ドーピング
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ドーピング(doping)はスポーツなどの競技で好成績を挙げるためにステロイドホルモンなどの薬物を投与したり、その他の物理的方法を採ったりすること。オリンピック、競馬などで使用が禁止され、違反行為となるものを指す。ドーピングの「効果」、副作用に関する供述としては、このとおり[1]。
英語Dopingはカフィール族が、Dope(ドープ)という刺激・興奮するドラッグを戦い前の出陣式などに疲労回復・士気向上のため使用していたことに由来する。
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[編集] ドーピングの対象
[編集] 人間へのドーピング
ドーピング禁止薬物の中には、アルコールやカフェインのように、法律上服用が許容され、さらに、薬品ではなく通常の飲食物に含有されているものも多い。また、ドーピング検査による禁止薬物の検出を隠蔽するための薬品の使用もドーピングとみなされている。(なおカフェインについては、2004・2005年禁止リストで禁止物質から除外され、監視プログラムに移行した。[1])
持久力を高めるエリスロポエチンなどのように、もともと体内に存在する物質であるため検査が難しいものも多い。
競技成績向上のために薬物を使用するのは最近の風潮というわけではなく、競技者は数世紀にわたって様々な薬物を使ってきている。
また、近年、ドーピング指定薬が多くなったりするなど一層の厳格化が進んでいるが、その中で一部の効果の高い風邪薬や解熱剤なども禁止薬物に指定されるなど、選手の体調管理が非常に難しくなっているという問題もある。この様な状態を指して、極論ではあるが、「スポーツ選手は人ごみに近づく事すらままならない」と揶揄する者もいる。
また、ドーピング騒動が繰り返される事で競技全体の公正への信頼性に疑念を抱かれ、純粋にプレーする選手にすら冤罪の可能性がつきまとうなどの弊害も出てきている。実例としては陸上競技の男子ハンマー投があり、オリンピックではアテネ、北京の2大会連続でメダル獲得選手にドーピング問題が発生したが、これを受けてのハンマー投競技関係者のコメントは、繰り上がりでメダルの対象になる選手がいる国の関係者ですら、喜びではなく、競技への信頼性が損なわれる事を懸念する声が並ぶ状態となった[2]。
[編集] 馬へのドーピング
古代ローマの戦車競走の馬にアルコール発酵させた蜂蜜を与えたり、敵の馬に薬物を与えたりしたという。世界初のドーピング検査は1911年、オーストラリア競馬協会がロシアに依頼したもので競走馬の唾液にアルカロイドが検出されたという。当時は競走馬、競走犬で問題であった。1930年代からドーピング検査体制が整う。
現在は薬品によってはドーピングの対象となるかどうかについて国によって異なる判断がなされる場合もあるため、競走馬が海外遠征をした際に、遠征元の国では禁止されていない化学物質が遠征先の国で禁止薬物として検出され、処分が下されるケースもある。競走馬に対するドーピングの詳細については競走馬を参照されたい。
[編集] ドーピングで使用される薬物
- 蜂蜜
- アルコール
- クエン酸シルデナフィル
- テストステロン
- エリスロポエチン
- ホウタン:刺激性の赤い調合薬。鼻腔、口腔、陰茎に塗布
- 持続性エリスロポエチン受容体活性化剤
[編集] ドーピング検査
現在のドーピング検査としては、尿検査や血液検査が行われている。だが、近年の遺伝子治療技術の発展により、新たな種類のドーピング「遺伝子ドーピング」につながるのではないかとの懸念が広がりつつある。この新種のドーピングは理論上、検出が非常に困難であり、長年にわたって不正利用が続けられる可能性がある。世界アンチ・ドーピング機構(WADA; World Anti-Doping Agency)は、遺伝子治療がドーピングの新たな手段となる前に、そのドーピング行為を発見するための研究を続けている。「遺伝子ドーピング」の場合、特殊な酵素やタンパク質、ホルモンを産出する遺伝物質を生体に導入する方法と、特殊な能力を秘めた遺伝子を生殖細胞系列に組み込むオプションがあるが、昨今問題視されているのは前者である。
