Wikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト クラシック音楽/ニュース

このページは、ウィキプロジェクト クラシック音楽において、クラシック音楽関連の新着、新しい話題、ニュースなどについて対話したり議論をしたりするページです。このページのまとめの記録や告知は、Wikipedia:ウィキプロジェクト クラシック音楽/ニュースで行います。

目次

以下の枠の中は、このページのメインのページから分割する前の記事の複写です。新しい投稿は、話題にかかわらず、枠の後にお願いします。

[編集] 演奏記号

演奏記号の各記号にidを付けました。演奏記号#Allegroなどとすることで、その項目に飛べます(はずです)。詳しくはソースを見てください。 -- [Café] [Album] 2005年2月12日 (土) 01:45 (UTC)

それでは「コン・ブリオ」とか「マエストーソ」などはどうやって分類するのでしょう?-Hhst 2005年2月12日 (土) 03:48 (UTC)
演奏記号#con brio演奏記号#maestosoで飛びますよ。ってそういう質問じゃないのかな?-- [Café] [Album] 2005年2月12日 (土) 07:17 (UTC)

[編集] 関連ノートページ情報

協奏曲 - ノート
現在協奏曲の一覧が話題になっています。
ビオラ - ノート
ビオラの記事名がテンプレートに関連するので、問題提起をしました。-- [Café] [Album] 2005年2月14日 (月) 00:58 (UTC)
クラシック音楽の曲名一覧 - ノート
以前に過剰分割が施されたことがあり、2005年1月3日付の「削除依頼」に提出されるほどのトラブルになりました。皆さん、気をつけましょう。「ウィキペディアで取り上げる曲の基準作り」に関する議論もあります。-Hhst 2005年2月14日 (月) 13:00 (UTC)


[編集] 新着情報

あいうえお順さんが、ショスタコーヴィッチのシンフォニーにかかられているようです。あと、同氏が「ハ短調」という項目を立てられました。-- [Café] [Album] 2005年2月21日 (月) 07:49 (UTC)

本日(2/27)、ノート:ベドルジハ・スメタナ に投稿された記事が、 [外部のページ]のコピーだと思われます。 どのように対処すればよいかをご助言いただけないでしょうか。--Ubkaif 2005年2月27日 (日) 11:50 (UTC)

とりあえず掲示板にお尋ねしておきました。-- [Café] [Album] 2005年2月27日 (日) 13:52 (UTC)
そうですね、ご本人に確かめるのが第1ですね。ありがとうございます。ただ、掲示板に「っ」さんによる書き込みが見当たりません。「お尋ね」は既にされたのでしょうか。もしまだなら私が「お尋ね」します。--Ubkaif 2005年3月3日 (木) 14:31 (UTC)


[編集] エイプリルフールじゃないのでしょうが

一番吹きの為のアシスタント、倍管といった記事が立っています。-- [Café] [Album] 2005年4月1日 (金) 17:00 (UTC)

[編集] 投稿期待ページ?

投稿が望まれているページによると、Wikipedia:ウィキプロジェクト 西洋音楽という項目でまだ132個のリンクがあるようです。本プロジェクトが立ち上がりましたから、もう要らないと思うのですが…132個のリンクはどうやって探すのでしょうか? スタミナと執筆時間のある皆様、よろしくお願いします。(ページが分割されたら、どこに書けばよいのか分からなくなってしまった…。やっぱり私は“幽霊メンバー”だね)-Hhst 2005年4月23日 (土) 23:02 (UTC)

原因は、Template:クラシック音楽、つまり、{{クラシック音楽}}です。
以前、この中に、Wikipedia:ウィキプロジェクト 西洋音楽へのリンクがありました。今は、Wikipedia:ウィキプロジェクト クラシック音楽に変わっています。
「リンク元」の内部データは、Template:クラシック音楽が書き換わっても、、{{クラシック音楽}}を貼り付けたページを編集するまでは書き換わりません。
それで残ってしまっているのです。-- [Café] [Album] 2005年4月24日 (日) 04:25 (UTC)

[編集] クラシック・アルバム記事は必要か

ノート:諏訪内晶子 ベスト Crystalで議論になっている件について、こちらに誘導します。「ニュース」のページは適当でないかもしれませんが、「井戸端」はログが大きくなっていて表示に問題がありそうなのと、井戸端=雑談的な印象もあるので、新着記事との関連からこちらとしました。この点、ご異議があれば、別途場を設けることに反対はしません。--みっち 2006年11月28日 (火) 05:14 (UTC)

[編集] 当該ページ議論のまとめ

まず、当該ページでのコメントを勝手ながらまとめさせていただきました。--みっち 2006年11月28日 (火) 05:14 (UTC)

