ソフトテニス
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| ソフトテニス | |
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2007に韓国で開催された第13回世界選手権
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| 統括団体 | 国際ソフトテニス連盟 |
| 通称 | ソフトテニス |
| 起源 | 19世紀 |
| 特徴 | |
| 身体接触 | 無 |
| 選手数 | シングルス ダブルス 団体戦 |
| 男女 | 有 |
| カテゴリ | 球技 ラケットスポーツ |
| オリンピック | 1994年よりアジア競技大会(アジア五輪)正式種目- |
ソフトテニス(Soft Tennis)は、ゴム製のボールをネット越しにラケットで打ち合う球技で、かつては軟式庭球、軟式テニスと呼ばれていたが、1992年の全面的なルール改定の際に現在の名前に改称された。
目次 |
[編集] 特徴
- ソフトテニスはすぐれたアスリート同士が技と力を競いあう高い競技性をもつ一方で、ラケットの重量が硬式テニスよりも軽いこと、ボールが軽く反発力が低いことからひじなどへの身体的負担が硬式テニスに比べて少ない。そのために子供から高齢者まで幅広い世代で愛好される生涯スポーツとしての側面を持っている。
[編集] 発生と歴史
- ローンテニスがイギリスで発生したのは1874年のことであるが、これは明治10年のことになる。日本への伝播は早くて明治11年といわれるが、諸説あり、未だつまびらかではないといえるだろう。表孟宏編による『テニスの源流を求めて』には数々の説が紹介されているが、どれが事実なのかは特定できていない。なかでは明治政府の招きで来日したリーランド博士がアメリカから用具をとりいれて、赴任校である体操伝習所(1879年創設)で教えたという説、が一般に広く知られている。がこれとてそれを決定づける確たる証拠はないとされる(前書参照)。ただおそくとも体操伝習所が廃校になる1886年頃にはゴムボールをつかったテニスが普及しつつあった。これはローンテニスのボールの国産が難しく、また輸入品も高価であったために、比較的安価であったゴムボールを代用した、と伝えられる。ゴムボールも当初は輸入品であったが、1900年に国産化に成功している。
- 1885年に坪井玄道・田中盛業編集による『戸外遊戯法』という本が出版されているが、これが日本語によるテニスのルールの最初のものとされる。[1]
- 体操伝習所は廃校になったが、高等師範学校に体育専科がおかれ、『戸外遊戯法』の編者である坪井玄道が教師に赴任、テニスの指導をおこなう一方で、三田土ゴム(のちのアカエム)に委属してゴムボールを製造させ、普及に尽力をすることになる。
- 三田土ゴムは1890年(明治23年)に製造を開始。国産球を完成したのが1900年。1908年には特許を取得している。
- 東京高等師範体育専科の卒業生は1887年頃から全国に教員として赴任していくが、ボールの国産化はそれと同時に進行していき、ゴムボールをつかったテニスは全国に普及していくことになる。
[編集] 世界に広がるソフトテニス(国際普及)
- ソフトテニスといえば日本とアジアの一部というのが一般的見解だが、実際にはアジアだけでなく、全世界でプレーされている[2]。近年は特に欧州に積極的な普及活動がおこなわれている。
- 1955年に日本・韓国・台湾の三カ国によって「アジア軟式庭球連盟」が設立。同連盟により1956〜1973年に3カ国対抗によるアジア選手権を開催。
- 1972年にはアメリカ合衆国に普及活動開始。1975年に国際軟式庭球連盟が創立される(創立時の加盟国 日本.韓国、中華民国(台湾)、アメリカ、ベネズエラ、ブラジル、香港)。同年、第一回世界選手権がアメリカ合衆国ハワイ州にて開催された。
- 1970年代後半には欧州およびアフリカ大陸(ザイール等)への普及活動がスタート。
- 欧州への普及活動[3]は21世紀に入って成果を見せ始めた。欧州連盟も設立され、東欧を中心にトーナメントも多数開催されている。
- 現在、4年毎に開催される世界選手権は2007年で13回を数え、同年9月に韓国・安城で開催された第13回世界選手権には42カ国に及ぶの国と地域からの参加があった。
- むろん韓国・台湾以外のアジア諸国への普及も加速度的に進んでおり、1988年には新生アジア選手権が名古屋で開催されている。[4]
- 1994年よりアジア地区のオリンピックといえるアジア競技大会(ASIAN GAMES)の正式種目[5]。
