トヨタ・セリカ
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セリカ (Celica) は、トヨタ自動車が1970年から2006年まで製造・販売していたハードトップおよびクーペ型の乗用車。歴代モデルには斬新なデザインが採用され、北米や欧州にも輸出された。日本国内の取り扱い販売店はトヨタカローラ店。
目次 |
[編集] 歴史
[編集] 初代 A20/30型(1970年-1977年)
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- 同時に誕生したカリーナと車台を共用。
- 好みのエンジン、変速機、内装を自由に選べる“フルチョイス”と呼ばれるシステムを採用。ただし、ヤマハ製の2T-G型DOHCエンジンを積んだ最上級モデルの1600GTは“フルチョイス”の対象外。
- 1972年8月のマイナーチェンジではリアコンビランプの方向指示器を独立させたうえにアンバーに変更したツーピースタイプとなる。燃料タンクの位置がトランク床下から後席背後に変更となり、給油口の位置もリアガーニッシュパネル裏(左右尾灯間)からリアピラーに変更された。モータースポーツ用ベース車として 1600GTV (VはVICTORY = 勝利)を追加。
- 1973年4月にはテールゲートを備えた3ドアリフトバック ( LB ) が登場している。(LBの燃料タンク位置は、初期のクーペと同じトランク床下であるため給油口はリアガーニッシュパネル裏にある)。従来からのクーペには2000cc (18R型) エンジン搭載車を追加。LBでは1600cc / 1600cc DOHC / 2000cc / 2000cc DOHC の計4機種のエンジンが設定された。このセリカ LB のリアコンビランプは初代フォード・マスタングを思わせるデザインで、ファンの間では「バナナテール」と呼ばれている。
- 1974年1月クーペのマイナーチェンジでノーズのデザインがフードの長いそれまでのLBの物に統一される。クーペに2000GT追加。1600GTのホイールキャップが廃止された。
- 1975年には昭和50年排出ガス規制への対策に伴い、シリーズ全体のマイナーチェンジを実施。この時、主として排ガス対策機器を納めるため、ボディサイズは全長 25mm、全幅 10mm、ホイールベース 70mm、フロントトレッド 50mm と、それぞれ拡大され、室内でも従来のイメージを残しつつ、ダッシュボードが大きく変更された。また、LB の一部グレードには、衝撃吸収バンパーが設定されている。
その一方で 1400 や 1600 DOHC モデルは廃止された。 - 1976年には2000ccDOHC搭載モデルが昭和51年度排出ガス規制適合車となる。
- モデル末期の1977年には特別仕様車として、「ブラックセリカ」が登場した。なお、最終型の時点で型式が A30 型に統一されている。
WRC(グループ2)には最高出力を135psまで上げたTA22型で参戦(1972年-1973年)、RACラリー9位。1976年からはRA20型をベースにした車両(エンジンは独シュニッツァーが製作、18R-Gを1968ccにボアアップ、最高出力200ps)に変更、1978年まで活躍。
[編集] 2代目 A40/50型(1977年-1981年)
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- 1977年8月、2代目にフルモデルチェンジ。先代と同じくカリーナと共通。ドアは先代と同じサッシュレスタイプで、センターピラー付のボディ構造となる。
- この代よりトヨタアメリカ ( TMS ) のデザインオフィスである、キャルティデザインリサーチ ( CALTY ) がスタイリングを担当。
- 1978年3月には、リフトバックにサンルーフ付き(日本車初/手動)を加え、翌4月には米国市場における対フェアレディZを主眼にした、上級モデルのスープラ/セリカXX(MA40型)が登場する。
- 1979年、マイナーチェンジ。フロントグリルが変更され、ヘッドライトが角型4灯になる。
- 1980年1月、4ドアセダンのセリカカムリが登場する。こちらはカリーナの姉妹車であった。
- 1980年8月、GT系リフトバックのみリアサスペンションがこれまでの4リンクコイルリジッド式から、XX同様、セミトレーリングアーム式に変更。[1]
WRC(グループ4)には1978年の1000湖ラリーからRA40型(最高出力230ps)が参戦する。1981年にはアイボリーコーストラリーにて最高位の準優勝を飾る。なお、1979年のRACラリーからDOHC4バルブのエンジン使用が許可されたため、ベース車両はRA63型に移行する。
