下川町
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下川町(しもかわちょう)は、北海道上川支庁管内、上川郡にある町である。地名はアイヌ語で町内を流れる名寄川支流の下川パンケ川の沿岸を「パンケ・ヌカナン」(川下の・ヌカナン川)と称したことに由来する。かつては農林業および鉱業(三菱系銅山、三井系金山)で栄え、ピーク時の1960年には人口15,555人に達したが、産業構造の変化とともに人口は減少している。
スキージャンプが有名で郊外にはミディアムヒル(K点65m)、スモールヒル(K点40m、26m)、ミニヒル(K点8m)と4つのジャンプ台がある。オリンピック金メダリストなどを多数輩出している。トリノオリンピックでは、スキージャンプ日本代表選手が下川町出身者から4人選抜された。
目次 |
[編集] キャッチフレーズ
おいでよ 森林(もり)と人が輝く町 しもかわ
[編集] 地理
北海道北部を流れる天塩川の最大の支流名寄川の上流部にあり、北見山地の斜面が大部分を占める。
- 山:ピヤシリ山(989m)、札滑岳(993m)、ウエンシリ岳(1142m)、幾山岳(1030m)、柵留山(852m)、砥割山(798m)、糸魚岳(914m)、奴可難山(777m)、三角山(346m)、矢文山(422m)、前田山(560m)、札天山(596m)、蕗の山(718m)、班毛山(722m)
- 河川:天塩川支流名寄川、名寄川支流下川パンケ川(20.5km)、サンル川(33.2km)、下川ペンケ川(16.0km)、モサンル川(14.0km)、シカリベツ川(14.5km)
[編集] 隣接している自治体
[編集] 歴史
町名は、アイヌ語の「パンケ・ヌカナン」(川下の・ヌカナン川)に由来する。
- 1897年(明治30年) - 増毛支庁管内の天塩国上川郡に剣淵、士別、多寄、上名寄の各村が置村され、天塩国上川郡戸長役場管轄となる。現在の下川町の範囲は上名寄村に属す。
- 1899年(明治32年) - 天塩国上川郡を上川支庁に編入し、剣淵村他3ヶ村(士別、多寄、上名寄)戸長役場を設置する。
- 1901年(明治34年) - 岐阜県郡上郡高鷲村および北濃村(いずれも現郡上市)から25戸の開拓団が上名寄村の名寄川沿いの原野に集団移住する。(開拓元年)
- 1902年(明治35年) - 剣淵村他3ヶ村戸長役場より分離し、上名寄村他2ヶ村(多寄、下名寄)戸長役場を設置する。
- 1907年(明治40年) - 下名寄他1ヶ村(中川)戸長役場を割き、上名寄他1ヶ村(多寄)戸長役場を設置する。
- 1909年(明治42年) - 多寄村が離れ、二級町村制が施行され上名寄村となる。
- 1915年(大正4年) - 一級町村制が施行され、上名寄村が名寄町となる。
- 1919年(大正8年) - 名寄西線として名寄 - 下川間の鉄道が開通する。
- 1924年(大正13年) - 名寄町から分村、二級町村制が施行され上川郡下川村となる。
- 1949年(昭和24年) - 町制施行、下川町となる。
- 1989年(昭和64年) - 名寄本線廃止。名士バスによる代替路線となる。
- 2000年(平成12年) - 開拓100年記念式典が挙行される。
- 2006年(平成18年) - 下川小学校開校100周年記念式典が挙行される。
[編集] 行政
特別豪雪地帯、過疎地域に指定されている。2008年には環境モデル都市に選定された。
[編集] 歴代町長
| 代 | 氏名 |
|---|---|
| 初 | 末武次郎吉 |
| 2-4 | 宮地誠次 |
| 5 | 村上貞次郎 |
| 6-9 | 川原満 |
| 10-13 | 原田四郎 |
| 14- | 安斎保 |
[編集] 経済
[編集] 産業
[編集] 農業
酪農業が盛んである。稲作の北限地帯に近く、かつての水田は減反政策により大部分が転作された。主な農産物は、地元で加工されるトマトジュース用のトマト、絹さやえんどう等の野菜、小麦、ソバ、もち米などである。
[編集] 林業
町の面積の約9割を森林が占め、その8割以上を国有林が占める。開拓当初は流送に頼ったが、鉄道の開通で輸送効率が改善され、関東大震災の復興材需要の急増でにぎわった。その後、1954年の洞爺丸台風では約280万石の風倒木被害が発生し、その処理でにぎわったが、森林資源の減少、輸入材の台頭などで徐々に衰退している。一方、町では1953年より本格的な町有林経営を開始し、2003年には4,300haを超える町有林を有し、法正林思想に基づき年間50ha程度ずつを伐採・栽植する「循環型林業経営」に取り組んでいる。また、町内の民有林や国有林を含めて森林認証を取得し、森林の適正管理を推進している。
[編集] 鉱業
金・銀を産出した珊瑠鉱山と、銅・亜鉛を産出した下川鉱山は、いずれも現在は休山し事実上廃鉱となっている。これらの他にマンガン、砂チタン、亜炭等の鉱床が確認されている。
