スバル
スバルの最新ニュースをまとめて検索!
| 種類 | 富士重工業自動車事業 |
|---|---|
| 本社所在地 | 群馬県太田市 |
| 設立 | 1955年(ブランド) |
| 事業内容 | 自動車の製造・組み立て |
| 外部リンク | http://www.subaru.co.jp/ |
スバル (SUBARU) とは、富士重工業が展開する自動車製造部門およびブランド名である。
メーカーとしての原点を、戦前の航空機メーカー中島飛行機に持ち、創業期に元航空技術者たちが自動車開発に携わってきたという歴史から、航空機に通じる機能性・合理性優先で、既成概念に囚われないユニークなメカニズムを特徴とする自動車を多く送り出してきた。そのスタンスは日本の自動車メーカーの中でも、特に技術至上主義の傾向が強い。中でも、自動車技術者百瀬晋六は有名な存在である。
目次 |
[編集] ブランド名「スバル」の由来
富士重工業の自動車ブランドである「スバル」=「昴」とは、元来、プレアデス星団を意味する。日本では古くから六連星(むつらぼし)とも言われ、奈良時代の古事記や日本書紀[1]、平安時代の『枕草子』[2]にも記述を確認できる古語である。
「スバル」の商標が初めて使用されたのは1955年、富士重工業が自動車市場への参入を狙い開発した乗用車・「スバル・1500」でのことで、富士重工業初代社長・北謙治の命名による。富士重工業が旧・中島飛行機系5社を吸収合併するという形で誕生したことから、この6社を「統(す)べる」=「統合する」との意志が込められている。
また、現在の富士重工業のコーポレートアイデンティティである「六連星マーク」は1958年登場のスバル・360にて、富士重工業の社内募集案(プレアデス星団を型取った形)に、スバル・360の基本デザインを担当した社外工業デザイナーの佐々木達三が手を加えたものを採用したのが起源である。以後何度かのデザイン変更が行われ、途中で実際の星座の配列を無視した形となりながらも、星6つ(大1、小5)の基本モチーフは継承され現在に至っている』[3]。
富士重工業の代名詞として「スバル」の名が広く定着したことから、一時期「スバル株式会社」への社名変更を計画したが、創業50周年の2003年7月15日をもって、従来の社名のカタカナ書きの頭文字に由来する「フ」マークの社章を自動車ブランド・スバルと同じ「六連星」に変更するにとどまった。
プレアデス星団の語源となったプレイアデスは、ギリシャ神話の神である巨人アトラースと精女プレーイオネーとの間に生まれた7姉妹といわれ、長女から順に「マイア、エーレクトラー、ターユゲテー、アルキュオネー、ケライノー、アステロペー、メロペー」と呼ばれている[4]。
このうち「マイア」はスバル・450の対北米用の輸出名、および3代目レオーネのスバル発売30周年記念特別仕様車として、「アステロペー」は1987年にスウェーデンのボルボ社と共同開発した観光バスのボルボ・アステローペとして、「エーレクトラー」は1994年からSTIが発売を始めたアルミホイールの商品名と、2000年に発売されたインプレッサS201STIバージョンのパイロットモデル名として、「ケライノー」は1977年、「ケレーノ」として北米向けに発売したスノーモービルの製品名として、「アルキュオネー」は英語読みの「アルシオーネ」で1985年発売のアルシオーネと、1991年発売のアルシオーネSVXに使われている。その他の2名称は現在までのところ富士重工業製品に使用されていない。
一部で谷村新司のヒット曲『昴』について「元々はこの会社のイメージソングであった」とされるが、これは正しくない[5]。富士重工業を意識して製作された歌謡曲は、実際には『我が人生は昴なり』(作詞作曲:石坂まさを、唄:美帆さゆみ)である。作曲家の石坂まさを自身が熱烈なスバルファンであり、「生真面目で人情味あるスバルの姿を唄い上げたもの」と公言している。原作は『我が人生はスバルなり』であったが、発売時には商品イメージを消すためにあえて漢字の「昴」を当てている。
なお、スバルの中国語表記は「斯巴鲁(斯巴鲁)」である。
[編集] 初期の自動車群
その初期の製品は、航空機開発によって培われたデザインポリシーにより、軽量かつ操縦性に優れスペース・ユーティリティをも満たした高度な設計がなされ、市場をリードした。1954年に試作されたスバル・1500では、日本製乗用車として初のフル・モノコック構造を採用している。