また、1977年のF1日本GPで、オフィシャルカーとして、LBモデルが使用されていた。
[編集] 3代目 A60型(1981年-1985年)
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- 1981年7月にモデルチェンジ。車台はトヨタ・カリーナやトヨタ・コロナと共通。先代より一層スペシャルティカーの要素を強めて登場した。キャッチコピーは「世界、新CELICA」。ソアラが誕生したことにより、こちらはXXシリーズ(GA60/MA60型)も含めて、より若い世代へターゲットをシフトしている。直線的なラインで鋭いウェッジシェイプを描く4気筒系ボディ(ショートノーズ・ショートホイールベース)は先代同様にリフトバック (LB) とクーペの2種類。エンジンは1600ccDOHC (2T-GEU)、1800cc(1S-Uと3T-EU)、2000ccDOHC (18R-GEU) の計4種類となる。登場当初は4気筒系ボディ全車に日本車初となるライズアップ(ポップアップ)式ヘッドランプが採用されていたが1983年のマイナーチェンジでリトラクタブル式ヘッドランプ(通称ブラックマスク)に変更となる。
- 1982年10月にはWRC・グループBホモロゲーション用のGT-TSが200台販売された。これと同時に2000ccDOHCに代わって1800ccツインカムターボ (3T-GTEU) が追加。
- 1982年まではRA63型(最高出力240ps)にて参戦していたWRCは、1983年からは日本初のツインカムターボエンジンである3T-GTEUを拡大した4T-GTEUをさらに2090ccまでボアアップし、怒涛の370psを搾り出すTA64型にてWRCに参戦。1984年から1986年まで、モンスターマシンが顔を揃えるグループB時代のサファリラリーで3連覇を飾った。
- 1983年8月のマイナーチェンジではドアミラーの標準装備。GT系に60扁平タイヤを採用。1600ccDOHCのエンジンが2T-GEUから4A-GEUに変更された。
なお、このモデルは2代目セリカXXとほぼ同時期に発売されたため、セリカXXの人気の影に隠れる形となってしまった。そのため、セリカとしてはマイナーなモデルとなっている。TA61型をベースにしたコンバーチブルが北米市場向けに生産されており、1985年に貿易摩擦解消のため9台限定(RA65L/2400cc/オーバーフェンダー 当時600万円)で日本でも販売されている。
[編集] 4代目 T160型(1985年-1989年)
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- 1985年8月、4代目にモデルチェンジし前輪駆動への大変革となった。FFコロナ/カリーナのフロアパンをベースにしているため、型式も「T」となり、セリカにはコロナクーペとカリーナEDという姉妹車も生まれた。スタイリングは、トヨタでは流面形と呼ぶラインを採用し、その後のトヨタ車やダイハツのクーペ風軽自動車「リーザ」にも影響を与えた。クーペはコロナ・ハードトップと統合されコロナクーペとなり、ボディタイプはリフトバックのみとなった(トヨタでは4代目からリフトバックのことを「クーペ」と呼ぶようになった)。
- 1986年にはトヨタ初のベベルギア式フルタイム4WDである排気量2000ccのGT-FOUR(ST165型)が満を持して登場した。
- 1987年8月のマイナーチェンジでは2000cc・16バルブ (3S-FE) 車が追加。1600ccDOHC (4A-GE) 車は廃止。同時にGT-FOURの4WDシステムがビスカスカップリング式に変更された。
- 1987年10月にはトランクルームを持つ専用ボディーのコンバーチブル(ST162C型)が日本でも正式にラインナップに加わり、3S-FEエンジンを搭載して発売された。コンバーチブルは米国のASC(アメリカン・サンルーフ・コーポレーション=現アメリカン・スペシャリティ・カーズ)によってオープン化改造を行っており、太平洋を往復する生産ラインが後のモデルのコンバーチブルでも継承されることになった。
- 1988年5月には1800cc車もDOHC化 (4S-Fi) されこれでセリカ全車がDOHC化される。
WRCでは、グループBが廃止された後、1987年にトヨタ・チーム・ヨーロッパ (TTE) はスープラ(前期型・7M-GTEUを搭載し最高出力410ps)にて参戦、しかし成績は芳しくなかった。TTEはグループAで勝つために、5000台の販売規定をクリアした1988年から、ST165型をベースとし、X-TRAC製6速ミッションを搭載したGT-FOURを投入した。そして1990年に、カルロス・サインツの手によって、日本車初のドライバーズタイトルを獲得することとなった。
