NHK紅白歌合戦の主要記録一覧

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NHK紅白歌合戦の主要記録一覧(エヌエイチケイこうはくうたがっせんのしゅようきろくいちらん)とは、過去に放送されたNHK紅白歌合戦に於ける記録の一覧である。

目次

[編集] 初記録

[編集] 家族・血縁関係による初記録

初めて同時出場した実の親子
  • 鈴木正夫三重子1956年第7回) 別々の曲での出場。
    • 以後2003年第54回森山良子直太朗親子まで、「双方が歌手」としての親子同時出演はない。ただし「片方が歌手」としての出場は、1974年第25回の小坂務(指揮)・明子親子の例があり、同一の曲での親子共演(明子の曲を務が指揮)が実現している。「双方が歌手」としての同一の曲での共演は2005年第56回の森山親子で初めて実現している。
初めて同時出場した実の兄弟姉妹
  • 伊藤エミユミザ・ピーナッツ)(1959年第10回) 同一の曲(「情熱の花」)での出場。
    • ザ・ピーナッツは兄弟・姉妹歌手としての紅白最多出場記録並びに兄弟・姉妹での最多連続出場記録をどちらも通算16回の記録をも残している(一括りのグループとしての初出場(下記参照)の記録もある)。なおこの記録は第59回現在も破られていない。また兄弟・姉妹同時出演はその後数組(こまどり姉妹などが)登場している。紅組の中で最も代表的なのが由紀さおり安田祥子姉妹。ザ・ピーナッツの次に兄弟・姉妹での同時出演回数が多い(通算10回の同時出場)。また白組での最多同時出演は鳥羽一郎山川豊兄弟および藤井郁弥尚之兄弟(チェッカーズ)の通算9回。
    • 紅組では岩崎宏美・岩崎良美の姉妹がソロで別々の曲で出場を果たし(1980年第31回 岩崎宏美「摩天楼」、岩崎良美「あなた色のマノン」)、その記録は以降破られていない。
初めて同時出場した夫婦婚姻中の期間=結婚後・離婚前に限る)

[編集] 活動による初記録

紅白歌合戦を最後に引退した初めての歌手
  • 小畑実1957年第8回
    • この頃は紅白歌合戦で引退すると云う歌手はまだ一般的ではなかった。
初めて休業を経て紅白歌合戦で芸能活動復帰した歌手
初めて紅白歌合戦で追悼企画を行われた著名人
初めて休業中に紅白歌合戦だけに芸能活動復帰した歌手
初めて解散後に紅白歌合戦で再結成したグループ
初めて芸能界引退後に紅白歌合戦で芸能活動復帰した歌手
初めて紅白歌合戦を最後に解散したグループ
初めて紅白歌合戦で芸能活動を休業した歌手

[編集] グループによる初記録

初めて出場したグループ・その1(ヴォーカルのみ)
初めて出場したグループ・その2(楽器演奏者を含む)
初めて出場した男女混合グループ
  • ピンキーとキラーズ(1968年・第19回)
  • それまでも男女混合グループのヒット曲がエントリーされる事はあったが、男女同時の出演は認められておらず、女性ボーカルのみが紅組で単独出場したり、男性ボーカルが女性ボーカルのパートも兼ねて男性陣のみで白組に出場する、等の措置が採られていた。
初めて出場した歌わないグループ
初めてトリを務めたグループ

[編集] 組による記録

初めて紅白両方の組に出場した歌手
初めて性別と異なった組で出場した歌手
  • 紅組:和田弘とマヒナスターズ(1960年・第11回)
    • メンバー全員が男性であり、松尾和子とのデュエットで出場。
    • 男性のソロでは松浦ゴリエ(女装したゴリ)が2005年・第56回で初。
    • 男性のみのグループでの紅組出場は未だに無い。
  • 白組:ロザンナ1970年第21回
    • ヒデとロザンナで後の結婚相手となる出門英と一緒に出場した。
    • 女性だけのグループではPaboが男性グループの羞恥心と共に2008年第59回。男女混合グループでの出場が初。
    • 女性のソロ・女性のみのグループでの白組出場は未だに無い。
初めて同じ回に両方の組から出場した歌手
  • 和田弘とマヒナスターズ(1960年・第11回)
    • 上記と同じく、紅組では松尾和子とのデュエットで出場し、白組では単独グループで出場
    • ソロ歌手では森山直太朗(2005年・第56回)が当初ソロとして自身の持ち歌を歌うのみの予定だったが、前方は白組でソロ出場し、後方は紅組で母・森山良子とのユニットで『さとうきび畑』を熱唱。
    • 女性では未だにいない。
初めて垣根越えで出場した歌手

