ビタリー・シェルボ
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| 獲得メダル | ||
|---|---|---|
| 体操競技 | ||
| オリンピック | ||
| 金 | 1992 | 男子 個人総合 |
| 金 | 1992 | 男子 平行棒 |
| 金 | 1992 | 男子 あん馬 |
| 金 | 1992 | 男子 つり輪 |
| 金 | 1992 | 男子 跳馬 |
| 金 | 1992 | 男子 団体総合 |
| 銅 | 1996 | 男子 個人総合 |
| 銅 | 1996 | 男子 鉄棒 |
| 銅 | 1996 | 男子 平行棒 |
| 銅 | 1996 | 男子 跳馬 |
| 世界体操競技選手権 | ||
| 金 | 1991 | 男子 団体総合 |
| 金 | 1992 | 男子 つり輪 |
| 金 | 1993 | 男子 個人総合 |
| 金 | 1993 | 男子 跳馬 |
| 金 | 1993 | 男子 平行棒 |
| 金 | 1994 | 男子 床 |
| 金 | 1994 | 男子 跳馬 |
| 金 | 1994 | 男子 鉄棒 |
| 金 | 1995 | 男子 床 |
| 金 | 1995 | 男子 平行棒 |
| 金 | 1996 | 男子 床 |
| 銀 | 1991 | 男子 個人総合 |
| 銀 | 1991 | 男子 床 |
| 銀 | 1991 | 男子 あん馬 |
| 銀 | 1992 | 男子 床 |
| 銀 | 1992 | 男子 あん馬 |
| 銀 | 1993 | 男子 床 |
| 銀 | 1995 | 男子 個人総合 |
| 銅 | 1991 | 男子 鉄棒 |
| 銅 | 1994 | 男子 個人総合 |
| 銅 | 1995 | 男子 跳馬 |
| 銅 | 1996 | 男子 平行棒 |
| 銅 | 1996 | 男子 鉄棒 |
ヴィタリー(ビタリー)・ヴェネディクトヴィチ・シェルボ(Виталий Венедиктович Щербо, Vitaly Venediktovich Scherbo, 1972年1月13日 - )は、ベラルーシの体操選手。史上最も成功した男子体操選手の一人である。
彼は1992年のバルセロナオリンピックの体操競技に独立国家共同体代表として出場し、合計6つの金メダルを獲得した(男子団体総合、個人総合、あん馬、つり輪、跳馬、平行棒)。オリンピック1大会で6個以上の金メダルを獲得したのは、彼の他にマーク・スピッツ(男子競泳、7個)とマイケル・フェルプス(男子競泳、8個)だけである。
彼は1996年のアトランタオリンピックまで競技を続け、その間に世界チャンピオンとして数々のメダルを獲得した。彼の妻が大きな交通事故に巻き込まれ、また彼自身が両肩の手術を受けた後、体操を辞めたくなったと漏らした。アトランタオリンピックでの彼のパフォーマンスは彼のベストには遠く、準備不足を反映した。しかしそれでもなお彼の残した成績は十分注目に値するものだった。オリンピックという非常に難しい状況で、4つの銅メダルを獲得したことは、他の選手に決して劣らないものだった。
また日本においては、1995年に『スポーツマンNo.1決定戦』(TBS)に出演し、跳び箱(同番組では「MONSTER BOX」と呼ぶ)で当時の世界記録である20段(2m76cm)を跳び、2年後には22段(2m96cm)を跳んだ。
跳馬に彼が最初に行った技「シェルボ (Scherbo)(ロンダート-後ろとび一回ひねり-後方伸身宙返り)」と「シェルボ2(ロンダート-後ろとび一回ひねり-後方伸身宙返り一回ひねり)」がある。 現在は、家族とともにアメリカのラスベガスに住み、体操教室を運営している。
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最終更新 2009年7月26日 (日) 20:41 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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