1958年発売のスバル・360は、「国民車構想」[6]の内容に近い水準の自動車を、高度な技術で具現化したもので、「大人4人が乗れる初めての軽自動車」後輪駆動リアエンジン・リアドライブ方式として、日本人にとって自動車を身近なものにした。
1966年発売のスバル・1000では、縦置き水平対向エンジンによる前輪駆動レイアウトを採用し、以後、四輪駆動車を含む現行主力モデルに至るまでこれを踏襲している。またこのスバル・1000では、前輪駆動車にとっての重要部品である「等速ジョイント」の完成形の一つと言えるダブル・オフセット・ジョイント(D.O.J)を東洋ベアリング(現・NTN)と共同で開発、同車の成功の要因となり、1970年代から世界的に盛んとなった小型車の前輪駆動化の潮流に先鞭をつけた。
[編集] 水平対向エンジンと四輪駆動
現行の主力モデルでは、水平対向エンジンを車体前方に縦置き搭載して四輪を駆動するSYMMETRICAL AWD(シンメトリカルAWD)構造を特徴としている。水平対向エンジンは、量産型の乗用車用エンジンとしては、2009年現在、富士重工業とポルシェしか採用していない。
水平対向エンジンは、クランクシャフトを軸にピストンを180度開いた位置に配置しているため、直列エンジンやV型エンジンに比べ本質的に重心位置が低い。また、向かい合うピストンがお互いの慣性力を打ち消し合うように、それぞれ外に振り出されるため、本質的に直列エンジン、V型エンジンより回転バランスに優れる。特に水平対向6気筒では二次振動が(理論上)「0」という完全バランスを得られる。
さらに富士重工業の場合、フロントデフもトランスミッションケース内に収納しているため、軽量でコンパクト、なおかつドライブトレインを上から眺めたとき完全な左右対称となっており、自動車の運動性能向上に有利なレイアウトといえる。また、4気筒エンジン同士の比較では、クランク長が直列エンジンの2/3と短くでき、エンジンとミッションの縦置きレイアウトのため重量を前後に分散することが可能で、車両の前後重量バランスに優れる。
パッシブ・セーフティ(受動安全性)の面からも、前面衝突時にエンジンがフロントバルクヘッド下に潜り込むような形になるため、エンジンがキャビンを変形させる確率が低く、フロントのクラッシュ・ストロークを長く取れる利点がある。
[編集] 四輪駆動車の開発
「四輪駆動#歴史」も参照
このレイアウトで発売された初のモデルは、1972年のレオーネエステートバン1400 4WDで、本格的な量産ラインで生産される自動車としては世界初の四輪駆動乗用車[7]となった。
自動車の運動性能にもたらす四輪駆動の効果に世界中の自動車メーカーが注目する端緒となったドイツのアウディ・クワトロの発売は1980年であり、富士重工業は四輪駆動乗用車技術の長さではアウディをも上回る。2008年現在、軽自動車を含む全車種に四輪駆動が展開されているが、特にレガシィ、フォレスターは全モデルが四輪駆動である。
そのため、四輪駆動システムについても、その初期から様々な試みがなされており、世界の自動車メーカーのベンチマークとなっている技術も数多い。
1972年に乗用車ベース四輪駆動車を実用化して以来、これを活かしてアウトドアを嗜む社員の視点から、ツーリングワゴン、レガシィ・アウトバック等、四輪駆動ステーションワゴン、クロスオーバーSUVといった新規マーケットを開拓した[8]。
社団法人自動車技術会の委員会が「後世に語り継ぐべき特徴を持つ故実」として選定した「日本の自動車技術240選」の中で、スバル・レオーネ4WDバンとセダンがそれぞれ選ばれている。
[編集] 四輪駆動技術の発展
1981年、後輪駆動用トランスファーに、世界で初めて流体式の電磁式油圧多板クラッチを実用化したフルタイムAWDオートマチックを発売。この油圧多板クラッチによる前後輪回転差吸収技術は、現在では派生技術である世界の自動車メーカーのAWD技術のスタンダードとなっている。
また、この電磁式油圧多板クラッチを発展させ、前後不等・可変トルク配分とエンジン出力制御、ABSとの統合制御による高度なアクティブ・セイフティ技術である車両制御システムVDC(Vehicle Dynamics Control System、横滑り防止機構)も実用化している。このVDCは、すでに実用化されている自動運転支援システムADA(Active Driving Assist)や防衛関連事業で培った高度なロボット技術との統合制御による、完全自律運転システムへの発展が期待され研究が続けられている。