ドーピングは、たいてい競技に対する不正行為とみなされている。それに加えて、ドーピングの多くは選手の健康に対する脅威にもなりうる。ドーピングの副作用である健康への害を起こす症状は、現役を引退するまで出ないことも多い。そしてドーピング行為には何らかの権限を持つ機関によって、罰金が科せられることもある。これは、不正使用であっても、処方薬さらには麻酔薬である場合、すなわち医学的理由で使用された場合であっても同様である。
米ナショナルフットボールリーグ(NFL)と選手会は、来季からドーピング検査に関する基準を引き上げることに合意したと2007年1月24日に発表した。主な基準引き上げ点は、持久力のあるエリスロポエチン(EPO)を新たに検査対象に加える、シーズン中に毎週行われる検査の対象の人数が各チーム7人から10人に増やす、陽性反応を示した選手に対する罰則も強化し、出場停止期間中の年俸に加えて契約金の一部も剥奪する、などである。
その一方、ドーピング検査は、選手生命そのものを左右する重大な決定を行う資料として用いられるために、検査する側においてもこの正確さかつは公平性が厳しく問われる。検査する側、もしくはライバル選手の周辺が不正を働く余地のないように様々な手段が講じられている。例えば、尿検査の際は尿を採取するコップを複数の選択肢の中から選ぶ権利を被験者に与えるなどの手順が定められていると考えられる[3]。他にはもし禁止物質が検出されても、検体を分析機関に運搬する際に、運搬員が間違って検体を包んでいた袋を開封したといった些細な手続きの不備が判明した場合、被験者の利益を最優先し、検査結果を無効とし再検査を実施するなどの処置が講じられる[4]。
[編集] 日本におけるドーピング問題
日本におけるドーピング問題は、近年に至るまであまり問題視されることはなかったが、同時に禁止薬物についての認識が薄いという問題もあった。1984年のロサンゼルスオリンピックでは、男子バレーボール選手が風邪薬として服用した漢方薬に禁止薬物の成分(興奮剤)が含まれていたことが検査で発覚した。このときはトレーナーが薬を手配し本人にその認識が全くなかったことから、トレーナーには処分が下されたが選手本人は免除されている。
日本においては1985年の神戸ユニバーシアードが契機となり、国内に初のドーピング検査機関が設けられた(現在は三菱化学メディエンスが唯一検査業務を担っている)。ドーピング問題はこれまでの所、さほど深刻なものとなってはいないが、それでもドーピングで出場停止を課される選手が散発的に出ている。
[編集] 国内競技における規制の進展
これまでドーピング検査が行われてこなかった大相撲では2009年よりドーピング検査が導入される予定で、その前段階として2008年9月に力士会においてドーピング検査を行っている(その際、一部力士から薬物反応が検出されている)。
かつて、プロ野球では試合前に飲酒して出場したようなケース(今井雄太郎など)があったが、現在は試合前の飲酒は規制対象となっている。またSUPER GTにおいては夏場の車内温度が60度以上にも達するためにドライバーの多くがレース前に脱水症防止策として点滴を行っていたが、これも2008年以降はドーピングの対象となり禁止されている。
最近はジュニア期からドーピング意識を持ってもらう目的も含め、全国高等学校総合体育大会でもドーピング検査が行なわれている。
[編集] IOCにおけるドーピングへの対応
第1種ブラックリスト
次のような行為を犯したものに対しては記録およびメダル等を剥奪し、IOCの第1種ブラックリストに登録され、登録された選手および関係者は永久追放処分とし除外されることはない。
- ドーピング検査を組織的に不正操作もしくは替え玉行為またはそれらの疑惑が発覚し、再検査を拒否し続けた場合。(開催国からの国外逃亡も含む)
