アポロ14号
アポロ14号の最新ニュースをまとめて検索!
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||
アポロ14号(あぽろ14ごう、Apollo 14)はアポロ計画における第8番目の有人飛行ミッション、第3番目の月着陸ミッションである。
目次 |
[編集] 乗員
- アラン・シェパード(マーキュリー・レッドストーン3号に搭乗、船長)
- スチュアート・ローサ(司令船操縦士)
- エドガー・ミッチェル(月着陸船操縦士)
[編集] 予備乗員
- ジーン・サーナン(船長)
- ロン・エヴァンス(司令船操縦士)
- ジョー・エングル(月着陸船操縦士)
[編集] 支援乗員
- フィリップ・チャップマン
- ブルース・マッカンドレス
- ウィリアム・ポーグ
- ゴードン・フラートン
[編集] ミッション内容
- 質量:
- 司令機械船: 29,240 kg
- 月着陸船: 15,264 kg
- 地球軌道
- 月軌道
[編集] 月着陸船ドッキング
[編集] 船外活動
[編集] EVA 1
- 開始時刻: 1971年2月5日14時42分13秒 (UTC)
- シェパード
- 月面着地: 14時54分 (UTC)
- 船内帰還: 19時22分 (UTC)
- ミッチェル
- 月面着地: 14時58分 (UTC)
- 船内帰還: 19時18分 (UTC)
- 終了時刻: 1971年2月5日19時30分50秒 (UTC)
- 活動時間: 4時間47分50秒
[編集] EVA 2
- 開始時刻: 1971年2月6日08時11分15秒 (UTC)
- シェパード
- 月面着地: 08時16分 (UTC)
- 船内帰還: 12時38分 (UTC)
- ミッチェル
- 月面着地: 08時23分 (UTC)
- 船内帰還: 12時28分 (UTC)
- 終了時刻: 1971年2月6日12時45分56秒 (UTC)
- 活動時間: 4時間34分41秒
[編集] ミッションのハイライト
アポロ14号では、月着陸船アンタレスの月面降下中に二度の問題が起きた。最初の問題は、月着陸船のコンピュータが着陸中止スイッチからの中止信号を受け取ったことだった。これについて NASA では、振動によって小さなハンダの欠片が剥がれてスイッチの接点の中を動き、回路が閉じたためにコンピュータが間違った信号を受け取ったものと考えた。よって、問題のスイッチ近くの操作パネルを叩くという手っ取り早い解決策によって問題は解決した。しかし仮にこの問題が降下エンジンの始動後に再発すれば、コンピュータはこの信号を正しいものと判断して月着陸船の上昇ステージのエンジンを噴射し、月周回軌道に戻すシークエンスが動きかねないものだった。NASA と MIT のソフトウェア担当チームはより確実な解決策に急いで取り組み、コンピュータのプログラムを修正して信号を無視するようにした。シェパードとミッチェルはこの修正を降下中に完了することができた。
第二の問題は月面に照準を定めるレーダーの故障だった。最終的に、着陸の直前になってこのレーダーは作動した。シェパードはアポロ計画の他の5回の着陸ミッションのどれよりも正確に、着陸予定地点に月着陸船を着陸させた。
アポロ13号の着陸予定地だったフラ・マウロ高地に着陸した後、シェパードとミッチェルは2回の月面歩行を行い、新たに地震計を月面に設置した。この装置を運ぶ際には手押し車が用いられた。一方ルーザは月軌道上の司令船キティホークから写真撮影を行なった。
2回目の船外活動では、直径300mのコーン・クレーターの縁まで到達することを目指した。しかし二人の飛行士はクレーターの斜面の地形が起伏に富んでいたためにクレーターの縁を見つけることができなかった。彼らが撮影した写真を使ったその後の分析で、彼らはクレーターの縁から65フィートの地点まで達していたことが明らかになった。
シェパードとミッチェルは月面で様々な科学分析装置や実験装置を展開・作動させ、約45kgの月の標本を地球に持ち帰った。その他のアポロ14号の成果として以下の事項が挙げられる。
- 実験用具や標本などを持ち運ぶ手押し式のカート (Mobile Equipment Transporter, MET) を初めて使用した。
- 過去最大量のペイロードを月軌道に投入した。
- 月面で過去最長の距離を移動した。
- 過去最大量のペイロードを月面から持ち帰った。