なお、2008年6月、このADAから前車との車間計測のために備えていたミリ波レーダーを廃して、2台のCCDステレオカメラで車両周辺の状況を解析・判断、車両制御技術としては世界初となる、車速15km/h以下でのプリクラッシュ・ブレーキ制御や障害物検知、さらに全車速追従型クルーズコントロールなどの機能を備えた「eyesight(アイサイト)」システム搭載車を発売。従来の安全技術などと比べ高機能でありながら割安な価格設定で、普及が期待される。
[編集] ラリー車技術への応用
AWDを積極的に自動車の運動性能・操縦性の向上に利用する取り組みでは、1990年からイギリス・プロドライブ社とのWRCへの参戦で、エンジン性能向上技術や、2004年まで、前、後、センターデフのフルアクティブ化をはじめとする、膨大な技術的データ蓄積が得られているものと思われる[9]。
WRC参戦用ベース車両であるインプレッサの市販型では、WRCからの直接のフィードバックはないものの、1994年に登場したDCCD(ドライバーズコントロールセンターデフ)制御に、2002年、4輪の車輪速センサー、横Gセンサー、スロットルセンサーなどから4輪のグリップバランスを把握して、最適な前後駆動トルクを自動的に配分する「DCCD-AUTO」モードを装備。2004年には新たに、ヨーレートセンサーを加え、さらに前後LSDとの協調制御により、操縦感覚の良さと速さを両立している。
WRCでは、1995年、1996年、1997年と日本の自動車メーカーでは唯一、WRCマニュファクチャラーズ・タイトル3連覇を果たしており、1995年、2001年、2003年のドライバーズ・タイトルの獲得とあわせ、WRCトップコンテンダーとして、世界各国に多くのファンを持っている。
WRCでスバル・インプレッサの鮮やかなブルーに黄色の555が映えるカラーリングがなされていた。スポンサーのブリティッシュ・アメリカン・タバコの紙巻きタバコState Express 555のロゴタイプである。
ラリーアメリカでは、Subaru Rally Team USAが活躍中であり、中でもケン・ブロックとトラビス・パストラーナは大人気のラリーストである。
[編集] CVTの量産化
「無段変速機」も参照
現在広く使われているスチールベルト式無段変速機を「ジャスティ」向けに日本で初めて導入、改良して「ECVT」の名で量産した(オランダ・ファンドーネ社と共同開発)。小排気量車向けのみが同社車種及びイタリアFIAT社のプント、パンダに搭載された。CVTの技術はその後日産自動車にライセンスされ、日本メーカー各社が主にコンパクトカーなどに採用しているJATCO社製「ハイパーCVT」のベースとなったといわれている。
スバルのCVT搭載車は近年までは軽自動車のみであったが(現在も軽自動車にCVTを多く採用するメーカーの代表格となっている)、2009年5月20日にレガシィ、レガシィアウトバックにもチェーン式のバリエーター(主変速機機構)を採用した「リニアトロニック(6速マニュアルモード付)」というCVTを新たに設定した。 2009年現在、スバルの軽自動車はサンバーを除く全車に、普通車では先述の通りレガシィ、レガシィアウトバックにCVT車を設定している他、同年9月2日に改良されたエクシーガのNAエンジン搭載車の上級グレードにも設定された。
前出の「日本の自動車技術240選」の変速機・駆動系部門の中で、スバル・ジャスティのECVTが選ばれている。
[編集] その他の技術開発
その企業規模から多くのプラットフォームを持つことができないため、全てのセグメントに応じた車種を提供できない弱点がある。そのため、他メーカーよりも徹底した年次改良を施すことで、既存製品の商品力維持を図っている。
サンバートラックは、軽トラック・バンで唯一となったリアエンジン方式ならではのトラクション性能と、フル・キャブオーバー型の堅持による最小回転半径の小ささなどで、農家や運送業者など、軽貨物車ユーザーの一部に根強い支持層を持つ。JA向けの特装車両や、軽運送の赤帽用に標準車の耐久性・使い勝手を考慮した特装車両が存在する。軽トラックの四輪駆動は現在では当たり前の装備となっているが、その中で初めて四輪駆動を採用したのもサンバーである(1980年、パートタイム式)。きっかけは愛媛県のみかん農家からの登坂力確保の要望であった。
