ザウバー

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ザウバー
参戦年度 1993 - 2005
出走回数 216
コンストラクターズ
タイトル
0
ドライバーズタイトル 0
優勝回数 0
通算獲得ポイント 195
表彰台(3位以内)回数 8
ポールポジション 0
ファステストラップ 0
F1デビュー戦 1993年南アフリカGP
初勝利 -
最終勝利 -
最終戦 2005年中国GP
  

ザウバー (Sauber) は、スイスのヒンウィルに本拠地を置くレーシングチームである。モータースポーツが禁止されているスイスでは数少ないレーシングチームであり、1990年代F1ではジョーダンと並んで最も成功を収めたプライベーターであった。

2006年からBMW傘下のワークス・チームとなることが決まり、プライベーターとしての歴史は2005年限りでその幕を下ろした。その後、BMWは選手権へのエントリー名には「ザウバー」の文字を残し、BMWザウバーF1(BMW Sauber F1 Team)としているが、これはあくまで別のチームであるという見方もあるものの、The Official Formula 1 Websiteでの記載にある様に、2006年のエントリー上のコンストラクター名が「ザウバー・BMW」であることから、記録上は「ザウバー」が継続参戦していたこととなる。(下記参照)

かつてはメルセデスと縁の深いチームであったが、1997年のエンジン供給以降2005年まではフェラーリのジュニアチーム的存在であった。

F1だけでなく、スイスF3用の車両も製作している。

目次

[編集] 歴史

自らがドライバーとしてレースに出場していた経験もあるペーター・ザウバー(Peter Sauber) が、1970年にマシンを製作したのが始まりである。

[編集] グループC時代

1985年メルセデスエンジン搭載のグループCマシンを制作した事からメルセデスのワークスとなり、ル・マン24時間レーススポーツカー世界選手権といったレースで、相次いで優勝を飾った。ミハエル・シューマッハハインツ=ハラルド・フレンツェンカール・ヴェンドリンガーら有能な若手ドライバーをヨッヘン・マスらベテランと組ませて育成(この若手3人は「メルセデス・ジュニアチーム」と呼ばれた)。1991年限りでスポーツカー世界選手権から撤退し、F1復帰が噂されるメルセデスと共にF1進出計画を進めた。

[編集] F1参戦

[編集] 1993年

開幕戦南アフリカGPでついにF1への初参戦を果たした。エンジンはイルモア製であったが、名称は「ザウバーエンジン」として搭載した。当時メルセデスがF1復帰を正式に表明していなかったため、ワークスカラーの銀色(シルバーアロー)ではなく黒色のマシンで登場し、リアカウルに「Concept by Mercedes-Benz」の文字があるのみであった。メルセデスワークス復活の足掛かりとして資金及び技術援助を受けていると周囲には受け止められたが、実際はワークス計画を中止したメルセデスがザウバーの参戦を補償した形であった。しかし、現実には技術面から財政面に至るまで大規模な支援を受け、1993年当時の水準で全チーム中、最大のファクトリーとトップチーム並みの予算規模を持ち、新規参入にも関わらず5チームしか無いグッドイヤータイヤのファクトリーチームとして指定(レース・テストを問わずタイヤの無償かつ無制限供給)されるなど、異例なほど万端な体制を整えての参戦となった。

