U.S.M1カービン
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M1カービン
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| M1カービン | |
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| 種類 | カービン(機関騎銃) |
| 製造国 | |
| 設計・製造 | ウィンチェスター 他 |
| 仕様 | |
| 種別 | カービン(機関騎銃) |
| 口径 | 7.62mm |
| 銃身長 | 458mm |
| 使用弾薬 | 7.62mm×33 (.30カービン) |
| 装弾数 | 15発/30発(箱形弾倉) |
| 作動方式 | 短ガス・ピストン式 回転ボルト閉鎖 |
| 全長 | 904mm |
| 重量 | 2490g |
| 発射速度 | 850~900発/分(M2/M3) |
| 銃口初速 | 600m/秒 |
| 歴史 | |
M1カービン(M1 Carbine)とは1941年にアメリカで開発されたカービン(機関騎銃)である。
目次 |
[編集] 開発の経緯
1930年代のアメリカ陸軍では、飛行場・前線基地・占領地の警備などを主とする後方部隊用の警備用火器として、拳銃や小銃・サブマシンガンが使用されていたが、小銃では重く取り回しが容易ではないこと、サブマシンガンは重い上に射程距離が短く、拳銃は軽便だが射程距離が短く威力も低い上に、安全で正確な取り扱いに熟練するのに時間がかかるという問題を抱えていた。
そこでアメリカ陸軍では警備用火器、また下士官用の強力な自衛用火器として、軽量で長時間持ち歩いても疲れず、小銃とサブマシンガンの中間に位置するクラスの銃を求め、1938年頃から銃器メーカー数社に対して試作品の作成と提出を依頼していた。
アメリカ陸軍の依頼を受けた各社における軽量自衛用火器の研究・開発は、ナチス・ドイツがフランスに進攻した1940年代に入ると急ピッチで進められることとなり、1941年5月には第1回目の選考が開始された。
[編集] M1カービンの登場
ウィンチェスター社は8月にジョナサン・E・ブローニング(ジョン・ブローニングの兄弟)により作られた設計図を元にデビッド・M・ウィリアムズが変更を加えた試作銃を陸軍に提供、さらに改良を加えた試作銃を9月になって再提出した。
ウィンチェスター社が提出したのは、ロウ付けなどの簡易な製造法で急遽試作して提出したモックアップ同様の試作銃だったにも関わらず選考では注目を集め、ウィンチェスター社が20世紀初頭に小物用狩猟ライフル弾薬として発売した32 Winchester Self-Loading cartridgeを改造した「.30カービン弾」もまた注目を集めた。
そして第2回目の銃選考会で優秀な成績を残し、1941年10月22日に制式名称「U.S.M1 Carbine」として制式採用され、量産されることとなった。
なおM1カービンの設計者の一人であるデビッド・M・ウィリアムズはM1カービン設計に携わるまでノースカロライナ州の刑務所に殺人容疑で服役中であった。このときデビットはひそかに考案していた自動カービン銃の設計を行い、のちに刑務所所長の許可を得てカービン銃の試作から試射まで行っている。
そのためデビットは「刑務所でカービン銃を作った男、カービン・ウィリアムズ」と新聞メディアに取り上げられ、後にこの事が話題になり、ウィリアムズは再審で無罪を勝ち取り釈放されている。ウィリアムズは釈放後にウィンチェスター社へ入社し、M1カービン銃の開発に携わる事になった。
[編集] 特徴
M1カービンの特徴として、ボルトの閉鎖機構はM1ガーランドと同じく回転ボルト閉鎖を採用していたが、ガス圧でボルトを解放する機構には短ガス・ピストン式(玉突き式)を採用していた。(この後、短ガス・ピストン式は多くのアサルトライフルの設計に取り入れられ、AR-18、89式、G36といったモデルに採用されている)
M1カービンの使用弾薬である.30カービン弾は、当時の標準的小銃弾に比して遥かに腔圧が低いという特性を持っていたため、これを活かした非常に短いガスピストンが用いられている。この小さなガスピストンは多くの弾数を発射する過程で徐々に変形・腐食して行くため、専用のレンチを用いて交換する事が前提で設計されており、年代物のM1カービンを使用する際にはガスピストンの交換が必要な場合があるので注意が必要である。
