OMNI
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『OMNI』(オムニ)は科学誌であり、短編SFも掲載していた。1978年10月に創刊され1995年の冬に休刊したが、インターネットバージョンは1998年まで続刊された。ボブ・グッチョーネは創刊号に寄せて「もし、実際の科学とフィクションやファンタジーや超自然現象の混合が議論を呼ばないとしても、オリジナルではあるだろう」[1]と述べている。
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[編集] 歴史
『OMNI』は1978年にペントハウスの出版者ボブ・グッチョーネの妻キャシー・キートン・グッチョーネと編集者のベン・ボーバにより始められ、1981年まで続いた。最初『NOVA』と名付けられる予定だったがPBSの科学番組「NOVA」と同名であったため変更された。ボーバが抜けた後、インターネット版オムニの編集者としてリチャード・テレシ、ガーニー・ウィリアムIII世、パトリス・アドクロフト、キース・フェレル、パメラ・ウィンストローブが加わった。1998年にキャサリン・ステインは、20世紀で最高の科学者へのインタビューを担当していた。エレン・ダトロウはボーバが1981年に辞任してから1998年に休刊するまでフィクション部門の編集者であった。
『OMNI』は刊行中に二つの面を発展させた。初期には、著名なフィクション編集者との結び付きと高い売行きを背景に、他のSF雑誌よりも高い原稿料を支払うことでSF作家を引き付け、今やこのジャンルの古典であるオースン・スコット・カードの「無伴奏ソナタ」、ウィリアム・ギブスンの「記憶屋ジョニィ」、G・R・R・マーティンの「龍と十字架の道」等の発表につながった。また、スティーヴン・キングの小説「ファイアスターター」の連載と「争いが終るとき(日本版掲載時のタイトルは「ラプラタの水」)」も呼び物となった。他にも、H・R・ギーガーやDe Es シュベルツベルガー等の画家の作品に読者の注意を向けさせた。
雑誌の大半は空想家や科学や科学者の意見を元としたゴンゾスタイルに根差した科学ジャーナリズムの記事であった。『OMNI』誌のインタビューは進化生物学から宇宙のカオス理論までの広範囲に渡り20世紀の科学のもっとも偉大な思索家の言葉を集成している。『OMNI』は不遜にも科学を娯楽として供給した。 このような試みは後の雑誌『Wired』と比較されることがある。
『OMNI』誌はまた、科学誌の新規市場として、教育はあるもののプロではない読者層の開拓を図った。これは『サイエンスダイジェスト』や『サイエンスニュース』は高校生を購買層にしており、『サイエンティフィックアメリカン』や『ニューサイエンティスト』がプロを相手にしているのに対し、『OMNI』はその技術的内容にも関わらず「趣味の科学者」をターゲットにした最初の雑誌であった。 しかし、翌年『TIME』が紹介したのは "Discover" 誌であり、米国科学振興協会が紹介したのは『サイエンス'80』であった 1980年代初期、『サイエンスダイジェスト』や『サイエンス'80』と合併した "Discover" などの広告が取れる有名な雑誌と財源がなくすぐに休刊したものとに二分された。『OMNI』は記事の多様性によってこの嵐を切り抜けた。
晩期、特に最終年または最終2号はあまりにも UFO や ESP のような疑似科学に偏重しすぎているという批判があった。これは発行部数を増やすための努力であったかもしれないが裏目に出た。実際には疑似科学に対して疑い深く扱っていたにも関わらず雑誌の信用を低下させ、休刊へのひと押しとなった。グッチョーネは1995年の冬に、読者の支持低下と財政難のため休刊を決定した。
[編集] 日本版OMNI
日本版「オムニ」の創刊は1982年5月号で、科学雑誌創刊ブームのなか旺文社より発行された。アドバイザーとしてアイザック・アシモフ、小尾信彌、片方善治、手塚治虫が名を連ねた。
1988年5月号からは編集長に糸川英夫を迎え新創刊と銘打ったが、一年後の1989年4月号で休刊した。
[編集] Webマガジン
紙による雑誌発行が1996年に終了した後、インターネット版オムニがウェブマガジンとして開始された。 サイバー空間に場を移すことで、『OMNI』のルーツである、科学の辺境領域でゴンゾ科学家が圧力を受けることなく腕を揮える最大の場所となった。またリアルタイムで有名な科学者と読者が触れ合える場であった。更に、一流のSF作家が加わり、オンライン版読者のために協力して連作作品を執筆した。
ウェブサイトには多数のアクセスがあったが利益にはならなかった。『OMNI』の方針に影響を与えたキャシー・キートンが1998年に乳癌の合併症で死去するとインターネット版オムニのスタッフは解雇され、ウェブサイトも更新されなくなった。2003年にはすべてが終了し、インターネット上から『OMNI』のコンテンツが除去された。
[編集] テレビ番組
米国のシンジケート局では、『OMNI』誌がベースとなり「OMNI:ニューフロンティア」が1981年9月から短期間、ピーター・ユスチノフの司会で放映された。
[編集] 他への影響
- 1986年の映画「ザ・フライ」では、ベロニカが話した転送の話をステイシスが『OMNI』に自分の名前で発表するといって脅した。劇中に登場する『Particle』誌も『OMNI』に非常に類似している。
- 1989年の映画 「セイ・エニシング」("Say Anything")ではダイアン・コートが机の隣のベッドに『OMNI』を置いている。
- 「ゴーストバスターズ」では、架空の号の表紙が登場する。
- 「2010年」では未来の号が浜辺にいるロイ・シュナイダーの前に登場する。
- バンド "Clutch"が2005年に出したアルバム "Robot Hive/Exodus" に収録されている "Mice and Gods" という曲では、歌詞の一番初めで『OMNI』に言及している。
[編集] 脚注
- ^ Guccione, B. First word., OMNI 1(1):6, October 1978
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- Omni - Find Articles - FindArticles.com に存在する OMNI の記事
- Omni Magazine leads the upsurge of mass-audience science journalism(PDF) - 雑誌のレビューと紹介
- Omni Magazine: Fiction Index - OMNI に発表された作品の紹介
最終更新 2009年9月29日 (火) 09:40 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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