4A-GE型エンジンを搭載した廉価版も用意されていた。
[編集] 5代目 T180型(1989年-1993年)
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- 1989年9月、セリカは5代目にモデルチェンジ。先代のイメージを踏襲しつつニューエアロフォルムと呼ばれる未来感覚にあふれる個性的なスタイリングを纏って登場した。
- プラットフォームは先代ベースとしていながら、サスペンションのリファインが行なわれて剛性が上げられている。
- フルタイム4WDであるGT-Fourのリアデフには日本初のトルセンLSDを装着。
- ラリー競技への参加用車両として、クロスミッションを標準装備したラリーベースグレード「GT-Fourラリー」が設定された。オーディオ・エアコン・パワーウィンドウなどの快適装備はもちろんの事、標準装備品は交換される事を前提としてタイヤサイズも1サイズ細く、純正オプションのアルミホイールも設定無しという徹底ぶりだった。
- 限定車として、油圧制御式アクティブサスペンション装着車が用意された。
- 1990年8月には、先代同様に輸出仕様車のみの設定のクーペボディをASCによって改造されたコンバーチブル(ST183C型)を追加した。エンジンを3S-GEにグレードアップしたほか、デュアルモード4WSの標準装備、本革シートの豪華版TYPE-Gを新たに設定。ダークブルーマイカメタリックのボディーに青い幌のLIMITED300も国内300台限定販売された。GT-FOURには前後ブリスタータイプのオーバーフェンダーによりワイドボディ化されたGT-FOUR A(ST185H型)が登場した。(Aはアドバンスを意味する)
- 1991年8月にはリアコンビランプや細部の意匠変更、ドア内にサイドインパクトビームの追加、後席3点式シートベルトの装備、トランスミッションのシンクロ強化などの変更を含むマイナーチェンジを実施。標準・ワイドの2種類のボディが混在していたGT-FOURは全てワイドボディ化され、実質的にGT-Four Aと差異が無くなった事からGT-Four Aはラインナップから消滅した。またGT-Fourは標準装備のタイヤ・ホイールが15インチ化されている。
- 同年9月、ST18#系最大のニュースとも言える、WRC用のホモロゲーションモデルGT-Four RCが発表された。(RCとはラリー・コンペティションの略)生産台数はグループA規定の5000台、日本国内ではそのうちの1800台が販売された。輸出モデルはカルロス・サインツ・リミテッドエディションと呼ばれる。しかし実戦投入までの開発テスト期間もあり、WRCへ参戦したのは1992年からである。
- 空冷式インタークーラーとツインエントリーセラミックタービンを搭載した標準のGT-Fourに対し、GT-Four RCは冷却性能が車両の姿勢に左右されにくい水冷式インタークーラーと、耐久性を重視し金属製タービンブレードを使用したタービンを搭載、ワイドボディ化によりタイヤ選択の幅が広がり、ブレーキサイズ拡大で制動力を高め、1993年には宿敵ランチア・デルタ・HFインテグラーレを抑え、トヨタには初めてとなるWRCメイクス・ドライバーズのダブルタイトルをもたらした。
[編集] 6代目 T200型(1993年-1999年)
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- 1993年10月に発表された6代目のセリカは、より一層高められたスポーツ性を特徴とした。全モデル3ナンバーサイズとなったシャシーは新しい設計で剛性が向上。重量は逆に20kg程度軽量化(ST205,ST185前期型比)されている。まずはNAモデルが先行発売され、ラインナップはハイメカツインカム3S-FE (140ps) 搭載のSS-Iと、スポーティツインカム3S-GE (MT:180ps/AT:170ps) 搭載のSS-IIの2グレードが発売された。また、SS-IIにはセリカとしては初採用のスーパーストラットサスペンション装着モデルも用意された。スーパーストラットモデルのMT車にはビスカスLSDが搭載され、オプションでスポーツABSも選択可能とし、更なるスポーツドライビングを実現した。1994年2月には、新しいWRCホモロゲーションモデルのGT-FOUR(ST205型)が登場。搭載されるツインカムターボ3S-GTEはレーザークラッドバルブシートや、インジェクター容量の拡大(430cc→540cc)、メタルガスケットの採用、Dジェトロ燃料供給方式や水冷式インタークーラーなどにより255psとなった。駆動方式は先代同様フルタイム4WDだがスーパーストラットサスペンションを装着しブレーキも対向4ポット、対向2ポットのアルミキャリパー4輪ベンチレーテッドディスクとなり制動力も向上した。またWRC仕様車という、国内限定2100台販売の限定車が用意された。このGT-FOURは、TTEのオベ・アンダーソン監督の意見を取り入れて造られていた。
