バルセロナオリンピック
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| バルセロナオリンピック | |
|---|---|
| Games of the XXV Olympiad Juegos Olímpicos de Barcelona 1992 |
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| 開催都市 | |
| 参加国・地域数 | 169 |
| 参加人数 | 9,367人 (男子6,659人、女子2,708人) |
| 競技種目数 | 25競技257種目 |
| 開会式 | 1992年7月25日 |
| 閉会式 | 1992年8月9日 |
| 開会宣言 | フアン・カルロス1世 |
| 選手宣誓 | ルイ・ドレステ・ブランコ |
| 審判宣誓 | オーゲニ・アセンシオ |
| 最終聖火ランナー | アントニオ・レボジョ |
| 主競技場 | エスタディ・オリンピコ |
バルセロナオリンピック(Games of the XXV Olympiad)は、1992年7月25日から8月9日まで、スペインのカタルーニャ自治州バルセロナで開催された夏季オリンピック競技大会。
国際オリンピック委員会(IOC)のフアン・アントニオ・サマランチ会長の出身地であるスペインカタルーニャ自治州バルセロナでのオリンピック開催実現に向けて、1986年のIOC総会で開催が決まった。冷戦終結後初の夏季オリンピックとなった。
これはかつて1936年の開催予定地にバルセロナが一度立候補しながらもベルリンに敗れ、その後「人民オリンピック」の開催を考えながらもスペイン内乱の前にそれさえも挫かれた経緯を踏まえての開催であり、当時のスタジアムをそのまま用いて開催された。「人民オリンピック」は、ナチス政権下のドイツで準備の進められていたベルリンオリンピックが、「人種差別に満ち、五輪の理念に不適」としてバルセロナが対抗するように計画したもの。
バルセロナ市内のオリンピック体育館を磯崎新が設計したほか、開会式では坂本龍一がマスゲームの音楽を作曲、会場でオーケストラを指揮するなど、日本人が競技以外でも活躍した大会となった。
目次 |
[編集] 大会開催までの経緯
バルセロナオリンピックの開催は1986年10月17日にスイスのローザンヌで開かれた第91回国際オリンピック委員会総会で決定された。
| 1992年夏季オリンピック 開催地投票 | ||||
|---|---|---|---|---|
| 都市 | 国 | 1回目 | 2回目 | 3回目 |
| バルセロナ | 29 | 37 | 47 | |
| パリ | 19 | 20 | 23 | |
| ブリスベン | 11 | 9 | 10 | |
| ベオグラード | 13 | 11 | 5 | |
| バーミンガム | 8 | 8 | - | |
| アムステルダム | 5 | - | - | |
[編集] 大会マスコット
大会マスコットは「コビ」。ピレネー犬をモチーフにデザインされた。作者はバレンシア出身のハビエル・マリスカル。作者によると「空想の動物」。テレビアニメ『コビーの冒険』も製作され、日本のNHKテレビでも放送されている。
[編集] 公用語
開催にあたり大会の公用語として、カタルーニャ州の公用語であるカタルーニャ語がスペイン語と並んで採用された。
[編集] 式典
文化的特徴に富み、美術、芸術面で著名な人物を輩出し続けるスペインらしく、開会式、閉会式ともに音楽監督でカタルーニャ生まれで世界的に人気の高いテノール歌手のホセ・カレーラスや、モンセラート・カバリェをはじめとする多くのスペイン人歌手の他にも多くのアーティストが参画し、近年でもまれに見る芸術性の高い開会式、閉会式であると絶賛された。
[編集] 開会式
- ファン・カルロス1世国王によって開会が宣言された。
- 「三大テノール」の1人として世界的に著名なホセ・カレーラスが音楽監督を務めた。このこともあってか、数多くのオペラ歌手が出演した。プラシド・ドミンゴ、アグネス・バルツァ、モンセラート・カバリェ、テレサ・ベルガンサ・アルフレード・クラウス、ファン・ポンス・ジャコモ・アラガルの7人が開会式のフィナーレを飾った。
- クイーンのフレディ・マーキュリーが登場する予定だったが、前年エイズで死去した。また公式CDアルバムではマーキュリーと、マーキュリーが敬愛するモンセラート・カバリェがデュエットした「バルセロナ」が、急遽ボーナストラックとして追加された。開会式では、カレーラスがマーキュリーの代役として登場し、カバリェとのデュエットで、「バルセロナ」を披露している。