[編集] 順序による初記録

初めてトップバッターとトリの両方を務めた歌手
各々の初回分のみ記す。
初めてポピュラーソングでトリを飾った歌手
  • 紅組:山口百恵(1978年・第29回)
  • 白組:沢田研二(1978年・第29回)
    • 共に同じ回。この年の1978年は演歌不作の年と言われ、ニューミュージックの絶頂期でもあった。紅白でこの年の最も売れたポピュラー歌手をトリに決定したが、様々なポピュラー歌手の辞退・落選の中で上記の2名が抜擢された。

[編集] 司会による初記録

初めて司会を兼務して出場した歌手
初めてアナウンサー以外で紅組司会を務めた男性

[編集] ゲスト関係による初記録

初めての応援ゲスト
初めての動物ゲスト
  • トラ1973年第24回
    • 翌年が寅年である事から水前寺清子の曲紹介時に生後間もない物が登場。
初めて著名人宅を中継したゲスト
初めて出演した現役民放アナウンサー
  • 中村仁美フジテレビアナウンサー)(2008年第59回
    • 羞恥心withPaboが登場した際に、フジテレビのロゴマークと「代表」(フジテレビの代表)の文字が入った衣装で登場。応援ゲストで駆け付けたが他局民放のアナウンサーだったため、他の出演者のように字幕テロップや司会者から名前を紹介される事が無かった。

[編集] 複数による初記録

初めて2曲以上歌った歌手。
  • 江利チエミ(1956年・第7回)
    • 雪村いづみが当日胃痙攣に倒れ出場を辞退。代わりに友人である江利チエミがその穴を埋めて、もう1曲歌った。
初めて同一回に同組から二度出場した歌手

[編集] 発売曲による初記録

初めて発売前の曲で出場した歌手
初めて(放送日時点で)音楽配信のみで発売された曲で出場した歌手

[編集] その他による初記録

初めて出場決定後に辞退した歌手
初めて中継で歌った歌手

[編集] 単独記録

ここでは、最新回の時点で新たな達成者が現れていない記録について集める。

初出場でのトリ(1951年1月3日第1回を除く)
グランド・スラム(司会、歌手、審査員、応援ゲストと云う全ての役割にて)出場
  • 西田敏行(応援:1977年第28回他、歌手:1981年第32回他、審査員:1989年・第40回、司会:1990年・第41回)
    • また、西田はさらなる別パターンとして、2007年・第58回に於いて阿久悠の追悼VTRでナレーションを担当している。
初出場で初キャプテン(初司会者)を兼務した歌手
同一回に同一組から二度出場した歌手
トリを務めたグループ
  • SMAP(2003年・第54回、2005年・第56回)
    • 両組を通じて。また、同時に「トップ・トリの両方を務めたグループ」としての単独記録も持っている(トップは1992年第43回)。
インディーズから出場した歌手
異なる組の司会と兼務して出場した歌手
  • 中居正広(白:SMAP名義で出場、紅:司会)(2007年・第58回)

