スター・システム

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スター・システムstar system)とは、多くは演劇映画・プロスポーツなどの興行分野において、高い人気を持つ人物を起用し、その花形的人物がいることを大前提として作品制作やチーム編成、宣伝計画、さらには集客プランの立案などを総合的に行っていく方式の呼称。また、資本力やニュースマスコミを利用した大々的な宣伝の反復などによって、その様な花形的人物を企画的に作り出すシステムの事もこの一環として指す。

近代以前より演劇の分野では花形役者を中心にした台本、演出が行われていた。これに対し、近代のリアリズム演劇では戯曲の作品性や演出家の役割が重視されるようになった。

スター・システムと呼ばれるようになったのは、ハリウッド映画で大スターを中心にした映画制作の手法が確立してからのことである。

転じて、漫画などで、同一の作家が同じ絵柄のキャラクターをあたかも俳優のように扱い、異なる作品中に様々な役柄で登場させるような表現スタイルも、スター・システムと呼ばれるようになった。日本の漫画分野におけるこの手法の祖は手塚治虫とされ、スター・システムを採用している宝塚歌劇の影響を受けて始めたものと言われている。

目次

[編集] スター・システムの原型

[編集] 18世紀イギリス演劇

18世紀は俳優の時代とも言われる。演劇は主に俳優を中心に考えて作られ上演された。時には古典劇の戯曲が、演じやすいように、あるいは俳優の好みに合うように書き換えられることもあった。また、演劇のメインストリームが、王侯貴族によって保護された芸術としての演劇から、中産階級を主な観客とする日常の娯楽としての演劇へと、徐々にシフトし始めた時代でもあった。

イギリスでは、革新的・実験的を世に送り出そうとするものよりも、スターを中心に組み立てられた演劇が主流を占めた。このため、この時代は演劇史に名を残す劇作家が非常に少ない。しかし、演劇自体は盛んに行われていた。

[編集] 日本の歌舞伎

歌舞伎は役者中心の演劇である。役者には得意芸(例:荒事、和事など)があり、座付作者は話の筋よりも得意芸を見せることを主眼に台本を書いていた。観客はひいきの役者を目当てに劇場に通った。

[編集] 日本以外のスター・システム

[編集] ハリウッド映画

ハリウッド草創期の1920年代チャールズ・チャップリンダグラス・フェアバンクスらの映画からこの方法が取られるようになり、1930 - 50年代の黄金期にそのピークを迎えた。

当時は俳優と映画制作会社が専属契約を結んでいた。映画会社はスターの魅力を最大限に引き出すために、脚本、配役、宣伝などを企画した。また、スターのイメージを崩さないよう、私生活まで管理しようとした。

第二次大戦後の独占禁止法によって専属契約は禁止され、フリーエージェント制になり、1950年代のスタジオシステム崩壊でスターシステムもまた衰退していったが[1]、スター中心の映画は今日も作られ続けている。

[編集] 小説

多作のSF小説作家は、未来について描いた個々の短編や長編小説の背景を互いに統一し、一貫した未来史として創作する場合がある。代表的な作家としてはアイザック・アシモフロバート・A・ハインラインなどで、それぞれの作品に対し共通する主人公や脇役が活躍したり、時代的に後になる作品で過去の作品を歴史上の出来事として、扱うことが見られる。

また、ワイルド・カード・シリーズではシェアード・ワールド、またはモザイクノベルと呼ばれ、ロジャー・ゼラズニィ他多数の作家が同一の設定・舞台を元に連作を成している。ある作家の作り出した登場人物が別の作家の作品に登場したり、またある作品で起こった出来事が別の作品でも起きたことになっているなど世界観を共有している。

ヒロイックファンタジーシリーズであるマイケル・ムアコックエターナル・チャンピオンシリーズも同じ魂と時には記憶を共有する主人公がパラレルワールド内で活躍する物語で、ある多元宇宙内で一同が会するエピソードもあり、スター・システムの一種ととらえることが出来る。

非常に広範囲なスター・システムはスティーヴン・キングの著作に存在している。キングのほとんどの小説は同一の世界観に属しており、その中心に『ダーク・タワー』シリーズがあるというようになっている。(『ダーク・タワー』に大きく関連する作品には、『呪われた街』・『ザ・スタンド』・『IT』・『アトランティスのこころ』・『ドラゴンの瞳』などがある)

[編集] 漫画・アニメーション

アニメーション漫画におけるスター・システムは、興行分野におけるそれとは意味合いを異にする場合がある。

アニメーションでは、アメリカのカートゥーンと呼ばれる劇場用短編作品が多く作られたジャンルにおいて、人気キャラクターを俳優に見立てて、その出演作が制作された。これは、アニメキャラクターは俳優であり、主演映画シリーズを持っているという点で、興行分野におけるスターシステムと共通するものであった。

