ミラノ
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| ミラノ (Milano) |
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|---|---|
| 国 | |
| 州 | |
| 県 | ミラノ |
| 測地系 | 北緯: 45°28′0″ 東経: 9°10′0″ |
| 標高 | 海抜 120 m |
| 面積 | 182 km² |
| 人口 | 1,303,670 2006年5月31日 |
| 人口密度 | 7,191 人/km² |
| 分離集落 | |
| 隣接コムーネ | アレーゼ、 アッサーゴ、 バランザーテ、 ボッラーテ、 コルシコ、 ペスキエーラ・ボッロメーオ、 ロー、 セスト・サン・ジョヴァンニ、 コルマーノ、 コローニョ・モンツェーゼ、 ブレッソ、 ノヴァーテ・ミラネーゼ、 ヴィモドローネ、 ペーロ、 セグラーテ、 セッティモ・ミラネーゼ、 クザーゴ、 チェザーノ・ボスコーネ、 トレッツァーノ・スル・ナヴィーリオ、 サン・ドナート・ミラネーゼ、 ブッチナスコ、 ロッツァーノ、 オーペラ |
| CAP(郵便番号) | 20100 |
| 市外局番 | 02 |
| ISTATコード | 015146 |
| IDコード | F205 |
| 住民の呼称 | milanesi または meneghini |
| 守護聖人 | 聖アンブロージョ (Sant'Ambrogio) |
| 祝祭日 | 12月7日 |
| 公式サイト | |
ミラノ(Milano)は、イタリアの都市で、ミラノ県の県都およびロンバルディア州の州都である。ヨーロッパ有数の世界都市。イタリア語のアクセントの関係でミラーノと記されることもある。ドイツ語ではマイラント(Mailand)、英語・フランス語ではミラン(Milan)、スペイン語ではミラン(Milán)と呼ばれる。
目次 |
[編集] 概要
ミラノは日本の稚内市とほぼ同緯度に位置するが、最寒月の平均気温がおよそ5℃程度と、比較的温暖。イタリア全土では首都ローマに次ぎ第2位、北部イタリアにおいては最大の都市で商業、工業、金融の中心。観光地としても名高い。約390万人の居住者を擁するイタリア最大の都市圏を牽引している。1982年に1,607,804人いた人口はその後ドーナツ化現象で長く減り続けたが、ここ数年はおよそ130万人前後で落ち着いている(2006年5月31日時点の人口は1,303,670人)。
ミラノ・コレクションなどで知られるように古くから服飾・繊維産業などファッション関連の産業が盛んな土地柄であるが、近年は航空産業や自動車産業、精密機器工業なども発達しておりイタリア最大級の経済地域を形成している。
2008年、グローバリゼーションと世界都市の研究グループおよびネットワーク(GaWC)により、マドリードやソウルなどと同ランクの第1級世界都市に選ばれている[1]。
[編集] 歴史
ミラノは古代にはメディオラヌムとよばれ、紀元前600年のケルト人の町を元にしている。前222年にローマによる征服があったが、そのどちらにもMediolanum(平原の真中)と呼ばれた。293年から402年まではMailandとも言われた。その後はローマ帝国のもとで繁栄し、4世紀、司教アンブロジウスと皇帝テオドシウス1世の時代には西ローマ帝国皇帝の宮殿が置かれ、西ローマ帝国の首都であった。450年ごろ、アッティラに指揮されたフン族の略奪をうけ、539年にはゴート族に破壊されたが、8世紀末ごろに再び繁栄し始めた。中世を通じてミラノは大司教に統治されたが、都市の独立性をある程度保ちながら、下層の封建貴族たちはしだいに大司教の世俗的支配から脱していった。東ゴート王国、東ローマ帝国、ランゴバルド王国の時代を過ぎ、11世紀にはそうした貴族たちがミラノを富裕な自治都市へと変化させ、成長の回復と神聖ローマ帝国からの独立を果たした。
1162年、ミラノは神聖ローマ帝国のフリードリヒ1世の軍隊に破壊された。しかしすぐに復興し、ロンバルディア同盟を結成して、1176年にはレニャーノの近くでフリードリヒ1世を打ち破った。この勝利でミラノは新しい繁栄の時代を迎えた。中世後期とルネサンス時代にはミラノはヴィスコンティ家とスフォルツァ家の公国になった。1277年、貴族のヴィスコンティ家が、領主のデラ・トレ家からミラノの統治権をうばった。ヴィスコンティ家の支配は1447年まで続いたが、特に初代ミラノ公ジャン・ガレアッツォ(1351~1402年)の時代には繁栄を極め、黄金時代を迎えた。