[編集] 1994年

メルセデスは正式にF1参戦を表明したが、形態はエンジン供給に止まり、ザウバーはプライベートチームとして活動していくことになった。この年の第4戦モナコGPで、エースドライバーのカール・ヴェンドリンガーがフリー走行中にクラッシュで瀕死の重傷を負ってしまった。この事故はドライバーの頭部が剥き出し状態であった事が重症を負った原因とチームが独自に判断、たとえエアロダイナミクスが悪くなってもドライバーの生命を守る事を最優先事項とし、翌スペインGPから「サイドプロテクト」と呼ばれるドライバーの頭部をより安全に守れるような改造をコックピットに施した(このサイドプロテクトは1996年以降レギュレーションに採用され、F1以外も全てのフォーミュラカーのルールにおいて採用するようになった)。この事故により、この年にF1デビューを果たしていたチームメイトのハインツ=ハラルド・フレンツェンが急遽エースドライバーに昇格、セカンドドライバーには「壊し屋」との異名をもつアンドレア・デ・チェザリスを起用して残りのシーズンを戦うこととなった。しかし、チームは資金力豊かなトップチームのようにコンスタントな開発が出来なかったことから成績が振るわず、メルセデスがマクラーレンと翌1995年以降のエンジン独占供給契約を結んだことで長年のパートナーシップに終止符が打たれた。この年からメインスポンサーが付く事になったが最初の「ライト・ハウス」社が指定された期日までに契約金を入金しなかったので契約不履行となり契約を解除、スイスの時計メーカースウォッチ社(ブランド名はSUISSE・TISOTT)がメインスポンサーとなる。また1995年からはレッドブルがメインスポンサーとなりチーム名も2004年まで「レッドブル・ザウバー」となった。

[編集] 1995年

ザウバーは、ベネトンに去られたフォードから1995年シーズンよりエンジンの供給を受け、出直しを図った。しかしワークスエンジンを獲得したもののV10エンジン全盛期の時代にV8エンジンでは限界があり、このエンジンでの最高位は1995年の第12戦イタリアGPでフレンツェンが獲得した3位に止まった(なお、結果的にはこのリザルトが「ザウバー」としての最高位となった)。

[編集] 1996年 - 1999年

ところが、1996年のシーズン開幕前に、スチュワート・レーシングが翌1997年からのフォード・エンジン独占使用によるF1参戦を表明。フォード初のV10エンジンをワークス体制で供給されたが、ザウバーはまたしてもワークスエンジンを失うこととなる。このため1997年からはフェラーリの1年型落ちであるエンジンを、スポンサーであるマレーシア石油会社ペトロナスバッジネームにて「ペトロナスエンジン」として使用することとなった。またホンダ、マクラーレン、フェラーリと渡り歩いた後藤治がエンジン担当としてフェラーリから派遣される形でチームに加入した。以降、一説にはフェラーリのエンジン開発パーツをザウバーに供給し、実戦においてパーツの耐久テスト等をしているのではないかと噂をされた事もあった。

[編集] 2000年以降

2002年のレギュラー・ドライバーであったフェリペ・マッサを翌2003年にはフェラーリにテスト・ドライバーとして貸し出し、2004年に再度ザウバーのレギュラー・ドライバーに復帰後もフェラーリのテストに駆り出すなど、事実上フェラーリのジュニア・チームとして生き抜くことを選んでいた(ただし、レッドブルスクーデリア・トロ・ロッソとの関係のように両チーム間に直接的な資本関係があったわけではなく、あくまで技術上のジュニア・チームである)。2004年のC23は、前年度のフェラーリ F2003-GAとそっくりなマシンだった。しかし、2005年にはフェラーリとは異なるミシュランタイヤを装着するなど、独自路線を歩み始めていた。これはブリヂストンタイヤへの不満があった事による変更でもあったが、フェラーリとしてもミシュランのデータを獲得し、ブリヂストンとの比較ができる可能性があったため、これを容認するスタンスを取った。

2004年には風洞設備をリニューアルし、自社開発能力が向上した。これがBMWの目に留まり、ウィリアムズ離脱から単独参戦へのきっかけとなる。

レッドブル、ペトロナスという安定したスポンサーを持ち、「寄らば大樹の陰」の諺の如くトップチームと親密な関係を保つザウバーの堅実な運営法は、プライベーター生き残りの手本と評価された。成績も目立たずとも中位で安定し、2001年にはコンストラクターズ選手権4位と健闘を見せた。若手ドライバーを抜擢するペーター・ザウバーの眼力も確かで、フェリペ・マッサの他にもキミ・ライコネンを発掘。奇しくもこの2人は2007年からフェラーリでコンビを組むこととなり、若手登竜門としてのザウバーの役割を証明した。しかし、チームの発展を考えるオーナーの意向で2006年からBMWよりエンジン供給を受けると共に、同社がチームを完全買収することが発表された。