  • ハンナ・バーベラ作品
  • ルーニー・テューンズ作品
    • 登場キャラクターはワーナーブラザースに所属する俳優という設定であり、ほとんどのエピソードは台本に基づくキャラクターの演技とアドリブにより成り立っている。この設定はスピンオフ作品や長編作品にも受け継がれており、シリーズにおける最大の特色となっている。
  • ディズニー作品
    • 主演シリーズを持つドナルドダックが、ミッキーマウス主演作品に客演を行なったりといった具合である。
    • ロジャー・ラビット:実写との合成作品。作品内でアニメキャラクターはハリウッドのトゥーンタウンに暮らす俳優として扱われてはいる。ただし、アニメキャラクターは激しい身体的衝撃に平気な点などにおいて、実際の人間とは一線が引かれている。

[編集] 音楽

リヒャルト・ワーグナーライトモティーフシルヴァーノ・ブッソッティのラーラ・ツィクルス、カールハインツ・シュトックハウゼンのフォルメル技法も広義のスターシステムと呼ぶに相応しい。

[編集] 日本のスター・システム

[編集] 映画

日本もハリウッド方式を取り入れ、既に第二次世界大戦前の1920年代後半辺りには俳優の映画会社専属制が確立されていた。

スターシステムはスター中心の映画制作である。作品の企画から脚本や演出まで全てスターに従属し、スターがヒット作を繰り返し模倣するために存在した[2][3]。特に戦前の日本映画、時代劇映画におけるスターシステムは、歌舞伎のスターシステムをそのまま受け継いだものである。撮影現場でスターは監督以上の権力を持ち、スターの意思で全てが決まっていた[4]

戦後のスターシステムの映画も自社の専属スターの個性に合わせて映画制作がなされた。それは定型的ではあったが、観客はスターの名前で映画を選びさえすれば、その期待に答えた映画を見ることが出来た[5]。映画会社の中でスターシステムが強いと言われるのは東映と日活である[6][7][8]。東宝と新東宝はプロデューサー主導のプロデューサーシステム[9][10][11][12][13]、松竹はディレクターシステムの傾向が強いと言われる[14][15]

とりわけ片岡千恵蔵市川右太衛門の両御大と言われるスターがいた1950年代の東映はスターシステムが強力で、複数のスターが出演する際には序列に気をつけて、出演カット数や秒数を同一にし、スタッフが話しかけるときは御大を見下ろしてはいけなかったという逸話まである[16][17]。東映は撮影所でも派閥の頂点に位置するのがスターであり、スターの下にスタッフや俳優が派閥を作っていた[18]。宣伝面においてもスターシステムを反映し、映画のコピーに「健さん」「純子」とスターの名前が必ず入っていた[19]

スターシステムはスターの出演する映画に売り込みたい俳優を脇役で出演させ、人気が出たら主演作を撮影することで、スターシステムを支えるスターの増殖と再生を繰り返して来た。[20]

しかし、1960年代に入ってテレビが普及すると、映画でしか見られないスターが特別な存在でなくなり、1970年代に入ると映画会社からはほぼ俳優の専属制はなくなっていった[21]1970年代以降にスターシステムの危機で大映は倒産し、日活はロマンポルノ路線への移行を余儀なくされ、スターシステムによるスター映画と言えるのは、渥美清の『男はつらいよ』シリーズや高倉健主演映画、『ゴジラ』シリーズくらいという状況になっていった[22][23][24]

映画会社はスターを育てずに、テレビで人気の俳優や歌手を起用するようになっていたが[25]1980年代になって、角川映画が映画館でしか見られない自社スターの薬師丸ひろ子らを擁して往年のスターシステムを一時的に復活させたという見方もある[26][27][28]

以下、戦前・戦後の映画会社と専属俳優達の代表例を挙げる(注 1.会社と俳優はどちらも順不同。2.戦前・戦後とも各社全員が同時期に専属だったわけではない)。

[編集] 戦前

松竹
鈴木伝明高田稔岡田時彦栗島すみ子川田芳子諸口十九岩田祐吉上原謙佐野周二佐分利信田中絹代高峰三枝子木暮実千代林長二郎高田浩吉桑野通子
日活
尾上松之助大河内傳次郎岡田嘉子夏川静江阪東妻三郎片岡千恵蔵嵐寛寿郎入江たか子山田五十鈴轟夕起子
東宝
大河内傳次郎入江たか子原節子長谷川一夫高田稔山田五十鈴千葉早智子竹久千恵子霧立のぼる藤田進黒川弥太郎轟夕起子高峰秀子
新興キネマ
山路ふみ子森光子霧立のぼる河津清三郎市川右太衛門加賀邦男田中春男清水将夫安部徹逢初夢子宇佐美淳
大都映画
琴糸路ハヤフサヒデト水島道太郎近衛十四郎伴淳三郎

[編集] 戦後(1960年代終盤までに限る)

