
HONEY 1998年 シングル
HEAVEN'S DRIVE 1999年 シングル
ark 1999年 アルバム
ray 1999年 アルバム
NEO UNIVERSE/finale 2000年 シングル
READY STEADY GO 2004年 シングル

L'Arc〜en〜Cielラルク アン シエル[注釈 2]中国語表記:彩虹樂團)は、1991年に結成された日本の4人組音楽バンド。一般的な通称・略称は主にラルクが用いられる。

リーダーはtetsu。プロダクションはMAVERICK、レコード会社はKi/oon Recordsにそれぞれ所属。公式ファンクラブ名は「LE-CIEL」(1994年設立)。

目次

メンバー

現メンバー

  パート
hyde ボーカル[注釈 3]
ken ギター[注釈 4]
tetsu ベース[注釈 5]
yukihiro ドラムス[注釈 6]

元メンバー

  パート 脱退日
hiro ギター 1992年6月12日
pero ドラムス 1992年12月30日
sakura ドラムス、パーカッション[注釈 7] 1997年11月4日

概要

大要

結成、デビュー

1991年2月頃、大阪市tetsuを中心に結成される。グループ名の「L'Arc〜en〜Ciel」はフランス語では「ラルカンスィエル」「ラグカンスィエル」[lar.kɑ̃.sjɛl]と発音し、意訳で「」という意味(英語直訳は「the arch in (the) sky」、日本語直訳は「空中のアーチ」)を持つ。名前の正式な由来は諸説あるが、阪急梅田駅前に存在した喫茶店の名前をtetsuが気に入り、そこから取ったという説が有力である。

当時のメンバーはtetsu(ベース)、hyde(ヴォーカル・当時は「Hide」と表記)、hiro(ギター)、pero(ドラムス)の4人で、インディーズ時代は関西を拠点に活動した。ちなみに、L'Arc〜en〜Cielを結成する前にhydeとperoの2名は「Jelsarem's Rod」で共に活動しており、Jelsarem's Rodとして参加したセッション大会で偶然tetsuと遭遇して以降、tetsuがhydeに対し「バンドを作ろう」と電話などで誘い続け、結果tetsuらとセッションを行った[1]。その後、Jelsarem's Rodのメインコンポーザーも兼ねていたhydeが「活動の行き詰まりを感じて」解散。セッションの縁からL'Arc〜en〜Cielに加入することとなった。[1]。結成後、5月30日に当時のホームグラウンドとしていた難波ロケッツで行ったファーストライブは、いわゆる対バン形式ながらも100人以上を動員、同年9月27日に同所で行われた初のワンマンライブでは、300人以上の動員を記録する異例の事態となるなど、インディーズの新規バンドとしては、当時異例の動員数を誇っていた。

1992年に入り、3月にはオリジナルのビデオプレゼントライブを大阪の他に東京でも行い、関東地方にも活動拠点を広げるが[2]6月にhiroが脱退。後釜にはtetsuの幼なじみで親交のあったkenが加入する。直後から1stアルバムのレコーディングを行い、完成直前までこぎつけたものの、メンバー曰く「出来映えが気に入らなかった」ため全曲をボツにしアルバムを発売しない意向を取った[1][注釈 8]。しかし、この一件で当時所属していた事務所との間に軋轢が生まれ、レコーディングに掛かった経費などの支払いを命じられたが、これとほぼ同時に、デンジャークルー(現・マーヴェリック・ディー・シー・グループ)社長の大石征裕から「うちの事務所に来て欲しい」と誘いがあり、そのままデンジャークルーへ移籍する。なお、この時の借金は事務所間での話し合いで全て白紙となった[1]

1993年1月、前年12月のライブで脱退したperoに代わってsakuraが加入。この後に約1ヶ月間のレコーディングに入り[3]、限定リリースのCDを除く初の公式発売音源となった1stアルバム『DUNE』を発売。5月10日付のオリコンインディーズアルバムチャートでは1位を獲得し、インディーズでの人気を不動のものとする。この年の夏、当時CDショップでアルバイトをしていたtetsuが「店に来た担当の人間を気に入った」という理由から[4]1992年ソニー・ミュージックエンタテインメント内で新規レーベルとして設立されたばかりの「キューン・ソニーレコード」と契約を結ぶ。

デビュー、地道な活動

1994年7月1日、ビデオシングル『眠りによせて』でメジャーデビュー。デビュー直後はインディーズ時代からのファンも多かったが、デビュー後初めて行った全国ツアーの東京ベイNKホール公演などではチケットがソールドアウトしないという事態が発生し、以後は「スタッフに全て任せきり」だったコンサートの会場決め、プロモーションなどを自分たちで行うようになった[4]10月21日には1stシングル『Blurry Eyes』を発売、メジャーレーベルでの本格的な活動を開始した。

1995年以降は積極的にライブ活動を行い、同年の12月27日には初の日本武道館コンサートを、1996年には2年前の「リベンジ」として東京ベイNKホールでの公演を開催。その後も徐々に人気を広げ、12月発売のアルバム『True』がデビュー後初のオリコン1位を獲得。『True』はその後発売6週目でミリオンセラーを記録した。

