久遠寺
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| 久遠寺 | |
|---|---|
![]() 本堂、右奥は身延山山頂 |
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| 所在地 | 山梨県南巨摩郡身延町身延3567 |
| 位置 | 北緯35度22分54.92秒 東経138度25分29.45秒 |
| 山号 | 身延山 |
| 宗派 | 日蓮宗 |
| 寺格 | 祖山(総本山) |
| 本尊 | 十界曼荼羅 |
| 創建年 | 弘安4年(1281年) |
| 開基 | 日蓮 |
| 正式名 | 身延山妙法華院久遠寺 |
| 札所等 | 日蓮上人霊跡 甲斐百八霊場108番 |
| 文化財 | 絹本着色夏景山水図(国宝) 宋版礼記正義2冊、本朝文粋(巻一欠)13巻、絹本着色釈迦八相図(重要文化財) |
久遠寺(くおんじ)は、山梨県南巨摩郡身延町にある、日蓮宗の祖山(総本山)。山号は身延山。
目次 |
[編集] 起源と歴史
文永11年(1274年)、甲斐国波木井(はきい)郷の地頭南部六郎実長(波木井実長)が佐渡での流刑を終えて鎌倉に戻った日蓮を招き西谷の地に草庵を構え、法華経の読誦・広宣流布及び弟子信徒の教化育成、更には日本に迫る蒙古軍の退散、国土安穏を祈念した。
弘安4年(1281年)に十間四面の大坊が整備され、日蓮によって「妙法華院身延山久遠寺」と名付けられたという。日蓮は弘安5年(1282年)9月に湯治療養のため常陸(加倉井)の温泉と小湊の両親の墓参りに向かうため久遠寺を下山し、途中、信徒であった武蔵国の池上宗仲邸(現在の東京都大田区本行寺)に滞在して六人の弟子を決め「六老僧」同地で死去(弘安五年十月十三日)し、日蓮の遺言(いずくにて死に候とも墓をば身延の沢にせさせ候べく候)に従い遺骨は身延山に祀られた。あしかけ九ヵ年の生活であった。
日蓮の身延山での生活は「人は無きときは四十人、ある時は六十人」とあるようにこのような人数で生活をしていたと考えられている。各地の信徒より生活必需品が多く届けられ、日蓮はこの身延山をインドの霊鷲山を移した山であると示し信仰の山として位置づけている。身延山での生活で遺文の三分の二が執筆されており、日蓮真筆の曼荼羅もほとんどがここ身延山で手がけられている。身延山は日蓮宗における唯一の聖地であると位置づけられており、日蓮の遺骨は歴代の法主(住職)により日蓮の御遺言通り今日まで護られている。
室町時代の文明7年(1475年)には11世法主日朝により現在地に伽藍が移転され、戦国時代には甲斐国守護武田氏や河内領主の穴山氏の庇護を受け、門前町が形成された。江戸時代には日蓮宗が徳川氏はじめ諸大名の帰依を受け発展し、宗門中興三師と賞される日重・日乾・日遠のころには対立する不受不施派を排斥して地位を確立し、その後日脱、日省、日亨の三師で壮大な伽藍を整えて盛期を迎える。明治八年一月に西谷本種坊からの出火で伽藍全部を焼き尽くしたが七十四世日鑑上人の尽力とその後の法主の力により現在に至る。
久遠寺には数多くの経典や典籍・書籍、聖教や古文書類(身延山文書)が所蔵されており、「身延文庫」として一括され身延山宝物館に所蔵されている。
現法主は92世内野日總
[編集] 伽藍
- 総門ー久遠寺の最初の入り口(開会関)ここから聖域に入る。
- 三門 - 間口13間、奥行5間、高さ7丈。日本三大門の1つに数えられることもある。二王門ともいわれ金剛力士を祀り、二階には十六羅漢を祀る。三門を入り右側に本多日生上人像があり、その横に宮沢賢治の句碑あり。左側には永田紀美銅像(大映社長永田雅一氏母)があり、その後ろに聖徳太子を祀る太子堂有り。三門より菩提梯までの間日朝上人お手植えの杉並木がある。
