TVおじゃマンボウ

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TVおじゃマンボウ
ジャンル バラエティ
放送時間 土曜日17時~18時
(初期は17時10分~18時)
放送期間 1993年7月24日~2006年3月25日
放送国 日本
制作局 日本テレビ
出演者 中山秀征
麻木久仁子
堀井憲一郎
藤井恒久(日本テレビアナウンサー)ほか

TVおじゃマンボウ(テレビおじゃまんぼう)は、日本テレビ系列の一部のネット局で1993年7月24日から2006年3月25日までの12年8ヶ月間、毎週土曜日の夕方17:00から(1995年9月までは夕方17:10から)生放送されたバラエティ番組である。

以前は、ジャンル別の視聴率ランキング発表コーナー(現在は『おもいッきりDON!』に移動して継続中)や『TVおじゃマンモス』(日曜日11:40~)というヒロミが司会の兄弟番組もあった。

目次

[編集] 番組概要

当初は、前番組『HYU2』が視聴率低迷で急遽打ち切りとなり、秋に始める予定だった正規の新番組の構想期間の穴を埋めるためのつなぎ番組として始まった。そのため、スタート日が「7月24日」という中途半端な日付になっている。急造だったため、司会に当時それほど大物ではなかった中山秀征(前番組『HYU2』の出演者でもあった)と麻木久仁子、そして出演者も当時入社直後の新人アナウンサーという、非常にお手軽なキャスティングであるのもその名残である。しかし、急速に番組の支持が高まりそのまま秋を過ぎても番組が続行され、裏番組だった『勇者シリーズ』(名古屋テレビ制作テレビ朝日系)を終了に追い込んだ結果、12年8か月間にも渡る長寿番組となった。非常に特異な経緯を持った番組である。

また、この番組に対抗するかのようにTBSテレビは2004年3月27日から『チャンネル☆ロック!』なる番組宣伝番組を同時間帯に放送を開始したが、こちらは本番組終了から3年後の2009年3月に終了している。

内容は以下に紹介。

日本テレビの番組宣伝要素の強い番組のため、読売テレビ中京テレビのように編成全体にわたって自社製作番組への差し替えの多い局や、四国放送高知放送のように全国ネット番組が他系列番組へ差し替えられることが多い局ではネットされなかった(読売テレビは同時間帯に『土曜はダメよ!』を放送。皮肉にも、本番組がその歴史に幕を閉じた後、こちらの同時ネットへ切り替えた局も若干ある。また、中京テレビは『クスクス』を放送)。

24時間テレビ』の放送当日は、TVおじゃマンボウ・24時間テレビスペシャルと言う題目で放送されていた。スタジオには、24時間テレビまで、あと○時間○○分○○秒と表示される時計がおいてあった。また福岡放送は自社特番に切り替えられていたが、他のネット局と山口放送など、おじゃマンボウ非ネット局の一部局でも放送されていた。この24時間テレビの事前番組は『ラジかるッ』に移行した形で現在でも放送されている。

[編集] 出演

[編集] スタート時の主な出演者

■司会
中山秀征麻木久仁子
■TVウォッチャー
堀井憲一郎
■マンボウ探偵団
藤井恒久山王丸和恵角田久美子

3人とも4月に入社したばかりの新人

[編集] 最後期の主な出演者

■司会
中山秀征※、麻木久仁子
■TVウォッチャー
堀井憲一郎
■おじゃま刑事
ホリ
■マンボウ探偵団
藤井恒久※、小野寺麻衣森圭介宮崎宣子鈴江奈々右松健太脊山麻理子鳥羽博剛