活動休止〜新体制での復活

この時期には初のアリーナツアーを開催するなど人気は過熱しはじめ、ヒット街道を驀進するものと思われたが、1997年2月にドラマーであるsakuraが逮捕され、活動予定を全て白紙化して完全な休止体制へ突入した。

sakuraの逮捕後、「曲作りとリフレッシュ」の名目で渡し、レコーディングを含めた数ヶ月間の滞在をする[5]。この間にサポートドラムとして元DIE IN CRIESのドラマー・yukihiroが参加したセッションなどが行われ、同年10月に長い休止から復活。直後発売したシングル『』は当時のL'Arc〜en〜Ciel史上第1位のヒット(当時の自己最高初動・最高売り上げを共に更新)を記録。12月23日に自身初となる東京ドームで行った復活コンサートでは公演チケットが当時の最速記録である4分で完売と、当時絶頂にあったバンドブームと重なり休止前までには無かったほどの爆発的人気を得ることになった。

1998年にはyukihiroがドラマーとして正式加入。シングル『winter fall』の発売を皮切りに、連続かつ集中的なリリースパターンを取り、7月に『HONEY』『花葬』『浸食 〜lose control〜』の3枚同時シングル発売や、それによるオリコンシングルチャート1位と2位の独占、10月には『snow drop』『forbidden lover』の2枚2週連続シングル発売による2度目のシングルチャート1位と2位の独占、1999年7月には『ark』『ray』の2枚同時アルバム発売によるオリコンアルバムチャート2週連続1位と2位の独占などで大きな注目を浴びた結果、デビューがほぼ同時期であるGLAYとともに邦楽2大ロックバンドなどと呼称されることもあった。

また、同時期から博報堂(当時)の箭内道彦が主なディレクションを担当した[6]プロレスラー藤原喜明の起用を始めとする、バラエティに富んだ広告展開を行うようになる。テレビCMでは「グループ名『L'Arc〜en〜Ciel(ラルク・アン・シエル)』の正しい読み方を広く認知させる」ものや「記者会見風の『活動予定告知』告知」を流し、新聞広告では「新曲の着信メロディの作成方法」や、コンピュータグラフィックスで作成した「坊主頭のメンバーの写真」などのような、それまでにはない奇抜なものを掲載するなどして注目を集めていった。

2度目の活動休止〜復活

2001年、シングル『Spirit dreams inside -another dream-』の発売前後から、tetsu・yukihiro・hydeが相次いで個人活動[注釈 9]を開始。実質的な活動休止状態に入る。前述のように、1998年以降のL'Arc〜en〜Cielは活動が集中的に行われていたため、急な活動の沈静化に一部では解散説も流れ、「もうL'Arc〜en〜Cielとしての活動は無いのではないか」と思われていた。この活動休止に関してtetsuは、「どれが本当の理由か分からなくなるほどたくさんの理由があった」と語っている。

ソロの開始から2年が経った2003年国立代々木競技場でバンド名に沿った7日間のライブ「Shibuya Seven days 2003」を開催。最終日には2004年3月のアルバム(SMILE)発売と2004年4月からのツアー開始を発表、それまで流れていた解散説を一蹴する。翌年2月4日にシングル『READY STEADY GO』を発売し完全復活を遂げた。それ以降は、L'Arc〜en〜Cielの活動とソロ活動をほぼ交互に行うという、短期集中的な活動形態となった。

復活以降はリリース活動と共に、日本国内だけでなく東アジアを中心として海外においてもライブ活動を行うようになる。また2006年には東京ドームでのバンド結成15周年を記念するライブを、2007年には9年振りのホールツアーを、2008年にはフランスパリでライブを開催するなど精力的に活動。しかし2008年6月8日京セラドーム大阪で行われたライブを最後に、バンド結成20周年となる2011年までのライブ活動の休止を発表した。

音楽性

メンバーの一人一人が持つ高い演奏技術や楽曲センス、hydeの書く幻想的な詞の内容などがL'Arc〜en〜Cielの人気の一つとなっており、特に活動初期から中期にかけての詞は「比喩に比喩を重ねた」と形容されるほど独特な表現を用いている。近年では曲にアニメゲーム映画など、物語性を含んだ作品のタイアップが付くとhydeが監督など制作側へ出向き、作品のテーマを聞いて詞の構成をするという手法が増えている。楽曲のレンジも幅広く、ポップスからハードロックバラードまで様々なバリエーションが存在する。

また、カップリング曲をアルバムに収録しない方針を取っていたため、シングル『DIVE TO BLUE』までは「表題曲+カップリング曲(+表題曲のインストゥルメンタル)」という形態で発売していたが、1998年のシングル3枚同時発売時からあまりその形態にこだわらなくなり、2003年にはアルバム未収録のカップリングを収めたベスト・アルバムとして『The Best of L'Arc〜en〜Ciel c/w』が発売されている。なお、2004年からのシングルではメンバーのパートチェンジバンド「P'UNK〜EN〜CIEL」とのスプリットシングルという形態で発売され、一時期には収録されていなかったインストゥルメンタルも復活している。

楽曲のアレンジは結成初期からデビュー後しばらくまではメンバー自身が行っていたが、シングル『Vivid Colors』以降はシングル曲のみ、4thアルバム『True』からは、全曲が西平彰を筆頭とするアレンジャーとの共同アレンジとなった。1998年から2005年までは元PINKのベーシスト・岡野ハジメがプロデューサーとして参加し、岡野とメンバーの共同でアレンジを担当した。2007年以降、主にシングル曲でセルフアレンジがメインとなったが、曲によって岡野・西平がアレンジを担当することもある。

L'Arc〜en〜Cielと「ヴィジュアル系」

1999年4月19日NHK音楽番組ポップジャム』の5月1日放送分の収録にメンバーが参加した。その日の収録では、L'Arc〜en〜Cielは2曲演奏する予定であったが、当日は1曲演奏終了時点でメンバーが演奏を中止、そのままステージを去るといった事態が起こったことが後日[7]報じられた。