松竹
佐田啓二高橋貞二津島恵子淡島千景岸惠子岡田茉莉子有馬稲子大木実岩下志麻倍賞千恵子加賀まりこ倍賞美津子田村高廣津川雅彦田村正和竹脇無我
日活
月丘夢路石原裕次郎芦川いづみ小林旭浅丘ルリ子宍戸錠吉永小百合高橋英樹渡哲也二谷英明松原智恵子山本陽子梶芽衣子和泉雅子
東宝
原節子山口淑子池部良三船敏郎久我美子 森繁久弥フランキー堺加山雄三八千草薫司葉子三橋達也新珠三千代小林桂樹宝田明星由里子黒沢年男
大映
長谷川一夫三益愛子京マチ子根上淳菅原謙二市川雷蔵山本富士子若尾文子川口浩勝新太郎田宮二郎本郷功次郎江波杏子安田道代(現・大楠道代
東映
片岡千恵蔵市川右太衛門月形龍之介大友柳太朗美空ひばり中村錦之助大川橋蔵東千代之介高倉健鶴田浩二若山富三郎里見浩太朗梅宮辰夫佐久間良子三田佳子松方弘樹北大路欣也千葉真一藤純子(現・富司純子)、倉田保昭
新東宝
嵐寛寿郎宇津井健高島忠夫菅原文太前田通子高倉みゆき天知茂久保菜穂子三原葉子吉田輝雄池内淳子大空眞弓三ツ矢歌子

[編集] テレビドラマ

大映が1960年代が1970年代にかけて新東宝から大映に移籍した宇津井健主演のザ・ガードマンをロングヒットさせ、宇津井はその後も大映テレビの顔として活躍した。1970年代は「赤いシリーズ」で三浦友和山口百恵のコンビが特に有名。「京都地検の女」と「京都迷宮案内」の主人公が同じドラマ同士で出演あり。石立鉄男も大映テレビの常連のスターであった。

1980年代トレンディドラマを端緒として、フジテレビの「月9」と呼ばれるドラマの枠などで、ドラマの企画も決まっていない内から視聴率の取れる俳優のスケジュールを確保することがしばしば行なわれる[29]。さらに売れっ子の俳優が企画内容や脚本に口出ししたり[30]

また、2007年に終了した「火曜サスペンス劇場」枠のラストとなった「火曜ドラマゴールド」の最終回「監察医・室生亜季子」の完結篇では同じく同枠で不定期に放送されていた「女検事・霞夕子」「警部補・佃次郎」の主人公がそれぞれ登場し、「救急指定病院」の池上季実子や「警視庁鑑識班」の西村和彦、数々の火曜ドラマに登場した藤田まこと(しかも出演する左とん平はヘイ・ユウブルースをリクエストする)などの豪華キャストの登場で25年以上に亘った同枠の最終作を華々しく飾った。

[編集] 小説

広い意味でのシリーズ作品であるケース(クロスオーバー作品)、シャーロック・ホームズ等の有名キャラクターが登場するケースを除いた場合、小説におけるスター・システムを定義することは難しい。小説では個々のキャラクターよりも世界観や物語が重視されるため、キャラクター性による純粋なスター・システムは成立しにくい。特定キャラクターが大きく活用される際は元作品のジャンル、世界観なども引継ぎ、シリーズ作品の形態を取られることが多い。

菊地秀行作品には「外谷順子」という人物が多数の作品に出演しており、主人公となった作品もある。

大塚英志白倉由美の小説、漫画には「大江公彦」「ロリータ℃」といったキャラクターが世界観の枠を超えて登場するが、これはシェアード・ワールド、スピンオフとしての性質も帯びている。

辻真先作品には「牧薩次」(つじまさき、のアナグラムになっている)とその恋人(のちに結婚した)「可能キリコ」を中心に、スターシステムが確立されており、キリコの兄「可能克郎」が最も多くのシリーズに登場する。シリーズごとに主人公は異なっているので、異なるシリーズでは「脇キャラ」として出演。他のシリーズを知っている読者にとっては、馴染み深いキャラの登場にニンマリするが、脇キャラのため必ずしもキャラの説明が十分ではなく、初見の読者にとっては辛い面もある。アニメ脚本化で小説家で紀行作家である辻真先は、一時期虫プロに在籍しており、手塚治虫の影響を大きく受けているが、手塚のスター・システム(キャラを俳優と位置づけ、外見とキャラ名は同じでも、まったく異なる役柄で出演する)と異なり、同一人物は同一の設定で登場する。つまり、世界観は同一で、現在である。しかしながら、稀にタイムスリップなどにより、異なる時間にキャラが活躍することや(「特急『燕』驀進す」)、鉄道ミステリーでありながら架空の路線が登場する作品(「急行エトロフ殺人事件」他)があり、世界観の拡大を試みている。なお、前述の牧薩次であるが、登場当時「推理作家を目指す駆け出し」という設定だったが、現在ではプロの作家として筆名「牧薩次」による推理小説が実際に出版されており、現実世界とのクロスオーバーというお遊びまで行われているのは、稀有な例であろう。

[編集] 漫画・アニメーション

1980年代末以後、サンリオのキャラクターを俳優に見立てた出演作として、童話を題材にした『サンリオ名作映画館』シリーズ、オリジナルストーリーの『サンリオキャラクターアニメ』シリーズが制作されている他、2006年現在ではマイメロディを主人公にした『おねがいマイメロディ』シリーズやテレビ番組『キティズパラダイス』内でサンリオのキャラクターが主演するアニメ作品がテレビ放映されている。

