ヘンリー・マウントバッテン=ウィンザー
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| ヘンリー Henry Mountbatten-Windsor |
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|---|---|
| Prince Henry of Wales | |
| 続柄 | チャールズ王太子第二男子(エリザベス2世孫) |
| 称号 | ウェールズ大公息ヘンリー王子殿下 |
| 全名 | ヘンリー・チャールズ・アルバート・デイヴィッド・マウントバッテン=ウィンザー |
| 身位 | Prince(王子) |
| 敬称 | His Royal Highness(殿下) |
| 出生 | 1984年9月15日(25歳) |
| 父親 | チャールズ王太子 |
| 母親 | ダイアナ・スペンサー |
ヘンリー・チャールズ・アルバート・デイヴィッド・マウントバッテン=ウィンザー(Henry Charles Albert David Mountbatten-Windsor、1984年9月15日 - )は、イギリス王室成員、陸軍軍人。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] 生い立ち
女王エリザベス2世の孫、チャールズ王太子とダイアナ妃の次男である。兄はウィリアム王子。兄に次いで英国王位継承順位第3位にある。公式の称号は His Royal Highness Prince Henry of Wales(ウェールズ大公息ヘンリー王子殿下)だが、英語圏では通常公式の場・非公式の場を問わずPrince Harry(ハリー王子)という通称で呼ばれている。母親似の兄ウィリアムに対して父親似と言われる。
イートン校を卒業した後、ヘンリーはオーストラリアの牧場で働いたり、レソトの孤児院で奉仕活動を行ったりした。その後アルゼンチンに渡ったが、飲酒と誘拐未遂を理由に帰国させられた。2005年にはサンドハースト王立陸軍士官学校に入学し、将来は近衛騎兵になりたいと語っていた。
[編集] 軍歴
2006年4月の陸軍士官学校卒業後、近衛騎兵連隊ブルーズ・アンド・ロイヤルズに配属されることが決定した。同連隊は、世界各国の紛争地域に派遣されており、ヘンリー王子がイラクに行くことも決まったが、イスラーム過激派等がヘンリー王子を標的に攻撃すると予告していることを受け、取り止めとなった[1]。なお、これについて本人は「失望している」とのこと[2]。一方で「軍を辞めるつもりはない」とも発言している。これに対する世論も賛否両論となっている。
2007年末からアフガニスタンで行われているタリバーン掃討作戦に極秘に参加していた。イギリスのメディアは協定で報道を自粛していたが、協定が及ばないアメリカのメディアが2008年2月にこれを報道、これを受けて急遽帰国した[3]。しかし結果的に、王位継承権第3位にある王子が自らテロ組織との戦闘の最前線に参加したことはイギリス国民の賞賛を呼んだ。
[編集] 私生活
私生活では、ジンバブエ出身の恋人チェルシー・デービーと交際していたが2007年11月10日、英紙ニューズ・オブ・ザ・ワールドにて王子がチェルシーと破局したと報じた[4]。
[編集] スキャンダル
| イギリス王室 |
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ヘンリー王子は、これまでの人生で数多くのスキャンダルを巻き起こしてきた。
11歳頃から酒や煙草に手を出し、イートン校時代に入学したばかりの14歳の時にはアルコール依存症を発病した。2002年の夏にはマリファナ吸引騒動を起こし、父チャールズの説得によって、麻薬中毒患者のセミナーに参加した事もあった。勉学には手を抜き、卒業ぎりぎりの最低ランクの成績だったという。そのため大学には進まず、軍隊に入ることを志願した。
なお、イートン校卒業試験については不正疑惑が持ち上がった。これはイートン校を解雇された美術教師が、王子が試験で提出した絵は自分が描いたとマスコミに暴露したものである。この疑惑を王子側は強く否定している。
2005年1月には、仮装パーティーにかつての敵国であるドイツのナチス時代の軍服で現われたところをタブロイド紙にスクープされ、内外のマスコミから非難された。父チャールズは、ヘンリーと兄ウィリアムに、ホロコーストを理解する為、映画「シンドラーのリスト」を鑑賞する事と、アウシュビッツを訪問する事を命じた。
また、士官学校卒業式後のパーティではストリッパーを膝に乗せ酒を飲む様子がスクープされ、映画の題名をもじった「ダーティー・ハリー」(ワルのハリー)の見出しが紙面に踊った。
2008年には泥酔しパパラッチと乱闘騒ぎを起こしたことがある[4]。
2009年1月、2006年のブルーズ・アンド・ロイヤルズ連隊所属時期に、同じ部隊のパキスタン人に対して「パキ」「ラグヘッド」と差別的発言をしていたことが発覚し、謝罪した[5]。
これらの醜聞に、多くのイギリス国民はチャールズ同様に批判的な視線を浴びせているが、一方で物心ついた頃から両親の不仲に苛まれていた為、こうした素行不良に走るのも仕方ないといった同情の声も存在する[誰?]。
[編集] 脚注・出典
- ^ AFPBB News (2007年4月28日). "イラク武装勢力、ヘンリー王子の誘拐を予告 - 英国". 2008年11月17日 閲覧。
- ^ AFPBB News (2008年3月2日). "アフガンから帰国のヘンリー王子、インタビューで心境を語る". 2008年11月17日 閲覧。
- ^ AFPBB News (2008年3月2日). "ヘンリー王子、英国に帰還". 2008年11月17日 閲覧。
- ^ い ろ ALL Abouto WEEKENDER (2008年1月30日). "『イギリス、イケメン王子の大恋愛に注目!』ナイト・ライフも満喫". 2008年11月17日 閲覧。
- ^ AFPBB News (2009年1月11日). "英ヘンリー王子、士官学校時代に差別語使用で謝罪". 2009年1月22日 閲覧。
| 上位: ウィリアム王子 |
イギリス王位継承順位 継承順位第 3 位 他の英連邦王国の王位継承権も同様 |
下位: アンドルー王子 ヨーク公爵 |
最終更新 2009年11月15日 (日) 00:01 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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