- 意図的に組織ぐるみで行われていたと確証があった場合。
- 過去にドーピングの前科があり、常習犯と認定された場合。
- その他IOCの審査により第1種ブラックリストに登録した方が適切だと認定された場合。
第2種ブラックリスト
IOCの第2種ブラックリストの登録はドーピング検査で陽性反応または検査拒否を犯したものに対しては記録およびメダル等を剥奪し、IOCの第1種ブラックリストの対象外である事を条件に、登録された選手および関係者は無期限の出場停止、期限付きの出場停止、懲役刑または罰金刑、追加処分保留などがあり、処分完了後は除外される。但し懲役刑または罰金刑に関してはIOCの審査により第2種ブラックリストに登録される可能性がある。
[編集] ドーピング事件
スポーツと薬物とのかかわりは紀元前からのものである。古代オリンピックにもあぶった牛の骨髄のエキスを飲む、コカの葉を噛むなどの薬物摂取をおこなった選手たちの記録が残っている。
- 近代スポーツ史上初めて報告されたドーピングの事例は、1865年にアムステルダムの運河水泳におけるオランダの競泳選手による覚醒剤の使用である。1886年ボルドー-パリ間の600km自転車レースでイギリスの選手がオーナーから投与のトリメチルの過剰摂取により死亡、近代スポーツ初の死者となった。19世紀後半にはヨーロッパの自転車選手が痛みや疲労の抑制のためにカフェインやエーテル付き砂糖といった薬物を使用していた。
- 1904年のセントルイスオリンピックのマラソンではアメリカのトーマス・ヒックスが優勝し、ゴール後そのまま倒れた。数時間かけて介抱され意識が戻ったが、ヒックスは疲労防止のために興奮剤入りのブランデーを飲んでいた。ただし、当時はルール違反ではなかったため現在も公式の金メダリストとされている。
- 1960年のローマオリンピックにおいては自転車のロードレース競技でデンマークのヌット・エネマルク・イェンセン(en:Knud Enemark Jensen)が急死する事件が発生し、調査の結果興奮剤を服用していたことが判明する。
- 1967年、ツール・ド・フランスに参戦中のトム・シンプソン(イギリスナショナルチーム)がモン・ヴァントゥ直前で倒れて急死。体内からアンフェタミン、利尿剤、アルコールなどが検出される。限界を超えた走りをしたためと確認された。
- 1972年、ミュンヘンオリンピック・競泳でリック・デモント(アメリカ)が400m自由形に出場し優勝したものの、検査でエフェドリンが検出されてメダル剥奪となった(ドーピング検査による金メダル剥奪の第1号選手)。デモントは喘息の持病があり、チームドクターらが「エフェドリンは喘息治療上欠かせない薬物であり、競技における不正の意図はない」とIOCに訴えたが退けられた。
- 1976年のインスブルックオリンピックの70m級ジャンプで金メダルを獲得したハンス=ゲオルク・アッシェンバッハが、1988年の西ドイツ亡命後、テストステロンとプロビオナートを五輪当時服用していたこと、1983年以降はチームドクターとしてナショナルチームやジュニアチームに服用させていたことを証言した。
- 1988年、ソウルオリンピック100mで当時の世界新記録を出したベン・ジョンソンがドーピング禁止薬物の検出により失格となり世界中に衝撃を与えた。
- 陸上女子におけるフローレンス・ジョイナー、マリタ・コッホ、中国の馬軍団(王軍霞ら)などの驚異的な世界記録はドーピングによるものではないかという疑惑は現在でもつきまとっている。(ただし再検証は困難であるため記録は抹消されていない)
- 1980年代の旧ソ連や東ドイツなどの東側諸国において、ドーピングが国家レベルで組織的に行われていたとする証言が多数存在している[2]。その残滓とも思われる世界記録は今でも多く破られずに残っている。
- 1998年、ツール・ド・フランスで広範囲なドーピング疑惑が噴出した。ここで問題となった通称EPO(エリスロポイエチン)と呼ばれるドーピングを行うと、赤血球の生成を促進する事で赤血球が増加し、血液の酸素運搬能力が向上させて持久力を上げる事が可能だが、血液が濃くなり過ぎる事で人体に重篤な障害を引き起こす可能性があり、ヘマトクリット(血液中に占める血球の容積率)の許容値を規定する事で規制しようとの動きが活発になった。
