NHK新潟放送局
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| 放送対象地域 | 新潟県 |
|---|---|
| 所在地 | 〒951-8508 新潟市中央区川岸町1丁目49 |
| 公式サイト | |
| 総合テレビ | |
| 開局日 | 1958年12月1日 |
| コールサイン | JOQK-TV |
| デジタル親局 | 新潟 15ch (キーID1) |
| アナログ親局 | 新潟 8ch |
| 教育テレビ | |
| コールサイン | JOQB-TV |
| デジタル親局 | 新潟 13ch (キーID 2) |
| アナログ親局 | 新潟 12ch |
| ラジオ第1 | |
| 開局日 | 1931年11月11日 |
| コールサイン | JOQK |
| 親局 | 新潟 837kHz |
| ラジオ第2 | |
| コールサイン | JOQB |
| 親局 | 新潟 1593kHz |
| FM | |
| コールサイン | JOQK-FM |
| 親局 | 新潟 82.3MHz |
| 主な中継局 | |
| デジタルテレビ #デジタルテレビ中継局を参照 |
|
| ラジオ #ラジオ中継局を参照 |
|
NHK新潟放送局(エヌエイチケイにいがたほうそうきょく)は、新潟県を放送対象地域とする日本放送協会(NHK)の地方放送局。
コールサイン「JOQK」から、かつては「QK」の愛称で呼ばれた。
目次 |
[編集] 概要
1931年11月11日、新潟市街地北側の旭町通地内に開局。当初、新潟放送局はコールサイン「JONK」を希望していたが長野放送局との争奪戦となり敗れ、「JOQK」が割り当てられることとなった。しかし県民からは『「QK」という語感が親しみやすい』と概ね好感を得ていたという。
1946年9月、地方局として初めてラジオ第2放送を開始。1950年3月にはAMラジオ送信所を西蒲原郡赤塚村中権寺(現新潟市西区)に移転した。旭町の初代局舎が老朽化し、またテレビ放送の開始に伴い施設の拡充が必要となったことから1961年、新潟駅に程近い弁天町に局舎を移転、局舎は「NHK新潟放送会館」と命名された。しかし1964年6月16日に発生した新潟地震の際、周辺で起こった液状化現象の影響で放送会館が傾くなど被害を受けた。
NHK新潟放送局はその後も弁天町で放送・業務を続けたが、先の新潟地震での被災が影響して老朽化した上、機材拡充などで局舎が狭隘化したため、放送会館は1983年に白山駅に近い川岸町に移転した。その後も新潟県内で発生した事件・事故・災害などの報道で高い評価を受けている。
先述の赤塚ラジオ送信所周辺は、設置から半世紀を経て住宅地に変貌した。周辺では送信電波等による電波障害がしばしば発生しており、住民からは「洗濯機からラジオが聞こえてくる」などといった苦情も寄せられている。
[編集] 沿革
[編集] 旭町時代
- 1931年(昭和6年)10月25日 ラジオ第1放送の試験放送開始(呼出符号JOQK、新潟市旭町通二番町字浜浦)。
- 1931年(昭和6年)11月11日 社団法人日本放送協会新潟放送局開局、ラジオ第1放送の本放送開始(全国で13番目)。
- 1933年(昭和8年)6月18日 新潟ローカル初の野球試合中継実施(「新潟中学校」対「新潟商業」)。
- 1945年(昭和20年)1月1日 中央放送局(新潟中央放送局)に昇格。
- しかし僅か4か月後(5月1日)、再び一般局に降格となり、終戦。
- 1946年(昭和21年)9月1日 ラジオ第2放送開始(呼出符号JOQK、中央放送局以外のラジオ第2放送開設は初めて)。
- 1948年(昭和23年)2月22日 第1回のど自慢素人音楽会全国コンクール 新潟県代表コンクール開催
- 1948年(昭和23年)5月13日 ラジオ第2放送にて、新潟市営白山野球場からプロ野球公式戦「中日ドラゴンズ 対 大阪タイガース」5回戦を実況生中継。