[編集] 四大国際大会
「世界ソフトテニス選手権」・「アジア競技大会」・「東アジア競技大会」「アジアソフトテニス選手権」現在、開催されているソフトテニス国際大会の中でも特に規模の大きいこれら4つの国際大会は、「四大国際大会」と呼ばれ(単に「国際大会」と呼ばれることも多い)、ソフトテニス界の頂点を決める大会としてだけでなく、ソフトテニスの新たな可能性・競技性を垣間見ることができる場として、最重要視されている。
なおアジア競技大会と東アジア競技大会は総合競技大会である。なかでもアジア競技大会は、マスコミの注目度などを考慮すると競技としての絶好のアピールの機会となることから「ソフトテニスにとって最も重要な大会である」という主張もある。
[編集] 現況と問題点
現在、日本においては約60万人の競技人口(登録者)と 推定700万人の愛好者がいるといわれる[6]。700万人という愛好者の数は決して少ない数ではないが、一般的には「マイナースポーツ」というイメージにとどまっている。有力メディアに取り上げられることもあまりない[7]。さまざまな原因が考えられるが、その中でもオリンピック種目ではないこと、国内にプロ選手が存在しないこと、学校体育(中学、高校)が中心であると認識されていること、1980年代から急速に大衆化したローンテニス(硬式テニス)の影響等、が大きな理由だといわれる。
[編集] ルール
1対1のシングルスと2対2のダブルスがある。[8]
- 試合に先立ってトスを行い、選択権を得たプレイヤーはサーブ・レシーブ、又はコートサイドを選び、もう一方のプレイヤーは残った方を選ぶ。
- サーバーはコートより外側、(ベースライン中央にある)センターマークとサイドラインの仮想延長線の間から、ネットより向こう側、相手コートの対角線上のサービスエリアでバウンドするようにボールを打つ(ダブルスの場合、2ポイント毎にペア内でサーバーを交代する)。レシーバーはサーブされたボールが2回バウンドする前に相手コートに打ち返し、お互いにラリーを続ける。次のようなときに失点となる。
- サーブを二回連続でフォルト(ミス)したとき(ダブルフォルト)
- サーブされたボールがバウンドする前にレシーバーが触れたとき(レシーバーの失点)
- 相手の打ったボールが自分のコートで連続2回バウンドしたとき
- 自分の打ったボールの1回目のバウンドが、相手のコート外だったとき
- ラケット以外の部位がボールに触れたとき
- 打ったボールが審判に命中したとき
- 相手コート内でボールに触れたとき(ネットオーバー)
- ラケットが手から離れてボールに当たったとき
- ボールがネットにかかったとき(ネットの裂目や隙間をすり抜けた場合を除き、ネットに触れた後に相手コートにバウンドするのは認められる。)
- プレー中に体かラケットがネット(または審判台など)に触れたとき(ネットタッチ)(プレーヤーが身に着けていたものが地面に落ちる前に触れた場合も含む)
- 得点は、ゼロ、ワン、ツー・・・と数える。先に4点を取った方が1ゲームを取得する。ただし、ポイントが3-3になるとデュースとなり、その場合にゲームを得るには、相手に2点差をつける必要がある。デュースの後の数え方は、サーブ側がポイントを取るとアドバンテージ・サーバー、レシーブ側がポイントを取るとアドバンテージ・レシーバーとなる。カウントコールはサーバー側が先となる。2-2等両者の得点が同じ場合は、3-3以前までは「○○オール」と言う数え方をする。3-3以降は前記の通り。但し2回目のデュースでは「デュース アゲイン」と言うコールをする。
- 総ゲーム数の過半数ゲーム(5ゲームマッチなら3ゲーム、7ゲームマッチなら4ゲーム、9ゲームマッチなら5ゲーム)先取すると勝ちとなる。ゲームカウントが2-2(5ゲームマッチの第5ゲーム)3-3(7ゲームマッチの第7ゲーム)あるいは4-4(9ゲームマッチの第9ゲーム)になったときは、7ポイント先取のファイナルゲームを行う。ポイントが6-6の場合はデュースとなり、相手に2点差をつけると、そのマッチの勝者となる。偶数ポイント目の決着後にコートサイドやサーブ(サーバーペア)を交代する。(最初の2ポイントでサイドとサーブを交代し、以降4ポイント毎にサイド、2ポイント毎にサーブを交代)
シングルスは1993年より正式に導入された。このとき採用されたルールは現在のそれとはおおきく異なり、コートの左右半面を使用するというもの。発足当初から疑問の声があがっていたが、2003年の世界選手権よりルールが改定。硬式テニスのシングルスと同サイズのコートで競技されることになった。ネットの高さなどはダブルスと同様である。