1450年には軍人フランチェスコ・スフォルツァが権力を握り、ミラノの統治者としての地位を固めた。続いて息子ルドビコは学芸の保護にも熱心でレオナルド・ダ・ビンチをミラノに迎えた。しかし、15世紀の北部イタリアの拡張時代の後の1500年、フランス軍がこの町を占領。このときレオナルドもミラノを去るがのちに再訪、約二十数年の滞在はこの地にミラノ派とよばれる画派を生んだ。スフォルツァ家はフランス、スイス、オーストリアにあやつられながらも支配をつづけた。1535年にスフォルツァ家の血筋が途絶えると、ミラノはスペインの統治下にはいった。18世紀初頭のスペイン継承戦争後、1714年のラシュタット条約によってオーストリア・ハプスブルク家に帰属することになった。ナポレオンは1796年にオーストリア人を追い出し、ミラノをチザルピナ共和国の首都とした。
1815年、ロンバルド=ヴェネト王国としてオーストリアの手に戻ったミラノは、イタリアの抵抗運動の中心地となり、1848年には短期間だがオーストリア人を追放した。1859年、フランスの援助を受けたサルデーニャ王国が、ミラノをオーストリアから解放した。1861年にミラノはイタリア王国に加わり、引き続き発展した。1859年の第二次イタリア独立戦争の結果イタリア王国の一部に編入された。
第二次世界大戦中に連合国による激しい爆撃をうけたミラノは、戦後急速に発展して復興をとげた。ミラノは文化的にも戦後のモダン・デザインの発信地として知られ、国際デザイン美術展であるミラノ・トリエンナーレが開催されている。
[編集] 経済
化学工業と繊維ではイタリアの諸都市をリードし、航空機、自動車、機械やガラス、皮革、ゴム製品、薬なども重要な産業である。出版業や音楽産業、数多くの銀行があつまり、イタリアの主要な株式取引所がある。また、毎年4月に国際貿易フェアが開催される。
[編集] 名所
- スフォルツァ城(スフォルツェスコ城)
- ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア
- モンテナポレオーネ通り
- ドゥオーモ(ミラノ大聖堂)
- レオナルド・ダ・ヴィンチ作『最後の晩餐』(サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会)
- サンタンブロージョ聖堂
- サン・ロレンツォ聖堂
- スカラ座
- サンテウストルジョ聖堂
- サン・ナザロ・マッジョーレ聖堂
- ブレラ絵画館
- 近代美術館 (la Galleria d'Arte Moderna)
- レオナルド・ダ・ヴィンチ国立科学技術博物館
- バガッティ・ヴァルセッキ美術館 [1]
[編集] 文化
[編集] スポーツ
- サッカー
- ACミラン
- インテル・ミラノ
- スタディオ・ジュゼッペ・メアッツァ(サン・シーロ)
- バスケットボール
- 自転車ロードレース
- クラシックレースの1つとされ、毎年春先に行われているミラノ〜サンレモのスタート地点。
- グランツールで最初に開催され、イタリアを一周するステージレースであるジロ・デ・イタリアでゴール地点に多く利用されている。
[編集] 食文化
[編集] 交通
- トレニタリア - ミラノ中央駅など
- ATM - ミラノ交通社
- ミラノ地下鉄
- MSR
- ミラノ・マルペンサ国際空港(市外)
- ミラノ・リナーテ国際空港
[編集] 姉妹都市
ミラノは18都市の姉妹都市を有している:
[編集] ミラノ出身の著名人
[編集] ローマ皇帝
- ディディウス・ユリアヌス (第19代ローマ皇帝)
[編集] 王族・貴族
- アウグスト (ロイヒテンベルク公)
- マリア・レオポルディーネ・フォン・エスターライヒ=エステ (バイエルン選帝侯妃)
- カテリーナ・スフォルツァ (女傑として知られる領主)
- ビアンカ・マリア・スフォルツァ (神聖ローマ皇后)
- マッシミリアーノ・スフォルツァ (貴族、ミラノ公)
- マリーア・アデライデ・ダズブルゴ=ロレーナ (サルデーニャ王妃)
- フランチェスコ4世 (貴族、モデナ公)
- アメリー・ド・ボアルネ (ブラジル皇后)
- ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネ (スウェーデン王妃)
- ヴァランティーヌ・ヴィスコンティ (オルレアン王妃)
[編集] ローマ教皇・聖職者
- ジュゼッペ・カスティリオーネ (聖職者)
- ピウス4世 (第224代ローマ教皇)
[編集] 学者
- ジェロラモ・カルダーノ (数学者)
- エルコレ・デンボウスキー (天文学者)
- チェーザレ・ベッカリーア (法学者、経済学者)
- エンリコ・ボンビエリ (数学者)
- ジュリアーノ・ボンファンテ (言語学者)
- ジュゼッペ・メルカリ (火山学、地震学者)
- アンニーバレ・リッコ (天文学者)
[編集] 政治家
- ベッティーノ・クラクシ (政治家)
