スーパーモタード

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スリックタイヤでダート走行をするモタードマシン
ターマックセクションでのドリフト走行

スーパーモタード(Supermotard) は、オートバイのレースのひとつである。「スーパーモト(Supermoto)」や、単純に「モタード」とも呼ばれる。近年では、このレースに基づいた様式の車両そのものや、その車体種別(形態、ジャンル)を指す場合もある。

目次

[編集] 歴史

1970年代アメリカで、「ロードレーサーモトクロスレーサーダートトラックレーサーでは誰が速いのか?」といった議論が起こり、「誰がライダーとして一番速いのかを白黒付けよう!」という主旨から始まったレースで、当初は「スーパーバイカーズ」と呼ばれた。

これはアメリカのテレビ番組によるエキシビジョンレース[1]がはじまりといわれており、ダートトラックレーサーや、モトクロッサーをダートトラック用タイヤが履けるようにホイールを換装した車両を使い、舗装路(ターマック)と未舗装路(ダート)が混じった特設コースで行なわれた。この番組ではケニー・ロバーツやフレディ・スペンサーエディ・ローソンジェフ・ワードジェイ・スプリングスティーンといった、当時のオートバイレースの各界から著名なレーサーが参戦して大いに話題となった。なお、この初期のスーパーバイカーズは元となったテレビ番組以外でも、『白バイ野郎ジョン&パンチ』の中で登場しており、こちらも当時の日本で放送されている。[2]

アメリカでのスーパーバイカーズはテレビ番組主導であった為に、視聴率低迷による企画打ち切りなどもあって、何度か行なわれた後に衰退する。しかしレース形式そのものは、オフロードレースが盛んなヨーロッパ(特にフランス)に伝播して「スーパーモタード」と呼ばれて継続されていく。

フランスでのスーパーモタードで忘れる事の出来ないのが、シャルルドゴール空港近くキャロルサーキットで行われていた「Guidon D'or」である。直訳で「黄金のハンドル」というこのイベントでは先に上げられたケニー・ロバーツやフレディ・スペンサー、エディ・ローソン、ジェフ・ワードの他にもランディ・マモラワイン・ガードナーウェイン・レイニーといったロードレースの天才達と、AMAモトクロスモトクロス世界選手権チャンピオンのジャン・ミシェル・バイルパリダカで6回(四輪も含めると9回)総合優勝したステファン・ペテランセル等々、モトクロスやエンデューロからも錚々たるライダーが結集し正に「誰がライダーとして一番速いのか」が競われた。また後にDR-Z400SMのPVを務めハスクバーナ初のファクトリーライダーとなったステファン・シャンボンがモトクロスで培ったテクニックを元としたスライド走行を披露し後のスーパーモタードに大きな影響を与える。そしてステファン・シャンボンと弟ボリス・シャンボン(兄の影響でバイクに乗り始めた為に初めからモタードで育った)のシャンボン兄弟は芸術的なマシンコントロールで当時世界的には知名度が低かったスーパーモタードを日本を含め世界中に広める事に貢献した。

ヨーロッパでは基となる車両がほぼモトクロッサー(一部ではRGB500等も使われたが当時CR500やKX500等2ストビックシングルが多く、純正で100kg前後の車体に60馬力以上という過激なマシンを扱いこなすには類稀なるライディングスキルが要求されたためにGuidon D'orでの走りからスカウトされたライダーも多くいた。)だけとなり、タイヤも前後19インチのダートトラック用タイヤではなく、前後17インチ程度の小径ホイールにオンロード用タイヤあるいはモタード専用タイヤを履かせたものが主流となり、以降これがスーパーモタードの標準となる。こうしてヨーロッパで熟成されたスーパーモタードは当地で人気が急上昇しフランス選手権からヨーロッパ選手権と拡大し、日本や生まれ故郷のアメリカに逆輸入され、2002年からは世界選手権が開催されアメリカではXゲームにも進出した。