※印は、第一回からの出演者(尚、麻木は途中出産で休んだ期間があった)。

[編集] 過去に出演していたアナウンサー

[編集] 番組内容

視聴率ランキング
番組のジャンルごとに週の視聴率ランキングを発表。視聴率不正操作問題の発覚によりコーナー打ち切り。
番組特集
日本テレビで放送している番組へ取材へ行き、その日の特集として放送していた。大概の場合リポーターのマンボウ探偵団はその出演者から弄られるというのがお決まりであった。特に初期では藤井は喋る度に中山やゲストからヤジ飛ばされていた。
おじゃま刑事(デカ、2004年10月2日~)
ホリがテレビに関する疑問・質問を捜査していた。2005年4月16日の放送ではホリ自らの入籍を発表した。
東京ドーム中継
東京ドームで巨人戦が行われる時だけ実況アナ・解説者とスタジオのやり取りがあった。巨人ベンチ横にいる元木大介が入中探偵団として出演し、中山からいつもヨイショを受けていた。ベンチ横カメラにはスタジオが映っているモニターはあるが音声はないので中山がフリップで会話して頷くかゆっくり目の口パクで返事をしている。ちなみに大声を出せばわずかながら声は聞こえてたようだ。
マンボウトトカルチョ
誰が正解か当てるとプレゼントが当たる(初期は翌週に正解を発表していて、視聴者も回答者だったが、後期は直後に正解を発表し、正解した人の名前を書くというスタイルに変更された)。堀井が出演し解説、正解率は中山が一番高かったが、麻木も高確率で当てにいった。
週刊マンボウ瓦版(2004年10月2日~2005年9月)
テレビの出来事を新聞風パネルで編集長の堀井が紹介・解説。
マンボウ芸能プチシキ(2005年10月1日~)
TV主題歌ランキング
日テレだけではなく、他局の番組の主題歌(ただし、民放キー局NHKの計7チャンネルのみ)までランキングにして紹介していた。
ちなみに、一部の地方では、同じ地域のTBS系列局が毎日放送制作の18時台のアニメ枠を週遅れで17時30分より放送しているために、結果的に裏番組のテーマソングが流れてしまうというケースも多々あった。そのこともあってか、それらのTBS系列局の多くはアニメ枠の同時ネット移行(裏番組関係の回避)を進めたが、静岡県広島県だけは最後まで裏番組同士であった。

[編集] 歴代エンディングテーマ

[編集] ネット局

[編集] 最後期に放送されていた放送局

[編集] 途中で放送が中止された放送局

[編集] 備考

  • 番組セットは、当番組収録終了後、組み換えをして、「マンモス」のセットに替えていた。(つまり「マンボウ」と「マンモス」は、同じスタジオを使用していたという事である。)
  • 1995年2月18日の放送では姉妹番組「TVおじゃマンモス」の森脇健児を除くレギュラー出演者が、当番組にゲストで出演した。この時の放送では「おじゃマンモス」の1コーナーだったハイパーホッケーの対決がありゲームに勝った「マンボウ」チームが2月26日の「マンモス」に出演する事になっていたが、横浜国際女子駅伝中継(「マンモス」が休止)のために出演はなくなった。
  • 中山、麻木、藤井、角田の4人が『名探偵コナン』に声優として出演した事がある。その時のタイトルは「おじゃマンボウ殺人事件」だった。(1997年4月28日放映)
  • 2000年7月岩手県で当番組をネットしていないテレビ岩手に対し「番組をネットしろ」という脅迫事件も起きた。(当時の報道より・詳細はテレビ岩手#TVIをめぐる事件を参照のこと)
  • つんくがかつてこの番組で「マンボウ探偵団スーパージュニア」を1回だけやったことがある。
  • この番組の最多ゲスト出演は笑福亭笑瓶である。(32回)

[編集] 番組の終焉とその後

日本テレビの視聴率不正操作問題が発覚した2003年秋頃から視聴率が低迷。番組内容を大幅に一新したが好転せず、2006年3月25日をもって放送終了。最終回ではエンディングで大量の紙吹雪が降る中、出演者全員が「また逢う日まで」(尾崎紀世彦)を合唱。「また、いつかアナタの元へおじゃまします。」のテロップが出て12年8ヵ月の歴史に幕を閉じた。

当番組終了後は30分番組2枠に分割され、『ツボ屋与兵衛』と『いただきマッスル!』(中京テレビ制作)に引き継がれるが、日本テレビ土曜夕方5時枠は2009年4月に『所さんの目がテン!』と『NNN Newsリアルタイムサタデー』が枠移動するまでの間、短期間で番組が入れ替わる状態が3年間続いた。

[編集] スタッフ

  • ナレーター : 龍田直樹、ユッキー、三村ロンド
  • 構成 : 近藤博幸、成田はじめ、上野耕平、近藤祐次、松本えり子、中倉けんじ、水野英昭
  • TM : 小椋敏宏
  • AD : 加藤智紀、西中臣樹、倉田賢一、山川好美、森島淳(週代わり)
  • ディレクター : 野上貢、石本典隆、今井大輔、西山嘉昭、藤野大作、野田潤一、大塚力、那須太輔、丸山太嘉志
  • 演出 : 内藤和明(後から『汐留スタイル!』、『Click!』のプロデューサーとなる)、堀金澄彦
  • プロデューサー : 中村英明大澤弘子、佐藤哲也、大野彰作、原田浩司、村松宏
  • チーフプロデューサー : 大澤雅彦 → 増田一穂 → 吉田真 → 安岡喜郎
  • 制作協力 : NCVホリプロ

[編集] 外部リンク

日本テレビ 土曜17時台
(1995年9月までは17:10-)
前番組 番組名 次番組
TVおじゃマンボウ
ツボ屋与兵衛
(17時枠)
いただきマッスル!
中京テレビ製作、17時30分枠)

最終更新 2009年7月26日 (日) 08:22 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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