- 1994年の1000湖ラリーから参戦予定だったST205型だが、直前になっても車両の開発状況が思わしくなかった。特にスーパーストラットサスによるハンドリングチューンは難航し、結局オーストラリアでのデビューとなる。しかし、重い車体と決まらないハンドリングにチームとドライバーは悩まされ続け、WRCの勝利は1995年のツールドコルスのみ。これらの状況に加え、1995年に行われたレギュレーション変更によるターボリストリクター規制の厳格化が、1995年カタルニアでのリストリクター違反発覚につながった(違反リストリクターは同年8月より使用されていたものと推測される)。これが基で1995年のポイント剥奪+WRCへの1年間の出場禁止処分がFIAによって下された。
- 1994年9月には日本市場向け量産型としては3代目となるコンバーチブル(ST202C型)を発売。ASCが引き続き手掛けた電動幌開閉装置は先代までの油圧式からオール電動モーターに変更され、3分割のレールが外側に広がりながら重なり合う「アウターフォールド機構」の採用で省スペース化を実現。後部座席幅が260mm広がり、大人男性2人でも窮屈にならない程度に改善された。また、リアウインドウに初めてガラス(電熱線入り)を採用。幌を閉じた状態はクーペタイプに見劣りしないスマートなシルエットとなった。ST202CはST183Cなどと同様に北米仕様のセリカクーペをベースとしているため、ST200型セリカクーペのフロントマスクを日本独自のデザインにして販売していたカレンとは、トランクパネルやテールランプなどリア周辺の部品が共通している。そのため、カレンには設定されていないGT-FOURをベースにしたカレンの顔面スワップ仕様も存在する。頭文字D Third Stageや、萌えろDownhill Night -峠最速伝説-といった作品に登場するセリカはこの輸出専用セリカクーペ(日本国内におけるカレンの顔面スワップ仕様)である。
- 1997年12月にはエンジン改良等のマイナーチェンジが行われ、特にSS-Ⅱ、SS-Ⅲに搭載される3S-GEエンジンはマイナーチェンジの枠を大きく超える改良が施された。3S-GEのエンジン本体の変更点は、まずVVT-i採用のBEAMSとなったことが挙げられる。VVT-i採用に伴って、オイルポンプの吐出量の増量化、オイル通路の新設、プーリーの追加、タイミングベルトカバーの形状変更、タイミングベルトの歯数・材質の最適化、ECUの変更などが余儀なくされた。その他、エンジン関係の変更点としては、シリンダーヘッドガスケットのメタル化や、シリンダーヘッドの形状変更、バルブ挟み角の変更、ピストンの軽量化、インジェクター噴射口数の増加、ダイレクトイグニッションの採用など、枚挙に遑がない。エンジンのみならず、同時に補機類にも数々の改良が加えられている。補機類の変更点としては、熱線式エアフロメーターの採用、サージタンク容量の拡大、フライホイールの軽量化、スロットルボア径の拡大、インテークポートにポートファンネル形状の採用、ステンレス製エキマニの採用、エキマニの等長化、触媒の小型化、新ダイアグノーシスの採用(国際規格化)、熱害警告装置の廃止(全グレード)などがある。以上のようなフルモデルチェンジに迫る改良の結果、最高出力と燃費を大幅に向上させている(200ps)。同時にエクステリアも変更を受け、マルチリフレクター(ハイビーム)プロジェクター(ロービーム)ヘッドライトを採用、GT-FOURとSS-Ⅲには大型リアスポイラーやサイドマッドガードが標準装備された。また、意図はよくわからないが、全グレードのハッチゲートにハーフロック機構が追加されており、中途半端な力でハッチを閉めようとすると、ハッチが半ドアになってしまう。インテリアの変更点は乏しいが、その主な変更点としては、メタル調パネルの採用(全グレード)や、エアバッグの小型化(全グレード)、ホワイトメーターの採用(3S-GE搭載車)などがある。以上のような目まぐるしい改良が行われたにもかかわらず、販売的には苦戦を強いられ、わずか1年半後には次期モデルにバトンタッチすることになった。
- GT-FOURとコンバーチブルは次期モデルのZZT230系は市販に至らず、ST200型が最終モデルである。
- HKSの手によってチューンされたST202型は日本産FF車として、初めて0→400m加速で10秒を切るタイムを叩きだした。
[編集] 7代目 T230型(1999年-2006年)