[編集] 日本での歴史

日本でも前述のアメリカでの番組などが、テレビや雑誌などで紹介された経緯から、1980年代頃には前後ホイールや足回りをスーパーバイカーズ風に改造した車両が極少数ながら存在しており、それらによるレースも企画され小規模ながら行なわれていた。ただし当時の日本ではダート部分を含んだコースを準備するのが難しく、舗装路(ターマック)に特化したコースでの開催が主となったこともあって「ターミネーター」と呼ばれたりもしていた。この為に使用される車両も、モトクロッサー等を基にしながらもオンロード用車種のサスペンションを組み込んだりとターマックに特化したコースにあわせたものとなり、アメリカやヨーロッパとは少し違った趣きを呈していた。

日本で最初の本格的なスーパーモタードのレースイベントといえるものは、1993年8月鈴鹿サーキットで行われた『鈴鹿スーパーバイカーズ』である。このレースは、鈴鹿サーキット南コースとダートコースを組み合わせた特設サーキットで行なわれた。トップライダーをはじめ様々なカテゴリーのライダーが参戦し、レースではモトクロスライダーの東福寺保雄が優勝した。エントリーしたバイクはモトクロッサーだけでなく、市販のレーサーレプリカやダートトラック用のマシンなど、ノウハウがなかったが故に雑多でバラエティに富んだものであった。また、バイクレースのオフシーズンである冬から春にかけてのレースでは、トレーニングを兼ねてロードレースからは阿部典史や塚本昭一や宗和孝宏、モトクロスからは芹沢太麻樹や宮内隆之といったトップライダーがエントリーし、また当時既に第一線からは退いていた平忠彦や東福寺など、かつて全日本選手権で活躍したトップライダーもエントリーしていた。鈴鹿スーパーバイカーズは1994年からシリーズ化され、現在もダート区間こそなくなったものの、南コースで行なわれている鈴鹿ワンデーヒーローズのカテゴリーのひとつとして開催されている。その後、鈴鹿での成功を受けて富士スピードウェイ筑波サーキットでも同様のレースが開催された。

その他にも、2001年12月にオーバーオールというスーパーモタードの定義に当てはまるレースが静岡県森町デイトナスライドパークで行なわれた。更に2003年4月には日本のスーパーモタード選手権の名称「MOTO1」が森町デイトナスライドパークで最初に行なわれ、各地でMOTO1が行なわれる様になった。2005年からMFJ(日本モーターサイクルスポーツ協会)公認レースとして全日本選手権である「MOTO1オールスターズ」までが開催されている。

こうして日本国内でのレースが充実するにつれ、近年ではアメリカやフランスなどの海外へ進出する日本人ライダーが増えている。

また日本独自の点としてモタード車両が発売されるようになると純粋なモタードレース以外の競技であるジムカーナにモタード車両が使われるようになった事があげられる。元々様々なタイプのバイクが同じ条件で競い合う2輪ジムカーナはスーパーモタードの異種格闘技戦と近しいものがある。 しかしジムカーナにおいてのオフロード車並びにオフロードベース車は昔からその有用性が囁かれ、僅かながら存在したもののターマックではタイヤ性能的に不利だった為に自前でモタード仕様にカスタムする者もいたが少数派であった。 ところが各社からDトラッカーやXRモタード(400・250・100・50)DR-Z400SMなどが発売されるとジムカーナにおけるモタード車の割合は激増して好成績を収め、この出来事はメディアでも紹介された。

[編集] 競技概要

コースは、舗装されたアスファルト路面(ターマック)8割と未舗装路面(ダート)2割を基準に織り交ぜたコース(一部では、オンロードコースだけの所やダートの比率を上げたところもある)を使用する。

バイクはモトクロッサーをベースにして、14から19インチのホイール[3]にオンロード用タイヤ[4]を装着し、前後のサスペンションやフロントブレーキなどをロードバイク並に強化したオートバイを使用する。ライダーの装備はモトクロス用ヘルメットゴーグルとブーツに、オンロード用のレーシングスーツ[5]を着用するのが一般的である。このようにオンロードとオフロードの特徴を併せ持つ、言わばバイクの異種格闘技戦的なレースである。

レースではターマックセクションのハイスピードなコーナリングや、ダートセクションの激しいスライド走行やジャンプが見られ、オンロードとオフロードの魅力が一つになっている点も近年の人気の一因と言える。