また、オリジナルビデオアニメを中心としたメディアミックス作品『天地無用!』に登場していた脇役キャラクター「砂沙美」に人気が出たために、砂沙美を主人公にした別個の作品『魔法少女プリティサミー』、『砂沙美☆魔法少女クラブ』が制作された。これらは、スピンオフの一種とも言えるが、作品人気による続編や舞台背景を共通するサイドストーリーとも異なり、キャラクターを俳優に見立てたスターシステムに基づいた企画である。漫画では主に以下の種類に分類される。

作品によって名前は違うが、多くの作品に同じ特徴の人物を使う
名前や特徴なども固定されている人物を使う
手塚治虫は上記二つを多くの漫画作品で用いたことで知られ、前者はハム・エッグ、アセチレン・ランプロック・ホームヒゲオヤジなど。後者はヒョウタンツギ、スパイダーなど(詳細は手塚漫画のキャラクター一覧参照)。藤子不二雄石ノ森章太郎永井豪松本零士獸木野生吾妻ひでおいしいひさいちとり・みき西岸良平黒田硫黄森下裕美山川直人など、短編作品を多く手がける漫画家にも多い。
舞台背景は繋がっておらず、別々の人物
これは作品自体が違うために、殆どはファンサービスとして行っているものである。
このタイプで最も有名なものはタイムボカンシリーズ三悪であろう。作品によっては容姿が微妙に違う場合もあるが、小原乃梨子演じる妖艶な美女・八奈見乗児演じる女子高生好きの発明家・たてかべ和也演じる怪力男の3人組と、チーム内の立場とキャストは固定である。別人という部分を生かして各作品の三悪が競演する作品もある。また、このケースは後述の「声優によるスターシステム」の走りとも言える。
真島ヒロはこれを読み切りと連載作で巧みに使い分けていた(RAVEFAIRY TAILにおける二人のジークが代表例)。パラレルワールドという範疇であれば鳥山明なども該当すると言える。
スターシステムを特に採用していない作家でも、同じ、あるいはよく似たデザインのキャラクターが複数の作品で別の役回りで登場することはよくある。中には見た目だけではなく性格や立場もよく似ている場合もある。特に野中英次の作品では見た目や特徴が同じキャラクターがよく登場する。しかし、野中自身が「やる気がない漫画家」と単行本などでアピールする事が多く、ファンサービスというより単に使いまわしと言う印象が強い。また、福本伸行の作品でもモブキャラである黒服を始め、外見だけでなく立場や設定が似たようなキャラクターが登場する事がある。
新谷かおるは、元アシスタントゆうきまさみのキャラクターである内海を気に入り、許諾を受けて常連のキャラクターとして使いまわしている。
舞台背景も繋がっており、ある作品である事をした人物が、別の作品でその後の活躍をする
これはスピンオフにも入るタイプ。連載を多数持つ作家向けで、水島新司和田慎二宮下あきら小山田いくなどが有名。
永井豪の手がける作品に登場するキャラクターは、作品を「番組」と呼び、登場することを「出演する」とまで言っている。これも、スターシステムという概念が前提として意識されているがゆえのことであると考えられる。また、後者としてはこれ以外に藤子不二雄の作品には小池さんや神成さん、ゴンスケと呼ばれるキャラクターが、藤子不二雄A名義、藤子・F・不二雄名義を問わずに数多く登場することで知られている。
サンライズのアニメーション作品『舞-HiME』シリーズがスターシステムを採用、第1作に登場したキャラクターの設定を変えて第2作、3作に登場させる、という手法をとっている。またCLAMPの漫画『ツバサ-RESERVoir CHRoNiCLE-』でも、CLAMPによる他の作品のキャラクターを多数登場させており、これも一種のスターシステムとして考えることができよう。これ以外に最近の漫画家としては介錯なども多用している[31]

[編集] ゲーム

ゲームも漫画・アニメ同様スターシステムを用いている作品がある。ディズニースクウェア・エニックスのコラボレーションである『キングダムハーツ』シリーズはその典型例である。また、シリーズ作品とは別途に、キャラクターのみを全く別ジャンルのゲームに用いているものがある。日本における代表例として『スーパーマリオブラザーズ』のキャラクターが様々な作品に登場している。『マリオカート』(レース)、『マリオテニス』(スポーツ)、『スーパーマリオRPG』(ロールプレイングゲーム)、『ヨッシーのたまご』(パズル)など非常に多岐に渡っている。任天堂はこの他自社ゲーム登場キャラクターを一堂に会させるクロスオーバー作品を多く作っている。

[編集] 声優によるスターシステム

1980年代後半くらいから、本来は日陰の存在であるアニメ・ゲームの声優にファンがつくことが多くなった。これを受けて、1990年代において、キングレコードレーベルであるスターチャイルドが資本的に関連したテレビアニメ、あるいはスターチャイルドが発売元となったオリジナルビデオアニメで、その主役キャラクターやメインヒロインの声優を林原めぐみがほとんど独占した例がある。これなどはキャラクターに合わせて声優をキャスティングしたのではなく、林原めぐみを主演声優にすることを前提にしてスターチャイルドが制作に関与したという意味で、興行的な意味合いが色濃く出たスターシステムであると言える。