[編集] 閉会式
- プラシド・ドミンゴがオリンピック旗降下の際、オリンピック賛歌を歌い、絶賛された。
- クリスティーナ・オヨスが「恋は魔術師」第8曲:火祭りの踊りを踊る。
- 当地出身のソプラノ歌手ビクトリア・デ・ロス・アンヘレスがカタルーニャ語で感動的な「鳥の歌」を歌い、曲が終わるところで聖火が静かに消えた。
[編集] ハイライト
- 柔道男子78キロ級で、後に格闘家としても有名になる日本の吉田秀彦が金メダルを獲得した。吉田は大会直前に同71キロ級の古賀稔彦と練習(乱取り)を行ったが、その最中に古賀が左膝を負傷するという事故が発生した。しかし古賀はその負傷をおして出場し、吉田とともに金メダルを獲得している。
- この大会から柔道女子が正式種目となり、当時高校生であった田村亮子などが出場し、7階級で銀3個、銅2個を獲得したが、金メダルを獲得することはできなかった。
- 男子陸上400mで、日本の高野進が決勝進出し、8位に入賞した。
- 当時中学2年生で14歳になったばかりの岩崎恭子が200m平泳ぎで金メダルを獲得した。
- 男子陸上マラソンでは、森下広一がメキシコシティオリンピック(1968年)の君原健二以来24年ぶりの銀メダルを獲得した。
- 女子陸上では、マラソンの有森裕子がアムステルダムオリンピック(1928年)の800mの人見絹枝以来64年ぶりの銀メダルを獲得した。
[編集] 実施競技
[編集] 各国・地域の獲得メダル数
詳細は「バルセロナオリンピックでの国・地域別メダル受賞数一覧」を参照
[編集] 主なメダリスト
金メダル
- 岩崎恭子(日本、競泳女子200m平泳ぎ)
- 古賀稔彦(日本、柔道男子71kg以下級)
- 吉田秀彦(日本、柔道男子78kg以下級)
- リンフォード・クリスティ(イギリス、陸上競技男子100m)
- 黄永祚(韓国、陸上競技男子マラソン)
- アメリカ(陸上競技男子4×100mリレー)
- アメリカ(陸上競技男子4×400mリレー)
- カール・ルイス(アメリカ、陸上競技男子走幅跳)
- ヤン・ゼレズニー(チェコスロバキア、陸上競技男子やり投)
- マーク・マッコイ(カナダ、110mハードル)
- マリー・ジョゼ・ペレク(フランス、陸上競技女子400m)
- ワレンチナ・エゴロワ(EUN ロシア、陸上競技女子マラソン)
- ジャッキー・ジョイナー・カーシー(アメリカ、陸上競技女子七種競技)
- アレクサンドル・ポポフ(EUN ロシア、競泳男子50m自由形)
- アレクサンドル・ポポフ(EUN ロシア、競泳男子100m自由形)
- タマス・ダルニュイ(ハンガリー、競泳男子200m個人メドレー)
- タマス・ダルニュイ(ハンガリー、競泳男子400m個人メドレー)
- アメリカ(競泳男子4×100mリレー)
- アメリカ(競泳男子4×100mメドレーリレー)
- ジャネット・エバンス(アメリカ、競泳女子800m自由形)
- クリスティーナ・エゲルセギ(ハンガリー、競泳女子100m背泳ぎ)
- クリスティーナ・エゲルセギ(ハンガリー、競泳女子200m背泳ぎ)
- クリスティーナ・エゲルセギ(ハンガリー、競泳女子400m個人メドレー)
- 伏明霞(中華人民共和国、飛び込み女子10m高飛び込み)
- マシュー・ピンセント、スティーブン・レッドグレーブ(イギリス、ボート競技男子かじなしペア)
- ブラジル(バレーボール男子)
- キューバ(バレーボール女子)
- ビタリー・シェルボ(EUN ベラルーシ、体操男子個人総合)
- ビタリー・シェルボ(EUN ベラルーシ、体操男子種目別平行棒)
- ビタリー・シェルボ(EUN ベラルーシ、体操男子種目別あん馬)
- ビタリー・シェルボ(EUN ベラルーシ、体操男子種目別つり輪)
- ビタリー・シェルボ(EUN ベラルーシ、体操男子種目別跳馬)
- EUN(体操男子団体)
- アメリカ(バスケットボール男子) - ドリームチーム
- アレクサンドル・カレリン(EUN ロシア、レスリンググレコローマンスタイル男子130kg級)
- ナイム・スレイマノグル(トルコ、ウエイトリフティング男子60kg級)
- ピロス・ディマス(ギリシャ、ウエイトリフティング男子82.5kg級)
- アレクサンドル・クルロビッチ(EUN ロシア、ウエイトリフティング男子110kg超級)