- 長野オリンピックのスノーボードの試合で金メダルを獲得したロス・レバグリアティ (w:en:Ross Rebagliati)がドーピング検査の結果大麻の陽性反応が出たため、メダルが剥奪されかける騒ぎがあった。ただし、オリンピックの時点では、すでに大麻を吸っていなかったことなどから、最終的に処分は取り消されている。
- 2004年のアテネオリンピックでも、24人がドーピングを行っていたとされる。その中には出場辞退したギリシャの2選手、ハンマー投で渦中のアドリアン・アヌシュ(ハンガリー)や砲丸投のイリーナ・コルジャネンコ(ロシア、1999年の世界室内陸上選手権でも前科あり)なども含まれている。
- EPOドーピング問題は古くからサッカー界でも知られており、ヨーロッパの有力クラブチームなどで組織ぐるみで行われていたとも噂されている。1954年のワールドカップで優勝した西ドイツや、1966年のワールドカップでイングランド大会で旋風を巻き起こした北朝鮮の選手に対して、EPOドーピング使用の疑惑を訴えるジャーナリストも多い。1994年に1994 FIFAワールドカップで当時アルゼンチン代表だったディエゴ・マラドーナが、ドーピング検査でエフェドリンが検出され、無期限の出場停止で大会から追放された。最近では、2004年にアーセナルのアーセン・ベンゲル監督が所属している外国人選手の中に、以前所属していたクラブでドーピングをしていた可能性のある選手が居ると発言し、世界中に波紋を投げ掛けた。
- メジャーリーグではバリー・ボンズやマーク・マグワイア、サミー・ソーサなどが、筋肉増強系の薬物を使って筋力を向上させ、ホームランの量産などに繋げたという疑惑がある。
- プロボクシングではフランソワ・ボタやジェームズ・トニーなどが試合後のドーピング検査をパスできずに世界タイトルを剥奪されている。
- 2005年12月13日、スポーツ仲裁裁判所(CAS、Court of Arbitration for Sport)は陸上男子100メートルで米の元世界記録保持者ティム・モンゴメリ(30)に対し、2005年6月から2年間の資格停止とすると発表した。併せて、2001年3月以降の成績は全て抹消されることになり、2002年9月にマークした9秒78の世界記録(当時)も無効になった。
- 2006年2月9日、フランスの競馬統括機関であるシュヴァルフランセが、同年1月29日に行われた同国最大の競馬の競走、アメリカ賞に出走し1位に入線したフランス所属のジャグドベルウから禁止薬物のトルフェナム酸が検出されたと発表。調査の結果として競走馬関係者の故意でも過失でもなかったことが判明したが(飼料の製造中の事故による混入だった)、規程により失格となった(正確にはドーピングではない)。同事件はフランスやスウェーデンなどで大きく報じられた(詳細はJAIR海外競馬速報を参照)。
- 2006年3月17日、国際野球連盟(IBAF)は、国別対抗戦「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」で準決勝に進出した韓国代表の朴明桓投手にドーピング検査で陽性反応が出たと発表した。WBC初めての違反者となった朴明桓は、登録枠30人から除外されることになった。
- 2006年4月28日、マイナーリーグ3Aノーフォークに所属する入来祐作投手が薬物検査に引っ掛かり、50試合の出場停止処分を科された。使用薬物はステロイドホルモン。
- 2006年5月、オペラシオン・プエルトにより、自転車ロードレースで大規模なドーピング事件が発覚。この事件によりヤン・ウルリッヒが引退、イヴァン・バッソが長期出場停止となるなど多くの選手に影響が及んだ。またこの事件の余波は2007年も続き、同年ツール・ド・フランス出場中のミカエル・ラスムッセンがチームから追放処分を受けるなど、ロードレース界におけるドーピング問題の根の深さが明らかになった。