また、2000年代に入ってからは堀江由衣がそれを継承するような形となった。しかしながら、人気ゲーム『乙女はお姉さまに恋してる』のアニメ化にあたっては、原作者の意向を無視する形で、出演声優を強行して同社の看板声優ユニットAice5のメンバーに割り当て波紋を起こした。つまりこのケースは、「キャスティング(声優の)主導型のプロダクトは各方面への根回しが重要」という典型例であるとも言える。

一方で現在、声優プロダクションとして「声優によるスターシステム」を最も強く推し進めている企業には株式会社ラムズが挙げられる。ラムズは「声優はエンタテインメント」をコーポレイト・ボイスに掲げ、野川さくら宮崎羽衣酒井香奈子など、マネージメントにスター・システムを積極的に導入し、所属声優を集中的に投入している。例えば、酒井香奈子はデビュー直後の初主演作『REC』において新人声優の恩田赤というキャラを担当したが、このキャラは彼女の立場が役に投影されたキャスティングとなっていた(ゲーム版では、オリジナル・ヒロインに所属声優を2名投入)。また、『マジカノ』には野川さくらや宮崎羽衣など同社所属声優を何人も投入し、主題歌は野川さくら、エンディング・テーマも同社所属声優によるユニットクローバーが歌う楽曲が採用されており、スターチャイルド的なマネージメントを効果的に取り込んでいた。

2006年12月に放送された『ウィンターガーデン』は、『デ・ジ・キャラット』のキャラクターを使用したスターシステム作品とも言えるが、それぞれのキャラクターを同じ声優が声をあてていなければ、キャラ名は同じであっても同じキャラクターとして見るのは語尾が「――にょ」や「――にゅ」でないことも含めほとんど不可能な作品であった。事実、『ウィンターガーデン』がTBSアニメフェスタ'06の会場で予告なく上映された際には、エンド・クレジットではじめて『デ・ジ・キャラット』シリーズと関連のある作品であると分かったほどである。現在のアニメ・シーンにおいて、キャラクターとその声を演じる声優とが密接な関係となっている典型的な例と言える。また、『デジキャラット』の主要声優3名は、スポンサーとして同じブロッコリーが関連する『六門天外モンコレナイト』でも3人セットのゲストキャラクターで2回声をあてていた例がある。

2007年4月から9月に放送されたテレビアニメ『アイドルマスター XENOGLOSSIA』は、「コンピュータゲームの『THE IDOLM@STER』のキャラクターを用いた架空のキャラクターによるスターシステム」と、「出演声優をゲーム版から入れ替えた際にその大半を『舞-HiMEプロジェクト』作品群に声をあてたことのある声優を起用するといった声優によるスターシステム」の2つのスターシステムを採用していた。

肝付兼太は、数多くの藤子不二雄アニメで声優をつとめていることで有名である。代表例は、『オバケのQ太郎』(第1作・1965-1967年)・『新オバケのQ太郎』(1971-1972年)のゴジラ、『パーマン』(第1作・1967-1968年)のカバ夫、『ジャングル黒べえ』(1973年)の黒べえ、『ドラえもん』(第1作、1973年)のジャイアン、『ドラえもん』(第2作1期、1979-2005年)のスネ夫、『怪物くん』(第2作・1980-1982年)のドラキュラ、『忍者ハットリくん』(1981-1987年)のケムマキ、『パーマン』(第2作・1983-1987年)のパーマン4号、『オバケのQ太郎』(1985-1987年)のハカセ、『キテレツ大百科』(1988-1996年)の刈野勉三、『ポコニャン』(1993-1996年)のいっぽんぎ幹の助、などである。

声優を前面に押し出したゲームソフトも存在する。

[編集] 音楽

音楽の分野では、古くから手塚漫画の音楽を手掛けている冨田勲が取り入れている。

[編集] 伝統芸能

[編集] 商業演劇

宝塚歌劇団
春日野八千代寿美花代麻実れい天海祐希、ほか

[編集] スター・システムによるメリットとデメリット

この方法によって各映画会社は莫大な利益を得ることに成功するが、逆に制作者側にとっての弊害が起きた事例が存在するのも否定できない事実である。

俳優のイメージが作品に影響
ヒッチコックは『断崖』を撮影の際、主演のケーリー・グラントを悪役に仕立てたかったのだが、映画会社に「グラントのイメージを損ねてはならない」と、ラストを大幅に改変することを要請された。そして、当初のねらいとはまったく違ったものに仕上がってしまった。
スター人気に依存しすぎ失敗作も生まれる可能性
メトロ・ゴールドウィン・メイヤーは、当時契約していたスペンサー・トレイシーの人気にあやかって、彼に『ジキル博士とハイド氏』の企画を押し付けた。ところが、トレイシーは『我は海の子』『少年の町』といった作品で、ヒューマニティ溢れる人間像を確立していた。そのため、トレイシーの悪役に違和感を覚えた観客は多く、その作品は失敗作となった。

しかし、さまざまな弊害や失敗はあるものの、この方法が莫大な利益をもたらすのは間違いなく、フリー・エージェント制になった現在のハリウッドでも、スター・システムは脈々と生き続けている。

[編集] スポーツにおけるスター・システム

スポーツの分野でもこの言葉が使われることがあるが、上に列挙した分野とは意味合いが大きく異なり、主にテレビスポーツ新聞などのマスコミ報道や番組宣伝による要因が主体となって、スターが作られるという観点で用いられ、また負の意味合いをもって使用されている場合がある。

