ネイピア・アンド・サン

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ネイピア・アンド・サンNapier & Son )はイギリス企業1900年から1920年代にかけて航空機用のライオンエンジンセーバーエンジンなどを開発したエンジンメーカーとして知られる。

1895年創業。1942年イングリッシュ・エレクトリックに航空機エンジン部門を買収され、1961年にはロールス・ロイスに吸収された。

[編集] 初期

デイビッド・ネイピア(David Napier )は1808年に会社を設立し、蒸気を動力とする印刷機遠心分離機など広範囲に渡る製品を製造した。1830年ロンドンの南へ拠点を移した。

その後、1873年にデイビッド・ネイピアが死去すると息子のジェームズ・ネイピア(James Napier )が後を引き継ぎ、硬貨紙幣切手を製造するための精密機器を専門に扱うようになった。

1895年にジェームズ・ネイピアの息子モンタギュー・ネイピア(Montague Napier )が後を引き継ぐとモンタギュー・ネイピアの友人であったセルウィン・エッジ(Selwyn Edge )にレーシング・カーを改良する仕事を引き受けた。改良に満足したエッジはネイピアで製造する全ての車を購入すると合意した。ネイピアはオリーブグリーンで塗装した6気筒の車を初めて生産した。フランスのゴードン・ベネット・レースなど多くのレースでネイピアのレーシング・カーが勝利を飾った。1903年には車の生産は250台に達した。

ネイピアは船舶機関に拡大し、1905年にネイピアIIがウォータースピードレコードに参加して30ノット(56 km/h)を記録した。

[編集] 第一次大戦と戦間期

第一次世界大戦の勃発後、ネイピアはロールス・ロイスなど他社が設計したエンジンの製造を請け負うようになった。しかし、自社開発で優れたエンジンが考えられ、1916年ネイピア ライオンが開発された。これがベストセラーとなり、他社製のエンジン製造は打ち切った。また、車両の製造も続けられ、トラック救急車など2,000台が生産された。しかし、1917年にモンタギュー・ネイピアの健康状態が悪化してフランスに移り、会社との連絡は続けていたが1931年に死去した。

1919年に民間向けの自動車の生産が再開された。しかし、これはロールス・ロイス・シルヴァーゴースト並みの価格で、売り上げは芳しくなかった。この自動車が最後に生産されたのは1924年であった。1920年に入って大恐慌による影響もあって、1931年に経営破綻に陥ったベントレーの買収交渉に名乗りをあげたが、土壇場になってロールス・ロイスがより高値をつけたため、この交渉は失敗した。

[編集] 製品

航空機向けエンジン
ネイピア ライオン (1917)
ネイピア セイバー (1938)
ネイピア ノーマッド (1949)

最終更新 2009年7月21日 (火) 22:52 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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