また、軽自動車においては1980年代から機械式スーパーチャージャーを積極的に採用。ターボラグがなく、低回転時のトルクを特に強力に補うスーパーチャージャーの特性は、スバル軽四輪に採用例が多かったEN05/07直列4気筒エンジンとのマッチングが良好で、他社の車両が次々にスーパーチャージャーの純正採用を断念する中でレックス・ヴィヴィオ・プレオ・R2等の歴代の軽セダンに搭載され続け、現在ではスバル軽四輪の一つの特徴として認識されている。軽トラック・ワゴンのサンバーにもスーパーチャージャーは採用され、現在では軽トラック唯一の過給器搭載車両となっている。
[編集] 環境対応車の開発
電気自動車(EV)の開発については、1960年代後半に国産メーカー各社の開発競争があり、1971年第18回東京モーターショーに、スバル・ff-1 1300Gバンをベースにソニー製燃料電池を採用した「スバル・エレクトロワゴンX-1」を参考出品している。その後、あまり目立った動きはなかったが、突如2002年5月、NECと富士重工業との共同出資による合弁で 「NECラミリオンエナジー」 を設立し、自動車用マンガン系リチウムイオン組電池の開発開始を発表した。
2005年6月、東京電力と共同開発による軽自動車「R1」をベースにしたEV、「R1e」を公開、すでに2007年春から納入を開始した。2009年6月4日には、電気自動車「スバル・プラグイン ステラ」を発表、同年7月より納入を開始するとしている。資本提携関係にあるトヨタからのハイブリッド技術供与もすでに発表されており、今後の推移が注目される。
また、2005年に開発を発表した「水平対向ディーゼルエンジン」が2007年3月、スイス・ジュネーヴ・モーターショーで公開され、2008年3月、ドイツを皮切りにEU各国に向け発売が開始された。世界初の水平対向4気筒・ディーゼル・ターボエンジンは「EE20」型 と名付けられ、DOHC・16バルブヘッドのほか、1,800気圧の噴射圧を持つデンソー製コモンレール・インジェクター、IHI製可変ノズルターボを装備。1,998ccの排気量から最高出力:150ps/3,600rpm、最大トルク:35.7kg-m/1,800rpmを発生。CO2排出量は148g/kmで、EUの排気ガス規制である「ユーロ4」に対応している。アメリカ、日本市場への2010年までの導入を目指し開発が進められている。
[編集] スバル車販売店
正規ディーラーの「スバル店」(全国46社・うち富士重工業出資34社。○○スバル自動車(旧来から用いられ、直営、独立系いずれにも使われる)または○○スバル(1990年代後半からの販社再編による合併時に用いられ始めている。主に直営販社、一部独立系も)のほかに、サブディーラー(個人経営店舗)の「スバルショップ」(旧称・スバルスコープ店)があり、また一部のJAでも取り扱っている例もある。
都市部の一部ディーラーではボルボやサーブ、ポルシェの輸入車も取り扱っていたこともあったが、サーブは2005年に、ボルボは2006年に販売から撤退した。また、いすゞ自動車の一部ディーラーでも、スバル車を取り扱っている所もある。
また、前述の直営販社を地域別に統括会社を設置し、その他の販社をその傘下にする形で販社統合が実施され、[10]直接出資34社のうち、地域別に6の統括会社と4の単独販社(北海道・東京・神奈川・千葉)については現状を維持し、それ以外の会社を統括会社の子会社化し、事業会社として、間接部門を統合し経営のスリム化を図り、かつ販売・整備網の維持のため、基本的には販社合併は行わず、現状の体制は継続される。2008年10月1日に、近畿地区(奈良を除く)と九州地区(沖縄含む)での統括会社化と、長野県内の直営2社の合併、2009年4月1日に、東北、甲信越・北陸、東海、中国・四国の4地区において、統括会社化が実施され、新経営体制に完全移行した(現在、富士重工業出資10社・統括子会社23社・独立12社、全45社)。
[編集] 生産拠点
- 群馬製作所本工場(群馬県太田市スバル町[11]=旧町名・東本町)
- 主に軽自動車を生産している。
- 群馬製作所矢島工場(群馬県太田市庄屋町)
- 群馬製作所太田北工場(群馬県太田市金山町)…通称・呑竜工場(中島飛行機創業の地)
- 群馬製作所大泉工場(群馬県邑楽郡大泉町いずみ・太田市朝日町)
- 自動車用パワーユニット(エンジン及びトランスミッション)を生産している。
- 今後この近隣地に新工場を立ち上げ、本工場より移管予定であったが、状況の変化により、白紙撤回し、軽自動車撤退で余剰となる群馬製作所本工場等の改良による対応となる予定である[12](トヨタ自動車との共同開発車種等を製造)。