[編集] サッカー

スポーツにおいてスターシステムという言葉が多用されるようになったのはサッカー日本代表監督1998年 - 2002年)であったフィリップ・トルシエが使い始めた事がきっかけである。彼は、テレビ新聞などのマスコミが、知名度の高いスター選手や期待されている若手選手のことを過剰に持ち上げ、試合で彼らを起用しないことを批判したり、調子が下がると目の色を変えて批判を始めるなど、選手に過剰なプレッシャーを与える様な報道を繰り返している事を、皮肉を込めてスターシステムと呼んだ。

一方でトルシエ時代の中村俊輔の様に、批判をする事自体がタブー視される選手もいる。

また、マスコミ報道による過度のプレッシャーにより選手が潰されてしまった実例として、しばしばトルシエは前園真聖の名を挙げた。この言葉はサッカーに対するマスコミ報道を批判する時に度々引用され、それは2002年にトルシエが退任した後も続いている。その後も2003年における大久保嘉人2004年における平山相太などで、マスコミによるスターシステム的扱いとその弊害を指摘する声が聞かれている。

そして2009年浦和レッズ原口元気がU-19の代表に選出された直後の加熱ぶりに、浦和の監督であるフォルカー・フィンケはマスコミに対して明らかな不快感を示し、5月5日の柏レイソル戦後の記者会見で「あのように実力もあって、もちろん才能のある若い選手が毎日のようにメディアに出てしまうのは良くないことだと思う」と発言し、サッカー界のスター・システムのあり方に波紋を投げかけた[32]

トルシエが就任する以前からで言えば、カズこと三浦知良が代表的な例である。サッカー人気の上昇と共に日本代表の絶対的なエースとして君臨し、期待にこたえて活躍し続けた分、選手としての絶頂期を過ぎ、それまでのようなパフォーマンスを出来なくなってきた1997年のW杯予選では、ここぞとばかりにマスコミはカズを叩いた。また、高原直泰が所属リーグであまり活躍できていなかったとき、それにもかかわらず、ジーコが高原を代表戦で使い続けた。当然代表戦でも、思ったような結果が出せなかった。そのときマスコミが調子の上がらなかった高原に対して目の色を変えて批判し始めた。これもスターシステムの弊害の一種である。

[編集] 野球

日本テレビ1953年に試合のテレビ中継を開始したが、日本テレビのグループ会社に読売ジャイアンツの親会社である読売新聞があったため、読売ジャイアンツの試合ばかり中継するようになり、ジャイアンツファンの開拓に大きな役割を担った。このジャイアンツファンの増加に伴い、日本テレビ以外の在京キー局でも、相手のセントラル・リーグチームから放映権を得て、ジャイアンツ戦を中継するようになった。このことが、「プロ野球=巨人」、「セリーグ>パリーグ」といった、歪んだ構造を生み出した。

また、テレビ中継開始とほぼ同時期に、東京六大学のスター選手であった長嶋茂雄が読売ジャイアンツに入団したことにより、中継において長嶋茂雄を中心とした番組編成がなされることとなった。これは長嶋茂雄が引退して監督に就任した後も続けられた。選手を軽視して監督にばかり焦点を当てた番組作りは、一時的な話題こそ提供できたものの、視聴者であるプロ野球ファン、とりわけ青年層以下のニーズとは全く乖離しており、このことがプロ野球中継における視聴率低下、さらには野球の話題としての商品価値の低下につながった。

高校野球においても、甲子園大会で活躍した特定選手を、一高校生にもかかわらずスター扱いして祀り上げる傾向が古くより見られる。戦後で社会的ブームとなった存在を拾えば太田幸司荒木大輔松坂大輔田中将大と列挙できるし、近年でも、2006年の甲子園大会で活躍した斎藤佑樹などで、「ハンカチ王子」というあだ名をつけ、大学進学後の現在にいたるまでマスコミのカメラが執拗に追いかけ回している。

[編集] バレーボール

2004年アテネオリンピックの際、女子バレーチームの各選手に愛称を付け、それを各報道機関で繰り返し使うことで、バレーボールマニア以外には知られていなかった選手たちの知名度を上げる事を企図した。栗原恵を「プリンセス・メグ」と呼んだり、「スーパー女子高生(木村沙織)」や「帰ってきた五輪戦士(吉原知子)」とひとりひとりに二つ名を設定した。

実況やゲストのタレントもこの二つ名を連呼し、イメージ定着を図ったが、あまりのそのしつこさに辟易した者はテレビ視聴者はもとよりバレーボールファンにも少なくなく、インターネット上などでは選手に対するアンチが発生してしまう原因となった。

[編集] 陸上競技

世界陸上競技選手権(世界陸上)において、中継を担当したTBSが番組制作の過程で二つ名を設定し、番組の事前宣伝のコマーシャルや、選手名の表示において現地からの画像に重ねるように、それらを繰り返し前面に出す。

