ライプツィヒ
ライプツィヒの最新ニュースをまとめて検索!
| 紋章 | 地図 |
|---|---|
![]() |
|
| 基本情報 | |
| 連邦州: | ザクセン州 |
| 行政管区: | ライプツィヒ行政管区 |
| 郡: | 郡独立市 |
| 緯度経度: | 北緯 51度20分 東経 12度23分 |
| 標高: | 海抜 113 m |
| 面積: | 297.60 km² |
| 人口: | 515,469人 (2008年2月29日現在) |
| 人口密度: | 1,716 人/km² |
| 外国人: | 6.3 % |
| 失業率: | 18.2 % (2006年9月現在) |
| 郵便番号: | 04003–04357 (旧: 70xx) |
| 市外局番: | 0341 |
| ナンバープレート: | L |
| 自治体コード: | 14 3 65 000 |
| UN/LOコード: | DE LEJ |
| 市の構成: | 10 市区、 63 小街区 |
| 市庁舎の住所: | Neues Rathaus Martin-Luther-Ring 4-6 04109 Leipzig |
| 公式ウェブサイト: | leipzig.de |
| 行政 | |
| 上級市長: | ヌルクハルト・ユンク (Burkhard Jung) (SPD) |
ライプツィヒ(ドイツ語: Leipzig)はザクセン州に属するドイツの都市である。人口は約49万8千人(2004年12月現在)で、ザクセン州では州都ドレスデンをやや上回って最大の都市で、旧東ドイツ地域ではベルリンについで2番目である。ライプチヒとも表記される。 ベルリンの壁崩壊、ひいては東西両ドイツの統一の端緒となった住民運動の発祥地である。
目次 |
[編集] 地理
気候は温帯に属し、年平均気温は約8℃。真冬には、気温が-10℃程度まで下がることがある。
[編集] 歴史
7世紀から9世紀、エルスター川とパルテ川の合流地点近くに、スラヴ人の集落ができたことがこの街の始まりとされている。 「菩提樹が育つ場所」という意味の "urbs Libzi" というスラヴ語で呼ばれ始めたのは、1015年頃に遡る(このため、日本でも稀に菩提樹市と称される場合がある)。
ライプツィヒの聖トーマス教会カントル(トーマスカントルとも)は近世においてドレスデンの聖十字架教会と並んで北ドイツの教会音楽をリードしてきた。トーマスカントルにはJ. S. バッハなど高名な音楽家が多い。1539年、マルティン・ルターは新教布教のために、この聖トーマス教会でも説教を行った。
1409年に開学したライプツィヒ大学は、ドイツ国内でハイデルベルク大学に次いで2番目の歴史を持つ。
ライプツィヒはまた、見本市によって発展した商業の都市である。本の都市としても発展した。15世紀末までは、外国の印刷業者や書籍商により印刷物が持ち込まれていたが、1481年、ライプツィヒでも本が印刷されるようになる。1530年までに、1300種類もの本が出版された。1594年からは、本の見本市のカタログまで出版されるようになり、1650年には、世界初の日刊紙がライプツィヒで登場することになる。 次々と新しい印刷所と出版社が生まれ、ライプツィヒは今日に至っても有名な書籍の街である。岩波文庫を作る際に手本にしたとされるレクラム文庫や、世界で最初の音楽出版社ブライトコプフもここで生まれた。
旧東ドイツ時代にはライプツィヒはドレスデン、カール・マルクス・シュタット(現・ケムニッツ)とともに東ドイツの主要工業地域を形成した。
東ドイツ時代末期の1989年には「月曜デモ」と呼ばれる反体制運動が起き、旧東ドイツにおける民主化運動の拠点となった。
ドイツ統一後は、旧西ドイツの企業も進出し、最近ではポルシェ社やBMWが工場を建設し、話題になった。
[編集] 交通
[編集] 鉄道
ヨーロッパ最大の床面積を有するライプツィヒ中央駅があり、ドイツ東部交通の要所となっている。ライプツィヒ中央駅では一日700以上の列車が発着しており、ICEからRE、Sバーンまで利用できる。ベルリンやミュンヘンといった国内の各主要都市に、乗り換えなしで行くことが可能。
市内交通も充実しており、市内を多くの路面電車が走っている。
[編集] 空路
ライプツィヒ/ハレ空港(Flughafen Leipzig/Halle)が市内中心部より約15kmの所にある。空港はハレとライプツィヒの間にあり、市街地とはRE、ICE/ICやバスで結ばれている。
[編集] 文化
[編集] 音楽
- ライプツィヒ市のオーケストラ、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団は、市民階級による自主経営団体として1743年に発足した世界初のコンサート・オーケストラである。フェリクス・メンデルスゾーンやヴィルヘルム・フルトヴェングラー、ブルーノ・ワルターといった著名演奏家が常任指揮者を勤めた。ヨハネス・ブラームスがヴァイオリン協奏曲の初演を行なったことでも知られる。
[編集] スポーツ
- ドイツサッカー協会の発祥地。1900年にライプツィヒで設立された。
- ツェントラール・シュタディオン
- 2006年サッカーワールドカップドイツ大会において、旧東ドイツの都市として唯一試合が開催された(ベルリン・オリンピアシュタディオンは旧西ベルリン側に存在する)。
- サッカー・リーグ「北東オーバーリーガ南地区」所属のプロサッカークラブであるFCザクセン・ライプツィヒの本拠地。
[編集] 建物
- シティーホッホハウス(英語版)
- 諸国民の戦い記念碑(英語版)
- ゲヴァントハウス
- ライプツィヒ美術館
[編集] 姉妹都市
ライプツィヒは以下の姉妹都市を有している:
アディスアベバ(エチオピア連邦民主共和国)2004年
バーミンガム(イングランド)1992年 バーミンガム姉妹都市説明サイト
ボローニャ(イタリア共和国)1962年、1997年再提携
ブルノ(チェコ共和国)1973年、1999年再提携
フランクフルト・アム・マイン(ドイツ連邦共和国)1990年
ハノーファー(ドイツ連邦共和国)1987年
ヒューストン(アメリカ合衆国テキサス州))1993年
キエフ(ウクライナ)1961年、1992年再提携
クラクフ(ポーランド共和国)1973年、1995年再提携
リヨン(フランス共和国)1981年
南京(中華人民共和国)1988年
テッサロニキ(ギリシャ共和国)1984年
トラヴニク(ボスニア・ヘルツェゴビナ)2003年
[編集] ライプツィヒ出身の著名人
- クリスティン・オットー:競泳選手
- イルケ・ヴィルダ:陸上競技(円盤投げ)選手
- カトリン・ドーレ:陸上競技(マラソン)選手
- ゴットフリート・ライプニッツ:数学者
- ビル・カウリッツ:トキオ・ホテルのヴォーカリスト
[編集] 関連項目
- ライプツィヒの戦い
- ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ - ライプツィヒ大学に学んだ。
- 森鴎外、滝廉太郎 - 留学中に滞在していた。
- 飛ぶ教室 - ライプツィヒが舞台。
- 森下純弘 (プロハンドボール選手)
- 高田邦夫 (バッハ研究家) 公式ブログ
[編集] 外部リンク
- A Plaza of Clara Schuman - クララ・シューマン
pnb:لیپزش
最終更新 2009年11月20日 (金) 01:51 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【ライプツィヒ】変更履歴