2006年、BMWワークス初年度としてのこの年、BMWザウバーを名乗ることとなり、前年買収発表時の大方の予想を覆し「ザウバー」の名称がF1に残ることとなった。BMWサイドは「2006年のシャーシはまぎれもなくザウバー時代にザウバーのスタッフにより設計されたものであり、彼らへ敬意を表す意味も込めてBMWザウバーを名乗ることにした」と語ったが、これは結果が出なかった時に悪印象の全てが自らに向くことをBMWが嫌ったためとも噂された。記録上の取扱いは、新チームとしての登録として、「BMWザウバー」は「ザウバー」の記録を引き継がず、この年の開幕戦バーレーンGPがデビュー戦との扱いという見方と「ザウバー・BMW」というコンストラクター登録名から「ザウバー」の継続参戦としての扱いという見方の双方があるが、公式的には後者が正解である。FIAのスポーティングレギュレーション第20条によれば、コンストラクター名称の登録においては、シャシー銘柄がエンジン銘柄の前に常に位置するものとされているためである(例:ウィリアムズ・トヨタマクラーレン・メルセデス)。もっとも、翌2007年以降のコンストラクター登録においては「BMW」とされ、ザウバーの名称が外されていることから、コンストラクターとしてのザウバーの歴史にもピリオドが打たれている。

[編集] 戦歴

ザウバーの車体形式はすべて(他のカテゴリーで走ったシャーシも)頭文字がCとなっているが、これはペーター・ザウバーの妻であるクリスティーヌ(Christine)のイニシャルが由来である。

(key)

