YKK APサッカー部
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| YKK APサッカー部 | |
|---|---|
| 原語表記 | YKK APサッカー部 |
| クラブカラー | 青 |
| 創設年 | 1962年 |
| 所属リーグ | 富山県社会人リーグ |
| ホームタウン | 富山県黒部市 |
| 収容人数 | 8,000 |
| 代表者 | 浦田教順 |
YKK APサッカー部(ワイケイケイ・エイピー・サッカーぶ)は富山県黒部市を本拠地とする社会人サッカークラブ。現在は、カターレ富山となっている。
目次 |
[編集] 概要・歴史
1962年に創部(当時の社名は吉田工業)。主に北信越フットボールリーグで常に優勝争いを演じてきた。2000年の地域リーグ全国決勝大会で2位に入り、2001年から自動的に日本フットボールリーグ(JFL)昇格を果たし、また元湘南ベルマーレ監督の古前田充(こまえだ・みつる)を招聘した。2004年から子会社のYKK アーキテキュチャル・プロダクツ(現:YKK AP)のサッカー部に移行し、新監督に元セレッソ大阪の楚輪博(そわ・ひろし)を迎えて更なる躍進を目指してきた。
練習拠点は黒部市に置くが同市にJFLを開催できる規格のスタジアムがないので、公式試合は隣接する魚津市の桃山運動公園陸上競技場(約8000人収容)をメインに使用したが、近接する富山市の岩瀬球技場、五福競技場、県総合運動公園、高岡市の高岡スポーツコア球技場も使用されたことがある。
2007年9月10日、富山県サッカー協会の要請に応じ、同じ富山を本拠地とするアローズ北陸と2008年度より統合し、新たなクラブチーム「カターレ富山」としてJリーグ入りを目指すこととなった。但し、サッカー部そのものは社員選手中心に存続し、現在も富山県リーグで活動を続けているため、チームの統合というよりは、選手の一部をカターレ富山に移籍させた形といえる。
[編集] 戦績
JFLに昇格した2001年は15勝5分10敗で16チーム中6位とまずまずの成績をあげ、この年に長谷川満が新人王を獲得した。2002年は7勝5分5敗で18チーム中8位。2003年は15勝5分10敗で16チーム中6位と中位をキープした。楚輪が就任した2004年は守備の立て直しをしたこともあり、15勝5分10敗ながら16チーム中4位と過去最高順位を果たした。そして2005年は20勝4分6敗で18チーム中2位となりさらに過去最高順位となった。2006年はJFL初優勝の期待のかかったシーズンだったが、下位チームの取りこぼしなどがあって、19勝10分5敗で18チーム中4位となり優勝は出来なかった。
[編集] JFL戦績
| 年 | カテゴリ | 順位 | 勝点 | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 監督 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2001 | JFL | 6位 | 50 | 15 | 5 | 10 | 53 | 39 | 藤島信雄 |
| 2002 | JFL | 8位 | 26 | 7 | 5 | 5 | 24 | 16 | |
| 2003 | JFL | 6位 | 50 | 15 | 5 | 11 | 57 | 40 | 古前田充 |
| 2004 | JFL | 4位 | 50 | 15 | 5 | 10 | 56 | 33 | 楚輪博 |
| 2005 | JFL | 2位 | 64 | 20 | 4 | 6 | 63 | 28 | |
| 2006 | JFL | 4位 | 67 | 19 | 10 | 5 | 68 | 34 | |
| 2007 | JFL | 6位 | 55 | 16 | 7 | 11 | 60 | 53 |
[編集] 歴代監督
[編集] ユニフォーム
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[編集] ユニフォームサプライヤ
最終更新 2009年11月5日 (木) 01:22 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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