アンドレ・ジッド

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アンドレ・ジッド
ノーベル賞受賞者 ノーベル賞
受賞年:1947年
受賞部門:ノーベル文学賞
受賞理由:
文学
File:Lit.jpg
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アンドレ・ポール・ギヨーム・ジッドAndré Paul Guillaume Gide,1869年11月22日 - 1951年2月19日)は、フランス小説家アンドレ・ジイドアンドレ・ジードとも表記される。

目次

[編集] 来歴

1869年パリ生まれ。ソルボンヌ大学中退。オックスフォード大学名誉博士。父親はパリ大学法学部教授をつとめた。小説などの著作により、既成キリスト教的道徳・倫理からの解放を訴えた。欧州の広範囲に渡って文学的影響を与えた。その著作は死後、ローマ教皇庁により、禁書に認定された。政治的には当初は共産主義的であったが、1936年ソ連を訪問してからは反共に転じ、『ソヴィエト紀行』でスターリン体制を痛烈に批判、その後は反ナチ・反ファシズムを貫いた。戦前は、反戦・反ファシスム世界青年会議名誉議長を務めた。

文壇誌 新フランス評論NRF)創刊者の一人。『日記』は半世紀以上書かれ、フランス日記文学を代表する作品である。

小説には、生涯の妻であった従姉・マドレーヌの影響が強く、『背徳者』、『狭き門』などに彼女の影を持った女性キャラクターが登場している。しかしながら、マドレーヌのことを愛しながらも20年以上も性交渉をもたず、マルク・アレグレとの同性愛関係により結婚生活は破綻をきたしていたと言われる。このアレグレとの関係は、自伝的な特色がある『日記』に詳しく書かれている。また、彼にはエリザベート・ヴァン・リセルベルグという愛人も存在しており、一女をもうけている。

1938年、マドレーヌが亡くなると深い孤独感に陥り、『今や彼女は汝の中にあり』を書く。

1945年にゲーテ勲章授与。1947年ノーベル文学賞受賞。

1951年パリで没。

日本では、和気津次郎による紹介を皮きりに、堀口大學山内義雄などの手によって知られるようになった。小説家・石川淳による批評文もあり、石川はジッドの小説を翻訳してもいる。また、ジッドの著作は当時の文人たちに多大な影響を与えた。例えば横光利一の純粋小説論はジッドの『贋金つくり』が影響していると言われている。全集訳書は戦前に2社で、戦後は新潮社で刊行されている。

近年刊行の伝記にクロード・マルタン 『アンドレ・ジッド』(吉井亮雄訳、九州大学出版会 2003年)

[編集] 代表作

[編集] 小説

[編集] 評論ほか

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月27日 (金) 17:48 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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