- 1948年(昭和23年)9月1日 全国でラジオ第2放送に独自呼出符号が設定され、新潟局はJOQCに変更。
- 1950年(昭和25年)3月25日 赤塚放送所完成(現在のラジオ第1、第2放送の送信所である)
- 1950年(昭和25年)6月1日 放送法施行に伴い社団法人日本放送協会が解散。特殊法人としての日本放送協会が設立され一切の権利義務を継承
- 1957年(昭和32年)5月25日 中越地方の取材を担当する長岡通信部(現 長岡報道室)開設。
- 1958年(昭和33年)12月1日 新潟でのアナログ・テレビジョン放送(のちのアナログ総合テレビ)開始。全国で21番目。
- 送信所は弥彦山、コールサイン:JOQK-TV、映像出力5kW、音声出力1.25kWは今と同じだが、当時はVHF2chで放送していた。
- 1960年(昭和35年)6月1日 上越地方の取材を担当する高田通信部(現 上越報道室)開設。
[編集] 弁天町時代
- 1961年(昭和36年)8月20日 NHK新潟放送会館が弁天町に移る。旭町会館跡地は現在代々木ゼミナール新潟校となっている。
- 1962年(昭和37年)4月1日 弥彦山送信所からのアナログ総合テレビチャンネルがVHF8chに変更される。
- 1962年(昭和37年)9月1日 新発田通信部開設。
- 1962年(昭和37年)11月1日 新潟でのアナログ教育テレビ放送開始。コールサイン:JOQB-TV、VHF12chで、あとは総合テレビと同じ。
- 1963年(昭和38年)1月 三八豪雪が起こり、三条市に臨時の取材基地を設ける。
- 1963年(昭和38年)12月16日 総合テレビのカラー放送開始。東京オリンピックに間に合わせるためでもあった。
- 1964年(昭和39年)4月1日 教育テレビのカラー放送開始。
- 1964年(昭和39年)6月16日 新潟地震発生。テレビ・ラジオを通じて全国に向け被害状況を報道。
- その際、移転から僅か3年足らずだった新潟局の局舎も傾き、僅か二十数年で移転する遠因ともなった。
- 1964年(昭和39年)7月1日 ラジオFM放送の実用化試験放送・ステレオ放送実験開始。
- 送信所はテレビと同じ弥彦山、コールサイン:JOQK-FM、周波数82.3MHz、出力1kW。ステレオ放送は当初東京からの全国放送のみであった。
- 1965年(昭和40年)7月10日 佐渡の取材を担当する両津通信部(現 佐渡通信部)開設。
- 1969年(昭和44年)3月1日 ラジオFM本放送開始。全国170局同時開局組のひとつ。
- 1970年(昭和45年)10月26日 ローカルニュースがカラー放送になる。これに伴い、カラーフィルムによる報道取材も開始する。
- 1971年(昭和46年)8月1日 新潟局にNEC製の2インチハイバンド方式のプロ用カラーVTRが導入される。
- 1972年(昭和47年)2月22日 ローカル番組が全面カラー化される。
- 1972年(昭和47年)11月6日 カラーテレビ中継車が導入される。
- 1975年(昭和50年)4月 ラジオ第1のローカル番組内で「朝の随想」が始まる。
- 1976年(昭和51年)12月25日 この日の「FMリクエストアワー」から、FMのローカル番組がニュースを除き全面ステレオ化される。
- 1978年(昭和53年)11月23日 JST午前9時(UTC午前0時)、国際電気通信連合による中波ラジオ放送全世界一斉周波数変更の取り決めに従い、ラジオ第1、第2の周波数が10kHz間隔から9kHz間隔に一斉変更された。
- 当時はまだ24時間放送を行っていなかったため、放送開始からJST午前9時までは試験放送扱いとなった。
- 赤塚送信所についてはラジオ第1:840kHz→837kHz、ラジオ第2:1590kHz→1593kHzに変更された。
- 1981年(昭和56年)3月16日 FMの全国放送用としてPCMデジタルステレオ回線が導入され、同放送の音質が改善される[1]。