「マッハ末續(末續慎吾)」、「鉄人DNA(室伏広治)」、「ラスト・サムライ(為末大)」など単純明快なものばかりではなく、インパクトの強さを狙って「大英帝国のメダルハンター(ダレン・キャンベル)」「ブロンドのぶっとび娘(カロリナ・クリュフト)」「女王にたてつくミステリーハンター(アンナ・ロブフスカ)」「100万ドルで国籍を売った男(サイフ・サイード・シャヒーン)」など長いものを設定することもある[33]

確かに番組の宣伝や演出の効果はあったものの、これでもやはり上述のバレーボールと同様の弊害も発生する結果になってしまった。

[編集] プロレス

数ある日本のスポーツの中でも、最もスターシステムを派手に活用して、スター選手を企画的に作り出してきたのが、単純な勝負以上に興行としての色彩が濃いプロレスである。

一例として典型的なものを挙げれば、1980年代の新日本プロレスがあり、アントニオ猪木タイガーマスクを興行の中心に据え続けた。無名外国人選手を招聘し、前述の二人を除く日本人レスラーを次々と倒した後に、完敗させることにより、スター選手(エース)の強さを演出し格と人気を保持していた。プロレスの場合、スターに倒されるやられ役であるジョバーが重要な役目を背負う。

ハッスルにおいては、学生プロレス経験者であるが本職はお笑い芸人であるHGや、インリン・オブ・ジョイトイを前面に出し、プロレスラーが彼らを際だたせるための役割を担っている。また、アントニオ猪木vs滝沢秀明など芸能人とレスラーが試合をすることも珍しくない。

また、女子プロレスでは選手の人気獲得の為の販売戦略として、ビューティ・ペアクラッシュギャルズなどが試合前のリング上で自らの持ち歌を歌った様に、当時のアイドル芸能人的なプロモーションを大々的に行った例もある。

ただし、興行・エンターテイメントとしてプロレスを見るならば、スターシステムがもたらす宣伝・集客の効果は大きく、むしろ企画上必要不可欠な要素で、スターレスラーの人気は高ければ高いほど選手にとっても団体にとっても良い。逆にアマチュアスポーツや五輪競技、他の格闘技の様な、選手がスター化する事で発生する弊害はプロレスに限ればほとんどない。

ただし、ことテレビに限って言えば、プロレス番組は民間テレビ放送黎明期からのものであるだけに、長く培われたプロレス式のスターシステムのノウハウが、ここを起点に同じ番組制作会社やスタッフを通じて他種目のスポーツジャンルにも導入され、またエピゴーネンなどを生んだ事も事実で、プロレスのスター作成手法が、今日、スポーツ界全般にスターシステムを蔓延させる状況を作り出した一大要因となったという点は否定が難しい。

[編集] 総合格闘技

PRIDEでは俳優の金子賢K-1 Dynamite!!ではタレントのボビー・オロゴンがアマチュアでの実績が無いにも関わらず、試合を行った。この場合は、テレビ局と興行会社の連動でプロモーションが行われた。金子はPRIDEを放送するフジテレビ、ボビーはK-1 MAX、HERO'Sを放送するTBSでそれぞれレギュラー番組を持っており、その番組で試合までのドキュメントが放送された。

ただし、総合格闘技というものは、見世物的な要素が多いプロレスへの反発が成立の一要因であり、『プロレスとは違う格闘家による真剣勝負』が最大の売りであるため、この様なあくまで格闘技のプロではない芸能人の参戦、そしてそれをマスコミが大きな対戦カードとして盛り上げようとする意図に対しては、特に当初の理念を墨守するコアなファン層からの批判が根強く存在する。

[編集] ボクシング

亀田興毅亀田大毅亀田和毅ら「亀田三兄弟」は、TBSの演出を受けてスターとなっている。タイトルマッチではなく、招聘禁止選手との試合でもゴールデンタイムプライムタイムで試合が放送され、彼らを紹介するドキュメンタリー番組なども制作された。

[編集] プロゴルフ

上記の斎藤佑樹選手と同じ手法で、高校生の石川遼選手にも「ハニカミ王子」というあだ名をつけ、執拗なまでにカメラで追いかけ回し成績上位の者より露骨に多くマスコミに登場させる。さらに過剰なまでのCM出演でイメージアップなど、もはや芸能人扱いをしてブランドイメージを作り上げ、金を稼げるスターを作る。他に宮里藍選手や横峯さくら選手なども同じといえる。ゴルフは主に大人がお金をおとすスポーツなので、いろいろな人間がスターを欲しがっている。その結果、実力以上にメディア露出が先行して不快感を持つものが少なくない。 石川遼選手の場合、メジャー大会であるにもかかわらず、他の日本人プレイヤーには微塵もふれることなく、紹介すらせずTV中継がスタートし、 その空いた時間で石川の専用のプロモーションビデオのような映像を放映する。彼の現時点での成績にかかわらず彼より好調な選手がいてもである。 何時間も彼のみをとりあげて放送し、TV出演者全ても彼をもちあげる発言を繰り返すのが特徴。 メジャー大会でタイガー・ウッズと同組にするようTV局から要請を受けたりしていることも大会責任者は明かしている。