- 自動車用パワーユニット(エンジン及びトランスミッション)を生産している。
- スバル・オブ・インディアナ・オートモーティブ・インク (北米生産拠点。略称:SIA)
- OEM車
- デックスはトヨタグループのダイハツ工業本社(池田)工場で、ディアスワゴンはダイハツ子会社のダイハツ九州大分(中津)工場での生産となる。
[編集] 車種一覧
[編集] 現行車種
| 車種 | 初登場年 | 現行型 | 備考 | ||
|---|---|---|---|---|---|
| 発表 | マイナーチェンジ | ||||
| セダン | |||||
| LEGACY B4 | レガシィB4 | 1998年 | 2009年5月20日(3代目) | - | レガシィセダンは1989年登場 |
| IMPREZA ANESIS | インプレッサアネシス | 2008年 | 2008年10月8日 | - | インプレッサセダンWRXは1992年登場 |
| ワゴン | |||||
| LEGACY TOURING WAGON | レガシィツーリングワゴン | 1989年 | 2009年5月20日(5代目) | - | |
| SUV | |||||
| FORESTER | フォレスター | 1997年 | 2007年12月25日(3代目) | - | |
| LEGACY OUTBACK | レガシィアウトバック | 2003年 | 2009年5月20日(2代目) | - | レガシィグランドワゴンは1995年登場 |
| ミニバン | |||||
| EXIGA | エクシーガ | 2008年 | 2008年6月17日 | - | |
| ハッチバック | |||||
| IMPREZA | インプレッサ | 1992年 | 2007年6月4日(3代目) | - | |
| DEX | デックス | 2008年 | 2008年11月13日 | - | ダイハツ・クーのOEM車 |
| 軽自動車 | |||||
| R1 | R1 | 2004年 | 2004年12月24日 | - | |
| R2 | R2 | 2003年 | 2003年12月8日 | 2005年11月24日 | |
| STELLA | ステラ | 2006年 | 2006年6月14日 | - | |
| PLEO VAN | プレオバン | 1998年 | 1998年10月9日 | 2002年10月8日 | 現在は商用シリーズ(4ナンバー車)のみ。当初は乗用シリーズ(5ナンバー車)も販売していた |
| SAMBAR | サンバー | 1961年 | 1999年1月28日(6代目) | 2009年9月3日 | 現在は商用シリーズ(4ナンバー車)のみ。乗用ワゴン(5ナンバー車)はディアスワゴンに移行 |
| DIAS WAGON | ディアスワゴン | 2009年 | 2009年9月3日 | - | サンバーディアスワゴンから移行。ダイハツ・アトレーのOEM車 |
[編集] 日本未発売車種
[編集] 過去の国内販売車種
- スバル・1500:(P-1)発売には至らなかった幻の車。
- スバル・360
- スバル・1000/スバル・ff-1/スバル・ff-1 1300G
- スバル・R-2
- レオーネ
- レックス
- ドミンゴ
- ジャスティ
- アルシオーネ
- アルシオーネSVX
- ヴィヴィオ
- スバル・ビッグホーン(OEM)
- トラヴィック(OEM)
- プレオワゴン
[編集] 過去の海外専売車種
[編集] 過去の委託生産車種
[編集] 関連項目
- 太田市(群馬県)
- スバルテクニカインターナショナル(STI)
- スバルカスタマイズ工房
- スバル最中
- スバル販売会社一覧(地区主要販社)
- 北海道スバル(直営(単独販社)。北海道地区・他独立2社)
- 宮城スバル自動車(直営・東北地区(統括会社)・他統括グループ5社(青森スバル含む)。独立1社)
- 東京スバル(直営。単独販社)
- 神奈川スバル(直営。単独販社)
- 千葉スバル自動車(直営。単独販社)
- 新潟スバル自動車(直営。甲信越・北陸地区(統括会社)・他統括グループ3社。独立5社(富士スバル除く))
- 富士スバル(独立系。群馬県)
- 名古屋スバル自動車(直営。東海地区(統括会社)・他統括グループ2社。独立2社)
- 大阪スバル(直営。近畿地区(統括会社)・他統括グループ3社。独立1社)
- 広島スバル(直営。中国・四国地区(統括会社)・他統括グループ5社)