事の発端は、当時番組のMCを務めていたお笑いコンビ爆笑問題[注釈 10]がメンバーに対して「ヴィジュアル系」と発言したこと。そのトーク後に「HEAVEN'S DRIVE」の演奏を行ったが、tetsuは本来担当するはずのコーラスパートを無視し、演奏を終了。ステージから捌けていく際には「ベースをぞんざいに扱うなど」不機嫌な様子だったとされた[注釈 11]他、「本来は2曲撮影する予定だったところを1曲で切り上げた」とも伝えられた。また、tetsuが事件の数ヶ月後に受けた雑誌インタビューでは「(怒って帰ったのは)俺がファンなら格好いいって言う」「(『大人げないか正当か』の議論に対し)俺は大人だなんて一言も言ってないし、自分が大人だなんて思ってない。(中略)大人げなくて結構」[8]と発言するなど、行動に対して議論を呼んだ。この一件は一部のファンの間で「ポップジャム事件」などと呼ばれている。

tetsu自身は、今回の出来事を後年に「元々2曲を別々に収録する予定であり、楽器をぞんざいに扱い、キレてそのまま帰ったというのは間違い」と否定しており、「実際はNHKとL'Arc〜en〜CielのメンバーおよびL'Arc〜en〜Ciel側のスタッフが話し合った結果、気持ちよく仕事をする環境が整っておらず、このまま収録を続行することができないという結論に達したため、スタッフ等に挨拶をし次の仕事へ向かった」といった内容を語っている[9]。また、「司会の爆笑問題やNHK側のスタッフに責任がある訳ではなく、メンバーの意思を相手側に伝えなかったラルク側のスタッフに責任がある」「うちのスタッフに対してもっとちゃんとやってくれという意味での行動だった」[9]とした[注釈 12]

tetsuは「『ヴィジュアル系』というのは人を見た目で判断する差別用語」「音楽のジャンルではなく、楽曲をきちんと聴いてもらっていない証拠」[10]と、自分たちを『ヴィジュアル系』というくくりに包括されることを頑なに否定している。一方で、初期のL'Arc〜en〜Cielにおいてtetsuを始めメンバーの容姿は、いわゆるヴィジュアル系の様を呈していたことから、このtetsuによる行動や「差別用語」発言に対する批判は多い。

他メンバーの反応

  • hyde - ニューロマンティックの様式に多大な影響を受けていることもあって、デュラン・デュランを指し「ルックスも好きだし、でも音楽も大好き」とした上で「そういう受け止められ方をして貰うと一番嬉しい」と発言しているが[11]、後に「(ヴィジュアル系と呼ばれることは)自分としては嫌だけど、世間がそう言うからには『しょうがない』みたいな諦めがあった」ともコメントした[10]
  • ken - 「ヴィジュアル先行で見られるのは嫌ですか」との問いに対し「そうでもない、先行というか同じ歩調で行けば別に…。"この人、音楽は良いけど顔ダサい"って言われるよりは良い」と発言[11]
  • yukihiro - ヴィジュアル系バンドに関し、「俺とかがヴィジュアル系って呼ばれていた時(ZI:KILL在籍時)は、『言うな』って思っていた」「自分たちで『ヴィジュアル系です』って言うのが出てきた時点で違うと思う。俺とかの頃は『ヴィジュアル系です』って言ってバンドなんかやってなかった」と発言。[12]

パートチェンジバンド

L'Arc〜en〜Cielではバンド内の遊びも兼ね、不定期でメンバー間のパートチェンジを行うことがある。またそこからの発展型として、過去KIOTOキオト)、D'Ark〜en〜Cielダーク アン シエル)、P'UNK〜EN〜CIELパンク アン シエル、現在も継続中)の3つのパートチェンジバンドが存在した。この3バンドの共通項として、メンバー構成が同一という点がある(tetsu…ボーカル、yukihiro(sakura)…ベース、hyde…ギター、ken…ドラム)。

  • KIOTOは1995年 - 1996年にライブのみで披露されたTOKIOのコピーバンドで、『LOVE YOU ONLY』をカバーしていた。ちなみに「TOKIOのリーダー、城島茂の公認バンド」で「バンドの詳細は謎に包まれている」、という設定である。
  • D'Ark〜en〜Cielは他2バンドとは違い、オリジナル楽曲を演奏するデスメタルバンド。詳細は『the Fourth Avenue Café』参照。
  • P'UNK〜EN〜CIELはL'Arc〜en〜Cielが過去に発表した楽曲をパンク・ハードロック調にカバーするバンド。詳しくはP'UNK〜EN〜CIELを参照。

また、2003年に行われた「Shibuya Seven days 2003」では『trick』のパートチェンジバージョン、2005年に行われた「AWAKE TOUR 2005」では『STAY AWAY』(「formation A」「formation B」の2パターン)のパートチェンジバージョン、2006年に行われた「15th L'Anniversary Live」では『trick』のボーカルチェンジバージョン(メンバーは全員ギターを担当)、2008年に行われた「L'7 〜Trans ASIA via PARIS〜」の海外公演では、再び『STAY AWAY』のパートチェンジバージョン(従来とは異なる)を披露している。

来歴

1990年代

1991年

  • 2月、大阪で結成。結成当初のメンバーはtetsuを中心にhyde、hiro、peroの4人。
  • 4月18日YANTA鹿鳴館で上記の4人による謎のセッション・バンドとしてライヴを行う。
  • 5月30日難波ロケッツ(大阪での活動拠点となったライブハウス)でL'Arc〜en〜Ciel名義での初ライブを行う。
  • 8月31日、市川CLUB GIOで関東での初ライブを行う。