- ファウスト・ベルティノッティ (政治家)
- シルヴィオ・ベルルスコーニ (政治家)
[編集] 軍人
- ヘンリー・オブ・バッテンバーグ (軍人)
[編集] 音楽家
- クラウディオ・アバド (指揮者)
- ダニエレ・ガッティ (指揮者)
- ピエロ・コッポラ (指揮者)
- ジュゼッペ・サンマルティーニ (作曲家、演奏家)
- リッカルド・シャイー (指揮者)
- チェーザレ・シエピ (バス歌手)
- ジョルジォ・コロンボ・タッカーニ (作曲家)
- ジョヴァンニ・パオロ・チーマ (作曲家、演奏家)
- ジャナンドレア・ノセダ (指揮者)
- マウリツィオ・ポリーニ (ピアニスト)
- エンリコ・マイナルディ (演奏家)
- アントニオ・ヤニグロ (演奏家、指揮者)
- カルロ・リッツィ (指揮者)
- アンドレア・レオナルディ (作曲家、音楽プロデューサー)
- ニーノ・ロータ (作曲家)
- エンリーコ・イントラ (ジャズ・ピアニスト、作曲家)
[編集] その他芸術家
- ジュゼッペ・アルチンボルド (画家)
- シルビオ・ガザニガ (彫刻家)
- ルイージ・カニョーラ (建築家)
- グイド・クレパックス (漫画家)
- ジョゼフ=マリー・ロ・デュカ (著述家)
- オリビエーロ・トスカーニ (写真家)
- ジオ・ポンティ (建築家、デザイナー)
- ブルーノ・ムナーリ (美術家、肩書多数)
- ミケランジェロ・メリージ(カラヴァッジオ) (画家)
- アルド・ロッシ (建築家)
- マッシモ・ヴィネッリ (デザイナー)
[編集] 映画監督・関係者
- ヴィットーリオ・ムッソリーニ (映画プロデューサー、ボクシング協会会長)
- ディーノ・リージ (映画監督)
- アルベルト・ラットゥアーダ (映画監督)
- ルキノ・ヴィスコンティ (映画監督)
[編集] 俳優・その他芸能人
- ディエゴ・アバタントゥオーノ (俳優)
- アンドレア・オキピンティ (俳優、映画プロデューサー)
[編集] ジャーナリスト
- エルネスト・テオドロ・モネータ (ジャーナリスト)
[編集] スポーツ選手・関係者
- グロリア・アゴリアーティ (フィギュアスケート選手)
- アルベルト・アスカリ (レーシングドライバー)
- ミケーレ・アルボレート (レーシングドライバー)
- ルカ・アントニーニ (サッカー選手)
- シルビア・ファリナ・エリア (テニス選手)
- ウルバーノ・カイロ (実業家、サッカークラブ会長)
- イヴァン・カペリ (レーシングドライバー)
- カルロ・クディチーニ (サッカー選手)
- パオロ・コッツィ (バレーボール選手)
- マッシモ・ゴッビ (サッカー選手)
- ジュゼッペ・ザッペッラ (サッカー選手)
- マッテオ・ザンニ (フィギュアスケート選手)
- ダヴィデ・ディ・ジェンナーロ (サッカー選手)
- フランチェスカ・スキアボーネ (テニス選手)
- ワルテル・ゼンガ (サッカー選手、チーム監督)
- ランフランコ・デットーリ (騎手)
- マルコ・デルヴェッキオ (サッカー選手)
- ネッロ・パガーニ (モーターバイクレーサー)
- ルチア・バレリオ (テニス選手)
- ステファニー・ビアンキーニ (ボクサー)
- アレッサンドロ・ピストーネ (サッカー選手)
- カミラ・ピストレッロ (フィギュアスケート選手)
- カルロ・ファッシ (フィギュアスケート選手)
- テオ・ファビ (レーシングドライバー)
- ガンディ・ブッシュ (フィギュアスケート選手)
- クリスティアン・ブロッキ (サッカー選手)
- ルイージ・ベッカリ (陸上競技選手)
- ジュゼッペ・ベルゴミ (サッカー選手)
- フェデリカ・ペレグリーニ (競泳選手)
- マリオ・ベレッタ (サッカー選手、チーム監督)
- カルメロ・ボッシ (ボクサー)
- アントニオ・マスペス (自転車競技選手)
- マウリツィオ・マルガリオ (フィギュアスケート選手)
- ヴァレンティーナ・マルケイ (フィギュアスケート選手)
- パオロ・マルディーニ (サッカー選手)
- アルド・マルデラ (サッカー選手)
- デブラ・ミセリー (プロレスラー)
- ジュゼッペ・メアッツァ (サッカー選手)
- ルカ・ラノッテ (フィギュアスケート選手)
[編集] ミラノが登場するフィクション
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 公式
- ミラノ市公式サイト (イタリア語)(英語)
- 日本政府
- 観光
- ミラノ - ウィキトラベル
- ミラノ観光局 (イタリア語)(英語)
- イタリア政府観光局 - ミラノ (日本語)
- その他
arz:ميلانوpnb:میلان