  • ポピュラーはある楽曲が特定のアルバムと結びついているなど、アルバムが一定の重みを持つが、クラシックの場合にはそのようなことがない。よほどのエポックメイキングなことがない限り、独立の記事として扱うべきでない(さん)。
  • このような前例を一つでも認めてしまうと、同類の項目が濫立する。(本項目は)宣伝以外の何物でもない。(間久部緑郎さん)。
  • クラシック音楽の個別の音盤に関しては、よほど歴史的意義のあるもの以外は不要。歴史的意義については、個別に明確化のための検討が必要。(汲平さん)。
  • ポピュラー音楽のアルバムが相当細かいものまで記事があることからすると不公平。クラシック・アルバム記事は一切不可ということには反対。歴史的意義等の条件つきにするとしても、初版(初出)に限るなど、緩やかな条件とするべき。(R-Otsukaさん)。

以上を、項目ごとに再構成すると、提起された問題点は以下のようになると思います。

  1. アルバム記事の意義(そもそもの要不要、書かれるべき内容など)について
  2. ポピュラー・アルバムとの異同について
  3. 宣伝との兼ね合いについて
  4. 歴史的意義など、掲載の基準について

[編集] 意見

まず、クラシック録音の基本的な位置づけとして、曲目の受容性や解釈の問題、演奏家(団体)の活動、レーベルなど企業の企画・商品、最低この3つの観点があります。逆に言うと、これらについて特筆できない記事は記事として成り立たないともいえます。でないと、あらゆる音盤記事やそのリストが掲載可能になります。この点は、Wikipedia:ウィキペディアは何でないか#ウィキペディアは単なるナレッジ・ベースではありませんも参考に挙げておきます。 したがって、まずは記事の内容から判断される必要があります。ただし、この3つのうち、前の2つについては、曲記事か演奏家(団体)記事で語られることが多いので、あえて独立した記事とするに足りる内容(量を伴う。もちろんWikipedia:検証可能性などの基本方針を満たすこと)も必要になります。

2点目、さんがご指摘のように、ポピュラーの場合は、アルバム自体が特定曲目や音楽家の代名詞的存在たり得ます。クラシックの場合、基本的には「スタンダード・ナンバーのカバー」なわけで、先に述べた曲目解釈や演奏家もしくはその演奏歴の文脈で語られる方が適しています。また、アルバム名は通常曲名で、オリジナルなタイトルが付けられるのは例外的ですから、項目名の選択や他のカバー、同一演奏家や同一録音の別ヴァージョンとの区別性にも困難があります。このように、ポピュラー・アルバムとは単純に比較できません。

3点目、宣伝との関係ですが、商品であっても記事の対象にはなり得ると思います。ただし、それは上に書いたような条件がクリアされた場合のことで、CDのブックレットに書いてある内容ばかりが並んだ場合は、宣伝として削除されても仕方がないでしょう。

4点目、掲載の基準は今後詰めていった方がよいような気がします。ただ、歴史的意義といっても、それを客観的に示すのは難しいのではないでしょうか。

以上からして、私の現在の意見は、クラシック・アルバムの記事掲載については否定的立場です。少なくとも「掲載基準」が合意されるまでの間、クラシック・アルバム記事は立てないことを提案します。不十分かもしれませんが、どうぞ遠慮なくご批判・ご指摘をお願いします。--みっち 2006年11月28日 (火) 05:14 (UTC)