[編集] 川岸町時代
- 1983年(昭和58年)2月17日 NHK新潟放送会館が、現在の川岸町に移転。これに伴い、放送機器の大半が一新され、マスターもNHK用に作られたテレビ、ラジオ、FM全波一貫型のNEC製の物に変更された[2]。
- 1983年(昭和58年)6月6日 総合テレビの音声多重放送の本放送の免許を取得。翌日から試験放送開始し、それから3日後の10日から本放送開始。
- 1983年(昭和58年)7月 全国高校野球新潟県大会の放送にて、同局初のローカルでのテレビステレオ放送を総合テレビで行う。
- 1988年(昭和63年)2月24日 赤塚ラジオ送信所、新局舎で運用開始。
- 1990年(平成2年)3月8日 ソビエト・ハバロフスク地方テレビラジオ委員会と放送協力協定を締結。ソビエト崩壊後同委員会は「国家テレビラジオ会社極東」となる。
- 1991年(平成3年)3月21日 教育テレビが音声多重化される(全国一斉実施)。
- 1991年(平成3年)4月15日 中国ハルビン市広播電視局と放送協力協定を締結
- 1991年(平成3年)4月18日 ソビエト沿海州地方テレビラジオ委員会と放送協力協定を締結。ソビエト崩壊後同委員会は「太平洋テレビラジオ放送会社ウラジオストク」となる。
- 1991年(平成3年)8月9日 ソビエト チタ州地方テレビラジオ委員会と放送協力協定を締結。
- 1992年(平成4年) 赤塚ラジオ送信所の鉄塔立替工事を行い、同年12月より運用を開始する。
- 1995年(平成7年)2月24日 中国延辺電視台と放送協力協定を締結。
- 翌25日には中国長春電視台とも放送協力協定を締結。
- 1999年(平成11年)5月26日 新潟市と友好姉妹都市である中国ハルビン市から「ハルビン発ふれっしゅ便」を日中共同制作で生放送する。
- 1999年(平成11年)10月8日 新潟局ホームページ開設。
- 2001年(平成13年)11月11日 開局70周年記念番組「豊穣の国にいがた」を総合テレビで6時間放送する。
- 2003年(平成15年)8月10日 BS 2で『おーい、ニッポン 今日はとことん新潟県』放送。9時間県内各地から生放送を行う。
- 2003年(平成15年)11月23日 Jリーグ2部(J2)所属のアルビレックス新潟、最終戦で1部(J1)昇格決定。その模様を、新潟市のビッグスワンから総合テレビローカルで生中継し、J1昇格決定直後のインタビューまで、次の放送予定の大相撲中継を繰り下げてまで時間を延長して放送した。
- その後、アルビレックスのJ1昇格特番を多く放送し、大反響を呼んだ。
- 2003年(平成15年)12月1日 東名阪で「地上デジタル放送」の開始に伴い、NHKの放送中継回線が全てデジタル化される。これにより、総合・教育テレビにて大幅に画質、音質が向上された[3]。
- 2004年(平成16年)5月16日 ローカルのラジオ第1「朝の随想」の30周年記念のつどいが開催される。
- 2004年(平成16年)10月23日 17時56分、新潟県中越地震発生。その緊急災害時での放送が非常に高く評価される。連日地震関連のニュースを地元からハイビジョンで全国に送った。
- 2005年(平成17年)10月15日 地上波総合、教育両テレビでのデジタル放送の試験電波を弥彦山送信所から発射する。
- 2005年(平成17年)11月21日 地上波総合、教育両デジタルテレビでの試験放送が、弥彦送信所から出力3kWにて始まる。送出VTRにはパナソニック製のD-5を使用する。
- 2006年(平成18年)1月30日 ラジオ、FM共にマスターは地上デジタルテレビと共に全波一貫型のNEC製のデジタル・マスターに移行。
- 2006年(平成18年)2月3日 午前11時、地上波総合、教育両デジタルテレビのサイマル試験放送開始。これに伴い、ローカルニュースを初めとする一部のローカル番組のハイビジョン放送も開始。