1992年

  • 6月12日に行われた難波ロケッツでのライブでhiroが脱退。その後任としてkenが加入。
  • 10月1日コロムビアから発売されたオムニバスアルバム『GIMMICK』に『Voice』が収録される。
  • 11月25日、初の単独音源であるシングル『Floods of tears/夜想花』を発売し、限定1000枚が予約だけで完売する。
  • 12月30日に行われた大阪ミューズホールでのライブでperoが脱退。

1993年

1994年

1995年

1996年

1997年

1998年

1999年

  • 3月、第36回ゴールデン・アロー賞音楽賞、グランプリ受賞。
  • 4月3日、「OH! DAIBA TO BLUE」リニューアルスタート(同年6月26日終了)。
  • 4月18日 - 7月4日テレビ朝日系「イナヅマ!ロンドンハーツ」のエンディングで楽曲を演奏するコーナーに出演。
  • 4月21日、15thシングル『HEAVEN'S DRIVE』を発売。オリコンシングルチャート(12cmCD部門)で2週連続1位を達成すると共に、ノンタイアップながら通算4作目のミリオンセラーを記録。
  • 6月2日、16thシングル『Pieces』を発売。オリコンシングルチャートで1位を獲得。
  • 7月1日
    6thアルバム『ark』、7thアルバム『ray』を同時発売。2枚合算で初動300万枚以上を売り上げ、同一ミュージシャンが売り上げた最多初動セールスを記録し、オリコンアルバムチャート1位と2位の独占を2週に渡って達成。また両作がダブルミリオンを超える売り上げを記録。

+: この日から8月31日までの62日間限定サイト「arkray.com」を展開。

2000年代

2000年

2001年

2002年

  • 3月28日、「FLYING〜L'Arc〜ATTACK」レギュラー放送終了。

2003年

2004年

2005年

2006年

  • 結成15周年企画の「L'Anniversary」を開始。関連商品・イベントにはそれを示すマークが付与された[注釈 13]
  • 6月21日、ライブビデオ『ASIALIVE 2005』を発売。4作目のオリコンDVD総合チャート1位を獲得。
  • 7月15日から8月31日にかけ、J-POP CAFE SHIBUYAで「L'Arcafe」を開催[16]。メンバー考案のオリジナルメニュー販売のほか、過去の未公開ライブ映像(後にDVD-BOX『FIVE LIVE ARCHIVES』へ収録)も公開された。
  • 8月30日、『Blurry Eyes』から『forbidden lover』までの14枚のシングルと、未発売だったシングル『the Fourth Avenue Café』(29thシングル)を12cmシングル化して発売[17]。この再発で前年サザンオールスターズが記録した「同一アーティストによるオリコンシングルチャートTOP30入り」の記録を12から15へ伸ばした[18]
  • 11月25日26日、東京ドームで結成15周年記念ライブ「15th L'Anniversary Live」を開催。チケットは約2分で完売し、2日間で約11万人を動員する。
  • 12月13日、アルバム『ark』『ray』に特典DVDを付属した『15th Anniversary Expanded Edition』を発売。

2007年

2008年

2009年

sakura逮捕時の流れや概要

出典:「Official Fun Club Magazine『Ciel』」Vol.10

  • 1997年2月24日
    • sakuraが覚醒剤取締法違反で現行犯逮捕される。
  • 1997年2月27日
    • 裁判所から逮捕の事実の連絡が事務所へ行き渡り、メンバー緊急ミーティングを行う(sakuraは立川警察署にて身柄を拘束、接見禁止)。以後3月11日読売新聞朝刊で事件の報道がされるまで何度もミーティングが行われる。
  • 1997年3月11日
    • 読売新聞朝刊で今回の事件が報道され、以後他の夕刊やスポーツ紙などでも事件の報道をされる。
  • 1997年3月29日
    • 前日にsakuraが仮釈放になったのを受け事件後初の4人でのメンバーミーティングを行う。
  • 1997年4月17日
  • 1997年4月18日
    • バンドからファンクラブ・マスコミ・スタッフなどに、今回の事件に関してコメントが発表される。
  • 1997年4月27日
    • この日以降の各音楽雑誌に18日発表のコメントが掲載される。
  • 1997年5月1日
    • sakuraに懲役2年、執行猶予3年の判決が言い渡される。
  • 1997年10月17日
    • シングル『』を発売し、活動再開。サポートドラマーとしてyukihiroが参加。
  • 1997年11月4日
    • sakuraが正式にL'Arc〜en〜Cielを脱退[注釈 14]
  • 1998年1月1日
    • 同日付でyukihiroがL'Arc〜en〜Cielのドラマーとして正式加入。

事件を受けての活動自粛等

  • 3月26日に発売予定だった7thシングル『the Fourth Avenue Café』の発売を中止[注釈 15]
  • 旧譜の出荷停止(4月21日に解除される)
  • ラジオ番組「ボンジュール! L'Arc〜en〜Ciel」が3月11日を以て放送終了
  • 4月に予定されていたファンクラブツアー「ハワイ・アン・シエル」の中止[注釈 16]
  • 夏前発売予定だったニューシングルのレコーディング延期
  • 野外ライブイベント[注釈 17]の出演中止
  • 各音楽雑誌でメンバーが持っていた連載等が休止