ども。ロックやジャズの場合、演奏家であると同時に作曲家あるいは編曲家であり、プロデューサー的な役割も担うことが多く、また「アルバム」を作品単位とする傾向があります。
これに対して、ポップスや歌謡曲といわれる分野では、歌手が中心的な立場となります。かつてはシングルの寄せ集めとしてのお徳用アルバムという形になりがちでしたが、80年ごろから(?)プロデューサーやディレクターによってアルバムとしてのまとまりが考えられることが一般的になってきたように思います。「ゴールデン・ヒット」とか「全曲集」はアルバム単位で項目とすべきではないでしょうが、えー後期山口百恵とか松田聖子とかになるとアルバムとしての体裁をなしているし、「ひばりジャズを歌う」とか「○○戦時歌謡を歌う」みたいなコンセプト・アルバムもありました。ま、たいしてアルバムとしての作品性がなくても、あとはファンの数と熱意でアルバム記事ができていく、て感じもあります。
「ポピュラー」/「クラシック」ではなく、「演奏家」/「作曲家」という区分で考えるのがいいんじゃないかと思います。演奏家で、特にライブを重視しているのでなければ、録音物があるまとまりとしての作品となります。作曲家であれば、「曲」に対応するものと捉えらえられるように思います。
なので、諏訪内なりグールドなりといった演奏家または団体の項目から分かれる感じであれば、まあ理解できるように思います。多くの場合は、演奏家・演奏についての記述としてまとめられるように思いますし、多少の話題性は略歴などの中のトピックとして扱われればよいとも思いますが、まあアルバム項目ができる演奏家は、ポピュラー音楽的な受容のされかたをしているともいえるのかもしれません。あとオケとかになると、膨大になってしまいますが。基本的には、まずは演奏家の項目内に記述があって、特記すべきアルバムがあるなら独立、または全体の分量が大きくなってしまって分割するときの切れ目のひとつと考えるのがいいように思います(というようなことを昔も書いたような気がする)。--Ks aka 98 2006年11月28日 (火) 08:17 (UTC)/修正--Ks aka 98 2006年11月29日 (水) 16:11 (UTC)
個人的にはみっちさんの意見に同感で、Ks aka 98さんの意見には、やや首を傾げたいところです。「やや」というのは、「ポピュラー音楽のような受容のされ方をするクラシック音楽の音盤」についての指摘に関する部分で、ご指摘についてはなるほどと思うのですが、クラシック音楽の音盤の作品性と、ポピュラー音楽の音盤の作品性には、微妙な異同があるということを見逃されているように思うのです。
ポピュラー音楽の音盤は、実際の作曲家が誰であれ、歌ったり演奏したりしているアーティストの「作品」であり、その記録(複製)だということです。一方、クラシック音楽の音盤は、作曲家の作品でもありうるし、アーティストの(解釈の記録という意味の)作品でもありうるというように、両義的な存在です。もちろん、どちらかが強いかという「ぶれ」も生じます。たとえば、アンソロジー(名曲集)のような場合には、「ポピュラー音楽的な受容のされ方」が強まることでしょう。
具体例を挙げると、つんくがビートルズのアルバムを丸々カバーしたようなリスペクト・アルバムを出していましたが、このような音盤は、たいていの人は「ビートルズの作品」としてではなく、「つんくの作品」として聴くのではないでしょうか(美空ひばりのジャズ・アルバムとか、ちあきなおみのシャンソン・アルバムとかも同じようなものです)。一方、ポリーニのベートーヴェンやドビュッシーのアルバムを、「ポリーニによる作曲家へのトリビュート」として、あるいはグールドのブラームスやバッハを「グールドによる作曲家へのリスペクト」として聴くということは(絶対にない習慣とは言えないまでも)、一般的にはあまり習慣化されていないと言えるでしょう。作品の存在と、演奏家の解釈、その二つを同時に聞いているのではないでしょうか。これは、クラシック音楽が本質的に再現芸術であるというということとも関係しています。
わたくしがクラシック音楽のアルバムについて、いったん前例を作ると同例で溢れ返ってしまうと危惧しているのも、通俗名曲ほど録音数(解釈数)が多いということとも関係しています。一例をあげると、次のような記事は幾らでもつくれるし、いったん認めてしまうと、増え続けて(というより、はびこり続けて)きりがないのは日を見るより明らかです。
  • ラフマニノフ
  1. ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番_(自作自演)
  2. ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番_(リヒテル)
  3. ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番_(ワイセンベルク)
  • ビゼー
  1. 恋は野の鳥_(カラス)
  2. 恋は野の鳥_(バルツァ)
  • プッチーニ
  1. 誰も寝てはならぬ_(ドミンゴ)
  2. 誰も寝てはならぬ_(パヴァロッティ)
  • ベートーヴェン
  1. ベートーヴェンの交響曲 第5番_(フルトヴェングラー)
  2. ベートーヴェンの交響曲 第5番_(トスカニーニ)
  3. ベートーヴェンの交響曲 第5番_(カラヤン)
  4. ベートーヴェンの交響曲 第5番_(モントゥー)
  5. ベートーヴェンの交響曲 第5番_(シュミット=イッセルシュテット)

                      --間久部緑郎 2006年11月28日 (火) 11:30 (UTC)微修正:--間久部緑郎 2006年11月28日 (火) 11:34 (UTC)

Ks aka 98さんのご意見は、おそらく私の意見(とくに1点目)と矛盾してないように思うのですが、ちょっと趣旨がよく飲み込めませんでした。ここで扱うのはクラシック音楽なので、ポピュラーとクラシックを区分しなければ、議論する意味がないようにも思いますが、この「議論の意味がない」ということをおっしゃっておられるのでしょうか。細かいことを聞いて申し訳ありませんが、「作曲/編曲家」、「ポピュラー/クラシック」、「演奏家/作曲家」、「演奏家/団体」という/は、どのような使用法になっているのでしょうか。