- ワンセグ試験放送も同時開始であったが、データ試験放送は先行して同日の午前0時に始められた。
- 2006年(平成18年)4月1日 地上デジタル本放送、ワンセグ放送開始。同時にのも開始。デジタル放送開始記念番組として、総合テレビにてBSN、NSTとのハイビジョン共同製作番組「はっしん!デジタル2006」を放送する[4]。
- ワンセグは暫定措置として、東京と同じ番組を放送していた。
- 2006年(平成18年)4月2日 ローカル番組で、新潟ビックスワンからサッカーJ1「アルビレックス新潟VSサンフレッチェ広島」の模様をハイビジョンで生中継する。
- 2007年(平成19年)3月18日 ワンセグ放送が新潟局からの送出に変更となる。
- 2007年(平成19年)10月12日 デジタル総合テレビにて、長野オリンピックスタジアムから北信越BCリーグ「信濃グランセローズ 対 新潟アルビレックスBC」の実況生放送を、試合開始の18時から試合終了まで、長野局と同時放送。
- 新潟局独自に於いてはデジタル総合テレビ初のマルチ編成放送[5]を用いニュースの時間はサブチャンネルにて放送。19:30~20:45は、通常の1番組編成によるハイビジョン放送だった。
- 2008年(平成20年)3月31日 デジタル総合テレビのワンセグ放送に於いて、ローカル独自のデータ放送を開始。内容は、県内のニュース・気象情報など。
- 2008年(平成20年)7月1日 同月13日迄、弥彦山テレビ送信所の地上デジタル放送送信アンテナの改良工事を行う[6]。
- 2008年(平成20年)7月22日・23日 デジタル総合テレビに於ける全国高校野球新潟県大会の準決勝・決勝の放送がハイビジョン化される。
- 2009年(平成21年)1月4日 新潟県内の地元有志が長い間大河ドラマ化を要請していた、同県ゆかりの武将、直江兼続を描いた大河ドラマ「天地人」の放送が開始される[7]。
- 2009年(平成21年)7月12日 ラジオ第1放送のローカル番組に於いて、オープンしたばかりのHARD OFF ECOスタジアム新潟からBCリーグ「新潟アルビレックスBC 対 信濃グランセローズ」後期2回戦を午後1時から試合終了まで、NHK長野ラジオ第1放送と2局ネットで実況生中継。
- 2009年(平成21年)7月27日 天気予報画面がハイビジョン対応となる。
[編集] 所在地など
- NHK新潟放送会館
- 長岡
- 上越
- 村上
- その他
- 佐渡通信部
[編集] 情報カメラ
[編集] 親局チャンネル・周波数など
[編集] コールサイン
- 総合系統:JOQK(-FM、-TV、-DTV)
- 教育系統:JOQB(-TV、-DTV)
沿革で述べたとおり、総合系統の末尾が“K”であることから、教育系統の末尾は本来“B”であるが、当初は“JOQC”が与えられていた。しかし、その後本来このコールサインを使うべき盛岡局がラジオ第2の放送を開始することになったため、正しいコールサインに“修正”された。
[編集] ラジオ周波数
[編集] テレビチャンネル
- アナログ総合 8ch 映像:5kW、音声:1.25kW
- アナログ教育 12ch 映像:5kW、音声:1.25kW
- デジタル総合 15ch 3kW・リモコンキーIDは1
- デジタル教育 13ch 3kW・リモコンキーIDは2
[編集] その他
[編集] 中継局
(下越→中越→上越→佐渡市)→50音順に記述
[編集] アナログテレビ中継局
- “ch番号+V”は垂直偏波
| 局名 | 総合ch | 教育ch | 局名 | 総合ch | 教育ch | 局名 | 総合ch | 教育ch | 局名 | 総合ch | 教育ch |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 新潟市 | 太田 | 47 | 49 | 南魚沼市 | 安塚 | 48 | 46 | ||||