- 2006年10月19日、フランスの競馬統括機関であるフランスギャロは同年10月1日にフランスのロンシャン競馬場にて行われた競馬の第85回凱旋門賞において、3着に入線した競走馬ディープインパクトの馬体から禁止薬物であるイプラトロピウムが検出されたと発表した、その後フランスギャロは同年11月16日に同馬に失格の裁定を下した。(詳細はディープインパクト禁止薬物検出事件を参照)。しかし、日本の法律上ではこの薬物は禁止薬物には指定されてない、アメリカやイギリス・アイルランドも指定されてない(後に指定された)、フランスが厳しかったのではとの意見もある。マリファナの事情と同じである。
- 2007年5月8日、Jリーグ・川崎フロンターレに所属する我那覇和樹選手が静脈注射を行い、Jリーグドーピング委員会が我那覇の健康状態に対し、当該静脈注射が緊急かつ合理的な医療行為とは認められないものであり、ドーピング禁止規定に抵触することから、6試合の出場停止処分を科した。しかし、実際は点滴にビタミンB1(通称ニンニク注射)を追加していただけであり、全てのJクラブのチームドクターから連盟に質問状を出される事態となった。その後、CASで我那覇の無罪は認められ、Jリーグは謝罪したが、我那覇は潔白を証明する為に大きな経済的負担を余儀なくされた。
- 2007年8月10日、プロ野球・福岡ソフトバンクホークスのリック・ガトームソン投手がドーピング(薬物使用)検査で陽性反応を示したため、この日から20日間の出場停止処分と、ソフトバンク球団に制裁金750万円を科した。日本のプロ野球でドーピング違反が発覚したのは初めて。原因は約2年前から服用している発毛剤に禁止薬物である「フィナステリド」が含まれていたものであり2007年2月のキャンプで服用していることを球団側に伝えていたため、本人への処分は比較的軽くなり、球団側への処分は重くなった。(なお、フィナステリドについては2009年より禁止薬物から除外されている)
- 2007年12月14日、2006年3月にメジャーリーグのバド・セリグコミッショナーから選手のドーピングに関する調査責任者の就任任命を受け調査を進めていた、ジョージ・J・ミッチェル元上院議員による調査報告書が発表され、その中でロジャー・クレメンス、バリー・ボンズ、ゲイリー・シェフィールド、ミゲル・テハダ、エリック・ガニエといった有名選手の疑惑が取り上げられた。同報告書には日本プロ野球でもプレーしたアレックス・カブレラ、ジェフ・ウィリアムス、アダム・リグスらの疑惑も記載されている。
- 2008年5月26日、プロ野球・読売ジャイアンツのルイス・ゴンザレス選手が同年4月30日の対広島東洋カープ戦終了後に行われたドーピング(薬物使用)検査で禁止薬物の一つである「グリーニー」が検出されたため、5月26日から一年間の出場停止処分が科され、これを受けて巨人はゴンザレスを解雇処分とした。ゴンザレスの働きでチームの勝利につながった試合もあったため、球界全体を揺るがす騒動になった。なお、日本のプロ野球においてドーピングにより解雇処分となったのはこれが初めてとなる。
[編集] 脚注
[編集] 参考文献
- カール‐ハインリッヒ ベッテ、ウヴェ シマンク 木村真知子 訳 『ドーピングの社会学―近代競技スポーツの臨界点』 不昧堂出版 ISBN 4829304057
- 高橋正人、河野俊彦、立木幸敏 『ドーピング』スポーツの底辺に広がる恐怖の薬物 ブルーバックス 講談社 ISBN 4062572990
- 北浦伸一 「バルクアップⅠードーピングマニュアル」ナユタ ISBN 9784990363802 ブログhttp://pump.mo-blog.jp/asuran/
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年10月26日 (月) 02:13 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【ドーピング】変更履歴