間久部緑郎さんのご指摘はそのとおりで、例えばフルトヴェングラー一人でいったいいくつの記事ができるか、ということになります。宣伝との関連でもうひとついいたいのは、ウィキペディアがCD購入案内や各演奏家の演奏批評の場になってよいのか、ということもあります。アルバム記事は、データを除けば、必然的にそういう記述なしには成り立たないでしょう。--みっち 2006年11月29日 (水) 04:39 (UTC)

「/」はわかりづらかったですねすみません。修正しておきました。
ポピュラーとクラシックの区分の境界は明確なものではなくて、えーと、ポピュラーはアルバム記事が際限なく作られていて、クラシックは作られていないという現状で、ではここでアルバム記事を作るかどうか判断しようという時に、間久部さんが挙げていらっしゃるような例(あるいは例の挙げ方)というのは、「ラフマニノフのアルバム」で、このように認識されるアルバムは、不要であろうという間久部さん、みっちさんの意見、それに対して一部のアルバムは可能にしたいというR-Otsuka さんの意見は、それぞれに理解できます。
他方、この問題が検討されるきっかけとなったこれは、間久部さんがおっしゃるほど「両義的な存在」なのか、「諏訪内晶子のアルバム」であると同時に、バッハやドヴォルザークのアルバムなのか。村治佳織とか、高嶋ちさ子とか、J-CLASSICALチャート上位にはいるような美形奏者による超有名曲集みたいなのは他にもあって、クラシック「楽曲」のポピュラー音楽的な受容がなされている、というような事例だと思うんですが、このような事例についても、「クラシック音楽のアルバム」と一括りにしていいかどうか、という点がきちんと検討されないとあかんように思います。ポリーニはそういう聴かれ方はされていないように思いますが、グールドは微妙、クロノスQとかはどうなるか、とか。クラシックとポピュラーの切り分けではなく、作曲家と演奏家を切り分けることによって、多少整理すべきポイントが見えやすくなるのではないかという提案でした。「クラシック音楽のアルバム」という点で一致しているのであれば、また、これらの事例についてのアルバムの項目が立てられる可能性がそれほどないと見込まれているのであれば、それはそれでいいのですが。--Ks aka 98 2006年11月29日 (水) 16:11 (UTC)
お答えありがとうございます。確かに今回の例は、演奏家本人がどう考えているかは知りませんが、純然たるクラシックとしても、また(ポップス的な)アイドル系としても受け止めができそうな点で、格好のモデルケースかもしれません。以前なら「アダージョ・カラヤン」、いまなら「のだめカンタービレ」もの、などもそういう要素があるだろうと思います。しかし、なんにでも境界線上のものは存在するわけで、根幹部分をを明確にしないまま、先に境界やメタな議論を始めると、結果はグダグダになるでしょう(どこかで見たような)。ここでは、そういう展開は避けたいと思います。まず、基本をどうするか押さえたい。
レコード(音盤という意味で)は、初めに述べたように曲目(受容や解釈)、演奏(再現)、商品(企画)という側面があり、Ks aka 98さんがいわれる「作曲家と演奏家を切り分ける」というのは、その最初の二つの側面のことかと思います。側面のいずれであれ、ある項目のなかで1枚のレコードに関する記述が質量ともに膨らんで、同じ項目では収まりが悪い場合、分割して新記事とする可能性はあるでしょう。これまでのところ、この点に異論は少ないように見えます。もしアルバム記事が成立するとしたら、こういう経過が必要ということかもしれません。
ただし、文章量だけなら、ブックレットの演奏データを書き写すだけで相当な量があります。今回の例も、執筆者は新規記事とした理由として、演奏家本人の記事が大きくなりすぎることを述べておられ、これは形の上では、「アルバム記事成立の条件」に沿っているともいえます。したがって、単純に文章量ではなく、記載内容や記事そのものの意義にまで踏み込まなければ判断ができません。
あと、比較的許容意見のある「歴史的名盤」についても、百科事典として、記事の意義や必要性について検討する必要があると思います。私としては、レコード雑誌などの評価そのものが宣伝を含むものだという点を考慮すべきで、中立的な観点に照らせば、ウィキペディアで個々のレコードについて「歴史的意義」や「名盤」であるとかないとか認定する形になるのはまずいと思います。この考え方は、結局アルバム記事の否定に行き着くでしょう。
と、ここまで当てずっぽうに書いてきましたが、実のところ、Ks aka 98さんがいわれる「作曲家と演奏家を切り分ける」がまだよく飲み込めないので、それを切り分けるとどういうポイントが見えてくるのか、具体的にお示しいただければ幸いです。--みっち 2006年12月1日 (金) 06:07 (UTC)

