グループC
グループCの最新ニュースをまとめて検索!
グループC(ぐるーぷしー)は、自動車レースのカテゴリーの1つ。1981年、FIA(国際自動車連盟)の下部組織だったFISA(国際自動車スポーツ連盟)によって、それまで1から8の数字によって形成されていたレギュレーション(国際スポーツ法典・付則J項)を改正し、AからE・N・Sという7つのアルファベットへ簡略化されたものの1つである。
グループCは、それまでのグループ5(シルエットフォーミュラ)およびグループ6(プロトタイプレーシングカー)の後継にあたるカテゴリーである。一般にはスポーツカーレース(ここで言うスポーツカーはプロトタイプレーシングカーを指す)の一種として知られる。
目次 |
[編集] 歴史
このグループC規定でもっとも特徴的な部分は、総燃料使用量の規制である。排気量無制限・クローズドボディ・最低車両重量・レース距離に応じた総燃料使用量の規制定められた。この規定によってレーシングカーには、速さの条件として高燃費と高効率が要求されるようになった。年度によって、車両細則は、変更を受けている。
-
- グループCカー規定に基づくシリーズとして世界耐久選手権 (WEC) がスタート。ル・マン24時間レースもこのシリーズに組み込まれたことから、ル・マン24時間レースの総合優勝はこのグループCカーによって争われることとなった。車両最低重量は800kgで燃料タンク容量は100L。レース距離によって燃料補給回数にも制限がつけれた。ル・マン24時間レースでは、補給回数が25回以下とされたため、スタート時の搭載燃料と合わせ、最大2,600Lの燃料を使用することができた。
-
- グループCの小型クラスの「グループCジュニア」が新たに制定。最低車両重量700kgで燃料タンク容量55リットル。総燃料使用量は、グループCより少なく設定されている。その他の規定は、グループCと同じ車両規定である。ル・マン24時間レースでは、補給回数25回以下とされたため、スタート時の搭載燃料と合わせ、最大1,430Lの燃料を使用することができた。
-
- 「グループCジュニア」の名称が「グループC2」に変更。この変更に伴い昨年までの「グループC」は「グループC1」に名称変更となり最低車両重量が850kgに変更。C1・C2クラスともに燃料補給回数の規制は撤廃され総燃料使用量のみとなり、燃料を有効に活用できるようになった。
-
- C1の総燃料使用量が削減され燃費規制が強化。ル・マン24時間レースでは2,600Lから2,210Lに変更された。選手権対象がメーカーから参戦チームに変更された。
-
- シリーズに耐久レースだけでなく短距離レースも加え、シリーズ名称を世界耐久選手権 (WEC) から世界スポーツプロトタイプカー選手権 (WSPC) と改称され、多くの自動車メーカーがワークス参戦し大きな盛り上がりを見せた。。ル・マン24時間レースでの総燃料使用量が変更され、C1は2,550L、C2は1,650Lとなった。
-
- レース距離を480kmに統一。チームに全戦参加義務。C1の最低重量を900kgに引き上げ。ル・マン24時間レースは、1989年と1990年の2年間選手権から外れる。
-
- WSPCがスポーツカー世界選手権 (SWC) と改称され、それと共にレギュレーションが変わり、エンジンが当時のF1と同じ排気量3,500ccの自然吸気エンジンのみとなる(ただし1991年に限っては、旧規定下で作られたマシンも重量ハンデなどを受けた上で参戦が認められた)。これは当時FIAの会長だったジャン・マリー・バレストルらが「F1とエンジンレギュレーションを共通化することで、グループCに参戦する自動車メーカーがF1にエンジンを供給しやすくなり、双方のカテゴリーの活性化につながる」と目論んだことによるものだが、この目論見は見事に裏目に出て、旧WSPCに参戦していた多くの自動車メーカーの撤退を招くこととなった。このためSWCは1992年限りで消滅し、グループCというカテゴリーも事実上終焉を迎えることとなった。
日本では1983年に全日本耐久選手権としてグループCによるシリーズ戦がスタート。後に全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権 (JSPC) と改称し、WSPCがSWCに改称した後も旧グループC規定に基づく燃費規制レギュレーションによるレースが行われていたが、バブル景気の崩壊に伴う自動車メーカーの経営状態の悪化などを背景に、SWCと同様に1992年限りでシリーズが終了した。
[編集] 代表的なグループCカテゴリーのマシン
[編集] 外国車
- ポルシェ・956(1982年・1983年・1984年・1985年 ル・マン24時間レース優勝)
- ランチア・LC2
- ポルシェ・962C(1986年・1987年 ル・マン24時間レース優勝)
- ジャガー・XJR-9(1988年 ル・マン24時間レース優勝)
- ザウバー・C9/メルセデス(1989年 ル・マン24時間レース優勝)
- メルセデスベンツ・C11(1990年 WSPCタイトル獲得、ミハエル・シューマッハもドライバーの一人であった)
- ジャガー・XJR-12(1990年 ル・マン24時間レース優勝)
- ジャガー・XJR-14(1991年 SWCタイトル獲得、設計は元フェラーリテクニカルディレクターのロス・ブラウン)
- プジョー・905(1992年・1993年 ル・マン24時間レース優勝、チーム監督は現フェラーリ監督のジャン・トッド)
- メルセデスベンツ・C291
[編集] 日本車
- マツダ・787B(1991年 日本車初のル・マン24時間レース総合優勝)
- マツダ・MX-R01(TWR製作のシャシーにジャッド製GV改を搭載)
- マーチ・85G/日産(1985年 WEC-JAPAN優勝)
- マーチ・86G/日産(1987年 国産エンジン搭載車初のWEC-JAPANポールポジション獲得)
- 日産・R89C(1989年 日本のグループCカーとして初めて欧州で勝利を挙げる)
- 日産・R90CP(1990年 日本車初のJSPCシリーズ制覇、日本製)
- 日産・R90CK(1990年 日本車初のル・マン24時間レースポールポジション獲得、英国製)
- 日産・R91CP(1992年 デイトナ24時間レース優勝・最高周回数記録樹立、日産が初めて内製したグループCカー)
- 日産・R92CP(1992年 JSPC全戦優勝。旧富士スピードウェイのホームストレートで時速400キロメートルを超える)
- 日産・NP35
- トムス童夢・セリカC(国産初のグループCカー)
- 童夢・84C/トヨタ(国産C1で初めて優勝したグループCカー)
- トムス・86C/トヨタ(1986年 WEC-JAPANで幻のポールポジション)
- トヨタ・87C(1987年 JSPCで2勝)
- トヨタ・88C-V(国産で初めてフルカーボンモノコックを採用したグループCカー)
- トヨタ・89C-V(1989年 WSPC鈴鹿でポールポジション獲得)
- トヨタ・90C-V(1990年 WSPC鈴鹿でポールポジション獲得)
- トヨタ・91C-V
- トヨタ・TS010(1992年 SWCで1勝)
[編集] 関連項目
最終更新 2009年1月2日 (金) 14:20 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【グループC】変更履歴