| 新津 | 46V | 50V | 越路 | 53 | 51 | 塩沢 | 54 | 52 | 糸魚川市 | ||
| 新発田市 | 栃尾 | 54 | 52 | 越後大和 | 54 | 52 | 糸魚川 | 4 | 9 | ||
| 越後黒川 | 54 | 52 | 山古志 | 32 | 30 | 六日町 | 53 | 51 | 糸魚川小滝 | 47 | 49 |
| 新発田赤谷 | 48 | 46 | 三条市 | 中越町村 | 糸魚川大野 | 53 | 51 | ||||
| 新発田小戸 | 57 | 55 | 牛野尾谷 | 53 | 51 | 越後川口 | 48 | 46 | 糸魚川根知 | 48 | 46 |
| 村上市 | 柏崎市 | 越後湯沢 | 48 | 50 | 糸魚川早川 | 48 | 46 | ||||
| 朝日塩野町 | 47 | 49 | 柏崎鵜川 | 60 | 62 | 川口大島 | 59 | 57 | 青海 | 47 | 49 |
| 勝木 | 53 | 51 | 柏崎山口 | 47 | 49 | 土樽 | 58 | 60 | 西能生 | 48 | 46 |
| 府屋 | 47 | 49 | 鯖石 | 53 | 51 | 津南 | 59 | 61 | 能生 | 47 | 49 |
| 村上 | 46 | 50 | 高柳 | 4 | 10 | 津南上郷 | 38 | 40 | 妙高市 | ||
| 五泉市 | 小千谷市 | 津南田中 | 45 | 47 | 新井 | 53 | 51 | ||||
| 村松 | 53 | 51 | 小千谷真人 | 60V | 62V | 津南中里 | 38V | 40V | 杉野沢 | 46 | 48 |
| 下越町村 | 十日町市 | 津南中津 | 46 | 48 | 妙高高原 | 28 | 40 | ||||
| 鹿瀬日出谷 | 48 | 46 | 松代 | 2 | 9 | 上越市 | 佐渡市 | ||||
| 関川 | 53 | 51 | 松之山浦田 | 58 | 60 | 浦川原保倉 | 45 | 47 | 相川 | 4 | 9 |
| 関川女川 | 46 | 50 | 松之山湯之島 | 46 | 48 | 越後大島 | 53 | 51 | 下相川 | 33 | 49 |
| 津川 | 4 | 11 | 魚沼市 | 柿崎 | 60 | 62 | 外海府 | 47 | 49 | ||
| 津川東 | 57 | 55 | 小出 | 3 | 11 | 柿崎岩手 | 48 | 46 | 高千 | 54 | 52 |
| 三川 | 52 | 54 | 守門 | 4 | 10 | 高田 | 3 | 1 | 羽茂北 | 47 | 49 |
| 長岡市 | 湯之谷 | 33 | 37 | 名立 | 53 | 51 | 真野 | 48 | 46 | ||
| 越後北条 | 33 | 37 | 牧 | 59V | 57V | 両津 | 48 | 46 | |||
[編集] デジタルテレビ中継局
| 局名 | 総合ch | 教育ch | 局名 | 総合ch | 教育ch | 局名 | 総合ch | 教育ch |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 村上市 | 魚沼市 | 糸魚川市 | ||||||
| 村上 | 16 | 14 | 小出 | 22 | 20 | 糸魚川 | 16 | 14 |
| 五泉市 | 守門 | 16 | 14 | 糸魚川大野 | 16 | 14 | ||
| 村松 | 48 | 40 | 南魚沼市 | 糸魚川早川 | 28 | 22 | ||
| 下越町村 | 六日町 | 16 | 14 | 青海 | 16 | 14 | ||
| 鹿瀬日出谷 | 15 | 13 | 中越町村 | 妙高市 | ||||
| 関川 | 41 | 39 | 越後大和 | 16 | 14 | 新井 | 43 | 42 |