えーと、その切り分けが逆に混乱させてしまっているなら、気にしないで話を進めていただければよいと思います。「典型的なクラシックのアルバム」の対処を先に進めるのであれば、この観点はあまり必要ではないとも思います。「今回の例」が、ポピュラー音楽との境界的な受容のされ方をされているということに、ぼくが反応してる、て感じで。おそらく、全面的にクラシックのアルバムがオッケーとなる雰囲気ではないので、後に「今回の例」については検討する必要がでてくるでしょう。切り分けの説明は、もうちょっと時間をください。--Ks aka 98 2006年12月1日 (金) 12:24 (UTC)

Ks aka 98さん、この物件については、「もちろん、どちらかが強いかという『ぶれ』も生じます。たとえば、アンソロジー(名曲集)のような場合には、『ポピュラー音楽的な受容のされ方』が強まることでしょう。」と書いたケースに該当しようかと存じます。(まさしくアンソロジーですし、このアルバムは。)---間久部緑郎 2006年12月4日 (月) 14:08 (UTC)

議論の発端となった諏訪内のCDや『アダージョ・カラヤン』などの企画板は別として、アルバム自体に固有の名前がつかないものが多いこと(同じ曲がなんども(時には同じ演奏者によって)録音されることなどポピュラー音楽とはまったく違う事情を考慮しなければならないとおもいます。

たとえば「ウラニアのエロイカ」「バイロイトの第九」など個々の演奏を識別する通称があるものならまだしも(こんなのは項目名として不適当だと思いますが)、たとえば前者の項目名を他と混同しないようにするなら、 「1944年12月19日にウィーン楽友協会大ホールで録音されたヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーンフィルハーモニー管弦楽団の演奏によるルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲交響曲第3番『英雄』」 とでもかかなきゃならんはずです。

と、これは冗談にしても、最低限「演奏(録音)日」「演奏者(指揮者、オーケストラ、独奏者等)」「作曲者」「曲名」を入れないと識別できないわけで、そんな項目名がずらずら並ぶのはいやだなあと思います。(朝比奈のブルックナー、フルトヴェングラーのベートーヴェン、バーンスタインのマーラー等を思い起こしてください)ましてや複数の楽曲や複数の演奏家が収められたCDなど大変なことになります。販売会社+カタログ番号という手もありますが、いくらなんでもそんなものを項目名にするわけにもいきませんし。

そもそも、クラシック音楽の音盤を「アルバム」という単位でくくるのは無理があるのではないでしょうか? LPとCDでカップリング曲が異なることはよくありますし、CDでも構成を変えて再発売なんてことは頻繁にあります。また、放送のエアチェックや演奏会場での個人録音をCD化したものが一部で「名盤」としてありがたがられているという現実もあります。

ポピュラー音楽のアルバムには個別項目があるのだからという意見がありましたが、逆にポピュラー音楽には個別楽曲の項目が少ないように思えます。各曲の項目がある以上、アルバムの記事には、演奏評と録音データ以外はリンク集のごとき様相を呈するのではないでしょうか。また、演奏評は編集合戦が起こりやすい危険な分野だと思います。(そして結論、正解のない分野でもあります) Goodmoon 2006年12月8日 (金) 01:07 (UTC)

[編集] 掲載基準の検討

うまくまとまらないのですが、とりあえず、アルバム記事必要の立場から、このような記事があったらいいなと思う類型をいくつか掲げます。なお、以下の(内容)は、曲目などの基本データ以外のものを想定しています。

  • 何度も再発されたようないわゆる歴史的名盤(ただし,音源一つにつき,記事一つとする。)
    • (内容)音源の録音データ、リマスタリングなど音盤の録音データ、どこの会社が出していたか、名盤とされる理由等。
    • (例)フルトヴェングラーのバイロイト第9、グールドのゴルトベルク
  • その時々に売れて話題となったもの(チャートにランクインしたものなど)
    • (内容)どのくらい売れたか。チャートで何位になったか。
    • (例)小澤征爾のニューイヤーコンサート、EMIのベストクラシック100
  • 何らかのコンセプトあるいはプロジェクトに基づくもの
    • (内容)その意図。
    • (例)ショルティ(カールソー)のリング、全集もの

--R-Otsuka 2006年11月29日 (水) 01:25 (UTC)