作品

詳細は「L'Arc〜en〜Cielのディスコグラフィ」を参照

未発表楽曲

Bye Bye
15th L'Anniversary Live」「Are you ready? 2007 またハートに火をつけろ!」「TOUR 2007-2008 THEATER OF KISS」にて演奏された新曲。hyde作詞・tetsu作曲。
Tetsuの曲
名称の通り、tetsu作曲の楽曲。「FEEL OF DUNE」で披露された。ちなみに「Kenの曲」なる仮タイトルの楽曲も存在したが、そちらは後に「眠りによせて」として公式に発売された。
I'm in Pain
インディーズ時代、“ライブでの定番曲”として扱われていた楽曲。:hyde作詞・hiro作曲。hiroが脱退する際、他のメンバーに「自分の作曲曲を音源化しないでほしい」という旨を表明し、アルバムへの収録が見送られた。また、脱退に伴い演奏そのものも行われることが無くなったが、「15th L'Anniversary Live」で14年振りに演奏された。
Nostalgia
No Truth
共にhiro作曲。「I'm in Pain」と同じく音源化はされていない。「Nostalgia」はバラード調の曲で、ライブビデオ「L'Arc-en-Ciel」のエンディングにて途中まで流されている。「No Truth」は歌詞、曲調共に攻撃的な曲である。
記憶の破片
読みは「きおくのかけら」。hiroによる仮歌をtetsuが作り直し、「Cureless」としてアルバム『heavenly』に収録された。この曲の原曲は「HEAVEN」という曲で、またその曲の原曲は「HELL」という曲で「記憶の破片」とはアレンジが違う。
Blue Moon
Moon Seduction
With Silence
hyde・peroがL'Arc〜en〜Cielの加入前に在籍していた、Jelsarem's Rodから引き継がれた曲。作詞・作曲は3曲共にhydeが担当。
LOVE
Blinding light
ライブで数回のみ披露された、作詞・作曲者不明の楽曲。
皆殺し
鬼殺し
デスマスク
バナナマスク
ぶっ殺す
デストロイ
「D'ark〜en〜Ciel」の楽曲。ライブで演奏された。詳細は「the Fourth Avenue Café」を参照。

ライブ・コンサートツアー

形態 タイトル 公演規模・会場
1993年 単発コンサート SONIC GIG
1993年 ライブイベント 華麗なる魔性
1993年 ライブイベント Subliminal Vision
1993年 コンサートツアー Close by DUNE
1993年 単発コンサート Close by DUNE FINAL
1993年 ライブイベント SHOCK AGE
1993年 ライブイベント Because the Night Vol.1
1993年 コンサートツアー FEEL OF DUNE
1994年 コンサートツアー ノスタルジーの予感
1994年 コンサートツアー L'Arc〜en〜Ciel Tour Sense of time '94
1995年 FC発足記念ライブ Ciel/winter '95
1995年 コンサートツアー L'Arc〜en〜Ciel in CLUB '95
1995年 ライブイベント SHOCK AGE SPECIAL '95
1995年 ライブイベント L'Arc〜en〜Ciel DAY 「RandezVous」前夜祭
1995年 コンサートツアー L'Arc〜en〜Ciel TOUR heavenly '95
1995年 コンサートツアー L'Arc〜en〜Ciel The other side of heavenly '95
1995年 単発コンサート L'Arc〜en〜Ciel TOUR heavenly '95 final
1996年 コンサートツアー L'Arc〜en〜Ciel Kiss me deadly heavenly '96
1996年 単発コンサート L'Arc〜en〜Ciel Kiss me heavenly deadly '96 REVENGE
1996年 コンサートツアー L'Arc〜en〜Ciel BIG CITY NIGHTS ROUND AROUND '96
1996年 単発コンサート Carnival of True Eve
1996年 - 1997年 コンサートツアー FRESH LIGHT PRESENTS
L'Arc〜en〜Ciel CONCERT TOUR '96〜'97 Carnival of True
1997年 コンサートツアー
(「the Zombies」名義)
Live Tour NIGHTMARE BEFORE CHRISTMAS EVE
1997年 単発コンサート ぴあ 25th Anniversary
L'Arc〜en〜Ciel 1997 REINCARNATION
1998年 コンサートツアー L'Arc〜en〜Ciel Tour '98 ハートに火をつけろ!
1999年 コンサートツアー L'Arc〜en〜Ciel 1999 GRAND CROSS TOUR
1999年 カウントダウンライブ TU-KA PRESENTS
L'Arc〜en〜Ciel RESET>>LIVE *000
2000年 コンサートツアー L'Arc〜en〜Ciel CLUB CIRCUIT 2000 REALIVE
2000年 コンサートツアー Yahoo! JAPAN presents
L'Arc〜en〜Ciel TOUR 2000 REAL
2003年 FC会員限定ライブ Akasaka Zero day
2003年 単発コンサート L'Arc〜en〜Ciel Shibuya Seven days 2003
2004年 単発コンサート Sony Music Fes. 2004 スペシャルライブ
L'Arc~en~Ciel 『SMILE TOUR 2004』前夜祭
2004年 コンサートツアー L'Arc〜en〜Ciel SMILE TOUR 2004
2004年 単発コンサート L'Arc〜en〜Ciel Live in USA
2005年 FC会員限定ライブ AWAKE TOUR 2005前夜祭 「今夜奇跡が起きる!?」
2005年 コンサートツアー L'Arc〜en〜Ciel AWAKE TOUR 2005
2005年 コンサートツアー L'Arc〜en〜Ciel ASIALIVE 2005
2006年 単発コンサート L'Arc〜en〜Ciel 15th L'Anniversary Live
2007年 コンサートツアー L'Arc〜en〜Ciel Are you ready? 2007 またハートに火をつけろ!
2007年 - 2008年 コンサートツアー L'Arc〜en〜Ciel TOUR 2007-2008 THEATER OF KISS
2008年 コンサートツアー L'Arc〜en〜Ciel TOUR 2008 L'7 〜Trans ASIA via PARIS〜