[編集] 各種の最高記録

[編集] 年齢記録

年齢は全て放送当時のものである。

最年少出場歌手
最年長出場歌手
設定上の最年長出場歌手
最年少司会
最年少トリ
最年長初出場歌手
最年長応援ゲスト

[編集] 数記録

通算最多名義出場回数…グループとしての参加など、形式上「初出場」となった回数が最も多い歌手(いずれも3回)
  • 小室哲哉TM NETWORKH Jungle with tglobe・1988年・第39回、1995年第46回、1996年・第47回)
  • 木梨憲武とんねるず、憲三郎&ジョージ山本野猿・1991年・第42回、1996年・第47回、1999年第50回
  • 後藤真希(モーニング娘。、後藤真希、DEF.DIVA・1999年・第50回、2003年・第54回、2005年・第56回)
  • 松浦亜弥(松浦亜弥、DEF.DIVA、GAM・2001年・第52回、2005年・第56回、2006年・第57回)
  • 藤本美貴(藤本美貴、モーニング娘。、GAM・2002年・第53回、2003年・第54回、2006年・第57回)
    • 後藤と松浦は後浦なつみとして(2004年・第55回)初出場が決まっていたが安倍なつみの出場辞退があったため、最多初出場新記録(4回)は幻となった。また1999年の後藤と2003年の藤本において、グループとしてのモーニング娘。自体は初登場ではないが、後藤と藤本の個人記録としてここでは扱うものとする。
同一曲通算最多出場歌手数(いずれも4組)
同一曲通算最多出場回数(いずれも7回)
  • 「兄弟船」鳥羽一郎(1985年・第36回、1992年・第43回、1995年・第46回、2000年・第51回、2003年・第54回、2006年・第57回、2007年・第58回)
  • おふくろさん」森進一(1971年・第22回、1990年・第41回、1994年・第45回、1999年・第50回、2005年・第56回、2006年・第57回、2008年・第59回)
同一回通算最多出場歌手人数
  • 紅組:AKB48(43人/2007年・第58回)
  • 白組:米米CLUB(19人/1996年・第47回)
    • 一般的にはコアメンバー&ダンサーチーム「シュークリームシュ」が正式メンバーとして認識されており、2006年の再結成においてもそのスタンスを取っているが、1995年から1997年の解散時まではホーンセクション「BIG HORNS BEE」およびサポート陣も区別せずカウントしていたため。
通算最多司会回数
  • 紅組:黒柳徹子佐良直美(いずれも5回)
  • 白組:宮田輝(11回)
    • 黒柳、佐良はそれぞれ4年連続(黒柳:1980~1983年、佐良:1974~1977年)で紅組司会を担当しており、歴代紅組司会の連続担当記録としても最多である。
    • 宮田は白組司会以外にも紅組司会(1955・1956年)、総合司会(1968・1969年)も担当しており、通算司会担当回数は15回を数える。また紅組・白組・総合の「グランドスラム」を達成した唯一の人物であり、タレント・歌手が司会に起用されるようになった1986年以降、2~3年周期で司会が交代する慣例がある近年の白組司会の起用法や、女性の司会者を置くことが当然の鉄則となっている紅組司会の起用法を勘案してもこの記録は今後も破られる可能性はかなり少ないと考えられる。
通算最多トップバッター出場回数
通算最多トリ出場回数
連続最多トリ出場回数
  • 紅組:美空ひばり(10回/1963年・第14回~1972年・第23回)
  • 白組:森進一、五木ひろし(いずれも3回)
通算最多大トリ出場回数
  • 紅組:美空ひばり(10回)
  • 白組:北島三郎(9回)
通算最多出場曲数
  • 五木ひろし(35曲)
同一回通算最多出場歌手数を記録した芸能事務所
連続最多出場回数
  • 紅組:島倉千代子(30回連続/1957年・第8回より1986年第37回まで)
  • 白組:森進一(40回連続/1968年・第19回より継続中)
通算最多出場回数
  • 紅組:島倉千代子(35回/初出場は1957年・第8回)
  • 白組:北島三郎(44回/初出場は1963年・第14回)
初出場以来の同一曲連続最多出場回数
  • 夏川りみ(「涙そうそう」、4回/2002年第53回~2005年・第56回。この内2003年・第54回は森山良子&BEGINとのジョイント)

[編集] 視聴率

  • 最高視聴率 81.4%(1963年・第14回)
  • 最低視聴率 39.3%(2004年・第55回)

[編集] その他

(別の回に)紅組と白組で出場
  • 和田弘とマヒナスターズ(白:和田弘とマヒナスターズ)(紅:松尾和子 他・和田弘とマヒナスターズ)
  • 原由子(白:サザンオールスターズ)(紅:原由子)
  • 小室哲哉(白:TM NETWORK、H Jungle With t)(紅:globe)
  • 和田アキ子(紅:和田アキ子)(白:m-flo loves Akiko Wada)
デビューより10年以上歌手活動を行って引退まで一度も落選・辞退がなかった歌手
出場メンバーに選ばれながら不測の事態で出演できなかった歌手
  • 松島詩子
    • 1952年第2回大会に出場が決まり、放送当日に会場に向かう予定が交通事故のため出場できなかった。しかし番組スタッフがその代役として越路吹雪を出場させた。
  • サンディー・シムス
    • 1955年第6回大会の出場が決まっていたが、滞在先の香港からの年内の帰国が不可能になった事で出場できなくなり、芦野宏が代役で出場。
  • 雪村いづみ
    • 1956年・第7回大会の出場が決まっていながらも、インフルエンザによる風邪のため出演できず、代役も立てられなかった。このため紅組の出場者が予定より1組少ない構成で進行したが、江利チエミが代理で2曲歌い、雪村の分をカバーした。

[編集] 参考文献・出典

  • NHKウイークリーステラ臨時増刊『紅白50回~栄光と感動の全記録~』(NHKサービスセンター 2000年1月)。
  • 合田道人『怪物番組紅白歌合戦の真実」(幻冬舎 2004年11月 ISBN 4-344-00702-6
  • NHK「テレビ50年」
  • NHK「放送80年」

最終更新 2009年11月23日 (月) 12:35 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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