RCA
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RCAとは、23年前の1986年まで存在したアメリカのエレクトロニクス(電気機器・半導体)事業を中心とするメーカーである。RCAという社名は「Radio Corporation of America」(アメリカ・ラジオ会社)の短縮形であり、現在はトムソン社の登録商標となっている。
北米では「蓄音機に耳を傾ける犬ニッパー」の商標を使用している(もともとは英グラモフォンの商標)。
設立当初は全米各地のラジオ会社の大半を傘下に収めると共に、RCAレコード・NBCなどのメディア事業を有し、ロックフェラー・センターにRCAビル(現GEビルディング)を竣工。1970年代にはハーツレンタカーなど本業との関連が薄い企業もM&Aで保有していた。
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[編集] エレクトロニクス部門
エレクトロニクス部門では、RCA設立以前のGE時代よりテレビ受像器の開発に着手し、世界初のカラーテレビの市販化を手がけた。日本においてテレビ開発が行われていた時期、電気回路に関する特許の使用を日本法人(アールシーエー技術研究所)を通じて容認しその後のテレビ開発を支えるに土台となった事や、「RCA端子」とも呼ばれるAV端子の規格を作った事でも知られる。
また、真空管・半導体技術も豊富であり、一例としてen:RCA 1802はボイジャー探査機にも搭載された。
[編集] CEDビデオディスク
同社は、民生用において繰り返し録画再生が出来るビデオカセットレコーダー(VHS)よりも、「絵の出るレコード」と言われたビデオディスクの開発に注力しており、1960年代から開発していた静電容量方式のCED VideoDisc(ブランド名:SelectaVision=セレタビジョン=)が50億ドルの開発費用を費やし1981年に本国で発売された。日本においては、同社のVCRをOEM供給していた日立製作所に市販化を要請したものの、VHDとレーザーディスク間での規格競争が繰り広げられ、先行して1978年にゼネラルから市販されたTeD方式が失敗に終わったことなどから、日本で市販されることは無かった。なお、VHDはCEDと同様にキャディごと再生機に投入してディスクの出し入れを行うが、VHDはディスク上に溝が無いなど、規格は全く別物である。
25年前の1984年4月にCED事業撤退が報じられる。莫大な開発費用の回収に見合う収益が見込めないためとされる。1985年まで供給は続けられた。
[編集] 終焉
1984年に表面化したCEDビデオディスクの商業的な大失敗により経営が悪化し、1986年12月にかつての親会社ゼネラル・エレクトリックへ買収・吸収された。翌1987年にジャック・ウェルチの方針により、家電部門はトムソンに、レコード部門はベルテルスマンに売却された(→RCAレコード)。
トムソン社への売却後は製品群の大半を承継せず、GEではなくトムソン社のAV機器部門として製造されている。 特に現在北米市場で売られている液晶テレビに関しては中国企業で製造されているため、安価な価格設定である。
ベルテルスマンの音楽部門BMGは2005年にソニーミュージックエンターテインメントと合併した。現在、RCAというブランドは仏トムソン[1]及びソニーBMG・ミュージックエンタテインメントが各々の事業分野で使用している。
[編集] 歴史
- 1919年 - ゼネラル・エレクトリック(GE)からRadio Corporation of Americaとして分離・独立する。設立にはAT&Tも資本面で関わっている。
- 1926年 - 放送会社「National Broadcasting Company」(NBC)を設立する。
- 1928年 - ハリウッドの映画会社RKOに資本参画する。
- 1929年 - ビクタートーキングマシン(当時の日本ビクター親会社)を買収し、RCAビクター(現・RCAレコード)を設立する。
- 1939年 - 米のテレビ本放送開始に伴い、白黒テレビ受像機を一般発売。
- 1949年 - 同社初の1/4インチ幅磁気テープ用のオーディオ・テープ・レコーダー(RT-1?)を開発、製造。
- 1953年春頃 - 通常の白黒放送と両立性のある新しいカラー方式(Compatible RCA方式と言う)を開発。後のNTSC方式の基礎となる。
- 1953年中頃 - 1/4インチ磁気テープを使用したステレオ・テープ・レコーダーRT-21を開発、製造。
- 1953年末頃 - 米FCC(連邦通信委員会)の全米テレビジョン方式委員会(NTSC)にて正式決定したNTSC方式による世界初のカラーテレビ受像機を発売。
- 1954年 - LP、EP用のアナログ・レコードの録音・再生用カーブとしてNew Orthophonicを開発。同年後にRIAAの標準カーブとして採用され、これは現在も、アナログ・レコードの標準仕様となっている。
- 1957年初め頃 - 米NBCテレビ向けに2インチの白黒VTRの製造、販売を開始。
- 1957年11月頃 - 2インチの白黒VTRを独自に改造した、世界初の実用化2インチカラーVTRを開発、製造。米NBCに於いての運用を開始する。
- 1958年 - ステレオ・レコードの発売に伴い、同ソフトの再生装置が入ったステレオ・セットを発売する。
- 1959年初め - 2インチカラーVTRの方式にて、米アンペックス社の別の方式(通称ローバンド方式という)に合意。同VTRの製造を同方式の物に切り替える。
- 1969年 - 社名をRCAと改称する。
- 1981年 - カラーテレビを上回る費用を投じて開発された「CEDビデオディスク(商品名:=セレタビジョン=)」の再生機とビデオディスクソフトがアメリカで市販化される。
- 1984年4月 - CEDの商業的な失敗がCNNなどで報じられる。
- 1986年12月 - RCAグループ全体をGEが凡そ64億ドル(概算1兆2千億円)で買収する。CED事業の失敗で大損したことが一因とされる。この買収額は当時のアメリカ企業による最高額であり、GEのコングロマリット化を推し進める象徴でもあった。
- 1987年- GEはNBC事業を残し、その他の事業・資産をトムソンとベルテルスマンに売却。
- 2002年 - トムソンは中国の家電メーカー・TCL社と、RCAブランドのテレビなどの生産・流通の合弁事業を開始。
- 2003年 - 「蓄音機に耳を傾ける犬ニッパー」の商標をGEからトムソンが買収。但しBMGの持つ使用権は継続。
- 2006年 - トムソンは家電アクセサリー部門とその分野でのRCAブランドの使用権をAudiovox社に売却。
- 2007年 - トムソンは欧州域外の家電事業とその分野でのRCAブランドの使用権の売却を決定。
[編集] 日本での事業
日本では、RCAのエレクトロニクス機器は業務用機器等ごく一部を除いて市販されなかった。
- RVC株式会社 - BMG JAPANの実質的な前身会社。日本ビクターが出資・ビクター音楽産業が販売提携していた。邦楽もRCAレーベルで出されていた。1987年にRCA親会社がベルテルスマンへ移った事に伴い、新たに設立した「BMGビクター」へ事業譲渡し解散。
- アール・シー・エー・コロンビア・ピクチャーズ・ビデオ株式会社 - 米コロンビア映画とRCAレコードの合弁でビデオソフト事業を手がけるRCA Columbia Pictures International Videoの日本法人として1984年に設立。1989年のソニーによるコロンビア映画の買収により、関係会社を統合した上でソニー・ピクチャーズ エンタテインメント (日本)に社名変更し、引き続き事業を行っている。
- 株式会社トムソン技術研究所 - 仏トムソンが有するMP3や旧RCA社の技術ライセンス管理を行っている日本現地法人。1999年まではGE傘下の「アールシーエー技術研究所」であった。
[編集] 脚注
- ^ RCAブランド保有の現状(英文)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- RCA (英語)
- 株式会社トムソン技術研究所 (日本語)






