フェリックストウ F.5
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フェリックストウ F.5 (Felixstowe F.5) は、第一次世界大戦においてイギリス海軍、空軍で使用されたフェリックストウ海軍工廠製の飛行艇である。
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[編集] 概要
イギリスが導入したF型飛行艇の原型は、米国カーチスが大西洋横断を目指して製作したカーチス H4「スモール アメリカ」である。1913年に英国サセックスにあるホワイト&トムソン社がカーチスの代理店となるが、同社のテストパイロットだったのがF型の生みの親であるジョン・ポート(en)である。第一次大戦勃発に伴い海軍航空隊中佐となったポートは上層部にカーチス H4の購入を進言、これに続いてより大型のカーチス H12「ラージ アメリカ」も導入された。この2種類の飛行艇の離水性能向上を主眼において改良されたものがF型で、H4がF.1、H12がF.2となった。F.3を経て最も大型のF.5型となった。初飛行は1918年5月。航続距離延伸を狙い艇体が大型化されたが、予算の問題でその他の部分は可能な限りF.3型と同じとした為、飛行性能が大幅に低下してしまった。後に発動機をロールス・ロイスイーグルVIIからVIIIに換装している。量産はショート社等が担当している。
第一次大戦後も現役に留まり、1925年にスーパーマリン サウザンプトンに置き換えられるまで活躍した。また、米国、カナダでもエンジンをリンカーン製のリバティとしたF5Lを米海軍航空工廠(Naval Aircraft Factory)、カーチス等で生産している。
[編集] 日本での運用
1919年(大正8年)に日本海軍は本機を爆撃用飛行艇として国産化することを計画し、1920年9月にショート社とライセンス契約を結ぶとともに完成機を8機購入した。その後、1921年(大正10年)のセンピル教育団の来日とともに4機追加購入している。同年4月にはショート社からドッズ技師等21名を招聘し、本機の製作技術についての講習を行った。その後、横廠、広廠と愛知航空機で62機が生産され、1930年(昭和5年)頃まで現役に留まっていた。
本機は日本海軍における最初の制式飛行艇であり、日本で本格的に製造された初めての飛行艇であった。その航続性能を生かして数々の洋上長距離飛行に成功したほか、対艦爆撃実験や各種の訓練に活用された。
[編集] 性能諸元
- 全幅: 15.20 m
- 全長: 31.60 m
- 全高: 5.80 m
- 全備重量: 5,800 kg
- 発動機: ロールス・ロイス イーグルVIII 水冷正立V型12気筒 360 hp × 2
- 最大速度: 144 km/h
- 実用上限高度:3,550m
- 航続距離: 8 時間
- 武装
- 7.7mm機銃 × 4
- 爆弾 418 kg
- 乗員: 4名
[編集] 参考文献
- 「帝国陸海軍用機ガイド」 安東亜音人 著 新紀元社 刊 ISBN 4883172457
[編集] 関連項目
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最終更新 2009年8月11日 (火) 02:52 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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