車体/エンジン/
タイヤ
ドライバー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 pt 順位
1993 C12
イルモア2175B
V10
G
RSA BRA EUR SMR ESP MON CAN FRA GBR GER HUN BEL ITA POR JPN AUS 12 7th
オーストリアの旗 ヴェンドリンガー Ret Ret Ret Ret Ret 13 6 Ret Ret 9 6 Ret 4 5 Ret 15
フィンランドの旗 レート 5 Ret Ret 4 Ret Ret 7 Ret 8 Ret Ret 9 Ret 7 8 Ret
1994 C13
メルセデス
V10
G
BRA PAC SMR MON ESP CAN FRA GBR GER HUN BEL ITA POR EUR JPN AUS 12 8th
オーストリアの旗 ヴェンドリンガー 6 Ret 4 DNQ Inj Inj Inj Inj Inj Inj Inj Inj Inj Inj Inj Inj
イタリアの旗 チェザリス Ret 6 Ret Ret Ret Ret Ret Ret Ret
フィンランドの旗 レート Ret 10
ドイツの旗 フレンツェン Ret 5 7 WD/
DNQ
Ret Ret 4 7 Ret Ret Ret Ret Ret 6 6 7
1995 C14
フォードZETEC-R
V8
G
BRA ARG SMR ESP MON CAN FRA GBR GER HUN BEL ITA POR EUR PAC JPN AUS 18 7th
オーストリアの旗 ヴェンドリンガー Ret Ret Ret 13 10 Ret
フランスの旗 ブイヨン 8 Ret Ret 9 5 10 11 6 12 Ret Ret
ドイツの旗 フレンツェン Ret 5 6 8 6 Ret 10 6 Ret 5 4 3 6 Ret 7 8 Ret
1996 C15
フォードZETEC-R
V10
G
AUS BRA ARG EUR SMR MON ESP CAN FRA GBR GER HUN BEL ITA POR JPN 11 7th
イギリスの旗 ハーバート DNS Ret 9 7 Ret 3 Ret 7 DSQ 9 Ret Ret Ret 9 8 10
ドイツの旗 フレンツェン 8 Ret Ret Ret Ret 4 4 Ret Ret 8 8 Ret Ret Ret 7 6
1997 C16
ペトロナスSPE01A
V10*
G
AUS BRA ARG SMR MON ESP CAN FRA GBR GER HUN BEL ITA AUT LUX JPN EUR 16 7th
イギリスの旗 ハーバート Ret 7 4 Ret Ret 5 5 8 Ret Ret 3 4 Ret 8 7 6 8
イタリアの旗 ラリーニ 6 11 Ret 7 Ret
イタリアの旗 モルビデリ 14 10 Inj Inj Inj Ret 9 12 9 9 DNS Inj
アルゼンチンの旗 フォンタナ Ret 9 9 14
1998 C17
ペトロナスSPE01D
V10*
G
AUS BRA ARG SMR ESP MON CAN FRA GBR AUT GER HUN BEL ITA LUX JPN 10 6th
フランスの旗 アレジ Ret 9 5 6 10 12 Ret 7 Ret Ret 10 7 3 5 10 7
イギリスの旗 ハーバート 6 11 Ret Ret 7 7 Ret 8 Ret 8 Ret 10 Ret Ret Ret 10
1999 C18
ペトロナスSPE03A
V10*
B
AUS BRA SMR MON ESP CAN FRA GBR AUT GER HUN BEL ITA EUR MAL JPN 5 8th
フランスの旗 アレジ Ret Ret 6 Ret Ret Ret Ret 14 Ret 8 16 9 9 Ret 7 6
ブラジルの旗 ディニス Ret Ret Ret Ret Ret 6 Ret 6 6 Ret Ret Ret Ret Ret Ret 11
2000 C19
ペトロナスSPE04A
V10*
B
AUS BRA SMR GBR ESP EUR MON CAN FRA AUT GER HUN BEL ITA USA JPN MAL 6 8th
ブラジルの旗 ディニス Ret WD 8 11 Ret 7 Ret 10 11 9 Ret Ret 11 8 8 11 Ret
フィンランドの旗 サロ DSQ WD 6 8 7 Ret 5 Ret 10 6 5 10 9 7 Ret 10 8
2001 C20
ペトロナス01A
V10*
B
AUS MAL BRA SMR ESP AUT MON CAN EUR FRA GBR GER HUN BEL ITA USA JPN 21 4th
ドイツの旗 ハイドフェルド 4 Ret 3 7 6 9 Ret Ret Ret 6 6 Ret 6 Ret 11 6 9
フィンランドの旗 ライコネン 6 Ret Ret Ret 8 4 10 4 10 7 5 Ret 7 DNS 7 Ret Ret
2002 C21
ペトロナス02A
V10*
B
AUS MAL BRA SMR ESP AUT MON CAN EUR GBR FRA GER HUN BEL ITA USA JPN 11 5th
ドイツの旗 ハイドフェルド Ret 5 Ret 10 4 Ret 8 12 7 6 7 6 9 10 10 9 7
ブラジルの旗 マッサ Ret 6 Ret 8 5 Ret Ret 9 6 9 Ret 7 7 Ret Ret Ret
ドイツの旗 フレンツェン 13
2003 C22
ペトロナス03A
V10*
B
AUS MAL BRA SMR ESP AUT MON CAN EUR FRA GBR GER HUN ITA USA JPN 19 6th
ドイツの旗 ハイドフェルド Ret 8 Ret 10 10 Ret 11 Ret 8 13 17 10 9 9 5 9
ドイツの旗 フレンツェン 6 9 5 11 Ret DNS Ret Ret 9 12 12 Ret Ret 13 3 Ret
2004 C23
ペトロナス04A
V10*
B
AUS MAL BHR SMR ESP MON EUR CAN USA FRA GBR GER HUN BEL ITA CHN JPN BRA 34 6th
イタリアの旗 フィジケラ 10 11 11 9 7 Ret 6 4 9 12 6 9 8 5 8 7 8 9
ブラジルの旗 マッサ Ret 8 12 10 9 5 9 Ret Ret 13 9 13 Ret 4 12 8 9 8
2005 C24
ペトロナス05A V10*
M
AUS MAL BHR SMR ESP MON EUR CAN USA FRA GBR GER HUN TUR ITA BEL BRA JPN CHN 20 8th
カナダの旗 ビルヌーブ 13 Ret 11 4 Ret 11 13 9 DNS 8 14 15 Ret 11 11 6 12 12 10
ブラジルの旗 マッサ 10 10 7 10 11 9 14 4 DNS Ret 10 8 14 Ret 9 10 11 10 6

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ

[編集] 外部リンク

SAUBER PETRONAS official website

最終更新 2009年11月14日 (土) 02:24 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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