- 福岡スバル(直営。九州・沖縄地区(統括会社)・他統括グループ5社)
- コローニ(F1コンストラクター。エンジンを供給していたことがあるが全戦予備予選落ちに終わる)
[編集] 脚注
- ^ いずれも史書。『万葉集』で「須売流玉(すまるのたま)、また、『日本紀竟宴和歌』では「儒波窶玉(すばるのたま)」など、玉飾(たまぐし)を糸でひとくくりとしたものを「すまる・すばる」と呼び、「統一されている」「ひきいられている」という意味から、プレアデス星団が「すばる」と呼ばれるようになったといわれている。
- ^ 清少納言の随筆。「ほしはすばる ひこぼし ゆうづつ よばひほし すこしをかし をだになからましかば まいて」という記述がある。
- ^ ただし、正式社章となる前の「六連星マーク」は乗用車のブランドマークであり、同じ自動車部門でもバス車体には採用されずに終わっている。
- ^ 参考資料:フェロールーム株式会社「スバルの40年1958-1998」
- ^ 『昴』の歌詞は明らかに訣別をテーマにしており、会社のイメージソング向けではない、ただし一部の社員の間で裏社歌と呼ばれていると言う。
- ^ 高性能で廉価な小型大衆車を「国民車」として優遇する計画。当時の通産省内部で1955年に企画され、新聞にスクープされたが、結局正式な施策とはならなかった。内容は技術・コスト両面で無理の多いもので、「(当時の)技術レベルでは机上の空論」として、日本の既存メーカー各社は冷淡な反応を示した。富士重工業も国民車構想を意識したわけではなく、またスバル・360も価格面で国民車構想の条件を満たすことは出来なかった。
- ^ 1902年のスパイカー以後、乗用型の四輪駆動車自体は少なからず存在していたが、いずれも特装車・少量生産車に留まり、四輪駆動はジープに代表されるヘビーデューティな車両向けの技術と見られていた。
- ^ 1972年のレオーネエステートバン1400 4WD発売以来、主要マーケットであるアメリカでは「優れた悪路踏破性を持つ乗用車」というレジャー性を備えた多目的車としての認知がいち早く進んだ一方、日本国内では「ジープより悪路踏破性に劣るAWD」という特殊車的位置付けをなかなか変えることが出来ず、そうした一般認知を転換する努力がジープ・ジャンボリーや悪路におけるメーカー主催の「レオーネ4WD全国試乗キャラバン」などにより続けられていた。また、4WDとアウトドアライフを併せた訴求も、広報誌「カートピア」などを通じ、早くも1970年代中盤から開発担当者自らが、主に「プライベート・アウトドアライフにおける4WDの利便性」を語る形で続けられていた。1970年代を通じ、こうした自動車とレジャーとの関わりを訴求する国産メーカーは当時まだなかった。
- ^ 富士重工業のWRC出場用エンジンは1990年の本格参戦から日本のSTIで開発・組立が行われており、WRCで使用されている技術が直接市販車に投入されることはないが、過酷なモータースポーツの現場におけるエンジン制御技術は一般市販車にも間接的に応用されている。また、市販車のAWD制御技術、およびアクティブセイフティ技術の開発には、WRCにおけるデータ、および技術が間接的に投入されているとされる。さらに、2006年以来のWRCにおける成績不振から、2007年、WRC車両自体の開発もプロドライブから富士重工業・STI主導で行うように組織改編が行われ、市販車とWRC関連技術との結び付きはより強まっている。
- ^ "富士重工業、国内のスバル販売会社を統括会社体制へ完全移行". 富士重工業 ニュースリリース (2009-1-30). 2009-2-1 閲覧。
- ^ 現在日本に三つあるカタカナ表記の市町村のうちの1つである。なおスバル町は太田工場をほぼすっぽり覆ってしまうため郵便などについては全く問題が無い。
- ^ "富士重、新工場見送り". 読売新聞 (2009-1-17). 2009-1-23 閲覧。
[編集] 外部リンク
- スバル
- チャンネルスバル
- スバルモバイルコンテンツ
- スバル・モータースポーツ
- スバル用品株式会社
- Subaru of America
- Subaru Rally Team USA
- Travis Pastrana - Official Site
- Ken Block's Official site
- 日本の自動車技術240選 - スバル・レオーネ4WDバン・セダン、ECVT(ジャスティ)








