メリーランド州

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メリーランド州
State of Maryland
メリーランド州の旗 メリーランド州の印
(州旗) (州章)
州の愛称: 伝統ある州
Old Line State
メリーランド州の位置
州都 アナポリス
最大の都市 ボルティモア
州知事 マーチン・オマーリ
公用語 法的指定なし
面積
 - 総計
 - 陸地
 - 水域
全米第42位
32,134 km²
25,315 km²
6,819 km² (21.2%)
人口2007年
 - 総計
 - 人口密度
全米第19位
5,618,344
171.44人/km²
合衆国加入
 - 順番
 - 加入年月日

7番目
1788年4月28日
時間帯 UTC -5
DST -4
緯度 北緯37°53' - 39°43'
経度 西経75°4' - 79°33'
東西の幅 145 km
南北の長さ 400 km
標高
 -最高標高
 -平均標高
 -最低標高

1,024 m
105 m
0 m
略称 (ISO 3166-2:US) US-MD
ウェブサイト メリーランド州政府

メリーランド州 (Maryland MD)は、米国東部大西洋岸にあり、ワシントンD.C.に隣接して中部大西洋沿岸地域(en:Mid-Atlantic States)を構成するの一つ。 州名の由来はカトリックイングランド女王メアリーにちなむ。

州都アナポリス市、最大都市ボルティモア市

目次

[編集] 軍事

大統領専用機エアフォースワンVC-25)が駐機することで有名なアンドリュース空軍基地。フォート・ジョージ・G・ミードにアメリカ国家安全保障局。アナポリスに海軍兵学校。フォート・デトリックに陸軍感染症医学研究所。

[編集] 歴史

詳細は「メリーランド州の歴史」を参照

メリーランドはアメリカで最も古い州の一つで、16世紀初頭にはイタリア人が訪れ、1608年イギリス人ジョン・スミスがここを探検して地図に記している。

1631年にチェサピーク湾のケント島に交易所が設置され、1631年から1634年にかけてイギリスのチャールス1世がカルバート兄弟やボルティモア卿に領土を与えた。そしてメリーランドは、1691年6月から1715年5月までイギリスの王領となる。

アメリカの独立戦争(1775-83年)ではメリーランドの兵士は勇敢に戦って、ボルティモアに今も残るマックヘンリー要塞は、1814年に再び攻めてきたイギリス軍と25時間にわたる激しい戦いを繰り広げ、頑強に耐え抜いた場所。戦いの後に要塞に堂々とたなびく星条旗を仰いで、フランシス・スコット・キーが「星条旗」という詩を詠み、それが1931年に現在のアメリカ国歌となった。

1783年11月から9ヶ月間はアナポリスの議事堂は「国会議事堂」となり、1784年1月にはその議事堂でパリ条約が調印されて、アメリカ合衆国が正式に誕生した。その間事実上「合衆国の首都」であったわけで、大統領のワシントンやジェファーソン、モンロー等の足跡がある。奴隷制度を保持していたが、1861-65年の南北戦争ではリー将軍率いる南軍の北上を引き止め、北軍の一員として戦っている。(メリーランド州投資貿易事務所提供。)


[編集] 地理

参照:メリーランド州の郡一覧

北はペンシルベニア州、西はウェストバージニア州、東はデラウェア州に接し、大西洋に面する。南はポトマック川を隔ててバージニア州及びワシントンD.C.と接する。チェサピーク湾が州中央に大きく入り込んでいる。

24の郡(county)と独立都市としてのボルティモア市に分かれる。

[編集] 国立公園

国立公園局の管理及び保護下にある地域は:

[編集] 人口動勢

人口推移
人口 変動率
1790年 319,728
1800年 341,548 6.8%
1810年 380,546 11.4%
1820年 407,350 7.0%
1830年 447,040 9.7%
1840年 470,019 5.1%
1850年 583,034 24.0%
1860年 687,049 17.8%
1870年 780,894 13.7%
1880年 934,943 19.7%
1890年 1,042,390 11.5%
1900年 1,188,044 14.0%
1910年 1,295,346 9.0%
1920年 1,449,661 11.9%
1930年 1,631,526 12.5%
1940年 1,821,244 11.6%
1950年 2,343,001 28.6%
1960年 3,100,689 32.3%
1970年 3,922,399 26.5%
1980年 4,216,975 7.5%
1990年 4,781,468 13.4%
2000年 5,296,486 10.8%