受賞記録

受賞日 受賞作品等
1997年12月24日 SPACE SHOWER Music Video Awards '97 “BEST GROUP CLIP” PV『
1998年11月21日 第31回全日本有線放送大賞 “ゴールドリクエスト賞”  
1998年11月21日 第31回全日本有線放送 “グランプリ”  
1998年12月4日 第40回日本レコード大賞 “優秀作品賞”[23] シングル『HONEY
1999年3月1日 第36回ゴールデン・アロー賞 “音楽賞”  
1999年3月1日 第36回ゴールデン・アロー賞 “グランプリ”  
1999年3月3日 第13回日本ゴールドディスク大賞 “SONG OF THE YEAR”[24] シングル『花葬』『HONEY』『snow drop
1999年3月3日 第13回日本ゴールドディスク大賞 “ALBUM OF THE YEAR”[24] アルバム『HEART
1999年12月7日 1999年度ベストドレッサー賞  
1999年12月24日 SPACE SHOWER Music Video Awards '99 “BEST VIDEO OF THE YEAR” PV『Pieces
2000年3月15日 第14回日本ゴールドディスク大賞 “SONG OF THE YEAR”[25] シングル『HEAVEN'S DRIVE
2000年3月15日 第14回日本ゴールドディスク大賞 “ROCK ALBUM OF THE YEAR”[25] シングル『NEO UNIVERSE』、アルバム『ark』『ray
2000年12月23日 SPACE SHOWER Music Video Awards '00 “BEST GROUP VIDEO” PV『STAY AWAY
2000年12月23日 SPACE SHOWER Music Video Awards '00 “BEST VIDEO OF THE YEAR” PV『STAY AWAY』
2001年3月13日 第15回日本ゴールドディスク大賞 “ROCK ALBUM OF THE YEAR”[26] アルバム『REAL
2002年3月13日 第16回日本ゴールドディスク大賞 “ROCK ALBUM OF THE YEAR”[27] アルバム『Clicked Singles Best 13
2006年3月17日 SPACE SHOWER Music Video Awards '06 “ART DIRECTION VIDEO WINNERS” PV『叙情詩
2006年 平成17年度文化庁メディア芸術祭 エンターテインメント部門 審査委員会推薦作品[28] PV『叙情詩』
2008年2月22日 Yahoo!ミュージックアワード2007 “ベストグループ最優秀賞”  
2008年 First J-MELO Awards “Most Requested Act of 2007”[29]  
2009年 The Second J-MELO Awards “Most Requested Act of 2008”[29]  