- 菩提梯 - 全287段の石段。菩提=覚り、梯=手引き。横の銅像は当時の地主南部實長公(通称波木井公)。横の坂が男坂。その手前の坂が女坂。
- 本堂 - 1985年(昭和60年)落慶。本尊は日蓮聖人真筆大曼荼羅本尊を木造形式にしたもの。冬季6時、夏季5時30分より朝の勤行が執り行われる。天井画の墨龍は加山又造画伯の力作。
- 宝物館 - 本堂地下に久遠寺に残る数々の書物、掛け軸、法要道具等を展示している。木曜休館日。
- 五重塔 - 現在の五重塔は3代目。初代は加賀前田利家公側室寿福院の建立による。
- 棲神閣祖師堂 - 日蓮聖人像を安置。申し込みにより開帳が行われる。明治14年建立、一部用材はかつての鼠山感応寺のもの。特には昭和天皇より拝受された「立正」の勅額あり。
- 仏殿 - 仏殿では朝、昼12時、夕方3時からの勤行と特別法要を営む建物。
- 釈迦殿・納牌堂 - 仏殿手前6階建の建物ー本堂建立により釈迦堂を移した釈迦殿は6階にある。納牌堂は1階から5階までとなっており全国の信徒の先祖の遺骨を大切にお預かりしてある建物。
- 御真骨堂 - 日蓮聖人の御真骨を安置。右側に七面大明神、左側に三十番神を祀っている。その昔深草元政上人は「何故に砕きし骨の名残とぞ思えば袖に玉ぞ散りける」と詠っている。
- 報恩閣 - 2002年(平成14年)立教開宗750年を記念し、信徒の受付業務、接待として建立。二階は会議室。
- 開基堂 - 日蓮を身延に招いた波木井実長を祀っている。身延町指定文化財。
- 水鳴楼 - 歴代法主の住居。特に前庭が素晴らしい。滝の上には永守稲荷を祀る。
- 枝垂桜 - 有名な久遠寺の枝垂れ桜は毎年3月下旬~4月上旬にかけ境内に樹齢300年ともいわれる枝垂桜と久遠寺周辺数百本の桜が咲き乱れる。見物客、カメラマンが相当数来て、門前町の道路も大変渋滞する。
- 祖廟 - 日蓮聖人の墓所と日蓮聖人が住んだ庵の跡がある。向かって右側の墓は久遠寺歴代廟。左側は六老僧日興上人、富木常忍師母、阿仏坊日得上人、法寂院日円上人(南部公)、お万の方、水戸光圀公母久昌院、高松城主松平頼重側室寿光院、会津城主保科正之公母浄光院、刈谷城主三浦安次郎母寿応院、加賀前田公側室寿福院。
- 奥之院思親閣 - 久遠寺裏山身延山山頂にあるお堂。その昔に日蓮聖人は望郷の念おさえがたく、折にふれては身延山の頂上へ登られ故郷房州(千葉県)安房の御両親・師道善御房を思い回向した場所。日蓮滅後加賀前田利家公側室寿福院の外護によりお堂が建立される。育恩の祖師と呼ばれる日蓮聖人像、六老僧像、参十番神、常護稲荷大明神を祀っている。境内には京都深草元政上人が自らの髪の毛を埋めた元政塚がある。登山道には太田道灌墓所、各戦国武将墓所、鬼子母神堂、丈六堂、三光天子を祀る三光堂、日朗上人お手掘の井戸、養珠院お万の方寄進東照宮等がある。裏参道を下ると追分帝釈天を祀る感井坊、妙法両大善神を祀る十万部寺、七面山麓赤沢集落、身延山方面では妙石坊方面へ下ることが出来る。現在はロープウエイにて片道7分で上れる。標高1153m
- 東谷塔中
- 覚林坊 - 行学院日朝
- 大乗坊 - 開基九老僧日澄
- 端場坊 - 開基四条金吾
- 蓮盛坊 - 開基日在
- 巡泉坊 - 開基巡泉院日泉
- 大林坊 - 開山中老僧日源
- 大善坊 - 開基大善院日辺
- 窪之坊 - 開基蓮華阿闍梨日持(六老僧)
- 志摩坊 - 開基中老僧日伝
- 延寿坊 - 開基宝蔵院日叙
- 大光坊 - 開基妙心院日奠
西谷塔中
- 妙石坊 - 開基学禅院日逢
- 南之坊 - 開基辨阿闍梨日昭(六老僧)
- 智寂坊 - 開基智寂院日省
- 武井坊 - 開基正行院日勢