2006年現在、メリーランド州は前年より26,128人、または0.5%増加し、2000年より319,221人、または6.0%増加した、人口5,615,727人と概算される。これは189,158人(出生464,251、死亡275,093)と前回の国勢調査からの自然増並びに州内への移住者116,713人の増加が含まれている。アメリカ合衆国外からの移住は129,730人増加する事となり、合衆国内部の移住者は13,017人減少する事になる。

2006年、645,744人は主にラテンアメリカ及びアジアを代表とする外国生まれと考えられている。このうち約4.0%はビザを持たない不法在留外国人である。

メリーランド州の人口の多くはw:Baltimore-Washington Metropolitan Area内の、州の中央地域に住んでいる。東部海岸は人口が少ない。

メリーランド州の3つの郡 (アレガニー、ガレット、及びワシントン) は山地に位置しており他のメリーランド州の住民よりもウェストバージニア州に似て、まばらに暮らしている。アフリカ系アメリカ人の割合は18世紀のタバコ栽培場生産高がピーク(38%)に達した頃ほど高くないが、メリーランド州には今でも深南部以外の州では最大の黒人人口を有している。

メリーランド州の人口重心はジェサップ(Jessup)がある、アンアルンデル郡及びハワード郡の間となっている[1]

[編集] 人種及び祖先

この州の人種的な構成は:

  • 62.1% ヒスパニック以外の白人
  • 27.9% 黒人
  • 4.3% ヒスパニック
  • 4.0% アジア
  • 0.3% インディアン
  • 2% 混血

メリーランド州で祖先と報告された5つの最大グループは:ドイツ系 (15.7%)、アイルランド系 (11.7%)、イギリス系 (9%)、アメリカ系 (5.8%)、イタリア系 (5.1%)[1]

[編集] 宗教

[編集] インディアン部族

もともとこの州には、コノイ族(ピスカタウェイ族)、デラウェア族、ナンチコーク族、チョプタンク族、ポコモケ族、ポウハタン族ショーニー族、サスケハンナ族などが先住し、ウィグワムの集落を形成し、農耕生活を営んでいた。最初期からイギリス人入植者の侵略を受け、幾多の領土を巡る戦いによって弱体化した。

同州のインディアン部族は黒人奴隷を部族員として迎え入れ、混血(ブラック・インディアン)が増加した。これを受けて州政府は「一滴規定(下項参照)」を基に、これらをインディアンと認めず、19世紀末にインディアン保留地の保留を解消し、同州の部族をすべて解体して「絶滅」扱いとした。

ピスカタウェイ族の呪い師ターキー・タヤク(1895年~1978年)は、連邦・州の扱いに対し、徹底抗議運動を続けた運動家だった。彼は部族の墳墓遺跡モヤオネの開発を阻止するため、「ピスカタウェイ国立公園」の創設を内務省に働きかけ、また、その見返りとしてピスカタウェイ族の同地への自由往来と、自分が死んだらこの墳墓へ埋葬するよう、約束をとりつけた。

ターキー酋長は、「アメリカインディアン運動(AIM)」と共闘し、ラムビー族ポウハタン族、ナンチコーク族など周辺部族の権利回復運動をまとめ、また1974年に「ピスカタウェイ・コノイ族法人組織」を結成した。1978年に白血病で死の床に伏したターキーは、「モヤオネ墳墓遺跡に埋葬してくれ」との内務省BIAとの約束を遺言に残した。しかし、彼の遺体を墳墓に埋葬するためのグラディス・スペルマンの議案は合衆国議会で否決され、ポール・サーベーンズ上院議員や「全米インディアン国民会議」の支援で、ターキー酋長の埋葬が実現したのはようやく一年後になってからだった。彼の埋葬場所には目印に赤杉が植えられた。

ターキー酋長の運動は受け継がれ、1990年代後半には、メリーランド州に任命された系譜学者たちによる調査委員会によって、ピスカタウェイ族の共同体からの異議申し立てが認められ、2007年8月29日にはクリストファー・グッドウィン博士らによって、インディアンとしての血統を有効とする証言書が提出された。これがピスカタウェイ族の連邦公認要求に有利なものになるかどうかはわからない。