| 津川 | 27 | 25 | 越後湯沢 | 15 | 13 | 妙高高原 | 43 | 42 |
| 三川 | 27 | 25 | 川口 | 15 | 13 | 佐渡市 | ||
| 長岡市 | 津南 | 16 | 14 | 相川 | 24 | 22 | ||
| 栃尾 | 41 | 39 | 津南上郷 | 16 | 14 | 外海府 | 22 | 18 |
| 柏崎市 | 津南田中 | 15 | 13 | 高千 | 15 | 13 | ||
| 高柳 | 33 | 31 | 上越市 | 両津 | 25 | 14 | ||
| 高田 | 16 | 15 | ||||||
[編集] ラジオ中継局
| 地域 | 局名 | 第1(kHz) | 第2(kHz) | FM(MHz) |
|---|---|---|---|---|
| 下越 | 津川 | (親局を受信) | 85.1 | |
| 松代 | 84.4 | |||
| 府屋 | 85.6 | |||
| 中越 | 越後大和 | (津南局や十日町局を受信) | 83.5 | |
| 越後湯沢 | (津南局を受信) | 85.3 | ||
| 柏崎 | 981 | -- | -- | |
| 小出 | 1368 | -- | -- | |
| 津南 | 1161 | 1539 | 87.0 | |
| 十日町 | 1341 | -- | -- | |
| 六日町 | 1323 | -- | -- | |
| 上越 | 糸魚川 | 999 | -- | 85.1 |
| 高田 | 792 | 1359 | 86.0 | |
| 能生 | (糸魚川局や高田局を受信) | 85.5 | ||
| 安塚 | (高田局を受信) | 85.2 | ||
| 佐渡市 | 相川 | (親局を受信) | 87.5 | |
| 高千 | 86.1 | |||
| 両津 | 86.9 | |||
[編集] 主な番組
[編集] 総合テレビ
- くらしのガイド新潟(平日11:45~11:54)
- 新潟ニュース610(平日18:10~18:59。ただし、祝祭日は放送休止となる。)
- 金よう夜きらっと新潟(金曜日19:30~19:55)
- 新潟ニュース845(平日20:45~21:00。ただし、祝祭日は放送休止となり、東京発の「ニュース845」を放送する)
[編集] ラジオ第1放送
- 新潟ラジオセンター(平日7:40~8:00)
[編集] アナウンサー・キャスター
[編集] アナウンサー
- ※近年は、アナウンサーも地元出身者が増加する傾向にある。
[編集] キャスター
[編集] 平成16年新潟県中越地震発生後の主な対応
[編集] 全国放送
- 2004年10月23日に発生した新潟県中越地震の直後から、NHKでは全波共通(8波全中とも言う)で震災関連情報のニュースを行い、その後同日19時20分頃から25日午前1時までの29時間40分を含み、(一部の地域を除く)26日まで安否確認情報の番組を教育テレビ、FMラジオ放送で提供した。
- それ以後も特に「NHKニュース7」、「NHKニュース10」を25日放送分から11月5日放送分の間時間を拡大(ニュース7は20時、ニュース10は23時15分まで)した他、深夜の「ミッドナイトチャンネル」も休止して、毎正時(00分)から5~10分程度のニュース枠を設けた。(この間、フィラー映像では長岡市大手通にあるNHKの定点カメラからの映像を放映。地震発生時にもこのカメラで長岡市中心部が大きく揺れる(震度6弱)映像を全国放送した。
- その後小千谷市に設けた定点カメラの映像となる。11月8日からほぼ通常と同じ編成としたが、11月13日までの映像散歩の時間(3時前~4:30。週末は5時まで)はフィラーを継続した。またラジオ第1放送でも平日の1日3回(9:45頃、14:45頃、21:20頃=1回10分→11月8日から5分に短縮)震災関連情報を提供した。(11月30日で終了)