- 岸之坊 - 開基久遠成院日親
- 樋沢坊 - 開基佐渡阿闍梨日向(六老僧)
- 林蔵坊 - 開基白蓮阿闍梨日興(六老僧)
- 北之坊 - 開基法寂院日円
- 麓坊 - 開基宝聚院日伝
- 清水房 - 開基龍華樹院日像
- 本行坊 - 開基比企大学三郎能本
中谷塔中
- 清兮寺 - 堀の内妙法寺別院
- 定林坊 - 開基宝蔵院日叙
- 竹之坊 - 開基大国阿闍梨日朗(六老僧)
- 恵善坊 - 開基智見院日暹
- 松井坊 - 開基波木井氏3台日長
- 円台坊 - 開基中老僧日源
- 山本坊 - 開基伊予阿闍梨日頂(六老僧)
- 花之坊 - 開基蓮華院日応
- 積善坊 - 開基宝聚院日伝
- 山之坊 - 開基宝蔵院日敘
久遠寺山内には芭蕉をはじめいくつかの句碑がある。
奥之院思親閣参道
- 松樹庵
- 感井坊
七面山参道
- 奴多山十万部寺
- 宗説坊(妙法大善神)
- 明浄院
- 神力坊(伽藍房様) - 開山円教院日意。
- 長徳山妙福寺(七面山鍵取り妙福寺)
- 雄滝辨天堂日教教会(大本山中山法華経寺奥之院別院)
- 肝心坊
- 中適坊 - 開山蓮信法師。
- 晴雲坊 - 開山善心院日修。
- 神通坊
- 安住坊(栃の木坊)
- 七面山敬慎院 - 七面大明神を祀る(法華経信者の守護神、身延山久遠寺の裏鬼門を守る神・身延流祈祷本尊・かつて修験道で有名な山)標高1982m七面山山頂の寺(宿坊)。特に春と秋の彼岸の中日には富士山頂上からの御来光が有名で当日朝は多くの参拝者、カメラマンで混雑する。登山口は早川町であるが山頂一帯は身延町飛地になっている。毎年9月18日夜 - 19日朝まで久遠寺より法主が登山し例大祭を行なう。境内の裏には枯れることのない池があり、そのほとりには池大善神が古来からから祀られている。自家用車なら登山口まで乗りつけ麓に駐車して上る、電車では身延駅からバスかタクシーで七面山登山口下車。登山口からは全行程を徒歩で登る。登山道は険しく急坂ではある。宿坊での食事は精進料理のみで、肉魚等の持ち込みも禁止されている。冬場の参拝参籠は寒さが厳しく参道が雪道であるため要注意。なお、七面山の裏は和端渓といわれる名硯の産地雨畑がある。
[編集] 文化財
[編集] 国宝
- 絹本着色夏景山水図 昭和30年6月22日国宝指定
唐物を積極的に輸入した室町幕府の三代将軍足利義満の収集した東山御物のひとつである山水図。京都の金地院に所蔵されている秋景山水図、冬景山水図とともに国宝指定。東山御物は幕府の財政窮乏に伴い散逸したものが多いが、当品も経緯は不詳であるが、寛文13年(1673)に遠江国浜松藩主の太田資宗から寄進されている。現在は東京上野の東京国立博物館に寄託されている。
縦118.5cm、横52.8cm。制作年代は中国、12世紀の北宋末代、あるいは対角線構図であることから13世紀の南宋代とも考えられている。画面中央に雄大な松の木が描かれ、下辺の左隅には山間の小道に杖を持つ高士が描かれている。高士の衣冠が風にたなびいていることから、夕立を描いているものとも考えられている。金地院本の二図と寸法や絹質が共通し、上下にはそれぞれ「仲明珍玩」「廬氏家蔵」の鑑蔵印があり、将軍義満の「天山」重廊朱文方印が見られる。また、画風にも共通点が認められることから、失われた春景山水図とともに四季の風景を描く一連の山水画四幅のうちのひとつと考えられている。
作者を示す落款や印章がなく、『御物御画目録』には北宋皇帝徽宗の作とされているが、久遠寺本には伝記不詳の画家「胡直天」の作とする伝承がる。
[編集] 重要文化財
- 絹本着色釈迦八相図 - 平成3年6月21日指定
- 鎌倉時代に盛んに制作された釈迦八相図のひとつ。根津美術館所蔵品と一連の仏伝図であると考えられており、久遠寺本は3幅が現存している。