- 過去最長の時間に渡り(約33時間)月面に滞在した。
- 過去最長の時間に渡り(約9時間17分)船外活動を行なった。
- より短い軌道での月軌道ランデブーを初めて行なった。
- 新しいビジコン管を用いたカラーテレビカメラを初めて月面で使用した。
- 月軌道上の司令機械船で初めて長時間の科学ミッションが行なわれた。
地球に帰還する途中にも乗員たちは宇宙空間での材料処理試験を行なった。また、アポロ14号の乗員は、月着陸を行なったミッションで月からの帰還後に検疫を受けた最後の例となった。
シェパードとミッチェルはアポロ14号の着陸地点をフラ・マウロ基地と命名した。この名前は国際天文学連合によって承認されている。(月面地図上ではラテン語で Statio Fra Mauro と表記される。)
[編集] メモ
- シェパードはマーキュリー計画の飛行士の中で月に降り立った唯一の飛行士となった。
- シェパードはこの日のために特注した、折りたたみ式の特製の6番アイアンのゴルフクラブとゴルフボール2個を持ち込み、月面で打った。2つ目のボールを打った時に「何マイルも何マイルも飛んで行ったぞ」と叫んだが、後の計算では実際の飛距離は200~400ヤード(約180~360m)と見積もられている。その後、ミッチェルは月面で使うスコップを使ってやり投を行い、最初の「月面オリンピック」を行なった。
- ミッチェルは月に向かう途中に、後に地球に戻る乗員との間での超能力 (ESP) 実験を独自に行なった。伝えられるところでは、この実験での成功数はランダムに当たった場合の数よりも少なかったと言われている。
- シェパードの宇宙服には初めて、腕と足に赤い帯が入れられ、ヘルメットの上部にも赤色のストライプが入っている。これは月面で船長を簡単に見分けられるように施された工夫だった。これはアポロ12号で撮影された写真で2名の飛行士を見分けることがほとんどできず、非常に苦労したためであった。この改良策はアポロ13号のジム・ラヴェル船長の宇宙服にも採用されていたが、13号の事故のために月面で使われることはなかった。この赤い線は15号以後の3回の飛行や、後のスペースシャトルや国際宇宙ステーションでのアメリカとロシアの宇宙飛行士の服にも採用されている。
アポロ14号の司令船キティホークはフロリダ州タイタスビルの宇宙飛行士殿堂 (Astronaut Hall of Fame) に展示されている。月着陸船アンタレスは1971年2月7日に月面の南緯3.42度、西経19.67度の地点に衝突した。
[編集] 引用句
"It's been a long way, but we're here."(長い道のりだったが、我々はここに来た。)Alan B. Shepard, Jr.
"I think you're all finks."(君は全く裏切り者だな。) Edgar B. Mitchell.(第2回の船外活動で、コーン・クレーターの縁から65フィート(21m)の地点まで来た時に、シェパード船長が引き返そうと言った時に答えた言葉)
[編集] 動画
|
|||||
| この音声や映像がうまく視聴できない場合は、サウンド再生のヒントをご覧ください。 | |||||
[編集] 外部リンク
- アポロ14号の船外活動の地図
- Apollo 14 entry in Encyclopedia Astronautica
- From the Space Cowboy Saloon
- Apollo Maniacs(アポロ・マニアックス)
[編集] 参考文献
- NASA NSSDC Master Catalog
- APOLLO BY THE NUMBERS: A Statistical Reference by Richard W. Orloff (NASA)
- The Apollo Spacecraft: A Chronology
- Apollo Program Summary Report
- Apollo 14 Characteristics - SP-4012 NASA HISTORICAL DATA BOOK
|
||||||||||||||||||||||||||
最終更新 2009年9月24日 (木) 13:48 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【アポロ14号】変更履歴