競技車両は当初は市販のモトクロッサーを改造して行われていたが、近年ではその人気によりついにはメーカー自身がモタード仕様、モタード専用設計の車両を販売するに至っている。代表的な市販車は欧州車が中心であったが、国内メーカーも自社のモトクロッサー製品をモタード仕様にして販売している。

[編集] 海外参戦した代表的な日本人ライダー

  • 佐合潔(2006~ AMA アメリカ)
  • 増田智義(2006 AMA アメリカ)
  • 松本康(2007 AMA アメリカ)
  • 佐野新世(2004~ FFM フランス)
  • 芹沢太麻樹(1995 Guidon d'or フランス)
  • 富田真司(2008 FIM イタリア)

[編集] 公道用市販車としてのスーパーモタード

スーパーモタードがレースの一ジャンルとして確立されて人気が出てくると、公道用車両として同様のものを望むユーザーが現われはじめた。

当初は競技用スーパーモタードと同様にモトクロッサー等を基にスーパーモタード用に改造したものに保安部品を追加して公道用としたものや、公道用オフロード系車種であるデュアルパーパスに、モタード用タイヤやオンロード用タイヤが履けるようにホイールを換装する等、個人や店舗レベルで改造を施したものが多かった。しかしレースとしてのスーパーモタードが認知されて人気が出てくると、改造車ではなく車両メーカー製の公道用スーパーモタードを望むユーザーが現われはじめた。この新しい需要にいち早く対応したのは、KTMハスクバーナといった、欧州に多いオフロード系車種をほぼ専門に製造販売するメーカーである。こうしたメーカーにとって公道用スーパーモタードは、オンロード主体のユーザーという、それまでとは違う顧客層へ自らをアピールできるという利点もあった。またモタード系車種は、既存のオフロード系車種を基に、比較的少ないコストで開発、および製造販売できるのもメーカーにとっての魅力であった。こうした理由もあり、近年ではそれまで純粋なオフロード系車種のみだったメーカーの多くが公道走行可能なスーパーモタードを製造販売するようになった。また逆に、スーパーモタードの人気上昇をみて、それまでは純粋なオフロード系車種を製造販売していなかったメーカーが公道用スーパーモタードを開発するなど、様々な車両メーカーがこの分野へ進出してきている。

公道用市販車としてのスーパーモタードは、元がオフロード系車種であることがほとんどなので、エンジンは単気筒が多く、稀に2気筒エンジン搭載の車種もある。同様の理由から、舗装路も走れる車種としては細身で軽量の車体を持つ。オンロード指向が強い為にオンロード系の車種であると分類されることもあるが、少ないながらもオフロード走行性能が残っている為に「オンロード(舗装路)寄りの特性を持つデュアルパーパス」に分類されるのが一般的である。

公道用スーパーモタードは、細身で軽量な車体と、低回転域から力強い出力特性のエンジンの組み合わせによる高機動性や高加速力などから、徐々に人気を博すようになってきている。特に欧州の一部の国では、スーパーモタードがオフロード系車種が基であることからデュアルパーパスの一部として認識され、スーパースポーツなどの高性能オンロード系車種よりも損害賠償保険の料金設定が安くなるという事情も手伝って、安価に高性能な車種に乗れることも人気の理由の一つとなっている。また日本でもこのジャンルの人気は高まってきており、小回りの効く車体と低速から力強いエンジンにより、都市部の密集路や山岳地の狭路などで威力を発揮している。

[編集] 代表的な車種

[編集] 海外

[編集] 国内

[編集] 脚注

  1. ^ ABCによる『Wide World of Sports』内で行なわれたもので、日本では『TOSHIBAスポーツBOX』等でその様子が紹介された。
  2. ^ 『白バイ野郎ジョン&パンチ』ではカワサキのKX500を基に改造された車両を使い、実際の走行は前述の番組でも走行していたデビッド・エムデ(Devid Emde)が行なっていた。
  3. ^ タイヤの銘柄が豊富な17インチを使用する事が多い。
  4. ^ 中にはモタード競技専用タイヤもある。
  5. ^ いわゆる皮ツナギのこと。厳密にはロードレース用の物よりも上半身、特に腕を動かしやすくするなど競技にあわせた専用品である。オフロード出身のライダーはタイトなレーシングスーツを嫌いルーズ気味の物を好む傾向にある。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年9月4日 (金) 11:37 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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