[編集] 工業
- スズキ株式会社下川コ-ス(1997年開設)
- マトラスターテクノクラシー株式会社下川工場 - 光学用ガラス、精密機器用ガラス部品の加工、製造を行なう。
- 下川製箸株式会社
- エコマネジメント株式会社(旧下川鉱業株式会社)
- 下川町手延製麺組合 - 1970年に兵庫県より手延べ麺技術が導入され、うどん・ひやむぎ・素麺・蕎麦が作られる。
[編集] 商業
国道沿い、旧駅前通沿いに商店街が立ち並ぶ。商工会に加盟している商店・食堂でアイキャンスタンプを発行し350枚たまると加盟店で500円の買い物・食事券になる。
[編集] 農協
- 北はるか農業協同組合(JA北はるか)下川支所
[編集] 金融機関
- 北星信用金庫下川支店
[編集] 郵便局
- 下川郵便局(日本郵便名寄支店下川集配センター併設)
- 一ノ橋郵便局
- 上名寄郵便局
[編集] 公共機関
[編集] 警察
- 名寄警察署下川駐在所
- 名寄警察署一の橋駐在所
[編集] 消防
- 上川北部消防事務組合下川消防署
[編集] 姉妹都市・提携都市
[編集] 国内
[編集] 海外
[編集] 公共施設
[編集] 国
[編集] 町
- 下川町公民館 - 公民館・町民会館・図書室
- 桜ヶ丘公園
- 総合福祉センター「ハピネス」
- 下川町スポーツセンター(第1ホール・第2ホール)
- B&Gプール
- 町営グラウンド
- 町営スキー場
- 多目的宿泊交流施設「アイキャンハウス」
- 幼児センター「こどものもり」
- バスターミナル合同センター - 旧下川駅跡地
- 地域間交流施設「森のなか ヨックル」
- 農村活性化センター「おうる」 - 旧上名寄小学校
- 郷土資料施設「札天山収蔵館」 - 旧一の橋小学校
[編集] 医療施設
- 町立下川病院
- 名寄市立総合病院(隣町)
[編集] 地域
[編集] 人口
| 下川町と全国の年齢別人口分布 | 下川町の年齢・男女別人口分布 | ||||||||||||||||||
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■紫色 ― 下川町
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 教育
小学校から高校まで一貫してスキージャンプを教えることができる環境が整っていて、有名スキージャンパーも輩出している。
- 高等学校
- 道立高等学校
- 小中学校
- 下川町立下川小学校
- 下川町立下川中学校
[編集] 交通
[編集] 交通アクセス
札幌駅から函館本線で旭川方面へ、旭川駅から宗谷本線で名寄・稚内方面へ、名寄駅下車、駅前からバス乗り場(2)で下川・興部方面行きのバスに乗車。
[編集] 空港
[編集] 鉄道
町内を通っていたJR名寄本線は、1989年(平成元年)5月1日に廃止となった。現在の最寄りの駅は宗谷本線名寄駅である。
[編集] バス
[編集] 道路
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
[編集] 文化財
- 毘沙門天立像 - 下川町指定有形文化財第1号(1959年指定)、大福寺。平安初期の作とされ、1956年に岡山県倉敷市勝福寺より勧請する。
- 上名寄郷土芸能 - 下川町指定無形文化財第1号(1964年指定)、上名寄郷土芸能保存会。麦や節、郡上節、小大尽を保存する。
- はるにれ - 下川町指定天然記念物第1号(1964年指定)、下川小学校校庭。北海道100年記念名木、北海道自然保護条例に基づく下川小学校開校記念保護樹木に指定される(1974年(昭和49年)3月30日指定)。
- 下川鳴る石 - 下川町指定天然記念物第2号(1982年指定)。中新世の火山噴出物で、振ると球体の空洞内に晶出する石英がサラサラと鳴る。
[編集] 名所
[編集] 祭事
- 万里長城祭(5月)
- うどん祭り(8月)
- アイスキャンドルミュージアム(2月)
[編集] 温泉
[編集] 出身有名人
- 嶋宏大(スキージャンプ)
- 岡部孝信(スキージャンプ) - 町民栄誉賞受賞
- 葛西紀明(スキージャンプ) - 町民栄誉賞受賞
- 伊東大貴(スキージャンプ)
- 伊藤謙司郎(スキージャンプ)
- 安念山治(元大相撲力士)
- 凌駕精考(元大相撲力士)
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 下川町『下川町史』1968年。
- 下川町『下川町史(第2巻)』1980年。
- 下川町『下川町史(第3巻)』1991年。
- 下川町『下川町史(第4巻)』2002年。
- 下川町『下川町の地質および環境地質』1975年。
- 下川町教育委員会『下川町の文化財(第2集)』1987年。
[編集] 外部リンク
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