R-Otsukaさんのご意見ですが、歴史的意義、話題性、コンセプトあるいはプロジェクトについて、客観的に示せるものはあるでしょうか。例えば「名盤」とはなんでしょう。だれが決めるのでしょう。フルトヴェングラーの「第9」バイロイト盤はどのように「歴史的」でしょう。これらをウィキペディアの基本方針にもとづいて記述することは意外に難しいと思います。「話題性」であれば、売り上げがひとつの指標となり得ますが、線引きは困難ではないでしょうか。しかし、これらは記事掲載の基準として検討されるべきだと思いますので、R-Otsukaさんのコメントから新たな節を立てさせていただきました。--みっち 2006年11月29日 (水) 04:41 (UTC)
確かに、この場合、誰が当てはめても同じ結果になるという意味での客観的基準を定立することは不可能だと思います。自然科科学的なアプローチで振り分けることには無理があると思いますし、例えば、再発盤の種類が何種類以上とか、何枚以上売れたとかの基準を作ることも無意味だと思います。しかし、当方で掲げた例などについては、多かれ少なかれ、皆さんが記事にする意味を感じられているのではないでしょうか。そうであるなら、厳密な基準ではなくても、暫定的な基準でもよいのではないかと思い、「名盤」とか「コンセプト」「プロジェクト」など一応の基準らしきものを例として掲げました。あいまいな基準であると、後々、記事として適切かどうかで紛糾することもあるかもしれませんが、一切不可というよりはまだよいと思ったわけです。--R-Otsuka 2006年11月29日 (水) 15:06 (UTC)
R-Otsukaさんのアルバム記事擁護のご意見が、元々「ポピュラー音楽のアルバムが相当細かいものまで記事があることからすると不公平」ということであれば、クラシック記事も「相当細かいものまで記事が」ないと「不公平」ということになりはしませんか。いや、R-Otsukaさんがそうは考えなくとも、そう考えるユーザーが現れる危惧はありませんか。「後々、記事として適切かどうかで紛糾することもあるかもしれませんが、一切不可というよりはまだよい」とおっしゃいますが、私は全く逆で、一々記事として適切かどうか議論するくらいなら、初めからない方がマシだと思います。曖昧な基準は止めどなく拡散してゆくというのは、過去の様々なガイドラインやプロジェクトで経験してきたことです(もちろんウィキペディアの外でも)。「誰が当てはめても同じ結果になるという意味での客観的基準を定立することは不可能」であるならばそういう記事は作成しない、「一切不可というよりはまだよい」というのであれば厳格な基準を作成する必要があります。この矛盾する両者を無理矢理両立させようとするならば、少数者で客観的基準を作成すること、つまりプロジェクトで個別記事が容認されるアルバム一覧でも作成して、その一覧にあるものだけは作成可とする、とでもしなければ歯止めには成らないでしょう。しかし、そんなやり方は一種のファッショであり、ウィキペディアのやり方にはそぐわないように思います。であるならば、ここは一切作成しないとするべきではないでしょうか。歴史的名盤については、それぞれの楽曲記事や演奏者記事の中でふれることも可能でしょう。というよりはむしろゴールドベルク変奏曲の記事でグールドに言及しないとか、カザルスの記事でバッハの無伴奏チェロについて記述がないという方が不自然な気すらします。--汲平 2006年11月30日 (木) 00:09 (UTC)
(もとい)不勉強で申し訳ありません。恥を忍んでお聞きします。議論の前提問題になると思いますが、ポピュラー音楽の音盤はどのくらいの数の種類があって、現在、どのくらいの数の記事があるのでしょうか。また、クラシック音楽の音盤の数は何種類くらいあるのでしょうか。どなたかご存じでしたら御教示ください。--R-Otsuka 2006年11月30日 (木) 14:43 (UTC)
えーと、どの程度限定するか(レーベルや流通の規模、再発はどうするか、再発ボーナストラックつきはどうするかなどなど)にもよりますが、いわゆる新譜でインディー含めて1000枚/月程度かと。--Ks aka 98 2006年12月3日 (日) 05:05 (UTC)
とすると1年12,000枚、25年分で300,000枚、単純に計算して、すべて記事にすると、25年分のアルバム(1980年以降のアルバム全部)で現在のウィキペディア日本語版の記事数と同じになってしまうのですね。アルバムの記事化を無制限にすると、いかにもバランスの悪い百科事典になりかねないということなのですね。やはり、現時点では制限する方向がよいのかもしれません。--R-Otsuka 2006年12月3日 (日) 07:08 (UTC)
あ、ちなみに国内制作及びライセンスしての国内配給のみで、その数です。--Ks aka 98 2006年12月3日 (日) 07:29 (UTC)

[編集] 「歴史的名盤」記事の検討

議論を誘導しておいて、なかなかよい提案ができずに申し訳なく感じています。これまでの議論を通じて、私としては、「歴史的名盤」の扱いがこの件の核心ではないかと考えるに至っています。「歴史的名盤」については、無条件とはしないまでも、記事としてあってよいのではないかという意見がすでにありますし、アルバム記事として必要性があるとすれば、まず浮かぶのがこれではないでしょうか。そこで、ここを押さえて、周辺についてはその延長線上あるいは応用で対応していくというのがよいように思います。それで、いくつかの点について私が考えていることをお示しして、ご意見を頂戴いただければと思います。すでにいくつか述べてきたこともだぶって書いていますが、まとめとしてご了承願います。

