エドセル
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エドセル(Edsel )はアメリカのフォード・モーターが1950年代後半に製造・販売していた自動車のブランド名。
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[編集] 概要
[編集] 新ブランド
大衆車ブランドのフォード(w:Full-size Ford)と高級車ブランドにあたるリンカーンの中間を占めるマーキュリーの下位に位置する中級車という位置付けとされ、同様の位置づけのもと好調な販売を続けていたゼネラル・モーターズのポンティアックやオールズモビルなどに対抗して、フォードの車種の多様化を行うという目的のもとにフォード・モーター内で一から立ち上げられたブランドである。ブランド名の由来は、フォードの創設者のヘンリー・フォードの息子のエドセル・フォードにちなんだもの。
[編集] 大キャンペーン
エドセルは、フォードで開発された共通のプラットフォームは使うものの、デザインに変更を加えて別ブランドで売るという、フォードがこれまでに行い一定の成功を収めてきた手法を取り入れ、綿密なマーケティング計画を元にフォードの社運をかけて開発された。
当時の最新メディアであるTVを使った大々的な広告キャンペーンとともに1958年モデルとして1957年9月に「ペーサー」、「レンジャー」、「サイティーション」、「コルセア」の4モデルの発売が開始された。
[編集] 失敗と消滅
しかし馬蹄形の奇異なフロントグリルデザインは「オールズモビルがレモンを噛んだような顔」、「まるで女性器のよう」と揶揄され、消費者には受け入れられなかった。さらに1957年暮れから1958年にかけての一時的な景気低迷の影響を受けて、発売直後より販売台数が低迷した。またフォードの上、マーキュリーの下に位置していたにもかかわらず価格設定があいまいで、マーキュリーと殆ど変わらぬ価格であった点も問題だったとされる。
1959年型は、発売後わずか1年しかたっていないにもかかわらず大幅にデザインが変更された。しかし販売は好転せず、馬蹄形グリルを捨てた翌1960年型を最後に販売が取りやめられることが発表された。こうして「エドセル」ブランドはわずか3年で消滅した。
[編集] 「歴史に残る大失敗」
上記のように綿密なマーケティングを元に莫大な開発予算と広告予算をかけ、しかもわざわざ社主の息子の名前を採用して市場に投入されたものの販売が全く振るわなかったことから、その後「エドセル」の名は自動車業界のみならず「マーケティング史上に残る最大の失敗のケーススタディ」として語り継がれることとなった。
[編集] 参考
ジョージ・ルーカスの出世作となった映画『アメリカン・グラフィティ』の中で、主人公のカート(リチャード・ドレイファス)の妹ローリー(シンディ・ウィリアムス)の愛車として1958年型エドセルが登場している。
[編集] 関連項目
- フォード社において経営分析の経営計画の立案に従事。フォード社を立て直した功績者のひとりとされ、1960年には社長となるが、エドセルに関しては失敗であった。
[編集] 外部リンク
- Smith Motor Company Virtual Edsel Dealer
最終更新 2009年11月8日 (日) 04:28 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【エドセル】変更履歴