タイアップ

原則としてシングル収録が行われている場合は収録シングル名を表記
放送開始日、公開日などは全て日本でのもの
が付与される場合は本人出演作品
曲名 タイアップ オンエア期間など 収録作品
Blurry Eyes 日本テレビ系アニメ『D・N・A² 〜何処かで失くしたあいつのアイツ〜』オープニングテーマ 1994年10月7日 - 12月23日 1stシングル『Blurry Eyes
Vivid Colors 日本テレビ系「ぐるぐるナインティナイン」エンディングテーマ 1995年7月2日 - 9月24日 2ndシングル『Vivid Colors
Brilliant Years 日本テレビ系「しんドラ」エンディングテーマ 1995年4月11日 - 6月27日
夏の憂鬱 [time to say good-bye] TBS系「M-Navi」エンディングテーマ 1995年10月6日 - 11月24日 3rdシングル『夏の憂鬱 [time to say good-bye]
風にきえないで フジテレビ系「猛烈アジア太郎」エンディングテーマ 1996年7月1日 - 7月31日 4thシングル『風にきえないで
日本テレビ系「ミュージックパーク」エンディングテーマ 1996年8月1日 - 8月31日
flower フジテレビ系「プロ野球ニュース」テーマソング 1996年10月1日 - 1997年3月10日 5thシングル『flower
Lies and Truth テレビ東京系「タワーカウントダウン」テーマソング 1996年12月2日 - 12月30日 6thシングル『Lies and Truth
the Fourth Avenue Café フジテレビ系アニメ『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』第4期エンディングテーマ 1997年2月12日 - 3月5日 29thシングル『the Fourth Avenue Café
映画『劇場版 るろうに剣心 〜維新志士への鎮魂歌〜』オープニングテーマ 1997年12月20日 (公開) 7thシングル『
winter fall テレビ朝日系ドラマ『シカゴ・ホープ2』イメージソング 1998年1月14日 - 3月11日 8thシングル『winter fall
milky way TBS系「ワンダフル」テーマソング 1998年3月2日 - 3月30日 5thアルバム『HEART
Shout at the Devil ダイハツ工業ムーヴエアロダウンカスタムXX」CMソング 1998年5月6日 - 9月30日
DIVE TO BLUE TBS系「特捜!芸能ポリスくん」エンディングテーマ 1998年4月8日 - 9月16日 9thシングル『DIVE TO BLUE
NTTパーソナル関西 CMソング ※ 1998年6月6日 - 9月30日
HONEY TBS系「スーパーサッカー」テーマソング 1998年5月2日 - 9月30日 11thシングル『HONEY
NTTパーソナル関西 CMソング 1998年6月6日 - 9月30日
花葬 テレビ朝日系「真相究明! 噂のファイル」エンディングテーマ 1998年7月4日 - 9月12日 12thシングル『花葬
浸食 〜lose control〜 映画『GODZILLA』挿入歌 1998年7月11日 (公開) 10thシングル『浸食 〜lose control〜
forbidden lover 日本テレビ系「知ってるつもり?!」テーマソング 1998年10月11日 - 1999年3月21日 14thシングル『forbidden lover
snow drop フジテレビ系ドラマ『走れ公務員! POLICE WOMAN』テーマソング 1998年10月13日 - 12月22日 13thシングル『snow drop
What is love TBS系「エクスプレス」テーマソング 1999年3月29日 - 2000年9月29日 6thアルバム『ark
It's the end プレイステーション用ソフト『グランディア』CMイメージソング 1999年6月19日 - 7月4日 7thアルバム『ray
Driver's High フジテレビ系アニメ『GTO』第1期オープニングテーマ・44話/45話エンディングテーマ 1999年6月30日 - 12月19日 17thシングル『Driver's High
Pieces ソーテックe-one 500」CMソング 1999年7月24日 - 9月30日 16thシングル『Pieces
LOVE FLIES テレビ朝日サタデードラマ青い鳥症候群』主題歌 1999年10月16日 - 12月11日 18thシングル『LOVE FLIES
キヤノンWonderBJ」CMソング ※ 1999年10月25日 - 12月5日
いばらの涙 テレビ朝日系サタデードラマ『青い鳥症候群』テーマソング 1999年10月16日 - 12月11日 7thアルバム『ray』
trick (new wave of japanese heavy metal mix) ツーカーセルラー東京・東海「EZweb 誕生キャンペーン」CMイメージソング 1999年11月20日 - 12月12日 19thシングル『NEO UNIVERSE/finale
NEO UNIVERSE 資生堂ピエヌ」CMソング 2000年1月1日 - 3月20日
finale 映画『リング0 バースデイ』主題歌 2000年1月22日 (公開)
キヤノン「WonderBJ」CMソング ※ 2000年3月16日 - 9月30日
hole 映画『リング0 バースデイ』オープニングテーマ 2000年1月22日 (公開)
STAY AWAY 資生堂「ピエヌ」CMソング 2000年6月1日 - 未詳 20thシングル『STAY AWAY
get out from the shell -asian version- トヨタ自動車 アジア地区CMイメージソング - 8thアルバム『REAL
Spirit dreams inside 映画『FINAL FANTASY』エンディングテーマ 2001年8月29日 (公開) 21stシングル『Spirit dreams inside -another dream-
READY STEADY GO MBS・TBS系アニメ『鋼の錬金術師』第2期オープニングテーマ 2004年1月10日 - 3月27日 22ndシングル『READY STEADY GO
養楽多(中国)投資有限公司養楽多」CMソング -
瞳の住人 エクシング「ポケメロJOYSOUND」CMソング ※ 2004年2月25日 - 未詳 23rdシングル『瞳の住人
上海江崎格力高食品「慕纱」CMソング -
自由への招待 ダイハツ工業「ムーヴカスタム Vセレクション」CMソング 2004年5月12日 - 12月31日 24thシングル『自由への招待
Killing Me テレビ朝日系「Matthew's Best Hit TV」エンディングテーマ 2005年1月5日 - 3月31日 25thシングル『Killing Me
New World 日本テレビ系プロ野球中継1球の緊張感 THE LIVE 2005」テーマソング 2005年4月1日 - 7月23日 26thシングル『New World
叙情詩 日本テレビ系「スーパーテレビ情報最前線」エンディングテーマ 2005年4月11日 - 6月27日 27thシングル『叙情詩
AS ONE GyaO「サッカープレミアム」イメージソング 2005年6月1日 - 6月7日 10thアルバム『AWAKE
Link エクシング「ポケメロJOYSOUND」CMソング ※ 2005年7月1日 - 9月30日 28thシングル『Link
映画『劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者』オープニングテーマ 2005年7月23日 (公開)
LOST HEAVEN 映画『劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者』エンディングテーマ 2005年7月23日 (公開) 10thアルバム『AWAKE』
SEVENTH HEAVEN 日本テレビ系『スポーツうるぐす』テーマソング 2007年4月1日 - 6月3日 30thシングル『SEVENTH HEAVEN
SHINE NHK-BS2 衛星アニメ劇場精霊の守り人』オープニングテーマ 2007年4月7日 - 9月29日 35thシングル『NEXUS 4/SHINE』
Feeling Fine 台湾麒麟啤酒「麒麟<生>激暢ビール」CMソング - 10thアルバム『SMILE
MY HEART DRAWS A DREAM 富士重工業レガシィ」CMソング 2007年5月16日 - 2008年5月8日 31stシングル『MY HEART DRAWS A DREAM
上海江崎格力高食品「慕纱」CMソング -
DAYBREAK'S BELL エムティーアイmusic.jp」CMソング ※ 未詳 32ndシングル『DAYBREAK'S BELL
MBS・TBS系アニメ『機動戦士ガンダム00』(ファーストシーズン) 第1期オープニングテーマ 2007年10月6日 - 2008年1月5日
MBS・TBS系アニメ『機動戦士ガンダム00』(ファーストシーズン) 第25話エンディングテーマ 2008年3月29日
MBS・TBS系アニメ『機動戦士ガンダム00』(セカンドシーズン) 第25話エンディングテーマ 2009年1月5日
Hurry Xmas 天神のXmasへ行こう2007」オフィシャルテーマソング 2007年11月16日 - 12月25日 33rdシングル『Hurry Xmas
富士重工業「レガシィ」CMソング 2008年11月26日 - 12月25日
DRINK IT DOWN プレイステーション3Xbox 360PC用ソフト「デビルメイクライ4」テーマソング 2008年1月31日 (発売) 34thシングル『DRINK IT DOWN
NEXUS 4 富士重工業「レガシィ」CMソング 2008年5月9日 - 11月25日 35thシングル『NEXUS 4/SHINE』
上海江崎格力高食品「慕纱」CMソング -