ダブルスのルールは1993年に大きな変更が見られた。1993年のルール改定では、主に「ポジションの制約」というルールが加えられた。サーバーとレシーバー以外のプレーヤーはインプレー前にコートに入ってはいけない、とするもの。加えて、2ポイント毎にペア同士でサーバーを交代することとなった。またファイナルゲームでのタイブレークシステムが 採用。当然サービスサイドの交代もとりいれられ、永年の不公平がようやく解消された。 2004年にはマイナーチェンジがあり、サービス時のポジションの制約がなくなった。
[編集] 用具
[編集] ラケット
棒状のグリップの先が輪になっており、そこ(フレーム)にストリング(俗に『ガット』ともいわれるが、厳密には『ガット』はナチュラルストリングスを指す。ソフトテニスにおいてナチュラルストリングスといえば鯨筋を指すが、現在はあまり用いられない)が張られている。長さ約70センチ前後、重さは200~320グラム程度。[10]
[編集] ボール
空気の入ったゴム製のボールを使用する。色は原則として白色又は黄色で、直径は6.6センチメートル、重さは30グラム~31グラム。コート内において、ボールの下端が1.5メートルの高さから落として、70~80センチメートルバウンドするもの。[11]
[編集] コート
コートのサーフェス(表面)は、屋外コートではクレー(土、含アンツーカー)、砂入り人工芝[12]、ハード(全天候型ケミカル)等。屋内コートでは、木板、砂入り人工芝、硬質ラバー、ケミカル等がある。
ソフトテニスコートの規格について、日本ソフトテニス連盟は次のように定めている。
- 縦23.77メートル、横10.97メートルの長方形とし、区画するラインの外側を境界とし、中央をネットポストで支えられたネットで二分する。(競技規則第5条)
- コートのラインは原則として白色で、幅は5センチメートル以上、6センチメートル以内。ただしベースラインの幅は5センチメートル以上、10センチメートル以内。(競技規則第7条)
- ネットポストの高さは1.07メートル(競技規則第10条)。ネットの高さは1.07メートル。これを張ったときの高さはサイドライン上から1.07メートルで、水平に張る。(競技規則第12条)
[編集] 注釈
- ^ 『戸外遊戯法』は1883年にイギリスで出版された「アウトドアゲームス』(FWストレンジ)の翻訳といわれている。
- ^ 2005年世界選手権(広島)には全大陸よりエントリーがあった。
- ^ ドイツ、イタリア、フランス、チェコ、ハンガリー、オーストリア、ポーランド等
- ^ この大会は1955年に始まった大会とは別のものである。旧アジア選手権は現在の世界選手権の前身といえる
- ^ 1990年北京大会には公開種目として参加
- ^ 日本ソフトテニス連盟 公刊物(「ソフトテニスコーチ教本』他)による
- ^ 最近(2007年以降)になってようやく、バラエティ番組等に取り上げられる機会がふえてきた。
- ^ 歴史的にダブルス中心で発展し、現在もダブルスが主流だが、1992年のアジアソフトテニス選手権においてシングルス(個人戦)が採用、1993年の東アジア競技大会では団体戦においてシングルスを導入し3ダブルス2シングルスの形式で競技され、以後、団体戦にシングルスを組み込むことが慣例となった(2003年世界選手権より2ダブルス1シングルス)。1994年には全日本シングルス選手権が創設、以後、急速に普及が進んでいる。
- ^ 日本ソフトテニス連盟公認用具 日本国内で日本ソフトテニス連盟主催の大会(あるいはそれに準ずる大会)に出場するには基本的に連盟が公認した用具を使用しなければならない。(公認用具はラケット、ボール、ウエア(ユニフォーム)、ストリングス、シューズ)
- ^ 日本ソフトテニス連盟の規定では、フレームに使われる材質や重量、または寸法・形状などに関する規定は無いが、両面のプレー特性が同一になるように設計されたもの、打球面は平面のもの、と定められている(競技規則第14条)
- ^ 日本における公式戦では日本ソフトテニス連盟公認球が使用される。2009年現在、公認球は二種(二社、以前は数種(数社)あった)のみ。マッチにおけるボールの選択にはトスによる任意選択制、主催者の指定の二通りがある。
- ^ 砂入り人工芝の通称として用いられる「オムニコート」は、SRIハイブリッド社の登録商標である。
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月24日 (火) 00:36 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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