プロ野球選手

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プロ野球選手(プロやきゅうせんしゅ)とは、野球の試合の観戦チケット放映権料収入、その他プロ野球に関連する各種事業で収益を得ることを専業とする団体、すなわち球団と契約し、年間シーズンの一連の試合に出場して報酬を得ることを本業とする野球選手のことである。

日本プロ野球選手の例。写真の打席中日ドラゴンズ森野将彦捕手阪神タイガース清水誉

日本に限定すれば、日本プロ野球(及び独立リーグ)の球団に所属する野球選手のみプロ野球選手と呼ばれる。

日本の社会人野球の選手も実質的に野球のみで報酬を得ることがあるが、日本語でプロ野球選手と言えば社会人野球の選手は含まれない。

目次

[編集] 日本のプロ野球選手

[編集] 社会人野球選手との違い

様々な大会の試合で活躍することを期待されて企業に入社する日本の社会人野球の選手も、企業の本業に関わる業務をほとんどせずに実質的に野球のみで報酬を得ることがあるが、社会人野球のチームは企業名を冠する「野球部」などと呼ばれ、野球を専業とする独立した企業又は団体ではない点がプロ野球球団とは大きく異なる。

また、社会人野球の選手は加齢や故障その他の理由によって現役を引退しても即解雇とはならず、その企業で仕事を続けることもできるが、プロ野球球団に属する選手は戦力外と判断されて放出されてしまった場合は別の球団に自力で選手契約を結ぶか、コーチなどの指導者、野球解説者スポーツキャスタータレントなどの道がなければ全くの無職となってしまう。NPB所属のプロ野球選手が本人の意思により引退した場合、保有権がある最終所属球団の了解がない場合は他の野球チームと契約を結ぶことができない。

こういった待遇面の違いもプロ野球選手と社会人野球選手の異なる点であり、全くの無報酬というわけではないものの社会人野球をアマチュアとする理由のひとつでもある。

[編集] 現役期間

プロ野球に限らずプロスポーツ選手が現役でいられる期間はそれほど長くなく、高校卒業後すぐプロ野球球団に入団したとしても、40歳を迎える前には引退してしまうケースがほとんどである。これまでの現役最長記録は工藤公康の28年(2009年シーズン終了時点)であり、それまでは野村克也の26年が最長であった。ちなみに選手として公式戦に出場した年齢では、最年長記録が浜崎真二の48歳10ヶ月、最年少記録が西沢道夫の16歳という例がある。

最長でも30年程度であるため、一般の会社員が高卒で就職した場合に定年までに40年以上働けることを考えると、実働期間は非常に短いと言える。

[編集] 報酬

日本のプロ野球選手の報酬は日本国内の他のプロスポーツと比べても破格であり、年俸を超えることも珍しくなくなった。年俸が1億円を超える選手は、「1億円プレイヤー」などと呼ばれる。日本人初の1億円プレイヤーは落合博満である。

日本のプロ野球選手は毎年契約を更新する単年契約が一般的であったが、1993年オフに当時オリックスに在籍していた酒井勉が日本球界史上初の3年の複数年契約を結んだ[1]。その後、FA宣言による他球団移籍が一般的になると他球団流出防止のための複数年契約を結ぶ傾向が増え、近年では李承燁の4年総額30億円といった、複数年契約で数十億にのぼる大型契約も結ばれるようになっている。2006年1月には福岡ソフトバンクホークスに所属する松中信彦が日本プロ野球史上最長となる7年間の複数年契約を結んでいる。投手では横浜ベイスターズに所属する三浦大輔が2002年に締結した6年間の複数年契約が最長記録である。

[編集] 引退後

引退後は、監督コーチなどの野球指導者、野球解説者スポーツキャスター、野球評論家、球団職員などの野球関連の仕事が考えられる。しかし、毎年発生する引退選手に対して野球関連のポストは限りがあるため、野球関連の仕事に就けない者が多数出てくる。江本孟紀のように政治家になった者がいたり、パンチ佐藤のようにそのキャラクターを活かしてタレントとして定着したり、デーブ大久保のようにタレントや野球解説者の他にプロゴルファーになったりした例もあるが、こういった成功例は全体として見れば極めて稀である。

引退後の元選手の再就職については、2000年高野光(元ダイエー)が精神疾患を患い、39歳という若さで死亡したことなどから、近年社会的な課題として注目されるようになってきている。しかしながら、高校卒業後すぐにプロ野球選手となった者は野球以外にこれといった収入につながる技能がなく、再就職を困難にしている一因となっている。また、現役時代の華やかな生活から意識を切り替えることができず、現役時代の蓄えを早々に使い果たしてしまったり、現役時代に購入した高額な邸宅の住宅ローンなどを支払いきれずに生活に困窮し、結果として犯罪に関わってしまうこともあった(小川博は2004年に強盗殺人事件を犯して無期懲役判決となった)。

こうした出来事を受けて、選手自身が自助努力として再就職をお互いに支援していこうという気運が高まりつつある。こういった背景もあり、2006年夏の甲子園で優勝投手となり「ハンカチ王子」の愛称でも話題になった斎藤佑樹が、両親の説得もあって大学に進むことを決めるなど、期待の超大型新人が高校卒業後即入団という道を選ばない例も出てきている。

[編集] アメリカのプロ野球選手

アメリカ合衆国メジャーリーグベースボール (MLB) やマイナーリーグの選手もプロ野球選手であるが、日本語では日本プロ野球の選手との混同を避けるために、英語でMLBの選手を意味する「メジャーリーガー (Major Leaguer) 」といった言葉をそのままカタカナ語として用いて区別している(正確には「メジャー・リーグ・ベースボール・プレイヤー (Major League Baseball players) 」と言う)。

メジャー・リーグの選手は日本のプロ野球選手よりもさらに厳しい環境下でプレーしており、成績が伴わなければ契約が更新されずに即解雇、シーズン途中でマイナーリーグに降格などは日常茶飯事である。日本のプロ野球と異なる点は、複数年契約による契約がほとんどであるという点がまず挙げられるが、これは選手にとって厳しい面ばかりではなく、逆に球団がどうしても手放したくない貴重な選手と思えば年俸は天井知らず[2]であるし、期待されている選手の獲得合戦の際には何千万ドルという大金が動く。

アレックス・ロドリゲスは2007年10月にニューヨーク・ヤンキースと10年総額2億7500万ドル(約309億円)、出来高払いを含めると3億ドル(約330億円)の大型契約を結んだ。

2007年松坂大輔がメジャーリーグに移籍した際には、ボストン・レッドソックスポスティングシステム西武ライオンズと約5100万ドル、本人と約5200万ドルと合計1億ドルを超える巨額の契約をし、日米ともに話題になった。選手側も少しでも良い条件を引き出すために、球団と契約交渉を行うための代理人を置くことがある。松井秀喜がアーン・テレムという敏腕代理人を置いたことで、メジャーリーガーには代理人がつくことが日本でも広く知られることになった。

[編集] 脚注

  1. ^ ただし酒井は黄色靭帯骨化症という特定疾患(難病)を患ったことから、契約期間中での快復と現役復帰を見込んでの複数年契約であり、現在みられる他球団流出防止のための複数年契約とは意味合いが異なる。
  2. ^ メジャーリーグではサラリーキャップは導入されていない。

[編集] 関連項目

最終更新 2009年11月28日 (土) 02:00 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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