イタリア空軍

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イタリア空軍の軍旗

イタリア空軍(Aeronautica Militare Italiana)はイタリア国防省の下部組織でイタリアの空軍である。モットーはVirtute Siderum Tenus(星の彼方へ)。紋章にはペガソスグリフォン、四つ葉のクローバーおよび聖マルコライオンが用いられている。

目次

[編集] 歴史

イタリアは航空機を最も早く戦争に用いた国家であった。その起源は伊土戦争(リビア戦争、1911年-1912年)に遡る。この戦いでイタリアは2隻の飛行船に加えて28機の航空機を投入、偵察の他に爆撃も行っている。航空機の利用に先見の明があったイタリアであったが、このころはまだ空軍は独立した組織ではなく、陸軍の一部に過ぎなかった。続く第一次世界大戦(1914年-1918年)においてもイタリアはカプロニ社の優秀な戦闘機や爆撃機を採用し、オーストリア=ハンガリー二重帝国へ爆撃を行い連合軍の勝利に貢献した。

第一次世界大戦が終了して後、イタリアは航空戦力が戦争で重要な働きをしていることに鑑み、1923年、イタリア空軍を陸軍から独立させた。これによりイタリア空軍が正式に発足したのである。このころ王政であったイタリアでは空軍を王立空軍(レジーナ・アエロナウティカ)と称した。やがてイタリアがファシズムに飲み込まれ第二次世界大戦前夜になると、ベニート・ムッソリーニ空中艦隊構想を実現すべく航空戦力を大幅増強した。しかし爆撃機が比較的実用性の高い機体をそろえていたのに対し戦闘機の数が足りなく編成の均衡を欠いていた。さらに信頼出来る発動機を持たなかったのも致命的な問題と指摘されている。工業力の脆弱性にくわえ、燃料の不足によりイタリア空軍は戦略レベルでの大きな活動ができぬままに終戦を迎える。第二次大戦におけるイタリア空軍の歴史は連敗の歴史と言っても過言ではない。航空評論家関川栄一郎によれば1935年のエチオピア戦当時イタリアはフランスとともに世界最強の空軍力を誇示していたが、その装備の大部分が古典的なものであった、軍部がその近代化に真剣な努力を払わなかった為にのちの悲劇的結果を招いたという。

1946年1月2日、共和制への移行に伴いイタリア軍事空軍(アエロナウティカ・ミリターレ・イタリアーナ)と改称した。冷戦期においてはイタリアは西側の最前線となり、技術や航空機もそちら側に属している。近年ではアフガニスタンやコソボで活動している。その他特筆すべき点として、フレッチェ・トリコローリという世界有数の曲技飛行隊を有することが挙げられる。

[編集] 航空機

ユーロファイター タイフーン

現在運用中の主な航空機は以下の通り。

[編集] 導入予定

[編集] 組織・部隊

Aeronautica Militare Structure (Click to enlarge)
  • 空軍参謀本部 (Stato Maggiore Aeronautica Militare) 在ローマ
    • 空軍部隊司令部 (Comando della Squadra Aerea) 在Centocelle
    • 兵站司令部 (Comando Logistico) 在ローマ
    • 空軍軍学校(Comando Scuole dell'Aeronautica Militare) 在バーリ
    • 空軍作戦司令部 (Comando Operativo Delle Forze Aeree) 在ポッジョ・レナーティコ
    • 第1方面司令部 (Comando 1 Regione Aerea) 在ミラノ
    • 第3方面司令部 (Comando 3 Regione Aerea) 在バーリ

最終更新 2009年11月26日 (木) 08:59 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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