また.30カービン弾には当時の軍用銃としては世界で初めて低腐食性のプライマー(雷管)が採用され、高温・高圧のガスに晒されるガスピストン(更に耐食性を高めるため後期にはステンレス製となった)や銃身内部を始めとする各部の腐食を減らし、耐用年数を大幅に延命させる事に成功した。
開発当初のM1カービンはフルオート射撃が可能であった。しかし全長が短いためフルオート射撃の場合、射撃時の反動が激しいことから量産タイプにはフルオート機構は廃止され、セミオート射撃(半自動)のみとなっている。
軽く取り扱いが容易なM1カービンは後方支援用火器だけではなく、前線の下士官などにも愛用され、その他にも折りたたみ式ワイヤー式銃床を装着したM1A1カービンは空挺部隊やオートバイ兵に対しても支給されている。
M1カービンの生産はウィンチェスター社以外にも数社で行われ、全シリーズを通して最終的に約600万丁ほど生産され、支給を受けた同盟国の兵士にも好評で、さらに本銃を捕獲し使用した敵国の兵にも人気があった。独軍下士官や日本軍兵士は鹵獲されたM1カービンを非常に好んで使っていた。
本銃の欠点として弾の威力不足が良く指摘され、「独軍兵士の厚手のコートを貫通できない」といった噂が兵士達の間で伝えられていたが、現在ではこの噂は単に命中しなかった事象が誇大化された噂話であると考えられている。
.30カービン弾(7.62mm×33)は、1930~50年代を通じて最強の拳銃弾だった.357マグナムや.38スーパーに比して1.5倍近いエネルギーを持ち、有効射程距離内であれば十分な殺傷力・貫通力を有するため、.45ACPや9mmパラベラムといった自動拳銃用の弾薬を使用するサブマシンガンよりもはるかに強力であり、小銃と同様に精密な射撃を可能とする撃発機構と長い銃身によって、充分な精度を持って射撃を行う事ができる。
元々後方部隊用の軽量自衛用火器という一般歩兵の使う小銃とは異なるコンセプトで採用された銃であり、小銃弾と比較し威力が低い事をもって本銃を低く評価する事は妥当とはいえず、PDW系の武器の元祖とも言える銃である本銃の存在は近年再評価されつつある。実際に長期に渡って軍用・警察用として活躍し、現代でも民生用銃器として広く利用されている事実は、本銃の優秀さを裏付ける何よりの証明でもある。
[編集] バリエーション
- M1カービン
- ウィンチェスター社が提出した試作品からフルオート射撃機能を削除した上で制式採用されたモデル。下士官及び後方部隊などへ配備され、総生産数は約150,000とされる(旧軍では鹵獲した本銃を“カービンM1短小銃”と呼んだ)。
- M1A1カービン
- 1942年から量産が始まったモデルで、インランド社の銃器デザイナーのポール・ハミッシュにより設計された。U.S.M1カービンをピストルグリップ化し、折り畳めるワイヤー銃床を取り付けたものである。主に空挺部隊向けに供給されている。
- M1A2カービン
- M1A1とは別に他社で提案されたバージョン。A1カービンの照準調整部分などが改良されたが計画のみで量産はされなかった。
- M1A3カービン
- パンタグラフ型と呼ばれる折りたたみストックを採用し、15発の箱型弾倉を採用させた物。M1A1の後継として計画されたが量産はされなかった。M1A1の折りたたみ型ストックに比べて、ストック部分の折りたたみが非常に硬いという欠点があった。
- M2カービン
- M1カービンに30発の箱型弾倉を採用させ、フルオート射撃機能を復活させたモデル。総生産数は約600,000。
- M3カービン
- M2カービンに夜間暗視装置を装着させたもの。実験用に僅かに試作されたが、暗視装置や電源バッテリーを装着させていた結果、非常に重く制式採用にはならなかった。別名:T3 総生産数は約3,000
[編集] その後
第二次世界大戦終了後、朝鮮戦争から初期のベトナム戦争までM1・M2カービンは米軍で使用されたが、軽量アサルトライフルであるM16が制式採用された事から1964年に生産が停止され、現役を退くこととなった。
その後、余剰となったM1・M2カービンはアメリカの友好国に供与され、小柄な体格の者が多かった韓国・南ベトナム・フィリピン・タイといったアジア諸国の兵士達が本銃を好んで使用し、これを鹵獲や横流しで入手したベトコン・タイ共産党・ビルマ反政府勢力の兵士達も愛用していた事で知られている。