- 宋版礼記正義2冊 - 昭和15年5月3日指定
- 北宋の頃に成立した五経のひとつである「礼記」の注釈書である『礼記正義』の写本。上下二巻(上巻は原本の63~66巻、下巻は67~70巻を収録)。で、日本国内では国宝の足利文庫本(国宝)が知られているが、身延文庫本は昭和3年に徳富蘇峰(猪一郎)により「本朝文粋」などとともに発見された。刊記欄外部分には金沢文庫の黒印があり、金沢文庫旧蔵本であったと考えられている。
- 本朝文粋(巻一欠)13巻 - 昭和31年6月28日指定
- 平安時代の漢詩文集である『本朝文粋』の写本で、全14巻のうち1巻が欠巻。巻子本の折本であったが、指定後に巻子本に戻された。
- 奥書によれば、身延本は鎌倉時代の健治年間に金沢文庫所蔵であった「文永写本」を基に書写されたという。これは北条時宗持本で清原教隆の加点がある「相州御本」の写本で、身延本は第三写本にあたる。発起者は鎌倉時代に甲斐国守護であったと考えられている二階堂氏と推定されている。全巻に墨訓や朱点があり、清原隆教の加点した相州御本の原型を伝える写本として注目されている。
[編集] 県指定文化財
- 銅鐘 - 昭和34年2月9日指定
- 上帯上部が欠損している中世梵鐘。火災跡があり、銘文によれば旧巨摩郡大井庄最勝寺所蔵の梵鐘で、伝来した経緯には諸説ある。『甲斐国志』では武田征伐の際に織田氏により陣鐘として徴発されたとしており、ほかに水害による流出や最勝寺の経営事情から売却されたとする説や、庄司により寄進されたとする説などがある。佐藤八郎は諸説を検討し、陣鐘として徴発された後に河内領穴山氏により寄進されたとする見解を示している。
- 銅鐘(朝鮮鐘) - 昭和35年11月7日指定
- 県内に残存する唯一の朝鮮鐘。
- 刺繍十六羅漢像 - 昭和58年3月10日指定
- 紙本墨弘決外典鈔 - 昭和35年11月7日指定
- 版本法華経 - 昭和48年7月12日指定
- 「法華経」7巻27品の完本で、堤婆達多品を欠くものの明代翻訳本の舶載品。墨書折本。各巻は桐箱に収められ、奥書によれば戦国時代の天文19年(1550年)に武田晴信(信玄)により奉納されたもの。天文年間は信濃侵攻を本格化させている時期でさかんに諸宗寺社への納経が行われており、武田家と日蓮宗寺院の関係を示す資料にもなっている。
[編集] 主な行事
- 1月1日ー午前4時新年祝祷会
- 1月1日~3日ー新春特別加持祈祷
- 1月13日午前10時御頭講会・曳馬式ー祖師堂
- 2月3日午後1時- 節分会
- 2月15日釈尊涅槃会午後1時ー本堂
- 2月16日日蓮聖人降誕会午後1時ー祖師堂
- 3月彼岸中日午後1時 - 春季彼岸施餓鬼法要
- 4月6日~8日午後1時 - 釈尊御降誕会
- 4月28日午後1時 - 立教開宗会
- 5月3日~5日午後1時 - 千部会
- 6月1日午後6時ー祖師堂御更衣式(夏衣)
- 6月15日~17日午後1時 - 身延山開闢会
- 6月中旬日曜日午前9時ー御入山行列
- 7月16日午後1時ー盂蘭盆施餓鬼供養
- 8月18日午後1時ー英霊施餓鬼供養
- 9月12日午後1時 - 龍口法難会
- 9月彼岸中日午後1時ー秋季彼岸施餓鬼法要
- 10月1日午後6時ー祖師堂御更衣式(冬衣)
- 10月11日~13日午後1時 - 宗祖御会式大法要
- 10月12日午後5時~万灯行列
- 11月中旬の日曜日 - 七五三祝祷会
- 12月31日 - 歳末読誦会
[編集] 交通アクセス
- 身延線身延駅からバスで15分(下車後徒歩30分)・タクシーで10分
- 国道52号線・身延山入り口から約5分
- 新宿高速バスターミナルから中央高速バスが1日3往復乗り入れている。