- トウ亞萍(中華人民共和国、卓球女子シングルス)
- トウ亞萍、喬紅(中華人民共和国、卓球女子ダブルス)
- 張山(中華人民共和国、クレー射撃スキート)
- ダビド・ハハレイシビリ(EUN グルジア、柔道95kg超級)
- ビルギット・フィッシャー(ドイツ、カヌー女子カヤックシングル500m)
- 韓国(アーチェリー女子FITAオリンピックラウンド70m団体)
- スシ・スサンティ(インドネシア、バドミントン女子シングルス)
- キューバ(野球男子)
- オスカー・デ・ラ・ホーヤ(アメリカ、ボクシングライト級)
- ホエール・カサマヨール(キューバ、ボクシングバンタム級)
銀メダル
- 渡辺和三(日本、クレー射撃トラップ)
- 小川直也(日本、柔道男子95kg超級)
- 田村亮子(日本、柔道女子48kg以下級)
- 溝口紀子(日本、柔道女子52kg以下級)
- 田辺陽子(日本、柔道女子72kg以下級)
- 池谷幸雄(日本、体操男子床運動)
- 森下広一(日本、陸上男子マラソン)
- 有森裕子(日本、陸上女子マラソン)
- マイク・パウエル(アメリカ、陸上競技男子走幅跳)
- マット・ビオンディ(アメリカ、競泳男子50m自由形)
- EUN(競泳男子4×100mリレー)
- EUN(競泳男子4×100mメドレーリレー)
- フランツィスカ・ファン・アルムシック(ドイツ、競泳女子200m自由形)
- ジャネット・エバンス(アメリカ、競泳女子400m自由形)
- ドイツ(競泳女子4×100mメドレーリレー)
- シュテフィ・グラフ(ドイツ、テニス女子シングルス)
- オランダ(バレーボール男子)
- スウェーデン(ハンドボール男子)
- ドイツ(カヌー女子カヤックフォア500m)
- 金水寧(韓国、アーチェリー女子FITAオリンピックラウンド70m個人)
銅メダル
- 赤石光生(日本、レスリングフリースタイル68kg級)
- 木場良平(日本、ライフル射撃男子50mフリーライフル)
- 越野忠則(日本、柔道男子60kg以下級)
- 岡田弘隆(日本、柔道男子86kg以下級)
- 松永政行(日本、体操男子平行棒)
- 立野千代里(日本、柔道女子56kg以下級)
- 坂上洋子(日本、柔道女子72kg超級)
- 奥野史子(日本、シンクロナイズドスイミングソロ)
- 奥野史子・高山亜樹(日本、シンクロナイズドスイミングデュエット)
- 相原豊・池谷幸雄・知念孝・西川大輔・畠田好章・松永政行(日本、体操男子団体総合)
- 伊藤智仁・大島公一・川畑伸一郎・小久保裕紀・小島啓民・小桧山雅仁・坂口裕之・佐藤真一・佐藤康弘・杉浦正則・杉山賢人・高見泰範・十河章浩・徳永耕治・中本浩・西正文・西山一宇・三輪隆・若林重喜・渡部勝美(日本、野球)
- イゴール・ニクリン(EUN ロシア、陸上競技男子ハンマー投)
- ジャッキー・ジョイナー・カーシー(アメリカ、陸上競技女子走り幅跳び)
- フランシスカ・ファン・アルムジック(ドイツ、競泳女子100m自由形)
- ドイツ(競泳女子4×100mリレー)
- ドミトリー・サウティン(EUN ロシア、飛び込み男子板飛び込み)
- ダビド・ドゥイエ(フランス、柔道男子95kg超級)
- 吉永雅、沈恩婷(韓国、バドミントン女子ダブルス)
- アメリカ(バレーボール男子)
[編集] EUN
最もメダルを獲得した国・地域EUNは旧ソ連の統一チームである。柔道の小川直也をやぶって金メダルをとったダビド・ハハレイシビリ等のグルジアが当時はまだ独立国家共同体に加盟していなかったため、地域名は EUN と表記された(詳細はEUN)。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
| バルセロナオリンピック実施競技 |
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公開競技:テコンドー • バスクペロタ • ローラーホッケー
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mhr:Кеҥеж Олимпий модыш - Барселона 1992
最終更新 2009年11月23日 (月) 06:08 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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