三菱・ギャランΛ
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三菱・ギャランΛ(ギャランラムダ)は、三菱自動車工業が製造・販売していた、2ドアハードトップである。ギャラン店で販売されていたこのギャランΛに対し、1978年に新設された『カープラザ』店から発売されたエテルナΛ(当初の車名は『ギャランΛエテルナ』)は、バッジやグリル、灯火類のデザイン違いの姉妹車である。
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[編集] 歴史
[編集] 初代(1976-1980年)
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- 1976年11月:ギャランGTO・ギャランハードトップの後継車として発売。
- 1977年6月:1600SL/1600GS発売。
- 1978年3月:姉妹車ギャランΛエテルナ発売。
- 1978年11月:一部変更
- 1979年3月:2000スーパーツーリング発売。
- 1979年5月:2600スーパーツーリング発売。
当時のアメリカ製クーペ等に影響されつつ、角形四灯ヘッドライト(日本車としては初の採用)やサイドに折れ曲がったリアウィンドウを採用した直線的スタイルで、内装でも、国産車初採用となった一本スポークのステアリングホイールとも相まって、斬新な印象を人々に与え、先行発売のギャランΣ(シグマ)同様当時の三菱の花形車種の一つとなった。 機構面では、前輪ストラット、後輪4リンク式固定軸のサスペンションを含めて、4ドアのギャランΣと同一だが、トレッドが前後輪とも拡幅され、ブレーキが4輪ともディスク式となっていた。
[編集] トリビア
海外へはMitsubishi Sapporo(サッポロという名称は札幌オリンピックにちなんで名付けられた)という名前で輸出され、北米市場ではクライスラーの販売網で売られ、プリムス・サッポロや2代目ダッジ・チャレンジャーとして輸出された。
[編集] 2代目(1980-1983年)
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- 1980年5月:フルモデルチェンジ。
- 1980年11月:2000ターボ発売。
- 1981年4月:2000ターボAT発売。
- 1981年5月:ロイヤルECIと2300ディーゼルターボCX・AT発売。
- 1981年11月:マイナーチェンジで車種編成を縮小する。
- 1982年11月:一部変更。グレードが2000GSRのみになる。
- 1983年8月:生産終了。
初代モデルのスタイリングをほぼそのまま継承、異型ヘッドライト採用やメッキ部品の抑制でよりモダナイズされていた。また、それまでの『ギャランΛエテルナ』は『エテルナΛ』と改名。しかし、その代わり映えしないスタイルが飽きられ、一方で1982年に登場したより先鋭的スタイルのスタリオンに顧客を奪われて販売台数は低迷し、当時の乗用車販売台数ランキングでも最下位グループにあった。[要出典]また、2ドアのスペシャリティーカーであるものの2代目Λには後期型のいすゞ・117クーペ同様ディーゼルエンジン搭載車も存在する。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- GAZOO.com 三菱 ギャランΛ(初代)
- GAZOO.com 三菱 ギャランΛ(2代目)
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最終更新 2009年9月13日 (日) 14:46 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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