「歴史的」であることの客観性
演奏についてのものか、録音技術的なもの(世界初、ステレオ録音、デジタルなど)か、国家的プロジェクトのようなものか、などによって歴史性の評価は変わります。演奏面では次の「名盤」と重なる部分もありますが、例えば政治変革や戦争などの転換期のエピソード的なものはこちらになるでしょう。ただ、それぞれ該当する「○○史」のなかで、音盤記事一つを取り出して述べるほどの内容があるかどうかが焦点になると考えます。
「名盤」であることの客観性
「名盤」とはなにかという点では、定義に多少のぶれがあるように思います。一般的には「名曲」かつ「名演奏」による録音ということになるでしょう。したがって、名曲であることと名演奏であることの二つの条件が満たされることが必要です。ただし、「だれだれ(演奏家)の名盤」というような場合は、マイナー曲でも名盤扱いされることがあるように思います。Wikipedia:中立的な観点からこれらをうまく整理できるでしょうか。
記事として書かれるべき内容
CDブックレットに書かれる曲目・演奏データや録音データと、音盤の存在意義や演奏解説についての記述と分けられると思います。前者の場合、著作権及び宣伝との関わりがどうなのか、確認が必要であると考えます。後者については、Wikipedia:検証可能性及びWikipedia:独自の調査に基づく記述が可能かどうかが問われます。
演奏家記事や曲目記事との関連など
アルバム記事がどういう位置づけとしてとらえられるのか、独立させる必要性の整理など、多くは上記した点と重なっています。また、もし実際に記事を書くとすれば、オリジナルなアルバム・タイトルは例外的ですから、どういう項目名にするのかも検討が必要です。

現在進行形で、項目出しも適切かどうか自信がありませんが、いずれにせよ、執筆者の主観的な意見や特定評論家の評価でなく、百科事典として適切な記述になるにはどのような「歴史的名盤」の扱いが必要かということです。--みっち 2006年12月7日 (木) 07:37 (UTC)

やはり「誰でも参加できる」という建前からすると、記事が投稿された後に個別的検討をしてふるいをかけるという作業が必要になってしまうのではないでしょうか。あるいは、プロジェクトで「歴史的」なアルバムを選定して執筆依頼をするという方法にするなど(選定作業は楽しいとは思いますが。)。--R-Otsuka 2006年12月15日 (金) 15:45 (UTC)

私は、歴史的名盤が「歴史的」と言われるゆえんは、楽曲解釈の新機軸を打つ出したとか、歴史背景を反映しただとか、とびぬけてすばらしい演奏だったとか、要は演奏と楽曲とその場(時代を含めて)の三者の緊張関係から生じた特別な演奏の記録であるとおもっています。であるならば、それらは、楽曲記事や演奏者の記事、あるいは演奏が行われたホールの記事などに書かれればよいことではありませんか?前にも発言しましたが、ゴールドベルク変奏曲について語るときに受容史のエポックとしてグールドを外すわけにはいかないし、バッハの無伴奏チェロ組曲にカザルスについて言及していないというのは考えにくいでしょう。ライブ録音で単一楽曲記事にならないような場合には、演奏者の記事、たとえばリパッティのブゾンサン・ライブなどは、演奏者の記事に書けばよい。様々な演奏家が様々な楽曲を演奏するガラ・コンサートのようなものでも、音楽祭とか劇場のアニバーサリーとかといったコンセプトはあるはずですから、そうした記事の中で書けばよい。とすれば、必ずどこかの記事に落とし込むことはできるはずです。Wikipediaはアルバム・カタログではないのですから、この方法で落とし込むことの出来ないアルバム、いいかえれば、そうしたコンセプトのないベスト盤などを記事にする必要がないことは、いうまでもありません。--汲平 2006年12月16日 (土) 02:53 (UTC)

「歴史的」の定義ないしは指示範囲については、録音の価値や固有性といった観点のほかに、アーティスト自身にも求めることができるのではないでしょうか。つまり、アーティストが故人になっている(歴史上の人物になっている)ということです。このように定義しておけば、カザルス、コルトー、リパッティ、クライスラー、シゲティ、フルベン、トスカニーニ、ホロヴィッツ、グールド、カラス……が歴史的名盤のアーティストに間違いなく該当すると言えるでしょうし、デジタル時代に入ってからも活躍したカラヤン、バーンスタイン、ヴァント、チェリビダッケ等々も対象に含めることができるでしょう。--間久部緑郎 2006年12月27日 (水) 16:09 (UTC)
「名盤」についての客観的事例としては、デヴィッド・マンロウの「ゴシック期の音楽」があげられるでしょう。--間久部緑郎 2006年12月27日 (水) 16:20 (UTC)