CM出演

関連項目

L'Arc〜en〜Ciel関係

その他

脚注

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  1. ^ アレンジャーとしては1996年から参加。
  2. ^ 2001年頃までは、日本語表記をラルク・アン・シエルとしていた。
  3. ^ ライブでは一部の楽曲でギター、その他にブルースハープサクソフォーンを担当する。レコーディングではコーラス、稀にギターも担当する。
  4. ^ ライブでは一部の楽曲でコーラスを担当。レコーディングでも稀にコーラスを担当するほか、キーボードを担当する。
  5. ^ ライブ・レコーディングに共通して多くの楽曲でコーラスを担当。レコーディングではキーボードを担当するほか、稀にギターも担当する。
  6. ^ レコーディングではプログラミングを頻繁に担当するほか、一部の楽曲ではDJを担当する。
  7. ^ その他、コーラスも担当。
  8. ^ また、これに関しては脱退したhiro側から、「自分の曲を使わないでほしい」と言われたことも理由の一つになっている。
  9. ^ hyde…『HYDE』名義のソロ、ken…『SONS OF ALL PUSSYS』ボーカル・ギター、tetsu…『TETSU69』名義のソロ、yukihiro…『acid android』ボーカル
  10. ^ 報道では太田光によるものと伝えられている。
  11. ^ コーラスに関しては、当時オンエアされた映像でも確認ができる。
  12. ^ なお、L'Arc〜en〜Cielはこの年に行われた第50回NHK紅白歌合戦に出演し、この行為の以降にも『ポップジャム』『MUSIC JAPAN』へ多数出演している。
  13. ^ 対象は『ASIALIVE 2005』、「L'Arcafe」、シングル15タイトル再発、「L'Arc〜en〜Ciel 15th L'Anniversary Live」、『ark 15th Anniversary Expanded Edition』、『ray 15th Anniversary Expanded Edition』、『CHRONICLE 0 -ZERO-』、『FIVE LIVE ARCHIVES』、『15th L'Anniversary Live』。
  14. ^ 公式の脱退理由は「音楽性の違いのため」。
  15. ^ 2006年8月30日に発売(29thシングルとして扱われる)。
  16. ^ 1998年3月31日 - 4月6日に代替として開催された。
  17. ^ フジ・ロック・フェスティバル
  18. ^ tetsuの過労で中止された4月10日公演の振り替え。

出典

  1. ^ 『is』、シンコー・ミュージック・エンタテイメント、1996年。
  2. ^L'Arc-en-Ciel Official Web Site」内「Biography」→「1992」。
  3. ^ アルバム『DUNE』ブックレットより、1993年
  4. ^ 田中学(インタビュー・文)、「tetsu スペシャル・インタビュー」『R&R NEWSMAKER』2006年10月号、ぴあ、2006年。
  5. ^ 「Official Fun Club Magazine『Ciel』」Vol.11・Vol.12、1997年。
  6. ^ 『ark 15th Anniversary Expanded Edition』『ray 15th Anniversary Expanded Edition』特典DVD、2006年
  7. ^ 日刊スポーツ、1999年4月25日。
  8. ^ 『BACKSTAGE PASS』1999年7月号、シンコーミュージック・エンタテイメント、1999年。
  9. ^ 『哲学。』ソニー・マガジンズ2004年
  10. ^ ニュースステーション』「チャンスの前髪」2000年7月7日放送回、テレビ朝日
  11. ^ 『いきなりBOM!』1994年12月23日放送回、KBCラジオ
  12. ^ DVD『DOCUMENTARY FILMS 〜Trans ASIA via PARIS〜キューンレコード2009年
  13. ^ TU-KA Infoplanet / ニュースリリース 「EZweb誕生キャンペーン」について
  14. ^ Yahoo! JAPANプレスリリース - Yahoo! JAPANがラルク・アン・シエルの東京ドーム公演をインターネットライヴ中継
  15. ^ ラルク アン シエル、4年10ヵ月ぶりの首位獲得!!
  16. ^ L'Arcafe
  17. ^ 初期シングル15タイトル___12cm化リリース決定
  18. ^ 史上最多! L'Arc〜en〜CielがシングルTOP30の半数の15作を独占!
  19. ^ [1]
  20. ^ ラルク、ニューアルバムで1位。通算7作目
  21. ^ [2]
  22. ^ L'Arc〜en〜Ciel、通算7作目のDVD総合首位獲得で男性アーティスト歴代1位タイ
  23. ^ [http://www.jacompa.or.jp/rekishi/d1998.htm 第39回日本レコード大賞
  24. ^ 第13回日本ゴールドディスク大賞 / Gold Disc Hall of Fame 13th
  25. ^ 第14回日本ゴールドディスク大賞 / Gold Disc Hall of Fame 14th
  26. ^ 第15回日本ゴールドディスク大賞 / Gold Disc Hall of Fame 15th
  27. ^ 第16回ゴールドディスク大賞 受賞作品/アーティスト
  28. ^ 審査委員会推薦作品 : エンターテインメント部門 | 平成17年度(第9回)文化庁メディア芸術祭
  29. ^ Special Features : J-MELO

外部リンク


最終更新 2009年10月27日 (火) 13:28 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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