[編集] その他

上述してきたものの他、幼少期から全国大会に参加するなどして話題になっている選手を、ニュース番組のスポーツコーナーなどでドキュメンタリー的に何年間も追い続けて、『将来の日本代表のエース候補』などと持ち上げ、知名度を上げて行く手法も現在では見られている。その結果として、年端もいかない、また実力的にもまだ低い幼年の選手が、日本トップクラスの選手を遥かに上回る知名度を得てしまう事態も見られる様になっている。

この場合、最初期から目を付けて取材していたテレビ局や制作会社へ、選手の関係者、競技統括団体の側もより多くの情報や取材機会を結果的に提供している事も多く、事実上はマスコミと組んでその情報伝播力を利用して競技のスター選手を作り上げているともいえ、これは企画的にスターを作り出すスターシステムとさして変わらぬ手法である。

具体的には柔道の田村亮子(現・谷亮子)、卓球の福原愛などがその典型といえる。

[編集] 参考文献

  • 田中純一郎『日本映画発達史1 活動写真時代』中央公論社、1980年、
  • 佐藤忠男『日本映画史1 1896-1940』岩波書店、1995年
  • 佐藤忠男『日本映画史3 1960-1995』岩波書店、1995年
  • 俊藤浩滋、山根貞男『任侠映画伝』講談社、1999年
  • 大高宏雄『日本映画のヒット力 なぜ日本映画は儲かるようになったか』ランダムハウス講談社、2007年

[編集] 脚注

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  1. ^ 村山匡一郎編『映画史を学ぶクリティカル・ワーズ』フィルムアート社、2003年、p.97。
  2. ^ 『日本映画史1』p.27。
  3. ^ 山田宏一、北川れい子、山根貞男「座談会 スター不在の時代のスターたち」『シネアルバム 日本映画1981 '80年公開映画全集』佐藤忠男、山根貞男責任編集、芳賀書店、1981年、p.18。
  4. ^ 『日本映画史1』p.339。
  5. ^ 『日本映画史3』pp.68,228。
  6. ^ 『日本映画のヒット力』p.15。
  7. ^ 増淵健『B級映画 フィルムの裏まで』平凡社、1986年、p.253。
  8. ^ 神山征二郎『生まれたら戦争だった。 映画監督神山征二郎自伝』シネ・フロント社、2008年、p.147。
  9. ^ 瀬川昌治『乾杯!ごきげん映画人生』清流出版、2007年、p.305
  10. ^ 福田純、染谷勝樹『映画監督福田純 東宝映画100発100中!』ワイズ出版、2001年、p.89。
  11. ^ 『日本映画のヒット力』p.100
  12. ^ 田中文雄『神(ゴジラ)を放った男 映画製作者・田中友幸とその時代』キネマ旬報社、1993年、p.211。
  13. ^ 山田誠二『幻の怪談映画を追って』洋泉社、1997年、pp.49,130,158。
  14. ^ 山根貞男『日本映画の現場へ』筑摩書房、1989年、p.62。
  15. ^ 『日本映画発達史1』pp.315,353。
  16. ^ 関根忠郎、山田宏一、山根貞男『惹句術 映画のこころ 増補版』ワイズ出版、1995年、pp.136,176,198。
  17. ^ 俊藤浩滋、山根貞男『任侠映画伝』講談社、1999年、pp.108-110。
  18. ^ 中島貞夫『遊撃の美学 映画監督中島貞夫』河野真悟編、ワイズ出版、2004年、p.153。
  19. ^ 関根忠郎、山田宏一、山根貞男『惹句術 映画のこころ 増補版』ワイズ出版、1995年、pp.106,138,241。
  20. ^ 『任侠映画伝』pp.173-176。
  21. ^ 『日本映画史3』pp.68-69。
  22. ^ 小林信彦『コラムの逆襲 エンタテインメント時評 1999~2002』新潮社、2002年、p.32。
  23. ^ 小林信彦『最良の日、最悪の日』文藝春秋社、2000年、p.149。
  24. ^ 冠木新市『君もゴジラを創ってみないか 川北紘一特撮ワールド』徳間オリオン、1994年、p.274。
  25. ^ 四方田犬彦『日本映画史100年』集英社新書、2000年、p.185。
  26. ^ 樋口尚文『『砂の器』と『日本沈没』 70年代日本の超大作映画』筑摩書房、2004年、p.230。
  27. ^ 野村正昭『天と地と創造』角川書店、1990年、p.17。
  28. ^ 『別冊映画秘宝VOL.2 アイドル映画30年史』洋泉社、2003年、p.98。
  29. ^ 香取俊介、箱石桂子『テレビ芸能職人』朝日出版社、2000年、p26.照明技師の遠藤勝己の証言。
  30. ^ 伊藤愛子『視聴率の戦士 テレビクリエイター伝説』ぴあ、2003年、p.163。大多亮プロデューサーの証言。
  31. ^ ただし、介錯の場合は複数作品が互いにクロスオーバー的要素をも持っているので、一概にスターシステムととらえることは難しい。
  32. ^ vs柏 試合後 フィンケ監督(浦和公式HPより)
  33. ^ TBS世界陸上ヘルシンキ大会のサイトの選手紹介ページを参照のこと。

[編集] 関連項目

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最終更新 2009年9月5日 (土) 15:46 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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