[編集] 削除依頼提出

歴史的名盤の扱いについてはともかく、そもそも、この議論の発端となった記事について、削除依頼を提出いたしました。Wikipedia:削除依頼/諏訪内晶子 ベスト Crystalにご投票・ご意見ください。--汲平 2007年1月18日 (木) 00:50 (UTC)

[編集] もう一度まとめ

長らく休止していたこの議論ですが、提起しながらフォローできずにいたことをまずお詫びします。私としては、現在の議論でプロジェクトとしてのある程度の方向性は見えているとともに、この間、クラシック音盤記事が目立って書かれていないことは、その表れではないかとも受け止めています。ただ、他ジャンルと重なるようなアルバムの扱いについては、さほど議論されてはいませんし、私自身も「境界線」上の扱いは後回しとしてきた経緯があります。このたび、Category‐ノート:クラシック音楽のアルバムにおいてこちらの議論が参考とされていることに鑑み、この点をやや意識しながら、これまでの議論も受けたまとめとして、以下のように提案します。

クラシック音楽のアルバムは、同曲異演が多いことが特徴であり、愛好者はこれを主要な目的として楽しんでいるため、ウィキペディアで実際に記事を立てようとする場合、以下のような問題があります。
項目名
まずぶち当たるのが、記事名をどうするかという問題です。他のジャンルでは、基本的にアルバムには固有のタイトルが付けられていますが、クラシックの場合、通常は固有の題名はなく、曲名と演奏者(団体)名が並べられるだけです。曲と演奏者が同じ組み合わせであっても、(同音源の再発やフォーマット、リマスタリングの違いを除いたとしても)録音年月日の違いやセッション・ライヴといった細かい相違も出てくるため、これらを記事名に表そうとすると、むやみに長くなります。また、書かれるべき主体が曲なのか、演奏者なのか、あるいはその演奏機会なのかなど、項目名のあり方についてもスタイル統一に困難な面があります。このことは、記事を個々のアルバムでなく、曲や演奏者などの項目に統合すべきという意見の根拠ともなっています。もし、他ジャンル同様に固有のアルバム名があれば、この問題は幾分緩和されるかもしれません。
記述内容
収録曲は現代曲や新たに発掘された曲を除けばオリジナルがほとんどないため、同じ曲を演奏したアルバムだとどれも同じような記事内容になってしまいます。極端な場合、記事名にデータがすべて入ってしまって、ほかに書くべき内容がない場合も考えられます。これでは項目を立てる意味がありません。中心となるべき演奏内容や評価・影響面については、慎重さがとくに求められる部分です。ウィキペディアの方針上、主観的なことは書けませんから、どうしても記事の違いが見えにくくなります。ただし、「アダージョ・カラヤン」といった企画ものはクラシックでは例外的ですが、その特殊性を記述できれば、これらをクリアできるかもしれません。
「歴史的名盤」
一方で、積極的に立てる意義があるのではないかとされるものに、いわゆる「歴史的名盤」があります。すでにいくつか出されているような代表例を記事にすることについては、反対は少ないかもしれません。しかし、これも実際にはなかなか難しい問題があります。「歴史的」あるいは「名盤」(名演)というような表現は価値判断を伴い、宣伝文句とも表裏の関係にあって、これを百科事典的に定義することは困難です。ここがきちんとしないと、どんなアルバムも歴史的で名演ということが可能で、事実上無制限ということになりかねません。この点、歴史的名盤であるかどうかでなく、独立した百科事典の記事としてふさわしい内容を備えているかどうかがむしろ重要かもしれません。
まとめ
本プロジェクトとして、以上の3点について具体的な合意に至るまでの間、クラシック・アルバム記事の作成は当面自粛することにしたいと考えます。ただし、以下の例外を設けます。
  1. 他のジャンルのアルバム記事と同様に書けるものまで全部ダメとすると、カテゴリの考え方などによっては、この合意が他ジャンルに影響を及ぼす場合も考えられるので、クロスオーバーやコンピレーションものなど、他ジャンルとの関わりや企画性の強い「クラシカル・アルバム」についてはこの限りではありません。
  2. 曲目記事や演奏家記事など関連する項目のなかで、特定のアルバムに関する記述が大きくなり、項目を分けた方がよいと合意されたときもこの限りではありません。言い換えれば、単独項目としてふさわしいと判断されるべき記述内容がすでにあるとき、ということです。また分離した結果、どちらかがスタブ記事になってしまうような場合は、無理に立てない、ということです。

以上、提案です。--みっち 2008年2月8日 (金) 09:19 (UTC)

最終更新 2008年2月8日 (金) 09:19 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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