- また11月6日19時30分~7日20時(一部中断時間あり)には、総合テレビ、ラジオ第1放送、BS2での同時生放送で「被災者の声・いま私たちにできること (NHK24時間キャンペーン)」と題し、震災、及び台風災害の被災地への義援金を募集しつつ、防災対策について真剣に考える特別番組を24時間半連続放送を開催した。NHKが長時間チャリティー番組を実施するのは初めての試み。
[編集] 県内放送
[編集] テレビ
- 月~金の夕方17~18時台に放送しているローカルワイド番組のうち、17時台の公開参加型番組あなたもWelcome!ゆうどき新潟を11月26日までの間休止し、18時台に放送している報道ワイド新潟発ふれっしゅ便を17時台からに拡大・延長で対応して震災関連の情報(ライフライン、避難所、仮設住宅、救援物資の受付、その他各地からの被災状況報告)を中心として編成した(大相撲がスタートした11月15日以後は通常同様に18時台のみ)。また、11月29日から再開された「-ゆうどき新潟」も当面は震災関連ニュース・情報を中心に放送された。
- 上記に加えて土曜18時台の「週刊こどもニュース」、日曜18時台の「NHK海外ネットワーク」も休止し新潟発ふれっしゅ便を編成した。
[編集] ラジオ
- ラジオ第1放送では、中越地震の被災地に関する生活情報を新潟県ローカルで、概ね2時間おきに放送している(平日:8:35頃~9:00、10:05頃~11:00、13:05頃~14:00、15:10頃~16:00、17:05頃~18:00、20:05頃~21:00、23:15頃~0:00の1日7回。土曜・休日は23時台の放送なし)。このため全国放送番組が一部時間帯において休止となっている。
- また、10月30日午後2時から11月6日午前5時までの間、新潟放送局ではラジオ放送3波のうち、ラジオ第1放送とFM放送を同内容で放送する措置を執った(FM放送の定時番組は元から同時放送されるニュース、ラジオ深夜便を除き全面休止。)。これは被災地周辺ではAMの難聴取地域があること、夜間など特に外国局との混信が考えられることなどから、2波を使用することによって、より確実に震災関連情報を提供することを目的として実施されたものである(FM放送ではAM放送の番組が高音質で聴取することができた。)。
- その他、川口町全域と、小千谷市、川西町の一部地域では、周波数85.6MHz(出力10W。送信地は小千谷市真人のテレビ中継局と同じ)のラジオ第1放送の臨時中継所を開設していた。この中継所では11月6日のラジオ第1・FMの2波同時放送終了以降も、引き続きラジオ第1の内容が放送されていた。また、この中継所は、津南ラジオ中継局設備が被災し一部地域への電波の送信ができなくなったこともあり、この役割も同時に果たしていた。しかしその後、津南ラジオ中継局も復旧し、地震発生から2年が経過して市民生活の復旧状況もある程度進んだことも考慮され、免許有効期間満了の2006年10月31日をもってこの臨時中継所は閉鎖された。
[編集] イベントの中止
- 11月6、7日の両日開催予定だった放送局の施設見学会「NHKにいがたふれあいスタジオ」も、震災復旧作業との同時進行による混乱防止と震災報道体制の関係で開催中止となった。
- また11月12日に栃尾市で開く予定だった「上方演芸会」の収録も被災状況を考慮して開催中止となった(中止となったこの公演は翌年秋に、同じ栃尾市で開催された)。
[編集] その他
- 11月1日から市町村合併により、魚沼市(北魚沼郡のうち堀之内町、小出町、守門村、広神村、入広瀬村、湯之谷村の6町村が合併)と南魚沼市(南魚沼郡のうち六日町、大和町の2町)がそれぞれ発足したが、新しい市名のみで情報を提供すると視聴者の混乱を招くこと(実際、魚沼市では職員の人事異動を当面延期して旧町村単位で被災地の情報収集に当たる事例あり)を考慮して、当分の間、震度情報や関連ニュースでは原則として新市と旧町村を併記して報じていた。なお、その後この手法は県内の他の市町村のニュースを報じる際にも踏襲された。