同州ランドーバーに本拠地を持つプロスポーツチームの「ワシントン・レッドスキンズ」は、インディアン戦士の肖像をチームマークとし、「赤い肌」というインディアンに対する差別語をチーム名としている。全米のインディアン団体はこの名称の撤廃を求め、数10年来の激しい抗議をNCAA並びに同チームに寄せているが、同チームはこれに応じる姿勢を見せていない。

現在、この州にアメリカ連邦政府が認定しているインディアン部族はない。彼らは保留地(Reservation)を持てず、部族単位では存在しないことになっている。

≪アメリカ連邦政府に公式認定を要求中のインディアン部族≫

  • 「ピスカタウェイ族」
  • 「ピスカタウェイ・コノイ族連邦」
  • 「アッコハンノック族」
  • ショーニー族・ユーギオガヘニー川バンド」

[編集] インディアンと「一滴規定」

19世紀も末になると、連邦とメリーランド州政府は黒人と混血した同州のインディアンたちを、アメリカ合衆国に住んでいる人間を「一滴でも黒人の血が入ったらもう黒人である」と規定する「一滴規定」に基づき、人種的に「インディアン」から「ニグロ」、または「ムラート」、あるいは「ブラック」になったとした。彼らは「ジム・クロウ法」の対象となり、「自由身分の色つき(free people of color)」、または「自由身分の黒人(Free negro)」という扱いで出生証明書に記載された。「インディアンではなくなった」ことになったメリーランド州の「元・インディアン」はインディアン条約をすべて破棄され、20世紀までにはすべて、保留地領有をはじめとするインディアンの権利を剥奪された。

[編集] インディアン・カジノ

2009年9月28日にメリーランド州はオーシャン・ダウンズの競馬場に最高800台のスロットマシンの設置許可を出した。これは、2008年の州選挙で有権者が認可した、公式委員会の承認要項に基づく決定のひとつである。今度、この競馬場を含めた同州の5か所にスロットマシン賭博場が開設される予定である。

同州ではインディアン部族は存在しないことになっており、現在のところインディアン部族が運営する「インディアン・カジノ」は一軒もない。この州のスロットマシン導入方針で、他州の連邦認定インディアン部族による「インディアン・カジノ」が設立される可能性はある。

[編集] 主要な都市及び町

主要記事:List of cities in Maryland
関連項目:List of census-designated places in Maryland 及び Maryland locations by per capita income

[編集] 政治と法律

主要記事:Government of Maryland

[編集] 経済

アメリカ合衆国経済分析局は2004年のメリーランド州の州生産高が2,280億米ドルであると見込んでいる[2]。2003年の一人当たりの収入は合衆国内で5番目に位置する、37,446米ドルであった。

[編集] 教育

[編集] 単科及び総合大学

[編集] 芸術・文化

[編集] プロスポーツチーム

[編集] その他

[編集] 交通

  • 主要な州間高速道路Interstate Highway は、I-68, I-70, I-81, I-83, I-95, I-97, I-195, I-270, I-370, I-395, I-495, I-695, I-795, I-895.
  • 主要な国際空港は、ボルティモア・ワシントン国際空港 Baltimore - Washington International Thurgood Marshall Airport (BWI)、レーガン国際空港 Reagan National Airport、 ダレス国際空港 Dulles International Airport の 3 国際空港と7地方空港がある。
  • 主要な港湾は、ボルティモア港 Port of Baltimore
  • 主要な鉄道は、CSX 鉄道や Norfolk Southern 鉄道を含み7路線が運行している。

[編集] 州の象徴など

  • 州の鳥 - ムクドリモドキ Baltimore Oriole
  • 州の木 - 白樫 White Oak
  • 州の花 - 黒い瞳のスーザン Black-Eyed Susan


[編集] 日本の姉妹都市

[編集] 脚注

  1. ^ "Italian American Population in All 50 States". Niaf.org. 2008-09-22 閲覧。

[編集] 関連項目

  • Bethesda - (ベセスダ)には「ヒトゲノムプロジェクト」に於いて中心的な役割を果たした国立衛生研究所(NIH)があり、Rockville(ロックビル)には合衆国の食品医薬局FDA があって、メリーランド州内には50以上の国家研究所や世界的な専門研究・調査施設がある。
  • キャンプデービッド - 州の国立公園内にあり、大統領専用の別荘として使われている。

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ


pnb:میری لینڈ

最終更新 2009年11月27日 (金) 14:11 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【メリーランド州】変更履歴

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