三菱・ギャランΛ

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三菱・ギャランΛ(ギャランラムダ)は、三菱自動車工業が製造・販売していた、2ドアハードトップである。ギャラン店で販売されていたこのギャランΛに対し、1978年に新設された『カープラザ』店から発売されたエテルナΛ(当初の車名は『ギャランΛエテルナ』)は、バッジやグリル、灯火類のデザイン違いの姉妹車である。  

目次

[編集] 歴史

[編集] 初代(1976-1980年)

三菱・ギャランΛ
初代
写真はプリムス・サッポロ
 
 
 
[[ファイル:|250px]]
 
メーカー
 
親会社
 
製造国
 
製造期間 1976-1980年
 
設計統括
 
デザイナー
 
乗車定員 5人
 
ボディタイプ 2ドア ハードトップ
 
ハイブリッド
 
エンジン
 
モーター
 
最高出力/トルク
 
最高出力
 
最大トルク
 
変速機
 
駆動方式 FR
 
サスペンション
 
全長x全幅x全高 {{{全長x全幅x全高}}}
 
全長 4650mm
 
全幅 1675mm
 
全高 1330mm
 
最低地上高
 
ホイールベース 2515mm
 
車両重量 1165kg
 
乾燥重量
 
総重量
 
最大積載量
 
燃料タンク容量
 
燃費
 
 
 
別名
 
先代
 
後継
 
姉妹車/OEM {{{姉妹車}}}
 
車台共有車
 
同クラスの車 {{{同クラス}}}
 

当時のアメリカクーペ等に影響されつつ、角形四灯ヘッドライト(日本車としては初の採用)やサイドに折れ曲がったリアウィンドウを採用した直線的スタイルで、内装でも、国産車初採用となった一本スポークのステアリングホイールとも相まって、斬新な印象を人々に与え、先行発売のギャランΣ(シグマ)同様当時の三菱の花形車種の一つとなった。 機構面では、前輪ストラット、後輪4リンク式固定軸のサスペンションを含めて、4ドアのギャランΣと同一だが、トレッドが前後輪とも拡幅され、ブレーキが4輪ともディスク式となっていた。

[編集] トリビア

海外へはMitsubishi Sapporo(サッポロという名称は札幌オリンピックにちなんで名付けられた)という名前で輸出され、北米市場ではクライスラーの販売網で売られ、プリムス・サッポロや2代目ダッジ・チャレンジャーとして輸出された。

[編集] 2代目(1980-1983年)

三菱・ギャランΛ
2代目
 
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メーカー
 
親会社
 
製造国
 
製造期間 1980-1983年
 
設計統括
 
デザイナー
 
乗車定員 5人
 
ボディタイプ 2ドア ハードトップ
 
ハイブリッド
 
エンジン
 
モーター
 
最高出力/トルク
 
最高出力
 
最大トルク
 
変速機
 
駆動方式 FR
 
サスペンション
 
全長x全幅x全高 {{{全長x全幅x全高}}}
 
全長 4570mm
 
全幅 1675mm
 
全高 1355mm
 
最低地上高
 
ホイールベース 2530mm
 
車両重量 1225kg
 
乾燥重量
 
総重量
 
最大積載量
 
燃料タンク容量
 
燃費
 
 
 
別名
 
先代
 
後継
 
姉妹車/OEM {{{姉妹車}}}
 
車台共有車
 
同クラスの車 {{{同クラス}}}
 
  • 1980年5月:フルモデルチェンジ。
  • 1980年11月:2000ターボ発売。
  • 1981年4月:2000ターボAT発売。
  • 1981年5月:ロイヤルECIと2300ディーゼルターボCX・AT発売。
  • 1981年11月:マイナーチェンジで車種編成を縮小する。
  • 1982年11月:一部変更。グレードが2000GSRのみになる。
  • 1983年8月:生産終了。

初代モデルのスタイリングをほぼそのまま継承、異型ヘッドライト採用やメッキ部品の抑制でよりモダナイズされていた。また、それまでの『ギャランΛエテルナ』は『エテルナΛ』と改名。しかし、その代わり映えしないスタイルが飽きられ、一方で1982年に登場したより先鋭的スタイルのスタリオンに顧客を奪われて販売台数は低迷し、当時の乗用車販売台数ランキングでも最下位グループにあった。[要出典]また、2ドアのスペシャリティーカーであるものの2代目Λには後期型のいすゞ・117クーペ同様ディーゼルエンジン搭載車も存在する。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年9月13日 (日) 14:46 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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