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1999年10月にフルモデルチェンジ。CALTYがスタイリングを手がけた、つり目状のヘッドランプが特徴。
ダウンサイジングを果たしたボディは前輪駆動専用設計(4WD「GT-FOUR」の設定はなし)となっており、ロングホイールベース、ショートオーバーハングとなり、高速走行時の安定性向上が図られている。また、運動性を高めるため、前輪駆動専用設計であるにもかかわらず、ベースプラットフォーム(同社のMCプラットフォームに相当)にビスタ、トヨタ・Opa、トヨタ・カローラ、トヨタ・プレミオ、トヨタ・アリオンなどの4WD仕様のものを採用したことで、リア・サスペンション形式がバイザッハアクスル式ダブルウィッシュボーンとなっている。
新設計のZZ系エンジンは、先代から200ccスケールダウンした1800ccとなるも、トップグレード SS-II が搭載する2ZZ-GE型エンジン(ハイオク指定)は連続可変バルブタイミング・リフト機構 (VVTL-i) を備え、190馬力を発揮する。エントリーグレードの SS-I は実用エンジンの1ZZ-FE型を搭載しているが、専用チューンにより同型エンジンを積む車種の中で最も高い145psとなっている。なお、環境性能は SS-I、SS-II ともに☆1つの「平成12年基準排出ガス25%低減レベル」となっている。
軽量化と自然吸気エンジンへの回帰は、開発時期が重なっていたMR-Sでも同様に目標に掲げられており、パワー&ドライブトレーンも同じ両車は、一部の実験データも共有している。ともにそのハンドリングは、特にイギリスでの評価が高い。
GT-FOURが廃止され、カローラレビン / スプリンタートレノとの統合が図られたこともあって、ライトウェイトクーペへとコンセプト変更している。その結果、同グレードの先代から60~90kgの軽量化を果たしている。特に、SS-I のMT車に至っては車両重量1090kgと、SS-II のMT車よりも30kg軽く[2]、単純にロワグレードと言い切れないメリットがある。カローラレビンが廃止された関係で値段も下がったと思われがちだが、SS-II ではそれほど値が下がっておらず、同グレードの SS-II スーパーストラットサスペンションは T230型の方が幾分高くなっている(消費税抜き)。SS-I では、SS-II と比べて内装・外装を適度に省略 / 簡略化する事で、低価格を実現している。SS-II との仕様、装備の差は、1ZZ-FE型エンジン(145ps)、リアはディスクでなくドラムブレーキ、電動格納が省略されたドアミラー、マニュアルエアコン、本革でなくウレタンステアリングとウレタンシフトノブ、リアスポイラー無し、マフラーカッター無し。これにより、SS-I は発売当初で標準価格は168万円[3]を実現した。
近未来的で独特なヘッドライトはスポコンブームも手伝ってフェイスリフトの素材として人気を博した。
2006年4月、折からのスペシャルティカー市場の不振の影響を受け、生産を終了した。これと同時に、1970年から35年以上に渡って続いてきたセリカの車名も消滅する事になった。ただし北米においてはサイオン・tCの名前でセリカ同様の4気筒FF2ドア・スポーツクーペが2004年より販売されている。
[編集] 車名の由来
- 「天上の、空の、神々しい」という意味のスペイン語のcelicaより。
[編集] 脚注
- ^ なぜかリフトバックのみの変更であった。セミトレーリングアーム車はA50系。セミトレーリングアームのみホイールも14インチに拡大されたが、ブレーキが元々4輪ディスクであったのがリヤのみドラムに格下になってしまった。(ただしフロントディスクは拡大)
- ^ スーパーストラットパッケージ車と比較で50kgの差。
- ^ その後のマイナーチェンジにより価格が若干上がる。
[編集] 関連項目
- 世界ラリー選手権
- トヨタ・カリーナ
- トヨタ・カムリ
- トヨタ・セリカXX - 上級車種
- トヨタ・スープラ - セリカXXの後継車
- トヨタ・コロナクーペ
- トヨタ・カリーナED
- トヨタ・コロナEXiV
- トヨタ・カレン - 輸出仕様セリカクーペを日本国内用にモデファイした姉妹車。
- トヨタ・カルディナ - GT-fourを継承したグレードがある。
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最終更新 2009年9月14日 (月) 16:41 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【トヨタ・セリカ】変更履歴





