- (例)「魚沼市の旧堀之内町」「長岡市の旧山古志村」「新潟市小戸下組、旧新津市(気象観測地点)」 → 合併・政令市移行から数か月を目途に順次「魚沼市の堀之内地区」「長岡市の山古志地域」「新潟市秋葉区」に修正(但し旧市町村名を併記する場合あり)
[編集] 平成19年新潟県中越沖地震発生後の対応など
- 2007年7月16日に発生した平成19年新潟県中越沖地震の直後から、NHKでは国際放送NHKワールドを含めた全波共通で通常放送を中断し、震災関連情報のニュースを行った。なお、国際放送は国内での通常放送中断から数秒遅れて国内同時放送で災害報道に切り替わった。津波注意報が発令されたためテレビの放送では津波注意報の地図テロップが出された(NHKワールドでは表示なし)。災害報道の関係で昼前の気象情報も放送中止となったが、その代わりとしてアナログ放送の総合テレビで天気ループの表示を行った。
- 発生翌日の2007年7月17日からは、デジタル放送の総合テレビのデータ放送では、災害関連の情報を放送した。
[編集] 脚注
- ^ 但し、デジタル化されたのは、東京と新潟間の電電公社(当時)のネット回線のみで、放送センター(東京都渋谷区)から回線を送る電電公社(東京都千代田区)間及び回線を受ける新潟の電電公社から新潟局放送会館までは、従来どおりのアナログ伝送であった(但し、同回線導入に伴い、ハイファイステレオ仕様の伝送ケーブルに変更されたが)。他の同回線を導入している地方局も同様であった。
- ^ マスターのテレビ放送の部分は総合、教育共に音声多重放送対応仕様で、更に、総合テレビの全国放送のネット回線も移転に伴い音声多重の放送回線になり、後のそれの放送開始に対応できる様になっている。
- ^ 但し、回線を受ける新潟のNTTコミュニケーションズからNHK新潟放送局局舎までは、この時点では従来どおりのアナログ伝送。他の地方局も同様。
- ^ これに伴い、他地域で総合テレビで放送の選抜高校野球・準々決勝「清峰×日本文理」はこの番組の時間帯は教育テレビにて放送した。
- ^ SDワイド画面による2番組同時放送。
- ^ この為、同月10、11日深夜(11、12日早朝)の一部時間帯のデジタル総合・教育テレビ、同月12深夜(13日早朝)の一部時間帯のデジタル総合テレビが放送休止となる。
- ^ 但し、大河ドラマ化の決定は前年。
- ^ 2008年にハイビジョン化された。
- ^ 中継局のひとつに南魚沼(大和)があるが(83.5MHz)、ここの出力は弥彦送信所と同じ1kWである。
- ^ 同期女性に新潟県出身者がいたが、総合的な判断により小正が新潟に配属された。大学の先輩では島津有理子が新潟県で生まれたが、甲府局でアナウンサー人生をスタートさせている。
[編集] 隣接地域のNHK放送局・支局
[編集] 新潟県内の民間放送局
- テレビ新潟(TeNY)(NNN・NNS系列)
- 新潟テレビ21(UX)(ANN系列)
- 新潟放送(BSN)(テレビ:JNN系列 ラジオ:JRN・NRN系列)
- 新潟総合テレビ(NST)(FNN・FNS系列)
- エフエム新潟(FM-NIIGATA)(JFN系列)
- 新潟県民エフエム放送(FM PORT)(独立ラジオ局)
[編集] 外部リンク
- NHK新潟放送局公式サイト
- 天地人 NHK新潟放送局公式サイト(2009年大河ドラマは、現在の新潟県が主な舞台となっている)
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最終更新 2009年9月10日 (木) 09:13 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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