ベトナム戦争に参戦し自国内でも北朝鮮から侵入する武装ゲリラへの対ゲリラ戦を重視していた韓国軍は、国産のK1ライフルと共に軽便なM1・M2カービンを軍・警察で多用した。 1979年に暗殺された朴正煕大統領は、1968年に発生した北朝鮮武装ゲリラによる青瓦台襲撃事件のような攻撃や、国内の反対分子による暗殺に備えて執務室にM2カービンを置いていたほか、1980年の光州事件では韓国軍の武器庫から奪ったM1・M2カービンで武装した蜂起市民の姿が記録されている。 また世界最大の短時間大量殺人犯として知られる事になった禹範坤が使用したのも警察の武器庫から盗み出したM2カービンだった。
アメリカ国内ではその後も民間用に各社でM1カービンのコピー品の生産が続けられ現在に至っているが、日本でも豊和工業がM1カービンのライセンス生産を行っていた時期があり、一部はタイ王国の文民警察向けに輸出された。
また豊和工業は、M1カービンを狩猟用に改良した「M300」を製造している。M300は通称「ホーワカービン」と呼ばれ、現在に至るまで狩猟家に広く利用されている。
日本の警察予備隊創設時には米国から新品のM1カービンが貸与された。貸与されたM1カービンは、64式7.62mm小銃が採用された後も自衛隊で使用され続け、小口径弾を使用する89式5.56mm小銃が採用されるまでの訓練用として用いられるなど、日本人には最も馴染みの深い銃のひとつとなった。
尚、一時期流布された“1985年軍事危機説”に触発された民族派諸団体が自主的に実施していた軍事教練では、有事の際に自衛隊へ志願する民族派義勇兵のために、数千丁のM1/M2カービン(旧米軍供与品)が保存されているとの情報(当時の防衛庁はこれを否定)に基づき、教練内容をこれに適合させるべくM1カービンのモデルガンを使っていた事が知られている。
本土復帰前の沖縄でも、琉球警察に米国軍政府から拳銃とともにM1カービンが支給されており、暴動等の集団的事件の鎮圧や銃器等を使用した凶悪事件の警備等に使用された。機動隊の編成・非殺傷性装備の充実とともに暴動対策用としては次第に使用されなくなったが、暴力団抗争事件等の銃器犯罪対策用としては本土復帰まで使用されていた。
[編集] 関連項目
- 小銃・自動小銃等一覧
- 機関騎銃
- 自動小銃
- アサルトライフル
- M1 Carbine Operation 米軍製作の教育用映画: 大型模型による解説
- M2 Carbine Operation 米軍製作の教育用映画: 大型模型により解説
終盤に比較用の一〇〇式機関短銃が登場する
[編集] 登場するメディア
[編集] ドラマ
陸上自衛隊の主力小銃だったこともあり、1960〜70年代の特撮作品にはよく登場する。
- ウルトラマン - 劇中、防衛軍・自衛隊の兵士が携行。
- ウルトラマンA - TAC基地や第3レーダー基地の歩哨が携行。
- SFドラマ 猿の軍団 - 猿の軍団の歩兵が使用。
- 大鉄人17 - レッドマフラー隊の主力小銃としてM20バズーカと共に登場。
- 大激闘マッドポリス'80- スナイパー「ダンヒル」ことテツ宮路が愛用。
- 太陽にほえろ! - 石塚誠刑事(竜雷太)の使用銃の一つ。スコープ付きで、狙撃銃として。
- バンド・オブ・ブラザース - カーウッド・リプトン軍曹(後に少尉)ほかが使用。
[編集] 映画
- 昭和ゴジラシリーズ - 防衛隊員が装備。
- 空の大怪獣ラドン - 防衛隊員が装備。
- モスラ - インファント島調査隊警備員および防衛隊員が装備(発砲シーンは無い)。
- 戦国自衛隊 - 自衛官の主力兵器として64式小銃と共に登場。ラストでは長尾景虎も使用。
- プライベート・ライアン - ホーバス軍曹ほか、作中全般でアメリカ兵が使用。
- ワンス・アンド・フォーエバー - アメリカ軍ヘリボーン部隊のオブザーバーとして随伴し、捕虜を尋問した南ベトナム政府軍の兵士が所持(発砲シーンは無い)。
- インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国 - 冒頭でアメリカ陸軍に変装したソ連の兵士が使用。
- ウィンド・トーカーズ - 作中全般でアメリカ兵が使用。
- シルミド - 韓国正規軍が使用。
- 狼たちの午後 - アル・パチーノ演じるソニーと警察官が使用。
[編集] ゲーム
- Deadly Dozen(Windows用ゲーム)
- VIETCONG: ベトコン(Windows用ゲーム)
- オペレーション・ダークネス(xbox360用ゲーム)
- コール オブ デューティ
- Brothers in Arms
最終更新 2009年11月24日 (火) 04:35 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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